菅首相は臨時国会閉幕(2010年12月3日)後、経営が成功しているいくつかの農業法人や農家グループを視察している。その一つの視察について10日程前の地方新聞が紹介していた。短い記事ゆえ、全文を参考引用してみる。
《首相「自給率60%どう達成」 コメ農家で意見交換》(茨城新聞WEB記事/2010年12月12日(日) 11時34分 共同通信社)
菅首相は12日、山形県鶴岡市と三川町で地元からコメを集荷し、加工や販売に取り組む農家グループを視察した。経営者らとの意見交換では「若い人が参加できる農業の在り方や、食料自給率60%の目標をどうやればできるのか。いろんな話を聞いてイメージを持ちたい」と述べ、農業改革への積極姿勢をアピールした。
視察は、環太平洋連携協定(TPP)参加も念頭に、集約化などの成功例を把握するのが目的。同じ農家が経営する2社の精米センターなどを見学した。
グループは約120戸の農家からコメを集め、外食産業などに販売。味の良い農家には60キロ当たり200円を上乗せして買い取る競争原理を導入している。自前の設備を使い生産コストを全国平均の約6割に抑えているという。 |
「食料自給率60%の目標をどうやればできるのか」が既に矛盾した情報発信となっている。
「食料自給率60%」を言うからには闇雲、適当、いい加減に60%という数字を打ち出したわけではあるまい。こうすれば達成できるという、それなりの具体的な実現可能性、具体的成算あって「食料自給率60%」と掲げた数値だったはずであり、そういった数値でなければならないはずだ。にも関わらず、「いろんな話を聞いてイメージを持ちたい」と、目標達成方法の構築を今後のイメージ作りに置いている。
では、どのような成算があって「60%」という数値を弾き出したのだろうか。
民主党は2009年総選挙のマニフェストで既にこの「食料自給率60%」を掲げている。「食料自給率」の単語が書き込んである箇所を選んでみた。
《民主党政策集INDEX2009》
【農林水産政策】
農業者戸別所得補償制度の導入
米、麦、大豆等販売価格が生産費を下回る農産物を対象に農業者戸別所得補償制度を導入します。この制度は、食料自給率目標を前提に策定された「生産数量目標」に即した生産を行った販売農業者(集落営農を含む)に対して、生産に要する費用(全国平均)と販売価格(全国平均)との差額を基本とする交付金を交付するものです。交付金の交付に当たっては、品質、流通(直売所等での販売)・加工(米粉等の形態での販売)への取り組み、経営規模の拡大、生物多様性など環境保全に資する度合い、主食用の米に代わる農産物(米粉用、飼料用等の米を含む)の生産の要素を加味して算定します。これにより、食料の国内生産の確保および農業者の経営安定を図り、食料自給率を向上させ、農業の多面的機能を確保します。
国家戦略目標としての食料自給率向上
食料安全保障の観点から、国家の戦略目標として「食料自給率目標」を設定します。
食料自給率は、米、麦、大豆等の農産物に加え、牛肉、乳製品等の主要農畜産物の生産数量目標を設定し、10年後に50%、20年後に60%を達成することを目標とします。
最終的には「国民が健康に生活していくのに必要な最低限のカロリーは、国内で全て生産する」ことが可能となる食料自給体制を確立します。
農地総量の目標設定
農地は、現在および将来の国民のための貴重な資源として不可欠なものです。食料自給率目標を達成するとともに、有事においても必要最低限の食料を国民に供給し得る食料自給力の指標として、確保すべき農地面積の目標となる農地総量を設定します。 |
そして2010年の参院選>《民主党Manifesto マニフェスト 2010》には「農林水産政策」のうちの農業政策について主だったところは次のようになっている。
●2010年度に開始したコメの戸別所得補償制度のモデル事業を検証しつつ、段階的に他の品目および農業以外の分野に拡大します。
●農林漁業について製造業・小売業などとの融合(農林漁業の6次産業化)により生産物の価値を高めることで、農林漁業と農山漁村の再生を図ります。
●食品の原料原産地などの表示およびトレーサビリティ(取引履歴の明確化)の義務付け対象を拡大します。
●学校や老人ホームなどの給食における「地産地消」を進めます。
「農林漁業の6次産業化」は中身は知っていたが、勉強不足で初めて聞く単語だが、「Wikipedia-第六次産業」に次のように書いてある。
〈六次産業(ろくじさんぎょう)とは、農業や水産業などの第一次産業が食品加工・流通販売にも業務展開している経営形態を表す、今村奈良臣(いまむら ならおみ)が提唱]した造語。また、このような経営の多角化を6次産業化と呼[〉び、〈農業、水産業は、産業分類では第一次産業に分類され、農畜産物、水産物の生産を行うものとされている。だが、六次産業は、農畜産物、水産物の生産だけでなく、食品加工(第二次産業)、流通、販売(第三次産業)にも農業者が主体的かつ総合的に関わることによって、加工賃や流通マージンなどの今まで第二次・第三次産業の事業者が得ていた付加価値を、農業者自身が得ることによって農業を活性化させようというものである。
ちなみに六次産業という名称は、農業本来の第一次産業だけでなく、他の第二次・第三次産業を取り込むことから、第一次産業の1と第二次産業の2、第三次産業の3を足し算すると「6」になることをもじった造語である。〉――
今村氏がいつ頃提唱したのかインターネットを調べてみた。
2010年8月28日の日付となっている《今村奈良臣先生と農業の6次産業化》(2段目の記事)を見つけた。
〈いつの間にか今民主党政権が喧伝している農業の6次産業化〉、〈この提唱者は今村先生。すでに15、6年前から提唱し、実践の指導をしているのです。〉――
いわば「15、6年前から提唱し、実践の指導をしている」継続状態にあり、尚且つ民主党が農林水産政策に取り入れているとなると、ある程度か、それ以上のかなり充実した実質と内容を備えるに至っている農業生産活動ということになる。上記記事の言葉を借りると、「集約化などの成功例」を相当数見ることができるということであろう。
であるなら、菅首相が今さら視察するまでもないことで、そのような活動を如何に全国に拡大するかの政策に取り掛かっていなければならないことになる。
それを菅首相は「食料自給率60%の目標をどうやればできるのか。いろんな話を聞いてイメージを持ちたい」などとイメージ作りに第一歩の仕事を今後のこととして置いている。
「農業の6次産業化」には「農業生産法人化」が手段として含まれているはずである。法人化によって作業効率を高めることができる。法人化しなくても、農家のグループ化は欠かすことはできない。
また食料自給率向上については民主党の前農林水産大臣山田正彦が野党時代の2007年8月21日に「農業者戸別所得補償制度」を基本とした具体的な方針をインターネット上に記事にしている。《食料自給率を39%から60%にアップするためのプラン山田正彦試算》
「10年後に50%、20年後に60%」の達成時期についての言及はないが、「60%」アップを目標とした内容となっている。
民主党は「農業者戸別所得補償制度の導入」や「農業生産法人化」、あるいは農家のグループ化を手段とした「農業の6次産業化」等の各政策によって食料自給率を「10年後に50%、20年後に60%」とするスローガンを前々から掲げて、目標達成の方策を既に立てていた。
具体化の過程で様々な障害が生じて微調整に迫られるケースも生じるだろうが、実践の第一歩、第二歩の段階に入っていなければならない。まさかこれまでは仮免許の段階だから、まだ何も手をつけていないということはあるまい。TPPの問題も生じていて、待ったなしの状況にある。仮免許とすることは逃げることを意味する。
仮免許発言については昨12月22日、Twitterに次のように書いた。
〈菅首相の「これまでは仮免許」発言は、これまでの政治は仮免許だから許されるとする責任転嫁、責任回避。責任意識がないからこそ出てきた「仮免許」発言。posted at 19:01:07〉――
実践段階に進んでいなければならないはずなのに、「若い人が参加できる農業の在り方や、食料自給率60%の目標をどうやればできるのか。いろんな話を聞いてイメージを持ちたい」と、政策の「イメージ」作りはこれからの課題とすることは政策責任者でありながら2009年衆院選マニフェスト及び2010年参議院選マニフェストに掲げた農業政策を否定する、あるいは裏切る行為となる。
裏切りでも否定でもないということなら、この「60%」は実現可能性を具体的に検討した上で掲げた数値ではなく、まあ、この程度は上げなければならないのではないかと掲げた大まかな数字と言うことになる。
但し、山田前農水相の《食料自給率を39%から60%にアップするためのプラン山田正彦試算》の「60%」も同じ性質の数字だと道連れとしなければならなくなって、弾き出した数字の無責任さは菅首相にとどまらず、民主党全体の無責任さと発展していくことになる。
実際には逆で、具体的な検討を経て、2009年衆院選マニフェストや2010年参院選マニフェストに掲げ、掲げた方針に向けて実践段階に入っているのだろう。このことは「農業者戸別所得補償制度」の、既に支払いが進んでいる状況を見れば理解できる。
とするなら、菅首相の「若い人が参加できる農業の在り方や、食料自給率60%の目標をどうやればできるのか。いろんな話を聞いてイメージを持ちたい」はマニフェストを裏切り、否定する間違った情報発信となる。
例え間違いだとしても民主党の重要政策として掲げた以上、その情報発信を間違えていいという理由はどこにもないし、無責任ということだけではなく、首相としての資質に疑問符がつくことになる。それも一大疑問符が。
菅首相は支持率低迷について、「現在進んでいることや、進める準備をしていることを国民の皆さんに伝える発信力が足りなかったかなと考えている。『もう少し肉声で語れ』などといろいろと言われているので、今後は、いろいろな機会に国民の皆さんに積極的に私の考え方を伝えていきたい」と解説していた。
だが、今後情報発信の頻繁化に務めたとしても、発信する情報を間違える程度の発信能力――「発信力」であるなら、何をどう発信しようと、「発信力」自体に欠陥、あるいは故障があることとなって、菅首相は問題点を穿き違えて把握していることになる。
マニフェストの政策を否定したり裏切ったりすることになる情報「発信力」に欠陥、あるいは故障がある、問題点を穿き違えて把握する――このような一国の指導者がどこに存在するだろうか。存在すること自体が国民にとっての不幸、あるいは悲劇であり、存在させてはならないはずだ。 |