北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【G3X撮影速報】今津駐屯地創設72周年記念行事(2)方面隊情報部隊の観閲行進(2024-09-21)

2024-11-02 20:11:00 | 陸海空自衛隊関連行事詳報
■方面隊情報部隊
 方面隊情報部隊の観閲行進、情報部隊といいますと秘密めいた印象が有りますが実際には敵が隠したい実情を各種手段により暴くというもの。

 中部方面無人偵察機隊の観閲行進、空色の職種カラーは情報科のカラーです。今津駐屯地の駐屯部隊は減る一方であるなかで新編された数少ない部隊なのですが、人員規模は50名規模となっていまして、そして運用する無人機の数も若干数と、昔の部隊だ。

 スキャンイーグル無人偵察機の配備も開始されていますが、これも本来は旅団や師団単位で運用することが求められていますので、方面隊単位の無人偵察機部隊となりますと、師団や旅団にスキャンイーグルの分遣隊を派遣できるような規模があって然るべき。

 中部方面移動監視隊、千里眼という光学監視装置を装備しています。少しでも動いた物体を検知すると高精度カメラによりその詳細を探るというものなのですが、これ、もともとは北朝鮮の特殊部隊などが沿岸部に浸透した際に発見するための装備だという。

 無人機対策に必要な装備だ、日本海を渡ってくる無人機は極めて低い高度を浸透することが可能で、レーダーの死角を飛行する懸念があります、千里眼であればこれを探知するには最適なのだけれども、大きな課題は数の少なさで、方面隊に百基単位で必要だ。

 第3後方支援連隊第2整備大隊偵察戦闘直接支援中隊の観閲行進、だいさんこうほうしえんれんたいだいにせいびだいたいていさつせんとうちょくせつしえんちゅうたい、ひらがなにするとものすごく長い名前の部隊となってしまうのが、ちょっと時代だなあ。

 重装輪回収車と軽装甲機動車と、16式機動戦闘車などの整備支援や必要に応じて損傷した車両の回収を行う部隊でありますので、装甲車両を相応に装備しています、昔は戦車直接支援中隊と呼ばれていた部隊で、96式装輪装甲車も装備していた。

 軽装甲機動車も後継装備としてハーケイ装甲車かイーグルⅣ装甲車が配備されるという。どちらも96式装輪装甲車よりもお高い。ところでラジエーターがむき出しの軽装甲機動車は設計の欠陥とヒョーロン家に叩かれたものだが、候補車はどちらもむき出し。

 第3偵察戦闘大隊本部の観閲行進が始まります、人員規模280名、戦車大隊の250名よりは若干増員されたことにはなるのだけれども、その分は三月の部隊改編で第10戦車大隊が廃止され、人員は豊川駐屯地に行ってしまった、駐屯地の規模を考えるとなあ。

 16式機動戦闘車、いい装備だとは思うのですが戦車と比較することが出来ない装備でもある、これは戦車では無いのだ。戦車を撃破できる105mm砲を備えているのですが車体そのものや砲塔正面の装甲は敵戦車の砲弾に対抗できるようなものではありません。

 偵察戦闘車、16式機動戦闘車の車体はファミリー化が進められることとなっていまして、この第3偵察戦闘大隊は偵察中隊と戦闘中隊があり、16式機動戦闘車は戦闘中隊に配備されているのですが、偵察中隊にはいまの装備の後継に偵察戦闘車が配備されよう。

 82式指揮通信車、平凡だと言われればそれまでですがけっこう成功した装備とおもう、小松製作所が設計し、指揮通信車と87式偵察警戒車に化学防護車というファミリー化が実現しまして、量産数は全部で400両近くを揃えた、全国にも配備できた。

 小型装甲車としてこの車両はもともと四輪駆動型を大量配備する研究が1970年代に為されていた、当時整備が進んでいた高速道路網を活用するためですが、開発中にオイルショックがおきまして普通科部隊の全般的な装甲化が実現せず、2020年代に至ります。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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【京都発幕間旅情】榛名さんの総監部グルメ日誌-名古屋,千種-名古屋の愛工大名電近くに旨い蕎麦

2024-11-02 14:41:45 | グルメ
榛名さんの総監部グルメ日誌
 こういうのでいいんだよこういうので。こう思わずつぶやいてしまうようなお店に偶然めぐり合う事が出来たならば日常というのはもっと楽しくなるのだろう。

 名古屋の愛工大名電といえば、野球の名門であり、ロボコンの名門でもある。お友達の母校でもありまして、甲子園まで応援に行くこともあると謂いますので、野球の強い高校というのはOBの一体感が凄いなあ、と掠りもしない母校野球部と比べ羨ましく思う。

 愛工大名電、所用で行くことがありまして、わたしは付き人のような感じではあったのですが、少しその際に時間が空きましたので、じゃあ、なにか美味しいものでもちょっと頂こう、となりました。唐揚げ弁当が昭和の頃から有名と謂うことでしたが。

 三河屋さん。唐揚げ弁当といっても、テイクアウトではちょっとなあということで店内で頂けるところを探し、見つけた蕎麦屋は定休日、すると大曽根駅の方角へちょっと歩いてみますと、街中に雰囲気の良い、昭和のよき時代を伝えている蕎麦屋三河屋さんをみつけ。

 天丼セット、880円、昭和に行ったのでは無く令和の、わかりやすく謂えば2024年にこの値段だ、京都だと珈琲一杯でこれくらいいってしまう、いや700円くらいか。天丼単品が890円ということだから不思議だなあとおもったが迷わず注文へ。

 蕎麦がざるにどんっ、とおかれて隣にミニ天丼が添えられていた、そうか、天丼単品だと天丼が普通に凄いやつが来るのだろうけれども、セットのミニ天丼でもしっかりと海老から南瓜から載っていて、南瓜、もうすぐハロウィンだものなあと納得しつつ。

 出汁、醤油が強く甘めの醤油という感じなのですが、北陸とも京都とも違う。そうだ考えれば八丁味噌が岡崎で量産されているわけですから醤油も個性がちがうのだ、こういう素朴な味の発見というのは、なにかうれしいですよねとわさびを溶かし溶かし。

 昔は蕎麦屋巡りを旅行の目的にする人々をあまり理解できず、旅行ならば名所旧跡に名物工芸品と自衛隊関連行事や絶景風景と様々な美味珍味を体験するべきでは、と思っていましたが、出汁と蕎麦の風味と比率の違いというか個性を知ると、なんだかわかるように。

 旨かった、が、それ以上に安かった、店内の雰囲気も大きなテーブルから小上がりまであって、厨房が大きなカウンター越しに大将が見事な切り盛りをしている、無論女将さんも。毎週行く機会は無いが大曽根駅ちかく、美味しかったなあと店を後にしました。

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【京都発幕間旅情】南海電鉄50000系特急電車ラピート,運行開始30年経ても特別保つ空港特急

2024-11-02 07:00:55 | コラム
■南海特急
 南海電鉄50000系特急電車ラピートはいつみても仰々しさが特別急行たる特別の気風とともに。

 南海特急ラピート、運用開始30周年という。もうそんなに経つのか、と驚くのはいやよく考えれば関西国際空港開港と同時に運行開始となったラピートは、そう考えればそれだけ経つものだよなあ、と思いつつ、驚くほど古さを感じさせない未来さがある。

 関西国際空港、日本初の全面埋め立て空港だ。半面埋め立て空港ならば長崎空港がありますが、全部埋め立ては関空が初めて、続いて中部国際空港と神戸空港が続いている、北九州空港の扱いはどう考えるべきか、あとは辺野古飛行場の建設も続いている。

 ラピート、空港特急といえば京成電鉄のスカイライナーや成田エクスプレスといった先人が優美なサービスを提供していますが、この鉄人28号をモダナイズしたようなラピートの、見た瞬間の衝撃にはなかなかかなわないのでは無いかなあ、とおもう。

 平成の、古さを感じさせないというデザインは、しかし考えると1990年代のバブル崩壊の能登に日本経済の低成長やマイナス成長が続く中で特に2000年代以降は、思い切ったデザインを鉄道はもちろん、建築物や自動車に採用することをやめてしまった。

 ラピートのようなデザインは、格好良いのだけれども製造費用がかさむ、すると株主総会などで叩かれる要因になるのだろう、もっと安く効率的に、モットヤスクコーリツテキニイ、という効率だけでしか物事の善し悪しを計れない現代ということだ。

 1990年代のラピート、西日本の私鉄では半世紀車両を使い潰すのは日常茶飯事となっていますので、30周年、といわれてもあと十年二十年は使われるのだろうけれども、そのころにはどんな鉄道車両の思い切ったデザインが、定着しているのだろうか、なあ。

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