少し前の話だが、オランダに本部がある国際学会が4年に一度行っている学力調査「TIMSS」で、日本から参加の小学4年生と中学2年生合計8800人の算数・数学、理科平均得点が小中学校共に上昇傾向を示したという。
《日本の子ども 理数得点が上昇傾向》(NHK NEWS WEB/2012年12月11日 19時0分)
小学校平均得点
算数――585点・50カ国中5位(前回・平成19年+17ポイント)
理科――559点・50カ国中4位(前回・平成19年+11ポイント)
中学校平均得点
数学――570点・42カ国中5位(前回・平成19年±0)
理科――558点・42カ国中4位(前回・平成19年+4ポイント)
文科省の分析「授業に実験や観察を多く取り入れるなど学校が指導を改善したためではないか」
要するに考える教育への転換が図られたと見立てていることになる。
算数・数学、理科に対する意識
小中学生の「勉強は楽しい」――前回を上回る。
中学生の「数学や理科の知識を使うことができる職業につきたい」――約2割(国際平均-30ポイント)
記事解説。〈子どもたちの理数の学力は、8年前のこの調査で低下傾向が明らかになり、文部科学省が「ゆとり教育」を転換して授業時間や学習内容を増やすきっかけとなりました。各学校は、授業に実験や観察を多く取り入れ、子どもたちが算数・数学や理科を日常生活と結び付けて考えるよう改善していて、文部科学省はこうした取り組みの成果が出てきているとして、さらに指導の充実を図ることにしています。〉云々――
この解説でも、〈子どもたちが算数・数学や理科を日常生活と結び付けて考えるよう改善していて〉と、考える教育となっていることを指摘している。
だが、授業時間や学習内容を増やす脱「ゆとり教育」とは暗記教育(=詰め込み教育)の強化以外の何ものでもないはずだ。学習内容の量はそのままに授業時間だけを増やした場合、児童・生徒に考える時間を与えることも可能となる。
児童・生徒は考えることによって教師から与えられた知識・情報を自力で発展させることができ、知識の点でも、情報の点でも年令と共に視野を広げていくことができる。
知識・情報の獲得と拡大の構造がこのようになったとき、欠く授業に対して楽しみの刺激を否応もなしに感取することになるはずだ。
要するに児童・生徒の大多数が算数・数学、理科の授業を楽しいと感じたとき、その授業は児童・生徒が自分から進んで考える教育となっていることの証明となる。
だが、上記記事は算数・数学、理科に対する意識は、小学生の場合は〈前回を上回る。〉とのみ紹介していて、中学生の場合の「数学や理科の知識を使うことができる職業につきたい」が国際平均と比較して30ポイント下回る状況では、考える教育となっていないことの証明としかならない。
次の記事――《国際理数学力調査:学力向上も「好き」は低率 日本の子供》(毎日jp/2012年12月11日 22時32分)が意識の程度を詳しく取り上げている。
2012年調査
「算数・数学が好きだ」
「強く思う」+「そう思う」
小4――65.9%
中2――39.1%
「理科が好き」
小4――83.2%
中2――52.5%
2007年調査
「算数・数学が好き」
小4――66%(国際平均80%)
中2――37%(国際平均65%)
「理科が好き」
小4――82%(国際平均83%)
中2――52%(国際平均75%)
暗記教育であると前提した場合、小学校ではどうにか暗記についていくことができたが、中学生になるとついていけなくなって、苦痛となり、好きでなくなっていったと解釈できる。
もし考える教育であると前提した場合、年齢を経るごとに考える力はついていくのだから、算数・数学にしても、理科にしても、小学生の時よりも中学生の時の方が“好き”は増えていいはずだ。
好き”が増えていないということは元々小学生の時から知識・情報を自ら考えて獲得し、発展させていく楽しいという刺激を経験する構造の教育ではなかったことを物語っていることになる。
小学4年の学力向上の理由について――
奈良哲文部科学省参事官(学校運営支援担当)「新学習指導要領が09年度から先行実施され授業時数が増えたこと。
07年から全国学力テストが導入されたこと」
記事解説。〈今回のTIMSSは学習の「到達度」を測るため、問題の多くは授業に沿った内容で、授業時間数が増えれば得点も上がるのだ。〉――
暗記教育であることの言い替えに過ぎない。授業時間を増やして、より多く暗記させた。
暗記教育でなければ、好きな授業となっているはずである。
猿田祐嗣国立教育政策研究所総合研究官「勉強の仕方や楽しさ、大切さは授業で教えないと子供の意識は変わらない」
児童・生徒が考えて身につけていく教育とならないことには楽しい授業とはならない。暗記させるという機械的強制では楽しさの刺激など手に入れようがない。
参加国の順位も日本の教育が暗記教育であることを物語ることになる。
(「NHK NEWS WEB」記事)小学校、中学校とも、シンガポール、韓国、香港、台湾が上位を占め、日本はそれに次ぐ結果だという。
韓国の受験競争の苛烈さを受けた徹底的な暗記教育は評判となっているが、シンガポールについては、《シンガポールの政策・教育政策編》(2011年改訂版)に次の一文の載っている。
〈(1)学力偏重主義からの脱却
シンガポールでは、天然資源を持たず、人材こそが最大の資源であるという国家観のもと、1959年の自治権獲得や1965年のマレーシアからの独立を経た、生存をかけた国家発展の黎明期にあっては、全体の質を底上げするため、中央集権的な教育システムの構築が行われた。そこでは、今日まで続く「二言語主義」や「能力主義」が導入されてきた。
後者の「能力主義」は、学力に基づいて内容や進度を変えることのできる仕組みであり、能力さえあればチャンスは平等に開かれているという、多民族、多文化から構成される社会に合致するものであるとされる一方、一旦低いレベルに振り分けられた後、高いレベルへ移ることは事実上困難であり、それ故に、激しい競争による学力偏重主義を生み出してきた。これを受け、シンガポールでは、詰め込み型から教育内容の多様化による思考力を養成する教育への変革が図られているところである。〉――
「詰め込み型」と言えば聞こえはいいが、暗記型と同義語でしかない。
「能力主義」と言いながら、その「能力」とは暗記知識の量で計る能力でしかなかった。
次の記事はアジア勢の成績の良さは暗記教育の成果だとあからさまに指摘している。
《アジア勢、理数学力上位独占 暗記偏りの表れ? 国際学力テスト》(MSN産経/2012.12.12 00:09)
〈11日に公表された2011年「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)」では、理数教育に力を入れる韓国、シンガポール、台湾などアジアの国・地域が国際比較の上位をほぼ独占した。日本は小4算数の平均得点を大きく伸ばしたが、他のアジア勢がさらに高得点だったため順位は1つ下がる結果となった。〉――
文部科学省幹部「TIMSSでアジアが強いのは基礎知識の暗記に偏っていることの表れかも」
文科省の幹部が直々に日本の教育は暗記教育だと言ってはマズイはずだが、要するにシンガポール、韓国、香港、台湾共に暗記教育のシステムを採用していることを示唆している。
だが、シンガポール、韓国、香港、台湾の暗記教育に続いて日本の暗記教育が席を占めたのは名誉なことではないか。暗記教育であったとしても、成果であることに変りはない。
安倍新政権は“考える教育”を基本に置かないまま、世界トップレベルの学力、規範意識、そして歴史や文化を尊重する態度を育む教育の再生を謳っている。
考えることの楽しさ、その刺激が自らの知識・情報を生み、視野を広げ、行動力をつけていくということを知らないままでは、どのような教育再生も不可能だろう。