「ターボフロップ」 エッセイ by 翔
今日はいつもより長いな・・・・・、いい加減に鉛筆を持つ指が痛い。
僕の仕事は何かを販売する事でも無く、造るわけでもなく、 殆どが学習時間に割り当てられていて、
勉強することで給与をもらっているという表現の方がピタリとくる。
部屋の中のあらゆる物に微細な振動を与え続けているそれは、重低音と甲高い金属音、そしてワイトノイズの塊。
もう2時間近くやっているかな・・・・
いい加減寒くなってきたな~と、そして「そろそろ休憩を取ろうか!?」と思った時、「キュ~~~ン」という音と供にジェット音が収まった。
部屋のドアを明けると、とたんにムッとした空気と、ジェット燃料がもえた独特の臭気が建物中央の廊下に立ちこめている。
この臭いは「好きか?」と聞かれれば、「いや余り・・・」と答えるけど、「嫌いか?」と聞かれれば、「それほどでも・・・・」と答える僕。
天井を見上げると、ラウンド型の鉄骨むき出し天井にかすかな煙が存在していて、よどんでいる。
大戦後に造られた、僕の居る建物は航空機整備用の建物を改造したもので、 建物番号は1番。
ハンガーと呼ばれるこれは、ど真んを一本だけ通る廊下以外は、左右に倉庫と事務所という構成で、それぞれの事務所には隔壁と天井が着いてはいるが、 空調のダクトやら電線やらなにやらが、たいそう乱暴にむき出し放置されている。
それらの部屋の上には、だだっ広い空間で、ハンガーのラウンド天井との間には大きな空間があるけど、季節により鳥が入りこんで巣を造り、ツバメの雛の声として聞こえるときもある。
暗くて100mは有ろう、その廊下の南側には道路、 もう反対側の北側は直に滑走路に接続していて、その開け放たれた両ドアを真夏のサーマルウインドが通り抜けていく。
部屋を出た僕はその廊下をゆっくりと歩き、滑走路側に出るとすぐ横の壁によりかかって前を見る、そしてすぐに気づくのが、やけに音が今日は大きかった原因。
自分から約200m程度離れた斜め少し右前に、巨大な輸送機 C5がたたずみ、 そのエンジンはこちらに向いている、
エンジンテストの為の滑走路アンカーに機体は連結され、下に居る整備兵がトレーラ過般のデカイ発電機の横でウンザリしながら仕事をしているのが見える。
「どおりで振動が凄かった訳だ・・・・・ 」何となくクスリと笑いが出てくるが、部屋を出て数十秒で、冷えていた体がすぐに暖まって来るのも同じタイミングで分かる。
ろくに温度コントロールの出来ない各部屋の空調は、外気温が上がるほど冷やしてくれるというとても親切な設計であるが、アバウトすぎて、こうした日は室温20度を割ることもある。
しばらく目の前の巨大な飛行機をみていたけど、 すでに暖まるという感じから汗が出始める感覚に移りつつ有り、今滑走路を焼き尽くしている太陽はそこいら中に陽炎も落としている事に気がつく。
けだるいような、それでいて週末に何をしようか?とワクワクした感覚を惹気させる夏の午後、その一時はとても気持ちが良い。
突然後ろから、Too hot! So Hot!(熱いな~今日は・・・・) そう声がして、振り返ると。
僕の属するメンテナンスチームのその少し離れた部屋にある、電子機器修理部門によく訪ねてくる、将校だった。
Yes, sir! と軽く答えて彼をみるけど、彼そのものは特段僕に目を向けるでも無く、それ以上話すわけでも無いまま、僕と同じく眼前にある巨大な銀色の翼をみている。
彼の横顔をちらりと見た僕だけど、再び視線をC5に戻そうとしたとき、その向こうのファイアーセクションの建物から、世界最大の航空機専用消防車がゆっくり出てくるのが目に入った。
「降りて来るな・・・・・」 そう思った僕は 反射的に東の空をみる。
そこに見えたのは4発のターボフロップエンジンを搭載した C-130輸送機。
続けて プラット&ホイットニー社エンジンを搭載した Cー141らしき姿が遙か彼方に見える。
すでにランディングギアを出した深いグリーンのそれはあと数十秒しないうちに、目の前を通り過ぎるだろう。
僕を包むそれは、アスファルトの熱気でむせかえる程で、 多分温度は40度近いはず、いや越えているかも知れない。
ふと気がつくとさっきの将校は居なくなっていて、 その代わりに数匹のトンボが飛んでいる。
こいつが群れて飛ぶと、今沖縄付近にいる台風は間違いなくこちらにやってくるのだけど、恋人と約束している週末バカンスは、どうやらお流れになりそうだな・・・・
と彼らを見て思う。
そんな彼らが突然バッ!と散り、目も前を4発のグリーンが軽快なプロペラ音と供に通り抜けていった。
あと2時間もすれば今日の仕事は終わりだ、 そろそろ、部屋に戻らなくては・・・
再び暗い廊下を歩きつつ思う。
今夜のデートも、あの娘はきっと輝くほど綺麗さなんだろうな・・・・と
*エッセイです、僕の若き日の思いでのワンシーンを綴りました。