――菅仮免の任命責任は重い――
一昨日7月3日(2011年)、松本龍復興担当相が東日本大震災被災地の岩手県知事と宮城県知事を訪問、そこでの発言が問題視され、批判を受けると、自己正当化の釈明、間接的謝罪、だが、辞任せず職は全うするとするいつものパターンを辿ることとなった。
《復興相 知事会談の発言で陳謝》(NHK NEWS WEB/2011年7月4日 16時11分)
石原自民党幹事長「行政の怠慢、政府の怠慢を地元に転嫁する発言だ。しっかりと釈明するか、釈明するつもりがないなら辞めるしかないのではないか」
7月4日午後、記者団に対して。
松本復興担当相「私の発言は知事に対して申しあげたものだが、言葉足らずだったり、語気が荒かったかもしれない。結果として被災者の方々を傷つけたのであれば、おわび申し上げたい」
まず、「私の発言は知事に対して申しあげたもの」であって、被災者に申し上げたものではないと自己正当化の釈明。いわば私は間違ってはいないの先制パンチである。
以下の言葉は、私は間違っていないを前提とすることになる。
間違ってはいないが、「言葉足らずだったり、語気が荒かったかもしれない」ために「結果として被災者の方々を傷つけたのであれば」と、仮定的にそういったことがあったとしたらと、あくまでも結果論であって、自身が直接関与も意図もしていなかったことだが、「おわび申し上げたい」と被災者に対しては間接的に謝罪。
知事に対しては謝罪していない。間違っていないとしているからである。
野党側の辞任要求の声については。
松本復興担当相「すべての皆さんに、さらに取り組んで行く決意を表明したい。まっすぐ前を向いて復興に当たっていきたい。自然体でやっていく」
「まっすぐ前を向いて復興に当たっていきたい」――自分は間違っていないと信じているからこそ言える言葉である。
果たして復興の責任を担う資格があるのだろうか。
昨7月4日当ブログ記事――《松本復興相の言う「被災者に寄り添う」は自分を上に立たせることなのか - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》ではいくつかの新聞記事から松本復興相の発言を拾って色々と解釈を試みたが、発言が問題視され、波紋を広げたからなのか、発言要旨の形でより詳しく伝える記事が現れた。
《東日本大震災:松本復興担当相の発言(要旨)》(毎日jp/2011年7月5日 東京朝刊)
松本龍復興担当相が3日に岩手、宮城両県庁を訪れた際の主な発言は次の通り。
<宮城県庁での村井嘉浩知事との会談>
うちのチームは多分戦後始まって以来、こんなに各県、各市町村と寄り添ったチームはないくらい、素晴らしいチームだから。
仮設(住宅)とかに付属する施設なんか考えて、古里から離れたらシャトルバス出すとか、あるいは孤立死をさせないためにみんなで昼飯食べましょうとか、ね。みんなで食べましょう仮設作ればいいじゃん。
何でも相談には乗る。だからしっかり政府に対して、甘えるところは甘えて、こっちも突き放すところは突き放すから、そのぐらいの覚悟でやってください。
(漁港を)3分の1~5分の1集約すると言っているけど、県で(漁業者の)コンセンサス得ろよ。そうしないと我々何もしないぞ。だからちゃんとやれ。そういうのは。
今、後から(村井氏が)入ってきたけど、お客さんが入ってくる時は、自分が入ってからお客さん呼べ。いいか。長幼の序がわかっている自衛隊ならそんなことやるぞ。分かった? しっかりやれよ。最後の言葉はオフレコです、いいですか、みなさん。書いたらその社は終わりですからね。
<岩手県庁での達増拓也知事との会談>
俺九州の人間だから、東北が、何市がどこの県とか分からんのよ。
本当はね、仮設住宅はあなたたちの仕事だから、仮設よりも次の恒久住宅みたいなのを我々は構想する。だから、どういう知恵が出せるか、これからは知恵合戦だ。
知事は県産品ばっかり売っているから、青森とか北海道の業者呼んで、その人たちに、例えば、県内で雇ってやれよと言えばいい。そのくらいの気持ちでやっていかないと。
ちょっともどかしかったのは、緊急雇用創出基金とかいうのも提示をしたが、地方に伝わっていない。どんどん使いな。
俺なんかちゃんとアイデアもっているだろ。ずっとこの仕事やっているから、ずっと指示しているから。国は今、進んだことやっているから、まずそこに付いてこないと。
知恵出したところは助けますけど、知恵出さないやつは助けない、そのくらいの気持ちを持って。だから昨日、宮古市の山本(正徳市長)にも言ったけど、もうアレがほしいコレがほしいはダメだぞ、知恵出せよ、という話をした。あれ俺の弟みたいなものだから。甘えるなと言った。 |
上記ブログ記事で、〈命令口調のオンパレードとなっている。〉と書いたが、まさしく自身を何様に置いた命令口調の連続となっている。
この何様態度は相手の反発と止むを得ない従属を誘うことはあっても、良好な意思疎通の阻害要件となることは間違いない。従属が下から上へのコミュニケーションを滞らせる上下関係を強いることになるからだ。
村井嘉浩宮城県知事が松本復興相との会見後の記者会見で次のように発言している。
村井知事「国と地方自治体には主従関係はない。命令口調でなく、互いの立場を尊重した話し方のほうがよろしいのではないか」(asahi.com)
ごく当たり前のことだが、松本復興相の上下関係に逆らう、あくまでも対等だとの意義申し立てとなっている。
発言要旨の中で一つだけ引っかかった。3日の会談発言を最初に取上げた4日深夜のWeb記事のどれもが、「長幼の序がわかっている自衛隊ならそんなことやるぞ。分かった? しっかりやれよ。最後の言葉はオフレコです、いいですか、みなさん。書いたらその社は終わりですからね」の発言箇所に一切触れていなかったのはそれがオフレコを要請されたから公表を差し控えたからであったということなのだろう。
「MSN産経」記事と「沖縄タイムズ」記事が伝えている発言要旨は共に「今の部分はオフレコな。書いた社はこれで終わりだから」となっている。
「沖縄タイムズ」が「7月4日 12時59分」の発信で一番早く、 「MSN産経」が「2011.7.5 00:22」、毎日jpは正確な時間は分からないが、「2011年7月5日 東京朝刊」となっている。
この記事発信の時間的経緯を見ると、最初は松本復興相の求めのままに「オフレコ」扱いにし、記事には書かなかった。だが、発言が問題化し、波紋を広げるに及んで、マスコミ側が順次オフレコを解いていったことが分かる。
実際にどう発言したか知りたいと思っていたら、ツイッター経由でオフレコ部分を扱った動画に辿りつくことができた。
《YouTube - 松本復興相、宮城県知事と会談/TBC NEWS》
「TBC NEWS」とは「東北放送」の略号だという。「2011/07/03 にアップロード 」となっているから、会談終了後かなり早い時間にアップロードしたのではないだろうか。今朝の時点で90万回以上のアクセス回数となっている。
女子アナの解説共々文字に起してみた。
女子アナ「こんばんわ。松本龍復興担当大臣が、就任後初めて宮城県庁を訪れましたが、村井知事が出迎えなかったことに腹を立て、知事を叱責しました。
松本龍復興担当大臣が、村井知事がで迎えなかったことに顔色が変わります」
松本復興相(ソファに腰掛けたまま、右隣の誰かに呟く)「先にいるのが筋だよな」
村井知事が笑みを見せてドアを押し、入室。
女子アナ「数分後、笑顔で現れた村井知事が握手を求めようとしますが、それを拒否。応接室に緊張が走ります」
村井知事がテーブルを回って松本復興相の正面に移動、テーブル越しにお辞儀をしながら両手で要望書を手渡し、松本も両手で受け取る。村井知事の方が深いお辞儀をする。
女子アナ「そして要望書を受け取ると、松本大臣は語気を強めて、自らの考えを伝えました」
松本復興相「(水産特区は)県でコンセンサスを得ろよ。そうしないと我々は、何もしないぞ。(語を強めて)ちゃんと、やれ。
今、あとから自分入ってきたけど、お客さん来るときは、自分が入ってから、お客さん呼べ。いいか、長幼の序が分かっている自衛隊なら、そんなことやるぞ。分かったか」
村井知事「ハイ」
松本復興相「(相手の承諾を認めて)ハイ。しっかり、あの、やれよ。今の、最後の言葉はオフレコですから。いいですか」
村井知事(笑う)
松本復興相「みなさん、いいですか、ハイ、書いたら、その社は終わりだから(自分でも軽く笑う)」
女子アナ「松本大臣のこの言動は波紋を呼びそうです」 |
「みなさん、いいですか」の「みなさん」はそこに取材で集まっていた各マスコミの記者に向かって言った「みなさん」なのだろう。
マスコミは言われたとおりに最初はオフレコを守って公表を差し控えた。但し「オフレコですから」と言わて「長幼の序」云々の公表を差し控えただけではなく、「ハイ、書いたら、その社は終わりだから」までを含めてオフレコにした。
「ハイ、書いたら、その社は終わりだから」は決して冗談で済ますことはできない言論弾圧意志を含んだ言葉であるはずである。
例え冗談めかして言ったとしても、そのように言及すること自体、言論弾圧意志を衝動として僅かでも持っているからこそ口を突いて出たということであろう。
そのような意志を完璧に無縁としていたなら、決して口を突いて出てこない言葉であるはずである。冗談だとしても、恐ろしい言葉である。
要するにマスコミはオフレコを理由に松本復興相の言論弾圧意志まで見逃した。
国家権力による言論弾圧・言論統制はそれを当初見逃すことから始まってその威圧に取り込まれることになる。最初から言論弾圧や言論統制があるわけではない。
戦前に経験したことであり、その反省を常に胸にしていたなら、あるいは思想・信教の自由、表現の自由、あるいは報道の自由を日常普段から心に留めていたなら、例え些細な言論弾圧意志に見えたとしても、あるいは冗談であっても許すべきではなく、最初からオフレコを無視して間違った発言として公表すべきだったのではないだろうか。
国と地方が対等に一致協力して復旧・復興を進めていくことに反した、自分を何様と上に立たせた数々の命令口調と言い、言論弾圧意志と言い、このような政治家を大臣に任命した菅仮免の任命責任は重い。
枝野官房長官は「松本氏は被災者の思いを最も強く受け止めている。復旧復興の加速に対する強い責任感と使命感を持っている」(MSN産経)と松本発言を擁護しているが、国と地方を対等な関係に置くことができずに、国を上に置き、地方を下に置く権威主義的上下関係をスタンスとする政治家の「強い責任感と使命感」とは、地方を下に置いているため、地方の意を汲むよりも上に置いた国の意志に従わせようとする「強い責任感と使命感」しか期待できないだろう。
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