安全保障を理解するうえで
本論は坂本義和氏の全集第五巻『核対決と軍縮』(岩波書店 2004)を読解した上で、特に理解するうえで必要と考える視点を小生なりに列挙したものである。
国際政治学の観点から軍縮問題と安全保障問題をを研究する上で、特に重宝する理論展開、政治的な安全保障論が展開されており坂本義和の著書に目を通す事は初歩中の初歩であるといえる。しかしながら、一読された方々はお気付きの通り、執筆されてよりかなりの長期間を経たことで、必ずしも安全保障の今日的課題とは合致していない点も否めない。本論は小生により、特別演習用に作成されたレジュメを再編し掲載するものであり、本文中の記号に関しては■が坂本氏本人が著書において記述していた内容、●を他の研究者の著書から引用、□を小生の私見として編集したものである。レジュメという性格上、多分に記載方式に判読困難な方式がある点は否めないが、安全保障問題を研究される方の初学の補助となれば幸いである。
なお、研究者や安全保障研究を行わないまでも、ニュースを通じて伝えられる日々の国際的展開を理解するうえで一助となる書籍であり、所謂ヒョーロン家的というか、マニア的な、揚げ足取りともとれる安全保障観、憲法観に対しても知の理解を深める好著として、一読を薦めたい。
最後に、本論は著書から小生なりの解釈を述べた部分があり、いわゆる「公式解釈」というものでは一切無い事をお断りしておく。
第一章 政治としての軍縮
■坂本『攻撃的または膨張的な政策が採られていれば軍縮は不可能である』
→ 軍備や軍事力といったものは一見数量化計量可能とみえて実はそうではない
→ 数的には兵器は世代交代・近代化とともに精鋭化、少数化し、一見数的軍縮に
向かっているように見える
■坂本『ホットラインとは非攻撃現状維持を望む相互合意があって、機能するものである』
■『ソ連指導部に圧力をかける事が出来るのは軍部、軍部の視点から見れば政治は軍拡一色となる、政治は軍部を向うに回して抵抗しなければならない(フルシチョフ回想録:本文引用)』
→ ●デビッド・グランツ『独ソ戦全史』17章 独ソ戦に伴う耐え難い損害の将来的抑止体制がソ連に悲運を招いた
■『途上国は兵器数量近代化度合がともに低いが、政治体制が軍事化している したがって途上国における軍縮とは政治体制の非軍事化である』
→ □欧州通常兵力削減条約発効に伴い余剰化した第三世代地上戦兵器が途上国へ拡散
→ □冷戦終結に伴う先進国兵器需要の低下は、生産ライン維持の為の先端軍事兵器の途上国輸出が強化
→ □冷戦後の地域紛争増加により、途上国(南ア、ブラジル、中国、イスラエル)からの携帯火器などの輸出増加
■不公正な開発 → 格差の増大 → 国内対立の軍事化 → 大国軍事介入の素地
→ □確かに1990年代までの中米への米軍事介入は適合するが・・・
□国防政策の定義づけから区分する“先進国と途上国”とは何か
□兵器の近代化度合で見ることはナンセンス、また一般にいわれる陸:海空バランスによる区分も同様
→ □主たる戦略目標 途上国=クラウゼヴィッツ的 先進国=マハン的
→ □途上国=国境線画定に伴う戦域防備戦略 先進国=ハートランド防衛若しくは先制的自衛
■ 1974.1シュレンジャー国防長官『対都市攻撃から対兵力攻撃へ』 → 米ソの軍事技術開発が進展したという意味
■ 第一世界 米ソ超大国:世界軍事支出の2/3、強大な軍事力
第二世界 英・仏・西独 やや大きな軍事費を有するがその増額規模は年間1%程度
第三世界 やや大きな軍事費を有し、かつ大きな増額比率
第四世界 軍事費・増加率、ともに小さい
□ 第一世界 米国 極めて大きな軍事費と世界規模でのPower Projection能力
第二世界 やや大きな軍事費を有するが、その規模はGDPの1%前後
第三世界 やや大きな軍事費を有し、GDPの2%以上を軍事費とする
第四世界 軍事費そのものが小さい
□ 戦域間Power Projection能力の有無及び規模、通常戦力全般の世代近代化比率、対核戦力(BMDを含む)の有無
戦域内Power Projection能力の有無及び規模、通常戦力全般の世代近代化比率、戦域戦闘管理能力・協同交戦能力度合
戦略的戦域的情報収集能力(人的情報収集・通信傍受・偵察衛星)能力
● 核戦力と運搬能力を含む近代化された通常戦力を有する国
核戦力と近代化に乏しい通常戦力を有する国
近代化された通常戦力を有するが核戦力を有しない国
旧式化された通常戦力のみを有する国 (ドュピュイ戦略研究所:松村劭)
■ 第一世界の軍拡と兵器輸出がセットになっている
→ 先進国による武器輸出の禁止が必要
● 世界124カ国が113700両の戦車を保有、18年間で53000両減少、しかし先進国は劇的な削減とともに第三世代戦車への特化、中東や南アジア地域に対し先進国から削減された戦車の流入、全世界規模での戦車拡散 (深川孝行“世界戦者地図”PANZER410)
□ 巨大軍事産業として知られるロッキード社、主力機種であるF-16は1974年初飛行、世界24カ国4452機が装備または発注、ただし実戦運用はオシラク原発空爆、湾岸戦争とイラク懲罰爆撃、ユーゴ空爆、イラク戦争、アフガン空爆など限定的
□ 需要があれば供給される Israel Military Industrial、中国北方工業公司、アームスコー、タウルス 特に途上国や中堅先進国で生産された低コストの弾薬がNATO諸国などで運用
第二章 軍縮の政治学
■ 世界軍事体系を“米ソの軍産複合体” → “米ソ間の軍備競争” → “同盟網と兵器輸出” → “第三世界の国家間軍備競争”
→ “第三世界における抑圧体系維持と兵器” という五段階に区分
●SDI(戦略ミサイル防衛構想)が新しい軍拡を生む可能性がある (進藤榮一『現代の軍拡構造』)
□日本のBMDシステム完成により最小限核抑止戦略が不成立となる可能性、これが核軍拡を招く可能性と、逆に戦域核縮減を生む可能性がある
□上記の“坂本モデル”を米中関係、米ロ関係、米欧関係、日米関係に当て嵌める事は可能か
→ 米中関係としては核戦略やPower Projection能力で格段の違い、ただし戦域的な対立として適合する可能性も
→ 米ロ関係としては軍備競争を行う経済的問題、ロシアは予算三割以下しか支出できず、兵器輸出はライン維持在庫処分が主務
→ 米欧関係、欧州域内からの兵器輸出努力はライン維持、中古兵器流出は在庫処分、価値観は類似、敵対的競争無し
→ 日米関係、自主防衛政策と日米関係重視の矛盾、戦略拠点としての日本、敵対的競争無し
□抑圧的体系維持と武器輸出は中米の事例が参考、抑圧的政策の基盤は経済援助、抑圧は軽火器以上を必要としない
■ 軍拡が量の競争から質の競争になってきた ミサイルの数を増やすよりもその精度と命中率を高めていく
■ 過剰殺戮の為の物資蓄積は軍事的閉塞状況打破手段たりえず、従って命中精度の向上へと進んでいった
→□ 精密誘導弾が実戦運用に供されたのは1972年の橋梁攻撃、その後民生被害の大きい絨毯爆撃に代わり対地攻撃の主流へ、ウエストモーランド(駐越米司令官)の「アジアにおける人命は欧米のそれと比べて安い」、人的損耗局限化の構想へ
→□ カルバラ地峡攻防戦(2003)の事例のように、精密誘導兵器は野戦における地上戦力無力化の手段としての戦術核を代替したことで、大規模戦域武力紛争や限定核戦争、結果的に戦略核戦争に進展する可能性を解消
→□ 戦闘機は世代交代とともに価格が五倍に上昇する、インフレ率以上の増加率、経済成長率以上の価格高騰と運用コスト増大が必然的に定数を縮減、同時に生存性が向上し人的損耗率低減を両立させる(米空軍のF-Xがその象徴)
従って、先進国化することで質的に洗練され、損耗率低下の視点が質的向上と循環し、数的に兵力規模が縮小するのは趨勢
→□ しかし、戦術核代替精密誘導兵器を保有しない核保有国が精密誘導兵器による攻撃を受けた場合に戦術核使用の危険性
■ 現在のソ連軍縮イニシアティヴが続けばやがて、東欧と西欧の間である程度の軍縮が可能となるでしょう
→□ ヘルシンキ合意に基づく軍事行動の透明化、中距離核戦力全廃条約が挙げられる、特に中距離核戦力の主たる目標は欧州域内における核抑止と戦域使用である為、意味は大きい
→□ 欧州通常戦力削減条約により、戦車数や火砲(100㍉以上)、装甲車輌(FV,APC)、ヘリコプターや戦闘用航空機に関して具体数での削減合意が取り付けられた、しかし2006年2月に中央アジア米軍駐留(暫定的だが)を契機にロシアが脱退を表明しており、予断は許さない
■ 今日の通常兵器は非常な破壊力を持っていますから、核兵器のことばかり言いすぎると、日本も持っている通常兵力の恐ろしさを忘れる危険があります(中略)アジア・太平洋地域で通常兵器保有国が為しうることに関して議論を起こす必要があります
→□ 通常兵力が有する核兵器に対する対抗性(BMD)
→□ 最終的に地域占領を司る陸上戦力、海上交通路維持を主任務とする海上戦力という二区分を同義的に見ることは妥当か
→■ 日本が軍事費をGNP1%以下に落とすというイニシアティヴが必要となる
→□ 軍事費に退役自衛官の年金(軍人恩給)を含むか、研究開発費をどのレヴェルまで盛り込むかなど、定義のばらつき
→□ 技術的蓄積や施設の差異、軍事費削減は政治的スローガンだけでしかないのではないか
北大路機関 (無断転載を厳に禁じる)