安倍晋三は北朝鮮に経済的圧力を加えることで北朝鮮の核の放棄を狙っている。そのような狙いに基づいた発言を改めて振返ってみる。
「第72回国連総会一般討論演説」(外務省/2017年9月20日)
安倍晋三「9月3日,北朝鮮は核実験を強行しました。それが,水爆の爆発だったかはともかく,規模は,前例をはるかに上回りました。
前後し,8月29日,次いで,北朝鮮を制裁するため安保理が通した,「決議2375」のインクも乾かぬうち,9月15日に,北朝鮮はミサイルを発射しました。いずれも日本上空を通過させ,航続距離を見せつけるものでありました。
脅威はかつてなく重大です。眼前に,差し迫ったものです。
我々が営々続けてきた軍縮の努力を,北朝鮮は,一笑に付そうとしている。不拡散体制は,その,史上最も確信的な破壊者によって,深刻な,打撃を受けようとしています。
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対話とは,北朝鮮にとって,我々を欺き,時間を稼ぐため,むしろ最良の手段だった。
北朝鮮に,すべての核・弾道ミサイル計画を,完全な,検証可能な,かつ,不可逆的な方法で,放棄させなくてはなりません。そのため必要なのは,対話ではない。圧力なのです」
「対話」を否定し、「圧力」こそ、北朝鮮に対して「完全な,検証可能な,かつ,不可逆的な方法」での核・弾道ミサイル計画放棄の道だとしている。
この一般討論演説5日後2017年9月25日の「衆院解散記者会見」(首相官邸/2017年9月25日)
少子高齢化と北朝鮮の脅威を「国難」と掲げて。
安倍晋三「圧力の強化は北朝鮮を暴発させる危険があり、方針転換して対話をすべきではないかという意見もあります。世界中の誰も紛争などを望んではいません。しかし、ただ対話のための対話には、意味はありません。
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対話の努力は時間稼ぎに利用されました。北朝鮮に全ての核、弾道ミサイル計画を完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法で放棄させなければならない。そのことを北朝鮮が受け入れない限り、今後ともあらゆる手段による圧力を最大限まで高めていく他に道はない。私はそう確信しています」
「対話の努力」はミサイル・核開発の「時間稼ぎ」に利用されだけで、「今後ともあらゆる手段による圧力」こそが「核、弾道ミサイル計画」の完全放棄の方法だと信じてやまない発言となっている。
北朝鮮はミサイル発射実験ばかりか、2017年9月3日に6度目となる核実験を強硬。国連安保理はこの実験を受けて9月11日、新たな制裁決議を全会一致で採択した。中露の反対で石油禁輸は見送ったものの、北朝鮮の石油精製品の輸入を従来量の3割削減となる年間200万バレルに制限。石炭等の資源輸出に次いで2番目に輸出額が大きい、8割近くが中国向けの繊維製品の輸出を禁止する等の内容となっていて、北朝鮮を追い詰めることになる相当厳しい制裁であったはずであり、安倍晋三が望んでいる最大限の圧力に相当したはずである。
だが、北朝鮮はこの制裁決議の僅か4日後の9月15日午前、全部で6回目となる北海道上空通過、太平洋沖落下の中距離弾道ミサイルの発射実験を敢行。
さらに2017年11月29日正午、米本土到達可能な新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星(ファソン)15」の発射に成功。国連安保理は2017年12月22日、同国に対する追加制裁決議案を全会一致で採択した。
一見すると、北朝鮮は国連の制裁に屈しない姿勢をICBM発射で示したように見えるが、金正恩は2018年1月1日の「新年の辞」で、「米国が冒険的な火遊びをしないようにする強力な抑止力がある。米国は決して我が国を相手に戦争できない。核のボタンは私の事務室の机の上にいつも置かれているのが現実だ」と米国を牽制する一方で、2月のピョンチャンオリンピックに言及、「大会が成功裏に開催されることを心から望む。われわれは代表団の派遣を含めて必要な措置をとる用意があり、このために、双方の当局がすぐに会うこともできる」と述べて南北対話を提案、韓国もこの提案に応じて、南北共に閣僚級の代表と次官級の高官が参加する高位級会談の1月9日の開催が決まった。
この急遽決まった南北対話への急激な展開は北朝鮮が国連の制裁や日米それぞれの独自制裁に安倍晋三が望んでいる通りに追い詰められてきた窮余の策に見えないことはない。
但し二つの見方ができる。一つは経済制裁の輪からせめて韓国だけを切り崩して、経済的に一息つき、その余裕分をミサイル開発や核開発の資金に向ける。
もう一つは韓国との対話と糸口として米国との対話に応じる。トランプは南北対話を歓迎しつつも、自分の圧力政策が対話に繋がったとし、状況次第での米朝直接対話の可能性に触れている。と言っても、核放棄を対話の条件としていることに変わりはない。
安倍晋三も断るまでもなく、トランプと同様の姿勢を見せている。各党党首へのインタビューを扱った1月7日(2017年)のNHK「日曜討論 2018年 政治はどう動く」から、その発言を見てみる。
島田キャスター「外交安全保障、大きな課題を抱えている北朝鮮を巡って韓国と当の北朝鮮が9日にも2年ぶりの高給会談を行う見通しとなりました。今回の南北間の対話再開、これがどう進んでいくことが重要と見ていますか」 安倍晋三「私たちは北朝鮮に政策を変えさせるために様々な手段を使って、あらゆる手段を使って最大限圧力を高めていく。これは北朝鮮に政策を変えさせて、北朝鮮の側から話し合いたいと言ってくる状況をつくるためにであり、そのために昨年、トランプ大統領とも、その方針で合意をし、その考え方に則って国連に於いて厳しい制裁且つ決議を採択して北朝鮮向けの石油製品9割、供給制限をすることになりました(北朝鮮の輸出の9割が制裁対象になることの間違い)。 今回そうしたことに於いてですね、ピョンチャンオリンピックに向けて協力していく姿勢を北朝鮮が示した。オリンピックは平和の祭典ですから、私はこうした変化は評価したいと考えています。 しかし大切なことは北朝鮮に核ミサイルを放棄させる。そして拉致問題を解決していくことでありますから、そのためにしっかりとまずは国連決議を全ての国が履行していくことが大切だろうと考えております」 |
そして例の如くに「対話のための対話は意味がない、完全、検証可能な且つ不可逆的な形で核ミサイルを廃棄することにコミットさせる。そしてそれに向けて具体的な行動を取るということが必要。それがあって初めて意味のある対話になっていく」と締め括っている。
いわば核放棄に繋がらない対話は時間稼ぎに過ぎない、繋がる対話のみに意味があるとの趣旨で圧力の結果をそこに置いている。と言うことは、安倍晋三の持病である潰瘍性大腸炎の治療薬を信じ切っているように圧力の結果を信じ切っていることになる。でなければ、「北朝鮮の側から話し合いたいと言ってくる状況をつくる」といった発言は出てこない。
確かに国連安保理の厳しい様々な制裁は北朝鮮の経済的体力を弱体化させる。だが、安倍晋三が「対話の努力は時間稼ぎに利用された」と言っていることは金正恩が独裁者であり、独裁者としての国家的意思を見誤った発言に過ぎない。
独裁国家は民主国家と経済上の国益を一致させることができても、国民統治に関しては基本的人権の点で国益を一致させることができない。その点で国益を一致させたなら、独裁国家はたちまち独裁国家でなくなる。
独裁者は独裁体制を危険に陥れる国内の勢力に対しては言論の抑圧や集会の制限、あるいは禁止等の方法を用いて強権的な取締まりを行い、国外の勢力に対しては軍事的手段で独裁体制を守ろうとする。
北朝鮮の金正恩にとっては国外の勢力からの独裁体制を死守する唯一無二の保障が核ミサイルの装備であって、そうである以上、放棄することはあり得ない。
以前トランプが核放棄の条件として北朝鮮の国家体制の保障を口にしたことがあるが、金正恩は父子継承の金一族の独裁体制の国民統治と民主体制のそれとの国益上の利害の不一致・価値観の不一致が一度の保障によって解消されない永遠性を弁えていて、独裁体制死守の絶対的保障をアメリカ本土攻撃可能な核ミサイルの保有から変える意志を持っていないはずだ。
北朝鮮が独裁国家体制を取る間は永遠に相交わることのない、常に相反する国民統治方式の軌跡を相互に描くことになる以上、「今後ともあらゆる手段による圧力を最大限まで高めて」いって、「北朝鮮の側から話し合いたいと言ってくる状況」を作ることができたとしても、その話し合いにしても「時間稼ぎに利用される」ことに変わりはない。
つまり最大限に高めた圧力が北朝鮮の核ミサイル装備の放棄に繋がる保証はない。既に米本土到達可能なICBMを保有したとしていることが北朝鮮の強みとなるはずだ。この強みを背景に以後、様々な時間稼ぎで北朝鮮を確固とした核保有大国に育てていくことになるだろう。
安倍晋三にしてもトランプにしても、鈍感・無知な点を相共通させて、金正恩が独裁国家体制指導者として核保有を独裁体制死守の最大国益とせざるを得ないことに気づかずに圧力によって核ミサイルを放棄させることができるとあくまでも固く信じている。
北朝鮮が核保有を放棄せざるを得ない状況に追い込まれたとき、それは金正恩にとって祖父から父親へ、父親から自身へと受け継いできた父子継承の独裁体制を守る手段を失って、独裁体制の終焉を意味することになり、暴発の始まりに転換しない保証はない。