■東シナ海の国際係争問題
10日の尖閣諸島日台船舶衝突事案を契機として、昨日、巡視船9隻を中心とした領海侵犯。続く18日に台湾の立法委員を乗艦させたミサイルフリゲイトを派遣するのでは、とされた懸念は、一応沈静化に向かったようだ。実際に行われていれば日本も海上警備行動命令を発令し、佐世保から護衛艦が急行しただろう。
台湾が巡視船を領海侵犯させた以上、なんらかの政治的目的があったはずである。単なるパフォーマンスとしてはあまりに常識を逸脱した行為であるからだ(本当に警護だけが必要ならば、一緒に領海侵犯をせずとも、公海上で活動家が乗船した船舶が係争地域に入る前に行動を抑制すればよい)。非常に穿った見方ではあるが、今回の領海侵犯は、領域問題以上の問題を吹含め行われたものではないかと見ることが出来る。台湾(中華民国)の国家承認という問題だ。日本は日中国交正常化とともに中華人民共和国と国交を結ぶと同時に中華民国台湾政府との外交関係を解消し、主権国家と交戦団体という位置づけが逆転してしまい今日に至る。国家承認について日本は宣言的効果説に依拠していないため、国家承認を行っていない台湾、そして北朝鮮は外交上国家としていない立場を採っている。今回、巡視船と漁船の衝突に対して抗議を行う民間船に、台湾から警備の為の巡視船を派遣することで日台の国際紛争を醸成し、領域問題に関するアクターとして台湾のポテンシャルを示すことで、一種の国家承認の確認(一応、交流協会というかたちで実質的な外交関係は結ばれている)を行う狙いがあったのではないか。台湾の馬新総統は、親中・親米・反日という微妙な政治スタンスを取っていることが、香港フェニックスなどのメディア情報を分析することで見えてくるが、他方で、台湾と中国という安全保障上の関係では、軍事的圧力の可能性が否定できないことが、例えば米議会報告“中国の軍事力”などに分析された兵力配置を根拠にいうことができる。この点、国家承認を受けるということは外交関係上、一種の対中牽制手段として台湾は日本との外交関係を挙げることができる。東京から台北に外交上の抗議を、北京やワシントンにも分かる明確な方式で出させることが目的としてあったのではないか、それとも台湾の単なる思慮を欠く行為であったのか、進展を見守りたい。
純粋に軍事という安全保障の一視点から俯瞰した場合、尖閣諸島の台湾領有は必ずしも最良の選択肢とは言いがたい。仮に軍事的手段を用いて強制力を行使しようとすれば、海上自衛隊と対峙することとなり、少なくとも台湾国内の軍事演習における仮設敵が大陸正面からの圧力を想定し続けている限り、仮想敵国は大陸とみている訳で、二正面作戦は避けるべき命題である。海軍力でいうならば、台湾海軍は韓国海軍よりも優位にあるが、ソ連太平洋艦隊との刺し違いを想定して整備された海上自衛隊と比べれば相当見劣りする。また、万一の台湾有事となった場合、台湾周辺海域に含めることが出来る尖閣諸島周辺海域の制海権を保持することは、台湾本島への北方からの脅威を抑止することとなるが、尖閣諸島が台湾の勢力圏となれば、この方面にも防備戦力を配置する必要が生じ、広く散らばってしまう。最も台湾にとり避けるべき命題は尖閣諸島に中国の軍事施設が構築されることであるが、少なくとも中国が軍事的に海上自衛隊と対峙することも利点は少ない。結果、現状のように日本の勢力圏としておくことが、軍事面では共通利益が多いといえる。
東シナ海ガス田開発について。尖閣諸島問題関連で、もう一つの国際紛争の要因となっているのが、日中境界線画定問題と、係争地域に点在するガス田開発の問題である。中国には、現在、経済発展に伴うエネルギー問題が存在しており、スーダンのダルフール問題を棚上げしてのアフリカ開発、ベンガル湾に対する航空拠点建設など大車輪で進められている一連の政策の背景にはエネルギーの確保とシーレーン防衛という問題がある。後述するが、安全保障上の問題も中国にとり、尖閣諸島に対する関心という影響を与えている。先月の日中首脳会談で議論された東シナ海ガス田開発の問題では16日に翌檜ガス田の周辺海域において共同開発、白樺ガス田周辺についての開発では合弁企業の立ち上げという合意であった旨公表された。
まず、この国際紛争の問題を大きくしている命題として、国連海洋法条約に依拠した境界線画定方式と、大陸棚条約に基づく境界線画定方式の衝突である。国連海洋法条約において排他的経済水域200浬が競合する400浬未満の二国間海域では、両国の直線基線からの中間線を境界とする等距離中間線が、排他的経済水域の境界画定方式として採用されていたが、大陸棚条約では200浬を超えて大陸棚の自然延長が認められる場合、これを排他的経済水域とすることができる旨がある。大陸棚条約に基づく境界線画定は大陸ではない島嶼部国家には不利である。地質断面からみれば沖縄県島嶼部までが大陸棚に乗っていることで、領海12浬よりも西方が中国の排他的経済水域に入ることとなり、これは衡平性を欠いている(ただし、大陸棚条約には基点となる大陸が明記されていないため、沖縄県島嶼部の基線を基に西方に大陸棚を計算し、中国との間で等距離中間線を画定すればよいのだが)。
中国が東シナ海の排他的経済水域の問題で出されるのは大陸棚の自然延長に関する命題であるが、他方、同じユーラシア大陸に属するヴェトナムとの南沙諸島問題では、ヴェトナムの大陸棚自然延長を認めておらず、仮に大陸棚の自然延長が境界画定に用いられるとするならば、同じ大陸であっても同じ権利を自国以外には認めないというダブルスタンダードが成立してしまう。韓国との間で結ばれた1978年の日韓大陸棚共同開発協定において韓国も大陸棚条約に基づく境界線画定を明示したが、ヴェトナムとの関係をみると韓国は黄海における排他的経済水域を喪失する可能性があり、境界画定の問題を解決させる為には、これらを勘案した合意形成が必要となろう。
他方、中国が尖閣諸島への領有権を示すには当初安全保障上の理由があった。一般に海底資源の可能性を東海大学の調査船が発見してよりの係争化が指摘されるが、並んで1979年6月、東京サミットに圧力を掛けるようにソ連空母『ミンスク』が石垣島から対馬海峡を通りウラジボストークに回航、太平洋艦隊に配備された事例を端緒とし、ソ連太平洋艦隊の増強が著しくなった点を挙げたい。1969年のダマンスキー島事件以来悪化していた中ソ関係にとり、特に尖閣諸島周辺海域からのソ連潜水艦によるミサイル攻撃を大きく警戒していたとされる。これは毛沢東とシュミット独外相との会談などで示した対ソ警戒と、同じ場で語ったソ連太平洋艦隊への過大評価と併せ見ると説得力がある。1980年8月21日にはソ連のエコー級原潜が事故のため沖縄県近海で緊急浮上しており、ソ連原潜の沖縄周辺海域での活動振りを中国に示すようになった。今日では中台の安全保障関係を俯瞰すると台湾近海に位置する尖閣諸島の意義は大きくなり、他方、東シナ海の大陸棚延長線を排他的経済水域とすることができれば、上海などからも比較的近距離にあるアメリカ戦略拠点、嘉手納基地にポテンシャルを誇示できることとなる。
ただ、国際関係は単に利害関係では一概に判断できない部分が多く、この問題は奥が深い。詳細に分析すれば修論が5~6本分の労力が必要だろうし、零細時間の有効活用として文章と写真を載せる本Blogの主旨を逸脱してしまう。日本に、なによりも必要なのは広い人々に、堅実な関心と絶え間ない問題認識の保持では、と手堅くまとめてみたりしたい。
HARUNA
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