1月10日に親爺が退院。
そして、その日から19日までずっと実家で面倒を見ていた僕。
たったの10日間でしたけど、 本当に沢山のことを勉強しました。
これは同時に、余りにも多くのことを考える時間でもあり、 それはブログの中の一つの記事として書く事等は到底出来ない量で、
また、全体を通して纏まらない部分や、曖昧な部分も有り、 なので、折りを見て気が向いたら少しずつ書いていこうと思っています。
19日に、正式に親爺を老人ホームへ入居させたわけですが、 10日の退院の日に、「19日には施設に入居だよ」と何度も話をしても、
毎日、そして一日に何度も、 「いつ行くんだい!?」と聞いてくる。
単純に行きたくはなく、ただ、親爺自身が”もし転んだりしたら自分の力で立ち上がれないこと”をよく判っているし、
また、92歳になる母親も助け起こすことも不可能。
親爺自身も10日間の間に否定できない事実として、頭に刻み込まれたであろう出来事も有り、
それが良かったのかどうかは判らないか、実際に施設入居の時には、親爺は特に文句も言わずに大人しく入ってくれた。
実は、自分にとって、そして母親にとって、一番最大の難関?ともいえるのが、この入居だった。
昨年の6月末に脳梗塞で入院して、 8月22日にリハビリ病院へ転院。
そして約5ヶ月掛ってやっと退院。
入院中に、面会できた際に親爺がこぼす涙に、かなり色々な事を悟らせてくれたわけだけど、
そのまま施設に行くのか、それとも一度は(可能な限り)実家に居させて、その後あたらめて施設に行くのかに関しては、かなり悩んだ。
というのは、家に帰れば誰でも施設になど行きたくは無いわけで、誰でも家が一番良いわけだ。
ただ、一度戻って、そして果たしてホームに行くことを嫌がらないだろうか? 抵抗しないだろうか?
そしてもし、テコでも動かないという姿勢があったのなら、如何すれば良いのだろうか?
息子として何が出来るだろうか?
嫌がる親爺を説得できるであろうか?
そんなことを初めとして、 それにリンクして広がる心配や悩み、懸念というのは、果てしなく広がっていくわけです。
自分自身が完全に定年生活で、 特段やることが無いのなら、 親との同居も出来なくは無いだろうが、
普通に仕事して生活している今の自分である以上は、 一つ間違えると家庭その物を壊すことにもなりかねない。
自分の息子や娘、ほか母親や、親爺その他そこから繋がって行き、際限なく広がる人間関係全てのバランスを取り、
どのような形にせよ、 できる限り平穏で、バランスがとれて、 問題も諍いも無く、平穏無事に事を進めていかねばならない。
何一つ判断するにも、ずっと先のことを出来るだけ考え、一言はっするにも最新の注意が必要になる。
一言に、老人介護といっても様々な形が有り、 施設一つ入るにしても、 其処には沢山の人達がいて、上記と同じように、
全ての人達にとって、良い方向に持って行けねば、 親爺自身の施設での生活に波風がおきるきっかけにもなりかねない。
ホームの生活費は正直安くは無い、そして介護に必要なヘルパーさん初めとして食事など、広範囲に広がる費用もバカにならない。
それは親の家計の負担その物だし、同時にこちらの負担でもある。
ただそこに居させる訳にはいかず、適度に運動(リハビリ)をさせねば、激的に体力と能力が低下するであろう事はみているだけで言わずとも判るし、
また、リハビリだけでは無くて、 可能な限り沢山の人の居る環境にも、時々行かせてあげたい。
かといって、やらせすぎれば、逆に親爺にとって負担になし、ストレスにもなる。
その辺りどう判断して、どのていどやるのか? 親爺がどうおもって、どうのぞむだろうか?
考える事に切りは無い。
子供の頃からの記憶と、可能な限り実家に滞在する短い時間の中で、親爺と話をして考え方を探り、 一番良い道を選んでいかねばならないのは、育てて貰った息子としての使命でもある。
可能な限り良い環境に親爺を置きたいけど、しかしながら、 そうした活動には金銭的なものが常につきまとうわけで、昔と違って今では介護保険という素晴らしい物はあるが、
それで全てまかないきれるか?というと、そうした物でも無い。
意外にすぐに限度を超えてしまうわけだ。
とりあえず、19日に文句も言わずにホームに入居してくれた親爺には感謝しか無い、翔です。