■戦車,前進よーい前へ
観閲行進の迫力というものはどのように写真として記録するのかが毎回のように悩むところです。
富士学校祭、撮影位置は毎回困るところなのです、定番ばかりを撮影してきましたので、工夫がほしいなあ、と思うところ。ただ、昨年はそれで失敗してしまったのですね、坂を上ってくる戦車、力強い74式戦車の情景を撮影しよう、といきごんでいたものなのだが。
坂の上の雲、ではなく坂之上の撮影位置、しかし、まあ、考えが足りなかった、相応に迫力がある構図にはなったと思う、のだけれども観閲台後方のお手洗いが背景のようにしっかり写り込んでしまって、トイレと戦車では後で冷静に写真を見て迫力もなにもないもの。
観閲行進を中心に撮影するには、望遠の圧縮効果で、日本にもこれだけの機械化装備があるのだ、というところを撮影したいものだけれど、かなしいかな戦車教導隊、いやいまは機甲教導連隊か、ここには戦車中隊はもう3個しかないのは残念だが、仕方ない、のか。
機械化部隊を、それでもしっかりと撮影するには真正面にちかい位置から撮影するしか、望遠レンズの圧縮効果を最大限発揮するほかないのだよなあ、というところです。この場合、18-200mmレンズにするか100-400mmレンズにするのか迷うのだけれど。
観閲台後方の高台から撮影する、ということも向かしためしたのですけれども、これも間延びするといいますか、画面上に戦車いがいのものが多く写りすぎてなんとなく迫力がない、となるとどうしても正面しかなくなる。これが富士学校祭撮影定番といわれるゆえ。
今年の撮影位置は、さて。実は大変な失敗を。友人とともに夜明け前、ではないけれど結構早い時間帯に開門前の行列に陣取って待機していたのですが、ちょいとコンビニいてくる、と交互に交代して補給や手洗いにいっていたのです、けれども今年は、ちょっと。
開門前の時間にローソンにいったつもりが、開門時間が繰り上げになって、有象無象の荷物を友人がしかたないなあ、と担いでくれたものの、小物が多く煩雑な、そして歩行速度のかなりの低下を友人に強いてしまって、ゆえに撮影位置確保に困難が生じてしまい。
おいておくのは椅子だけにしてくれよ、と、いわれてしまいましたが、ホントにもうしわけないことしたなあ、と。そんなこんなで結果的に観閲台正面をじゃっかん外したような位置から撮影することになったのは激しい場所取り競争の結果というところで、すまん。
機甲教導連隊に第4中隊が無くなり機動戦闘車中隊ができたのかあ、と素観閲行進のさいに知ることとなる、これとは別に第5中隊のかわりに戦闘中隊ができていたものですから、これ、戦闘中隊と機動戦闘車中隊とどうちがうのだろう、と素朴に思いまして。
ウクライナの戦闘をみていると、すべて戦車だ、ということを毎日のように戦況報告を、イギリス国防省もISWアメリカ戦争研究所も現実をしめしていますから、普通科連隊にもカタい戦車なみの装甲車が必要とおもう今日この頃、大丈夫なのかなあ、と思う。
紫外線が大変だ。そしてこの撮影位置、木立の木漏れ日がさしこむ立地ですので、標高が高い故に気温は常識の暑さの範疇で熱さというほどではないのですが、標高が高いので紫外線が痛い。すると思うのは、気候変動の時代ですからヒートストレスのこと。
自衛隊は普通科も含めて機械化を進めて、徒歩機動によるヒートストレスで損耗しないよう、冷房の利いた装甲車で、下車戦闘のさいに光学照準機が曇らないよう配慮がひつようですけれども、そんなこともこの真夏の観閲行進をみた際に痛感したのでした。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
観閲行進の迫力というものはどのように写真として記録するのかが毎回のように悩むところです。
富士学校祭、撮影位置は毎回困るところなのです、定番ばかりを撮影してきましたので、工夫がほしいなあ、と思うところ。ただ、昨年はそれで失敗してしまったのですね、坂を上ってくる戦車、力強い74式戦車の情景を撮影しよう、といきごんでいたものなのだが。
坂の上の雲、ではなく坂之上の撮影位置、しかし、まあ、考えが足りなかった、相応に迫力がある構図にはなったと思う、のだけれども観閲台後方のお手洗いが背景のようにしっかり写り込んでしまって、トイレと戦車では後で冷静に写真を見て迫力もなにもないもの。
観閲行進を中心に撮影するには、望遠の圧縮効果で、日本にもこれだけの機械化装備があるのだ、というところを撮影したいものだけれど、かなしいかな戦車教導隊、いやいまは機甲教導連隊か、ここには戦車中隊はもう3個しかないのは残念だが、仕方ない、のか。
機械化部隊を、それでもしっかりと撮影するには真正面にちかい位置から撮影するしか、望遠レンズの圧縮効果を最大限発揮するほかないのだよなあ、というところです。この場合、18-200mmレンズにするか100-400mmレンズにするのか迷うのだけれど。
観閲台後方の高台から撮影する、ということも向かしためしたのですけれども、これも間延びするといいますか、画面上に戦車いがいのものが多く写りすぎてなんとなく迫力がない、となるとどうしても正面しかなくなる。これが富士学校祭撮影定番といわれるゆえ。
今年の撮影位置は、さて。実は大変な失敗を。友人とともに夜明け前、ではないけれど結構早い時間帯に開門前の行列に陣取って待機していたのですが、ちょいとコンビニいてくる、と交互に交代して補給や手洗いにいっていたのです、けれども今年は、ちょっと。
開門前の時間にローソンにいったつもりが、開門時間が繰り上げになって、有象無象の荷物を友人がしかたないなあ、と担いでくれたものの、小物が多く煩雑な、そして歩行速度のかなりの低下を友人に強いてしまって、ゆえに撮影位置確保に困難が生じてしまい。
おいておくのは椅子だけにしてくれよ、と、いわれてしまいましたが、ホントにもうしわけないことしたなあ、と。そんなこんなで結果的に観閲台正面をじゃっかん外したような位置から撮影することになったのは激しい場所取り競争の結果というところで、すまん。
機甲教導連隊に第4中隊が無くなり機動戦闘車中隊ができたのかあ、と素観閲行進のさいに知ることとなる、これとは別に第5中隊のかわりに戦闘中隊ができていたものですから、これ、戦闘中隊と機動戦闘車中隊とどうちがうのだろう、と素朴に思いまして。
ウクライナの戦闘をみていると、すべて戦車だ、ということを毎日のように戦況報告を、イギリス国防省もISWアメリカ戦争研究所も現実をしめしていますから、普通科連隊にもカタい戦車なみの装甲車が必要とおもう今日この頃、大丈夫なのかなあ、と思う。
紫外線が大変だ。そしてこの撮影位置、木立の木漏れ日がさしこむ立地ですので、標高が高い故に気温は常識の暑さの範疇で熱さというほどではないのですが、標高が高いので紫外線が痛い。すると思うのは、気候変動の時代ですからヒートストレスのこと。
自衛隊は普通科も含めて機械化を進めて、徒歩機動によるヒートストレスで損耗しないよう、冷房の利いた装甲車で、下車戦闘のさいに光学照準機が曇らないよう配慮がひつようですけれども、そんなこともこの真夏の観閲行進をみた際に痛感したのでした。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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