北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

憲法と自衛隊 その相互関係と展望

2006-05-18 20:13:26 | 国際・政治

 研究科に入り、既に梅雨の時期を迎えようとする中で、小生は以前に増して様々な議論を行う中に在る。これまでの議論という知的交流の狭間から、得た若しくは考察したものを、憲法改正議論が盛んな中で、私見として憲法と自衛隊の関係性について言及したい。

■最高裁判断

 先ず第一に、憲法は実定法ではないため、その運用に関しては最高裁判所の判決が優先されるという事で、付随的違憲審査制(具体的な事件に関連して憲法に関する判断を行う制度)を採る中で、今日まで一度も自衛隊の存在や自衛隊法を憲法違反とした判例が無い事を重視しなければならない。

 一方で、判例自体が少ない為恐縮であるが、最高裁判所が合憲とした事も無く、統治行為論として政治に差し戻している為、内閣法制局の判断が優先する。これは黙示的な違憲判決と解釈する事も、同時に黙示的な合憲解釈とすることも出来るのだが、最高裁判所という性格上、極度に政治的要素を含む判決を行う際には、その正統性を問われる事例である為致し方ないと小生はみている。

 対して、国際法は自衛権を認めている。国際法の観点ではユスコーゲンス(強行規範)と国際司法裁判所に判断された国連憲章は、その二条四項において武力行使禁止条項を記載しつつも、その例外事項として国連憲章五十一条に自衛権の保持を明記しており、少なくとも国連憲章制定後は主権国家は自衛権の概念に基づいて武力紛争を実施してきた。ただし、自衛する権利を有しているのであり、自衛する義務を有しているのではないという点が重要であり、この履き違えを行うと論理転換となるため、備考として此処に記した。

■憲法前文に示された積極的平和主義の姿勢 

日本国憲法は特に憲法九条二項において軍事力の不保持を明記している唯一の憲法である。

 しかしながら、この規定は戦争に対する忌避ともとれる多分に消極的なものであり、対照的なものが日本国憲法前文の記載である。

“日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。”

 上記はその一部分を抜粋したものであるが、この文面からも見られるように、平和な世界を創造するという積極的平和主義の観点が記されている事が興味深い。恐怖と欠乏とは、まさに平和学者ヨハンガルトゥングが言うところの構造的暴力であり、平和の維持とは平和構築の為他ならないもので、九条の示した忌避とは相対的な印象を覚える。こうした観点から、無論その手法は異なるものの、九条と前文の内容に矛盾点ではないものの若干の相違点が見受けられる。

■近代国家における軍隊

 人類史とは古代史から近代史、現代史にいたるまで闘争の歴史であったという事は疑いようの無い事実であり、特に他者に対して排他的であるのは動物は勿論のこと、人体を構成する細胞であっても侵入者にたいしては攻撃を加えるものである。

 したがって、生物としての特性と、国家乃至その本質に準じた形態を採る限りにおいて武力紛争は無くならない訳であり、国家主権を維持する為には軍隊乃至本質的に準じる軍事機構が必要である。特に、国家間の国際関係において様々な概念が存在する中でも軍事力というものは基本的本質的な主柱である。

 一方で、近代国家の主流は立憲主義にあり、憲法に基づきその国家体制の指針と、国民の人権保護を明確に規定している。即ち、人権保護や国民の権利確保に憲法は重要な地位を占めている事が、憲法の最高法規性を担保しているものである。

 日本国憲法は、近代国家に含有された二つの暴力、家庭内での暴力と国家による暴力を憲法24条、憲法九条において明確に禁止した点にその特筆されるべき点があるが、こうした立憲体制そのものを、権威的、若しくは政治過程を超越した危険から防護する、つまり外国勢力による干渉から立憲主義を担保する事が、近代国家における軍隊と憲法の関係であると小生は理解している。

■憲法と自衛隊

 憲法が定める人権規定、それを外部的干渉から防護する事が近代国家における軍隊の役割であると前項において理解するならば、少なくともその需要がある限り軍事力の保有は日本国憲法全体の中で当然内包されていると理解するべきであろう。

 云わば、憲法が機能停止となることを抑止する方策として、わが国には自衛隊があると理解するべきだ。

 対して、憲法上許容されている自衛権、という概念に対しては判断が難しい。Aマハンが記した「海上権力行使論」においては戦時においても通商を維持する事の重要性を述べているが、こうした限り、少なくとも通商により成立しているわが国にあって、その軍事力の必要性は極めて広域的に展開すると同時に、脅威概念とは平時にあっては確立しがたい為、究極的には外洋海軍力を国際協調の下で保持するという手法以外に政策的対応策が見出せない。こうした観点は、憲法の視野よりもむしろ経済力に起因する方策にて解釈する事が妥当であろう。

 国際法上の自衛権とは、個々人に付与されたものではなく、国家機関説的となり恐縮ながら主権国家に対して付与されたものである。対して、その自衛権は武力行使や武力攻撃というかたちで発動されるものを除けばNBC兵器以外、地域的な取り組みを除けばコントロールされていないのが今日の国際法体系であり、結局のところ日本が保有しうる軍事力とは国際関係の微妙な均衡体制に起因するものを除き、やはり内因的なものによって決定すると考えられる。

 結果、その形態や規模は立法府の裁量に任されていると提示した上で、日本国憲法の下で自衛隊はその確立した地位を保持できると考える。

■革新勢力との関係性

 今日では革新勢力と明記することはやや陳腐な印象を与えるものであるが、本論、特に最高裁判決の項目を見れば、「自衛隊は憲法違反だ!」との主張は本質的に誤りである事が言えよう。個々人が憲法の明文化されたものから連想するものとは異なり、自衛隊は違憲ではないという最高裁に判断を一任された内閣法制局の解釈が憲法九条の解釈であるからだ。

 一方で、こうした革新勢力の主張は、アイディンティティ喪失を感じざるを得ない。というのも、憲法違反だから自衛隊に反対、というならば憲法が改正されたときには後々に主戦派を形成する可能性を内包している。Aアーレントの「自由からの逃避」ではないが、判断能力を有しているものならば異口同音に盲従するのではなく、主体的意志を以て理論展開をするべきではないのだろうか。

 この点、右か左かの単純な二元論に陥り、具体的な安全保障に関する議論を忌避してきた野党、国際政治や安全保障に関係する研究から逃避した様々な団体の責任は大きいといえよう。

 HARUNA

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陸海空自衛隊関連行事 五月第三週期実施詳報

2006-05-17 23:16:07 | 北大路機関 広報

■北大路機関広報 自衛隊関連行事

■五月二十日

■陸上自衛隊関連(0)

■海上自衛隊関連(1)

□大村基地:大村航空隊・第22航空群・大村航空基地隊(基地広報0957-52-3131)

■航空自衛隊関連(1)

□奈良基地:航空自衛隊幹部学校(基地広報0742-33-3951)

■五月二十一日

■陸上自衛隊関連(8)

□北宇都宮駐屯地:航空学校宇都宮校・第12ヘリコプター隊(一部)(駐屯地広報028-658-2151)

□大宮駐屯地:化学学校・第32普通科連隊・化学教導隊・第101化学防護隊(駐屯地広報048-663-4241)

□北富士駐屯地:第一特科隊(駐屯地広報0555-84-3135)

□大津駐屯地:第二教育団本部・第109教育大隊(駐屯地広報077-523-0034)

□青野原駐屯地:第八高射特科群(駐屯地広報0794-66-7301)

□善通寺駐屯地:第14旅団司令部・第15普通科連隊・第110教育大隊(0877-62-2311)

□福岡駐屯地:第四師団司令部・第19普通科連隊・第四偵察隊・第四通信大隊・第四化学防護隊・第四後方支援連隊(駐屯地広報092-591-1020)

□えびの駐屯地:第24普通科連隊(駐屯地広報0984-33-3904)

■海上自衛隊関連(1)

□大湊航空基地:大湊航空隊(基地広報0175-24-1111)

■航空自衛隊関連(2)

□白山分屯基地:第14高射隊(基地059-269-3111)

□経ヶ岬分屯基地:第35警戒隊(基地0772-76-0631)

 以上がWeb上において発表された今週末に実施される日本各地の自衛隊行事である。なお、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢の変化により変更される可能性があり、各自の責任において再確認をお願いしたい。また、各種行事においては、各人社会人としてのマナーには充分配慮することをお願いする。

 最も注目すべきは、善通寺駐屯地祭の第14旅団創設記念行事で、本年三月に第二混成団より改編された部隊で、祝賀行事にはブルーインパルスもフライパスを行う。福岡駐屯地祭は、第四師団司令部がある関係から師団駐屯地祭としての記念式典であり、師団隷下の各種部隊が参加する。装備品としては青野原駐屯地祭で展示されるであろう最新の03式中距離地対空誘導弾が特筆されるものだろう。ちなみに小生は大津駐屯地祭へ展開予定である。

 二十日の行事では、九州の大村航空基地祭が最も注目されるもので、唯一の航空基地祭である、なお同基地には海上自衛隊の哨戒ヘリコプター部隊が配置されている。

北大路機関

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平成18年度 信太山駐屯地祭 重箱の隅

2006-05-16 14:44:35 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

 第三師団記念行事の重箱の隅をつついたので、今回は第三師団隷下にある信太山の第37普通科連隊記念行事について扱ってみたい。

■旧式?新型?

 かつて、師団長最後の手札として、対戦車隊が有する16基の対戦車誘導弾は決戦兵力的な用途が期待されていた。これは同時発射で瞬時、一個戦車大隊に壊滅的な打撃を与える事が出来る為だ。

Img_0822  64式対戦車誘導弾、通称MATは日本が始めて実用化に至ったミサイルである。残念ながら旧式化は著しく、射程は1600メートルで、双眼鏡(Mk37と書いてあった)を介し、リモコンで誘導するものだが、弾頭炸薬量が少なく、飛翔速度も85m/sと限定的であるが、今も川崎重工においてミサイル本体の製造は継続されている。

 ここで注目するべきは、発射母体に新型の73式小型トラックが使用されている点で、長距離移動の際の疲労低減が期待できる。目下、XATM-6として高機動車搭載の87式対戦車誘導弾後継ミサイルが開発中であるが、その配備開始まで、この新しい車輌に古い装備を搭載した対戦車装備の使用は継続される事だろう。

■個人装備の充実

 第37普通科連隊は言うに及ばず、ゲリラコマンド対処を主眼として全国の普通科部隊ではきわめて早いペースで装備の近代化が進められている。

Img_0693_1  写真は訓練展示用に集積された個人装備の一群で、警衛の隊員に撮影の可否を尋ねた上で撮影した。

 最も目に付くのは88式鉄帽に装着された新型の個人用暗視装置である。空挺団を筆頭に2002年頃から装備が開始されたもので、従来のV3暗視装置が複眼式であったのに対して単眼式で軽量なものになっている。微光増倍式暗視装置で、単眼式である場合、故障した場合や強力な光により使用不能となった際に暗視装置を利用していない目により戦闘が継続できる点である。価格や視野、重量、視認性能については残念ながら浅学にして資料を持ち合わせていたい為、またの機会としたい。

Img_0604  写真は普通科連隊の情報小隊で、訓練展示の際に第三飛行隊のUH-1H多用途ヘリコプターから降下した後敵情を探るべく展開する様子だ。

 注目する点は、鉄帽、つまりヘルメットを装着せず、ブーニーハットと呼ばれる帽子を着用している点だ。これは2000年ごろから富士総合火力演習などで見られる様になったが、戦闘装着セットには含まれていないもので、多様化する状況に対して柔軟に対応するべく装備品の創意工夫が許されるようになったという事だろうか。

Img_0700  正規の装備品以外のものを私物というが、私物の着用が一部で非公認ながら実施されているようだ。これは米軍のイラク派遣部隊においてもみられるものだ。

 写真は信太山駐屯地の売店であるが、LEN製陸自迷彩のプレートキャリアー(セラミックプレートを挿入する防弾器具で、プレートの強度によっては至近距離での30口径小銃弾を阻止する)や集約チョッキ(タクティカルベスト)、キャメルバック(背負い式水筒、チューブが口元に延びており戦闘動作を継続しつつ水分補給を受けられる)等が置かれていた。こうした装備と、そして財布の中身と相談して個人装備の近代化が進められるのだろう。何とか税金で補えるようにしたいが、装備発展は早く、対して予算は制限的である為、致し方ないというべきだろうか。

■駐屯地の特色

 信太山駐屯地の特色はどのようなものだろうか、駐屯部隊や装備などは防衛ハンドブックや雑誌などで知る事が出来る為、駐屯地祭で知った少し変わった視点から駐屯地を見てみたい。

Img_0719_1  信太山駐屯地は、実はかなり広い。市街地の中にある千僧駐屯地と比べれば、特にグラウンドの広さなどは充実そのものである。春日井、守山、伊丹といった駐屯地も四角いグラウンドの数辺が観客席となり、どの確度からも観客が写真に写るのだが、信太山ではそういったことは無い。一辺に観客席を集中しても充分なキャテパシーがあるわけだ。しかし、グラウンドが広い為、指揮官巡閲の際に整列した部隊と指揮官が50㍍ほど離れているので、これが意外な感じであった。指揮官巡閲とは指揮官が隷下部隊の様子を見ることにあるが、それにしては遠いかな、と思ってしまった。

Img_0797  もう一つの特色は資料館に置かれたおキツネ様だ。解説されている通り、祝園で部隊車輌に突撃を試み武運つたなく玉砕したキツネさんを、奉っているのだが、このおキツネ様に手を合わせると射撃があたると書いてある。

 しかし、37連隊の隊員に千僧できいてみると、案外知名度が低かったように感じた。

 資料館にはこの他、旧軍、自衛隊の歴代の火器や信太山に駐屯した部隊の戦史などが展示品と共に記されており、駐屯地祭に行かれた際は立ち寄られれば何かしら発見があるのではないだろうか。

HARUNA

(本ブログの写真及び本文は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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平成18年度 千僧駐屯地祭 重箱の隅

2006-05-15 20:52:54 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

 今回は、昨日の駐屯地祭における様々な注目点を、重箱の隅をつつくような形で紹介したい。しばしお付き合いいただきたい。

■対人狙撃銃

写真は訓練展示における写真で、新編された対人狙撃班の隊員で、普通科連隊の本部管理中隊に所属している。対人狙撃銃M-24を携行した隊員である。

Img_2127  何かの雑誌に「野生のガチャピン発見」とあったが、確かにそのような印象を受けるこの服は、ギリスーツといわれる。

 狙撃において重要な点はその射撃技量のみで決まるものではなく、目標発見能力、自己位置秘匿能力などが必要となる。特に、狙撃銃は発射する弾丸以上の攻撃能力を有しないため、発見されれば優勢な火力によって制圧される公算が高く、また優先目標を発見できなければ、有効な戦闘を展開する事が出来ない。一種特殊部隊的な能力が求められるのが狙撃手である。特に、従来の64式小銃に照準眼鏡を搭載したものは、運用する部隊付狙撃手も独立した部隊運用が為されるのではなく、普通科部隊と行動を共にし、必要に応じて脅威排除を行うのが任務であった為、いわば米軍の能力証明射手のような運用が為されていた。これが今後は独立運用される対人狙撃班となっていくのだろう。

Img_2129  使用する小銃は米軍でも使用されているM-24である。7.62㍉小銃弾を使用するもので、ボルトアクション式、800㍍ほどの有効射程能力を有する。装弾数は五発であるが、照準眼鏡の倍率などについては確認できなかった。装備品展示では第37連隊のものが展示されていたが、樹脂製ケースに収められた状態で細部の撮影は残念ながら禁止であった。

 近年、特にイラク治安作戦の戦訓から米軍では連発式の狙撃銃への移行が計画されており、部隊の能力証明射手などはM-14を、また30口径仕様のM-16が開発されている。そもそも、M-24は民間型M-700が安価であった為採用されたものである為、日本の場合必ずしもM-24でなくとも、例えばSATの使用するドイツ製PSG-1でもよかったのでは、と思う。

■連隊長

 第三師団記念行事は、観閲行進では第十師団と比較した場合、その規模が若干縮小されている事は述べたが、イラク関係の報道で知られるアノヒトが観閲行進に参加していた。

Img_2014  写真は第七普通科連隊長、佐藤正久1佐。

 イラク復興業務支援隊隊長として知られるが、同時に化学戦におけるわが国の権威として知られ、湾岸戦争以後の戦間期におけるイラク査察任務などにも参加し、化学科出身初の陸上幕僚長となる可能性が高い。

 昨年の福知山駐屯地祭ではイラク復興人道支援という看板を掲げた高機動車が行進し、市中行進では暗視ゴーグルを装備し行進、近接戦闘訓練展示では、ホイールローダーのバケットに普通科隊員を乗せ建造物突入展示や、携帯放射器によって仮設陣地を焼き払うなど、物凄い展示が行われたという。行けば良かった・・・。

■過渡期にある近代化

 対人狙撃銃の装備により、近代化が進んでいるようにみえる第三師団であるが、近代化が過渡期の部分もあることが、今回の駐屯地祭で見る事が出来た。

Img_2100  64式小銃を構える偵察隊員。

 89式小銃は戦闘職種を中心に装備化が薦められているが、第三師団では更新は完了していないようだ。戦闘職種である機甲科に、偵察隊は所属されている。64式小銃は30口径弱装弾を使用しているため、SS-109規格の22口径弾を使用する89式小銃と比較し、威力などの面で劣る点が指摘される(ただし、貫徹力の面の話で、射程などの面では通常型30口径弾はSS-109を凌駕する)。予算は有限である。しかし、軽装甲機動車も、第十師団と比較し、装備開始がかなり遅れたことを考えれば、政経中枢師団というものがどのような運用を考えているかに若干の疑問を感じてしまうのは小生だけであろうか。

Img_2113  写真は62式機関銃、同じく第三偵察隊に装備されている。

 部品数が非常に多く部品脱落や装填不良、排莢不良で名高いが、1968年に不良部分が多すぎたため改善型が出され、今に至る。

 しかし、62式言うこと機関銃とか、CRCを塗ったら引き金を引かなくとも出続けたとか、色々な話を聞いた銃である(人によっては名銃)。ライセンス生産されたMINIMIに関しても問題を聞くが、機関銃は近接戦闘における基幹火器である、こうした点はなんとかならないものであろうか。

■装備品展示

 既報であるが、装備品展示について紹介したい。車輌展示に関しては、軽装甲機動車や93式近距離地対空誘導弾、87式対戦車誘導弾、155㍉榴弾砲FH-70、74式戦車、小火器や新型の野外炊事具(着火用のガソリンが不要となった)等が展示されていた。しかし、ここでは以下の二点に絞り解説したい。

Img_2104_1  化学防護服が展示されていることは多々あるものの、その体験試着が行える事は意外と少ない。

 00式化学防護服はトーレイ(だったかな)により製作されたもので、神経ガスを含むあらゆる化学剤に対応でき、同時に完全密閉式ではなく通気性を有する。戦闘防護服に関して伝え聞くところでは匍匐前進時に化学剤が浸透してくるという話を聞いたが、神経ガスの場合は拡散が早い為、恐らく糜爛剤を示すのだろう。手にとって、若しくは着用していると、確かにその可能性は全くは否定できないものの、想定は不要だろう。理由は裾の部分がゴム留めされているので、完全密閉されたものではない事から出た話であろうと思うが、そこから入り込むほどの量の化学剤が撒かれるとは考えにくい為だ。まあ、浸透圧の高いサリンに無力なドーレン気密服を使用するよりは安全であろう。

Img_2095_1  その隣にあった暗視ゴーグル体験使用コーナー。暗視ゴーグルの体験使用も小生は初めてみたものだ。

 てっきり、ガス天幕かと思った、そういうと隊員に笑われた。ガス天幕とは新隊員の前期教育で実施される。ガスマスクの重要性を知る為、ガスマスクを装着しテントの中で催涙ガスを充満させ、あえてそこでマスクを取る、涙を流しながらその重要性を知るというものであったが、流石に体験させることはないか。

 暗視ゴーグルは使ってみた経験で伸ばした手のひらが指先までようやく見える程度、視野は何度くらいだろうか、人の顔は良く見えたが、視野は非常に狭かったのが印象だ。価格は300万円ほどで、新型の単眼式の配備が進んでいるとのことだ。

HARUNA

(本ブログの写真及び本文は北大路機関の著作物であり無断転載は厳に禁じる)

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陸上自衛隊 第三師団記念行事 千僧駐屯地祭

2006-05-14 22:42:56 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■師団駐屯地祭展開

 有岡城を臨む兵庫県伊丹市は、陸上自衛隊中部方面総監部、そして第三師団司令部がおかれた京阪神防衛の要衝である。本日、伊丹市の千僧駐屯地において駐屯地創設55周年、第三師団創設45周年記念行事が実施された。

 しかし、新聞報道によれば昨日の時点で日曜日の降水確率は60%、岐阜基地での厳しい経験を活かすべく、各種カメラ用防水器材やポンチョを補完するフランス製レインコートを調達した。不覚にも朝寝過ごしつつあった今朝0630時、小生は明るい日差しで目覚めた・・・、天佑!晴れ!天晴れ!こうして、小生は意気揚々と伊丹へ向け阪急電車に乗り込んだ。

■第三師団

 本日実施された駐屯地祭は、2005年3月、政経中枢師団型即応近代化師団という言わば市街戦重視の編成に移行した第三師団にとり、初の師団駐屯地祭である。

Img_1703_1  第三師団長による訓示、指揮官巡閲に続いて、第三師団警備管区自治体を代表し、京都府知事による訓示が行われ、部隊の一層の近代化精強化や南海東南海地震への自治体との協同対処などについて言及した。

 師団改編の概要は、朝雲ニュースによれば、普通科連隊に対する対戦車中隊・対人狙撃班新設、特科連隊(45門)の特科隊(20門)への縮減、化学防護小隊の化学防護隊への増強といった改編が実施された。なお、現状では第三戦車大隊は中隊数が戦車定数は縮減されていないとのことである(三戦隊員談)。

■観閲行進

 式典は訓示に引き続き、音楽隊の演奏する軽快なマーチと共に観閲行進、祝賀飛行と、空砲を用いた訓練展示というかたちですすめられた。雲量が多く、十五分おきに天候が曇りから快晴へと変わる中、式典会場左側から続々と部隊が集結し、各自治体旗に引き続き、82式指揮通信車と先頭に徒歩部隊が観閲官段前を行進し、観閲を受けた。

Img_2006  観閲行進は徒歩行進と車輌行進に区分して実施される。しかし、千僧駐屯地は面積的に限界があり、師団司令部敷地とグラウンド区域の間に国道171号線が走っている程である為、車輌行進には数的限界があり、第十師団のような対戦車中隊や重迫撃砲中隊の行進は実施されなかったのが残念であった。

 なお、徒歩行進は二個普通科中隊が行進し、車輌行進には90輌の各種車輌と航空機が参加した。各普通科連隊の連隊長、司令部幕僚が行進する際に、第七普通科連隊の行進に挙動不審者が観閲行進に飛び込もうとしたり(警衛の隊員が阻止)、駐屯地が伊丹空港の管制区域にある為、祝賀飛行のヘリコプターが中々到達しなかったりと様々なトラブルがあったものの、概ね順調に実施された。

Img_2016_1  普通科部隊は、第七普通科連隊、第三十六普通科連隊に続き、第三十七普通科連隊に軽装甲機動車が配備された事は北大路機関の信太山駐屯地祭の記事にて既報だが、これによりかつて、師団輸送隊の大型トラックや連隊の中型トラックにより辛うじて車輌化されていた普通科部隊は、今や高機動車や軽装甲機動車といった軽快な車輌によって自動車化された機械化部隊となった。この他、第三高射特科大隊は従来の35㍉高射機関砲L-90に代わり93式近距離地対空誘導弾へ、第三戦車大隊に約10輌配備されていた60式装甲車は73式装甲車にそれぞれ更新されていた。なお、普通化を始め機械化が充実した事により、各連隊・大隊には後方支援連隊第二大隊の直接支援中隊が配属され、緊密な整備支援を実施しているということだ(四科の幹部談)。

Img_2045_1  第三師団は三個普通科連隊、そして特科隊一個(指揮官1佐)、一個戦車大隊、一個施設大隊と、偵察隊、後方支援連隊、飛行隊により構成されており、観閲行進もやはり普通科が主体となって実施される。この式典に参加するため、伊丹、信太山、福知山、今津、姫路などといった駐屯地から駆けつけた部隊が参加したが、観閲行進のフィナーレとなる祝賀飛行だけは9機の内、方面隊直轄の対戦車ヘリ隊から対戦車ヘリ一機が参加していた。

 なお、観閲行進は部隊を観閲台側から撮ると真横からしか写らず、反対側から撮っても閑散とした写真となるため、行進を斜め横から撮影すると圧縮効果で多く見栄えのある写真となる。祝賀飛行はヘリだけでは動きが無い為、地上部隊か、若しくは地上構造物を収めると画面が賑やかになる。前者はポジション次第だが、後者(写真)は屈めば何かが入るのでこちらの方法が容易である。

■訓練展示

 観閲行進が終了すると訓練展示に向けた準備が行われ、トラックの荷台に演奏台を置いての太鼓演奏や音楽隊の演奏に引き続き、訓練展示が実施されるのだが、何故か伊福部昭作曲の“ゴジラマーチ”にのせて状況開始となった。ううむ、一般ピープル的には自衛隊=ゴジラなのかなあ。

Img_2111  訓練展示(模擬戦闘)は、最近の流行である近接戦闘ではなく、従来型の地上戦闘の展示が行われた。

 従来型とは、捻りは利いていないものの、一番見応えのあるものである。その内容は、偵察隊が目標を発見し、特科が砲撃を加え戦車が支援し、ヘリが飛んできて、普通科が突撃をするというものだ。

 千僧駐屯地の訓練展示最大の難点は、グラウンドが狭い為、仮想敵陣地の方向から我が部隊が進出してくるという点である。実戦なら側射火器で攻撃され壊滅的打撃を受けることになるやもしれない。偵察隊は64式小銃や87式偵察警戒車の機関砲が射撃したが、敵部隊は戦車を有しており、激しい攻撃を加えてきた。

Img_2131  偵察隊の情報収集に基づき、特科部隊が砲撃を開始する。アナウンスでは、実際には数キロから十数キロ離れて戦闘が行われるといわれていた。また、普通科部隊の81㍉迫撃砲も展開していたが、更に120㍉重迫撃砲が加わり、直接掩護火力たる迫撃砲と、全般支援・間接支援火力としての榴弾砲が濃密な火制網を形成する。しかし、今日の砲撃戦闘では対砲レーダーにより砲弾を察知され反撃を受ける為、1~2斉射の後移動しなければ反撃を受けることとなる。

 判明した目標に対して、FH-70榴弾砲が火を噴く!しかし悲しいかなタイミングが合わず砲焔を撮影するには至らなかった。

Img_2178  戦車前進ッ!対戦車戦闘用意ッ!

 我が砲撃により大きな損害を被りつつも、敵は更に戦車を動員し果敢な反撃に出てきた。グランドの関係から対戦車ミサイルは展開していない為、我が戦車の出動である。敵は74式戦車一両、丁寧にも敵も第三戦車大隊のマーク付である。これに対し 二両の戦車を以て砲撃を加えるが、空包発射の瞬間、砲口がこちらを向いていた為、ジィィィィンと鼓膜に振動が来た。空気の衝撃というべきか。両手をカメラで塞いでいた為耳を塞げなかったのだが、衝撃に備えて口をあけておいたのが幸いであった。次回は耳栓を買っておこう(次回は次週、買う時間あるかな?)。

Img_2169_1  敵戦車撃破!油気圧サスペンションを作動させ行動不能となった(故障ではない)。

 地域占領を行うべく軽装甲機動車から普通科隊員が降車する。軽装甲機動車は乗車戦闘に用いられる装備で、降車戦闘の普通科隊員は高機動車から降車するはずだが、今回は面積的制約からの配慮であろう。

 戦車、特科の火力により壊滅的な打撃を受けた敵陣地は銃剣突撃により占領、状況終了となった。

■装備品展示

 こうして訓練展示は終了し、式典は全て終了となった。装備品展示は国道171号の反対側の師団司令部近辺で実施されており、車輌、火砲、火器などの装備品展示と並び、防護マスクや個人用防護衣の体験試着や、個人用暗視装置(両眼式のV3)の暗天幕内部での体験装着も実施されていた(一瞬、防護衣試着の隣に天幕があるのを見て、ガス天幕の体験かと思った)。

 以上が第三師団記念行事の詳報である。以上のように、手狭ながら創意工夫に溢れた駐屯地祭であり、一見の価値はあろう。十月には第十師団記念行事が実施されるので、皆さんも一度、足を運ばれては如何であろうか。

HARUNA

(本ブログの写真及び本文は北大路機関の著作物であり無断転載は厳に禁じる)

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名古屋鉄道の個性溢れる車両写真

2006-05-13 12:55:22 | コラム

■名古屋鉄道4.29ダイヤ改正

 名古屋鉄道は中部国際空港や名古屋と周辺都市との交通利便性向上のため四月二十九日からダイヤ改正を実施した。

Img_1884  これにより、写真のような全車自由席の特急電車も運行が開始され、犬山線ラッシュ時間帯の一部特別車特急電車運航開始や快速特急運航開始以来の特急ダイヤ改正となった。

 のだろうと、3200形の特急表示を見ていたら運転士がカメラを構えた小生に気付き不思議そうに見ていた。

 直後慌てて表示装置を操作し、車掌が走ってきて運転司令所から無線電話の大騒ぎ・・・、ってただ単に表示ミスでした、と。うむ、さすがに全車自由席の特急は無いか。

■個性溢れる名鉄車輌

 名古屋鉄道は第二次世界大戦を契機に多くの鉄道会社が合併して誕生した為、多くの種類の鉄道車両が配置され、ある種伝統のようになったのだろう。

Img_1423  ということで、今回は静浜基地航空祭にいけない腹いせに名鉄車輌の写真を紹介したい。

 静浜航空祭の代わりにと考えた千僧駐屯地祭も、なにやら天候が怪しくなってきた。降水確率60%とか、最悪の場合、阪急電車写真集になるかもしれないと思い、元名鉄ファンの沽券にかけて名古屋鉄道特集を行いたいと思った。

(別名ネタ切れ救済企画)

 特に、全面展望車の7000形パノラマカーを小田急7000系に二年先駆けて導入した。また、通過時に音楽を奏でるミュージックホーンを小田急7000系に二年先駆けて導入した事で知られ、“鉄道ファン”創刊号の表紙を名鉄7000形が飾ったことはあまりにも有名だ。

 今回は名古屋本線で恒常的に見る事が出来る車輌を中心に紹介したい。

■6000形シリーズから3500形シリーズへ

 名鉄通勤電車は、既に引退した日本初の完全冷房完備通勤電車5500形系統が主力にあったが、さすがにセミクロスシートではラッシュ時の混雑緩和に問題があり、6000形が開発された。

Img_1855  6000形は「鉄道友の会」による人気投票でその年もっとも人気が高い車輌におくられる“ブルーリボン賞”を受賞している。

 登場当時は、鉄道ファン以外にも運用面から、今日の通勤電車の基本となる様々な装置を有した実用的な車輌として評価が高く、156輌ほどが製造された。多種多様な車輌を有する名古屋鉄道にあって、6000形は最多数の車輌数を備えている。

Img_1857  6000形の基本設計と台車を流用したのが写真の6500形である。

 最大の特色は地下走行時の事故対策に設置された貫通扉を廃止したことで、多くの私鉄と異なり名古屋鉄道はトンネル区間を除き、地下鉄部分を走行しない為である。また、名鉄名古屋駅周辺は地下部分があるがトンネル幅に余裕があり、貫通扉は必要ない。

 写真は須ヶ口駅から撮影した須ヶ口検車区の様子で、須ヶ口駅には陸上自衛隊に小銃や迫撃砲を納入する豊和工業本社がある。

Img_1863  6000形の最終発展型となったのが写真の6800形である。

 後述する3500形と類似しているが、これは6800形のデザインが踏襲された為である。主な識別点は、スカート部分と運転台のマスコン(3500形以降はワンハンドル式マスコン)で区別が出来る。また車体下部のVVVF式インバータの有無から来る加速音や、ブレーキ音などでも識別できるという。6800形までは小型の固定セミクロスシート方式が用いられていたが、順次ロングシートの改修されている。

Img_1831  1990年代半ばから新世代の通勤車輌として導入されたのが、3500形である。確か132輌ほどが納入されたはずだ。

 VVVFインバータ制御と電気指令式ブレーキの採用によって、加速性能と制動距離縮減に成功し、厳しさを増すJR東海との激戦区、名古屋本線に急速配備されていった。特にラッシュ時における路線の急行主力車輌として、また快速急行(当時の快速急行は新岐阜発0730の東岡崎行きが代表、停車駅が今日とは異なり特急と同じ文字通り快速急行であった)に用いられた。

Img_1833  3500形は全車四両編成で、連結し運用していたが、更に二両編成が必要となり、同時にパンタグラフをシングルアーム式とした3200形、そして四両編成型の3700形に移行した。

 3500形は車体側面にやや傾斜があったが、3700・3200形は“あさぎり”型のヘリ格納庫のようなステルス性無視の垂直側面、そして車体上面の傾斜、前述のパンタグラフが相違点である。なお、シングルアーム式パンタグラフは6500形一編成に改修する形で試験運用を行っていた。

 こうして、6000形、3500形の派生型によって名鉄通勤車輌体系は構成されている。

■傑作車パノラマカー引退進展と5700形

 路線形状から日本の標準的鉄道車両である20㍍車体を用いられない名鉄は若干短縮車体の車輌を用いている為、地下鉄鶴舞線乗入車輌である100形(20㍍車輌)を除き片側3扉車輌と片側2扉車輌によって構成されている。

Img_1879  東京オリンピックに沸く中、名古屋鉄道も未来型車輌として画期的な全面展望席を備えた新型特急電車を導入した。これが7000形パノラマカーである。また、後には定速度制御装置(後に撤去)を備えた7500形も導入され、合計200輌程が生産され、特急・高速(後に廃止)・急行の主力車輌として運用された。7500形は一段車内が低くなり乗降が容易となったが、展望席の視程は7000形のほうが良好であった。

 運転士の立場からみたパノラマカーは、安全走行の中核である視程が良好で、知らぬ間に加速するほどの良好な性能を有しているという。

Img_1852  しかし、7000形・7500形はその車体重量が重く、消費電力著しい事から新たに急行用車輌として導入されたのが5700形である。今日なお、本線急行や支線急行などに多数が用いられている。

 運転席左側の大型ガラスが外見上の最大の特色で、パノラマカーに範を採った良好な視程を乗客に提供している。なお、識別は困難ながら、7000形の台車を流用した5300形が製造され、運行されている。

 しかしながら、5700形の後継となる急行車両は一向に開発される動きが無く、小牧線で運用されている新型車両の転用か、若しくは急行車両をそのまま3500形シリーズで統一される可能性もある。

■パノラマスーパーと空港特急

 7000形に対して、リクライニングシートを用いた名鉄初の有料特急として8800形パノラマデラックス(全車用途廃止)が導入され、1980年代後半からサービス重視という新しい特急体系へ転換を行った。

Img_1874  昭和末期の1988年、新型車輌として華々しくデビューしたのが1000形パノラマスーパーである。名鉄特急車輌として初めて残念ながらブルーリボン賞を逃したが(三位)、展望席を二階に移動し、洗面所や自販機を備えたインターシティエクスプレスとして導入された。8800形のようなセミコンパートメントやサロン席(団体用一編成)を有しないながらも、三河安城駅設置により速力低下した東海道新幹線に対抗するべく、新岐阜~豊橋、そして犬山や知多半島テーマパークと名古屋との観光特急として運用された。

Img_1838  名古屋本線では、指定席車(現特別車)以外に四両の一般車(特急券不用)である1200形を連結しているが、全車指定席の四両編成に対して一部指定席車は指定席2輌と一般車4輌が連結されていたがラッシュ時の乗車率が高く、増結用に二両編成の1800形が導入され、非ラッシュ時間帯では普通電車に用いられている。

 特急料金がなく、一種のグリーン車的に指定席車(特別車)を整備した名古屋鉄道にとっては、需要があった車輌であろう。

Img_1866  2005年の中部国際空港開港にともない、名古屋鉄道は常滑線を介して空港に直接乗り入れを行う鉄道連絡の主柱としての重責を担うようになった。

 これに対応する形で新型特急であるミュースカイが導入された。本車は経済産業省のグットデザイン賞を受賞した。名鉄伝統の全面展望車が廃止されたのは残念であったが、空港特急の代名詞として、京成電鉄のスカイライナー、南海電鉄のラピートと並び知られている。

また、今日では本線特急としても運用されており、振り子式制御装置・VVVFインバータ制御・電気指令式ブレーキを備えた新世代特急としての地位を確立しつつある。

 本来の目的としては、国府宮駅~島氏永駅間の水田の上を走る名鉄車輌の撮影にあったが、まだ水を張っていなかったので、今回は断念した。なお、小生は鉄道に関して余り多くの知識を有していないので、お気付きの点があればコメントなどしていただければ幸いである。

HARUNA

(本ブログの写真及び本文は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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師団駐屯地祭とは何か 千僧へお出かけの前に

2006-05-12 21:07:18 | 北大路機関 広報

■五月十四日千僧駐屯地祭

明後日の五月十四日は第三師団司令部が置かれた千僧駐屯地祭である。

Img_0663_3

 第三師団は近畿地方一帯をその管区内に収める部隊である。

師団駐屯地祭ということで普段は中々目に出来ない第三師団を構成する各種装備品や師団隷下部隊の各種車輌をつぶさに見る事が出来る。

 なお、当日は簡単な手荷物検査を受ければ誰でも終了時刻である1500時まで立ち入る事が出来、自衛隊が装備している装備品や、日ごろの訓練の一端を訓練展示で見る事が出来る貴重な機会である(写真は信太山)

■師団とは何か

初歩的ながら、多く質問されるのが師団とは何かということだ。

ここからは昨年十月に実施された名古屋の第十師団記念行事の写真を用いる。

Img_3620

師団とは、一方面の作戦全般を独力において遂行可能な戦略単位である。

 現代の戦闘は、近接戦闘を行い地域占領を行う歩兵(普通科)と、協同行動をとりつつ直接火力支援・対戦車戦闘を行う機甲科、そして長距離火砲を用いた全般支援を介して敵の火力制圧を行う砲兵(特科)、こうした戦闘部隊の前進支援や防護施設構築を行う工兵(施設科)と各種兵站支援を行う施設科により遂行される。

 こうした戦闘行動を実施するのが戦術単位である旅団、若しくは連隊戦闘団である。

 戦術単位を主攻と、それを掩護する助攻、そして主攻の交代や決戦(攻勢若しくは防禦によって戦闘に決着をつける決断により実施される)に備えた予備部隊と、その支援部隊を統括した大部隊を師団と呼称する。

■師団駐屯地祭とはどのようなものか

 師団駐屯地祭は、姫路のような特科だけの駐屯地、今津のような機甲科主体の駐屯地、福知山や信太山のような普通科主体の駐屯地祭とは異なり、全ての職種が参加し、式典を行う。従って、戦車や榴弾砲、装甲車は無論のこと、対砲レーダーや対空ミサイル、人命救助システムや野外手術車といった珍しい装備品も式典に参加し、防衛出動以外にも災害派遣などで使用される装備品が展示される。

■駐屯地祭の進行

 第十師団司令部のある守山駐屯地は名鉄瀬戸線守山自衛隊前駅から近い為徒歩で行く事ができるが、千僧駐屯地は、JR福知山線伊丹駅や阪急電鉄伊丹駅から距離があり、徒歩での移動は困難である。しかし、この両駅から15分~20分間隔で自衛隊が運行する無料シャトルバスがあり、これを利用すると良いだろう。

Img_3618_1 駐屯地につくとまず手荷物検査がある。同時多発テロ以降、こうした配慮が必要となったのは残念なことであるが、開かれた式典を行ううえで必要なことだろう。行事は部隊整列が1000時より開始されるが、その一時間前には駐屯地は開放されており、視界良好な立体席や、駐屯地内を散策すると観閲行進に備え整列している車輌を見る事が出来る。なお、くれぐれも立ち入り禁止地域には立ち入らないように気をつけなければならない。

Img_3644_1 1000時が近付くと、部隊入場に備え各職種の隊員が整列を始める。小銃を路上に並べ隊員が一糸乱れぬ整列をした様は中々壮観であり小気味良いものだ。

 式典は指揮官訓示が行われ、続いて来賓紹介や自治体首長や国会議員の訓辞が行われる。なお、2005年度末に第三師団は即応近代化師団に改編され、重装備を大幅削減し都市型戦闘に対応した普通科主体の師団に改編された為、この点が訓示されるのだろう。

 訓示終了後は、部隊が退場し、観閲行進の始まりである。駐屯地祭を観ていると第十師団隷下の部隊はこのとき駆け足で退場するが、第三師団はどうであろうか。(確か昨年第七師団も駆け足だったが、中部方面隊記念行事では整然と行進して退場していた)

Img_3734

 観閲行進は徒歩部隊の行進から開始される。普通科連隊三個を基幹とする第三師団である為普通科が徒歩行進を行うが、この際には連隊長が乗車した82式指揮通信車が先頭を走り、後ろを各種装備を持った普通科隊員が行進する。

 行進に併せ音楽隊の演奏が行われるが、徒歩部隊の行進が終了するとテンポの早い軽やかな演奏に変わる、車輌行進の開始である。普通科部隊も軽装甲機動車や高機動車によって車輌化されているが、重迫撃砲中隊や対戦車中隊も後進に加わり、こうした装備が群れを成して走る様は中々こみ上げてくるものがある。

Img_3822  しかし、その後、更にインパクトの強い特科、機甲科や各後方支援職種になるため、圧倒されている場合ではない。こうして、車輌行進が終盤に近付くと、団扇を叩くような音が聞こえる。祝賀飛行だ、ヘリコプターの編隊が上空を通過し、式典のとりを務めるわけだ。

 観閲行進が終了すると、音楽演奏や太鼓演奏が行われるが、式典の行われたグラウンドでは作業が開始される、というのも、この後に空包を用いた訓練展示が実施される為である。

大阪市

が近い、という理由ではないだろうが、第三師団の訓練展示はサービスに富んでいる事で知られる。

Img_3880  通常の訓練展示は、仮想敵部隊が一角を占拠、これに対し偵察部隊が斥候を行い、判明した目標に対しヘリコプターによる観測や攻撃を行い、普通科連隊の情報小隊がヘリボーンにより降下、また敵部隊に対して特科火砲が攻撃を加える。高射特科や対戦車中隊の車輌が展開し掩護する事も行う。特科火砲の攻撃は空包を用いるのだが、155㍉もの榴弾砲である為、凄い迫力である、その砲焔はかなり大きく写り、空気の振動となって見学者に発砲を知らせる。百聞は一見にしかず、この文字通りの光景である。

 普通科の前進が始まると戦車も、ともに前進し、機銃による掃射を加え、停止・発砲!という動作を繰り返す。

Img_3890 戦車砲も突如発砲する瞬間は場内から歓声と驚きの声が同時に沸きあがる。従来は74式戦車と徒歩の普通科部隊であったのが、今日では軽装甲機動車による機動運用を展示する。

 一般的な訓練展示は銃剣突撃にて終了だが、最近は部隊の個性が反映される。実施されるまでのお楽しみ、というわけだ。あの先崎陸将が師団長を務めた部隊であるし、期待ができよう。ゲリラコマンド対処の展示であれば、この後、若しくは冒頭に敵が建造物を占拠し、これに対して部隊が突入するという展示が行われるが、場合によっては仮想敵部隊が装甲車輌を保有し、我が戦車部隊に攻撃を仕掛けるという描写も見られる。

 訓練展示は1145時頃から実施され、状況終了まで十五分ほどであるが、ストーリー性があり、迫力もある、そして十五分がいつもよりも長く感じる瞬間である。

Img_4043

 これが終了した後は、装備品展示が行われ、各種装備品を間近に見る事が出来るが、この頃には各種装備はチビッコたちの遊び場になるため、詳細な写真は1500時間際の人通りが少なくなった後か、若しくは朝一番に撮ってしまうというのがいいだろう。

 模擬店なども設置され、文字通り駐屯地祭、といった状況である。また駐屯地資料館も見学できる場合があり、過去の装備品や駐屯地の歴史、旧帝国陸軍の装備や資料も展示されているので、こちらも是非見ておきたい。

 以上が師団駐屯地祭の流れである。

■静浜基地航空祭

 なお、

静岡県

にある静浜基地航空祭が同日実施される。

Img_2901 小生も展開を検討したのだが、距離的な関係もさる事ながら、即応近代化師団改編後の第三師団をみよう、ということで断念した。T-3初等練習機のラストフライト、しかも“帝國海軍風”スペシャルカラーのT-3が飛ぶとのみ確認情報もあったのだが、断念した。「千僧は遠いけど静岡なら」という方は是非お出かけを薦めたい。また、次週五月二十一日には

HARUNA

(本ブログの写真及び本文は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

滋賀県

の大津駐屯地祭、月末五月二十八日には東千歳の第七師団記念行事と京都府の大久保駐屯地祭(小生は東千歳展開)が実施されるので、興味のある方は是非どうぞ。

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日米の米軍再編 資料分析の狭間から

2006-05-11 11:38:46 | 国際・政治

米軍再編を考える

 資料分析の狭間からというよりも議論の狭間からといった内容であるが、昨日、米軍再編に関して、憲法学の教授の呼掛けで小生と法学部の友人(本ブログでも幾度かカキコしていただいた方)との間で、意見交流のような、若しくは議論が行われた。今回はその議論から、日米間の米軍再編に関する思惑の相違や、双方の利益などを記述したい。なお、議事録ではないので編集者の主観が濃厚に反映されている点を此処に明記しておきたい。

世界規模での米軍再編、その目的

 今日ラムズフェルド国防長官の主導により進められている再編は、現ブッシュ政権以前からの戦略的環境の変化、即ち冷戦構造の周辺に伴う大規模武力紛争の可能性の相対的低下と、地域紛争の拡散に伴う“不安定の弧”の形成が挙げられる。

 冷戦時代であれば、ソ連軍の機甲部隊の津波のような侵攻に備えるべく十万規模の陸軍部隊を西ドイツに派遣し、また朝鮮半島にも複数機甲師団による全面武力侵攻を想定し、一個師団(機械化歩兵)を配置していた。しかし、冷戦後、機甲師団規模での戦闘は1995年のクロアチア軍による『嵐作戦』や1990年のイラク軍クウェート侵攻くらいしか思いつかず、60㌧近いM-1A2主力戦車や25㌧のM-2歩兵戦闘車が絶対的に必要な事案は考えにくくなった。事実、イラク戦争では第三機械化歩兵師団により大規模に運用されたこれら重装備も、アフガニスタンには派遣されていない。

 重装備というものは、本来的には海上輸送によって展開する。確かにC-5やC-17といった大型輸送機によっても空輸可能であるが、大型輸送機の絶対数は限られており、またその限られた輸送機も一方面に全力投入する事は出来ない。イラク戦争でイラク北方から米空挺部隊(第173空挺旅団)が展開し北方からイラク軍を牽制したが、同時にこの空挺部隊に装甲化された支援部隊を送る際、C-17輸送機24機を空挺部隊の兵站支援とともに重装備空輸に用いたのだが、戦車5輌、歩兵戦闘車5輌、装甲車(M113)12輌、自走迫撃砲4輌とその支援車輌を空輸するのに12日を要している。

 米空軍には500機程のC-130戦術輸送機があるが、これら重装備はC-130には大きすぎ、重すぎて搭載する事が出来なかった訳である。従って、従来どおり船舶による輸送により世界の紛争地域に展開する手法が用いられたが、従来型の民間LOLO船の場合12~20ノット、アルゴル級高速輸送船で35ノットであり、展開にはどうしても一定以上の時間を要する。これを“距離の専制”といった。

 C-130に載るほど軽量で充分な火力と防護力をもつ装備はないのか、こうした問題への解答がストライカー装輪装甲車である。1993年10月にソマリアへ展開した米軍は、装甲化されていない軽量装備のまま首都モガディシオで戦闘に巻き込まれ19名の戦死者を出した、いわゆる“ブラックシーの戦い”である。これを教訓に地域紛争に対応でき、大規模紛争にも重装備が到達するまでの間暫定的に対応する目的で世界各国の装甲車と比較検討のうえで、スイス製装甲車を改良する形でストライカー装甲車は開発された。装輪装甲車というと日本の96式装輪装甲車を思い出すが、ストライカーは人員輸送型以外にも105㍉砲を搭載した機動砲型や対戦車ミサイル搭載型、155㍉自走榴弾砲型、自走迫撃砲型などのバリエーションがあり、309輌の各種車輌でもって一個旅団を編成する。これはエリックシンセキ陸軍参謀総長の主導で進められたが、ラムズフェルド国防長官は個々に目をつけた。

 全陸軍歩兵旅団のストライカー旅団化を掲げ、これを55個旅団分編成するという構想である。海軍のフリゲイトを代替する沿海域戦闘艦には、さらにストライカー一個中隊の輸送能力が盛り込まれ、展開を補完する。また、戦車や歩兵戦闘車、自走榴弾砲は現行の重装備はFCS(将来型戦闘システム)に統合される。10㌧クラスの共通車体に120㍉滑腔砲を搭載した対戦車型、砲身の短い155㍉榴弾砲(砲身が短いと火薬燃焼効率が低下し射程が縮むが、新型砲弾により補う構想)型、人員輸送型や偵察型を派生型として開発し、C-130に搭載可能な装備で固めた重装備師団によって任務を代替しようという考えである。

 こうして、将来的に米軍の展開能力は飛躍的に上昇する為、現在行われている欧州と北東アジア地域における米軍の前方配置を根本的に見直し、米本土と世界数箇所の戦略展開拠点から必要に応じて適宜展開させ任務終了後は撤収するという態勢へ移行しようとしたのが今回の米軍再編の根幹である。

日本側からみた米軍再編

 日本側から見た米軍再編は、その本質的意義を踏まえていたかについて懐疑的な点が多い。

 基地再編に関しては、第三海兵師団主力のグアム移転、普天間海兵隊航空基地の閉鎖と沖縄県辺野古沖への代替新航空施設建設、厚木基地における陸上空母発着訓練中止を目的とする航空母艦艦載機の岩国基地移転、神奈川県キャンプ座間への第一軍団司令部移転、そして航空自衛隊の要撃航空作戦全般を指揮し、全国28箇所と空中早期警戒機、早期警戒管制機からの情報を一手に引き受ける航空総隊司令部の米空軍横田基地への移転が挙げられる。

 普天間海兵隊航空基地返還に関しては、沖縄に駐留する第三海兵師団が事実上の予備部隊化し、その駐留規模が著しく低下した時点ですでにその意義は失われていたもので、1990年代に嘉手納基地などへ機能移転するべきであったものを新しく新基地へ移転させた点である。加えて言えば、輸送対象の海兵師団主力がグアムに移転するのならば、ヘリコプターを沖縄県内に置く意義はあるのかという事になる。無論、これは長崎県佐世保基地の米海軍強襲揚陸艦の艦載機としての性格を有している為であるが、沖縄県に配置する蓋然性はなくなるわけで、海上自衛隊大村航空基地や陸上自衛隊目達原駐屯地や高遊原駐屯地(双方ともヘリコプター部隊が駐屯)への機能移転も議論されるべきではなかったのか。また強襲揚陸艦そのものもグアムへの移転は行い得なかったのかということとなる。

 厚木基地の陸上空母発着訓練は、新聞記者の言葉を借りるならば異口同音に『艦載機が厚木の市街地に墜落すれば安保体制を揺るがす問題となる』といわれる。この点、騒音問題となっているのは陸上空母発着訓練であり、航空機部隊の駐留そのものにあるのではない。米海軍は距離の関係で忌避したとされるが、例えば硫黄島や小笠原諸島への陸上空母発着訓練機能移転や、比較的過疎地域にあり(従って騒音被害発生が考えにくい)茨城県の航空自衛隊百里基地への陸上空母発着訓練任務移転を充分に検討するべきであったが、結果的に山口県岩国基地に大量の税金を投入して滑走路の海上延伸工事が実施された。平成20年度予算で航空自衛隊小牧基地のC-130輸送機の空中給油機化が実施される。給油方式は救難ヘリコプターへの給油を対象としたものであるが艦載機のものと同じである。距離が遠いと却下された小笠原方面への陸上空母発着訓練移転も、この空中給油機により支援が行え得る態勢(たとえば若干すうを埼玉県の航空自衛隊入間基地に派遣するなどして不測の事態に対応する)を採れば、岩国移転も、工事費用ももっと別の有意義な方策に用いられたのではないだろうか。

 軍団司令部が来る!として大騒ぎしている神奈川県キャンプ座間への第一軍団司令部移転であるが1994年まで第九戦域軍団司令部がおかれていたことを忘れてはならない。たしかに第三機械化歩兵師団や第25軽歩兵師団をその編成に含む第一軍団は任務担当範囲がグローバルであり、日米安全保障条約に含まれていた極東条項に抵触する可能性は否定できない。第九戦域軍団司令部が任務対象としていた範囲は主に台湾海峡と朝鮮半島であったといわれるからこの点は確かに重要である。しかし、インド洋・アラビア海において作戦を行う米第三艦隊を横須賀の第七艦隊旗艦ブルーリッジが指揮していたというこれまでの慣行と比較すればどうだろうか。グローバリゼーションの一つの柱としてインターネットを介した知財の全地球規模での移転が挙げられている。指揮命令も同じく電気信号化されWeb上で合通している訳だ。加えて、幕僚機構のみの移転であれば、規模はかつての第九戦域軍団司令部と同規模、もしくは自動化が進み減少している事だろう。

 対して、大きな問題であるのは航空総隊司令部の横田基地移転である。弾道ミサイル防衛に関する米空軍からの迅速な情報移転を目的とした点が理由付けされているが、そんなものはリエゾンオフィサーを置くだけで充分であった。データリンクの端末で情報交換を行えば良いのであって、航空自衛隊が独力で得た全ての情報を無料で渡す事はなかったはずである。航空総隊司令部といえば規模こそ違うもののNORAD(北米防空総司令部)と同じ任務を負っている。そのような重大施設を日本国内とはいえ、米軍基地内に移転するというのは国家主権をも揺るがす重大問題である。ただちに撤回する必要があろう。弾道ミサイルに関する情報はハワイのヒッカム空軍基地米太平洋空軍司令部に集まる。弾道ミサイル情報を得るのであれば航空総隊司令部のヒッカム移転がより有効であるが、これは非現実的である。したがって、航空総隊司令部はそのまま府中基地に置き、弾道ミサイル防衛情報交換室を横田基地・ヒッカム空軍基地に置き、データリンクで結べばいい。

 最後に、移転費用の日本側負担であるが、額賀防衛庁長官とラムズフェルド国防長官が日本側負担7000億円で合意した三日後に3兆円への拡大がウォレス国防次官から発表された。日米閣僚級協議を吹き飛ばす暴挙であったが、在日米軍駐留分担経費(思いやり予算)12年分という膨大な額である。思いやり予算そのものもドイツの同様の予算の16倍程度、イギリスの駐留経費一部分担金の30倍以上であるからその整合性も議論するべきであったのだが、なによりも3兆円は捻出困難である。師団の旅団化にともない駐屯地に余剰があり訓練場も豊富な北海道帯広や間もなく旅団化が実施される真駒内への移転も充分検討されるべきであった。上陸演習が可能な浜大樹海岸や榴弾砲の長距離射撃が可能な矢臼別演習場があり、強襲揚陸艦やドック型揚陸艦の母港として青森県に海上自衛隊の大湊基地がある。

憲法と自衛隊

 昨日こうした議論を行った中で、憲法と自衛隊の関連について話が言及したが、憲法改正が自衛官の士気高揚に当たるという考えはどうだろうか。最高裁が統治行為論と判断した以上、内閣法制局の統一解釈が違憲ではないとした判断が自衛隊と憲法の関係性である。

 自衛官の話を聞けば、憲法問題には関心はないが、左翼団体や平和団体が駐屯地や基地周辺でデモをやると、炎天下であっても警備に動員される為疲労著しく、むしろ反対運動に対して憤りがあるという。シビリアンコントロール、民主主義を考えればこうした反対運動は命令を出した永田町や議事堂前でやるべきであって、自衛官への嫌がらせはやめて欲しい、ということだ。全くの正論だ。

 対して、憲法改正で士気高揚につながるかと聞けば、微妙であるという。憲法改正で具体的に自衛隊と自衛官の身分はどのように変わるのか、自衛官は無論のこと政治家、官僚、学者、研究者が夫々異なった解釈や定義、想定で話をするためこの部分が不透明であるのがその理由であろう。憲法問題と自衛官の意識を考える事自体がナンセンス、憲法問題よりも保守政治家や憲法を盾に自衛官に迷惑行為を働く平和団体や左翼団体に対して、自衛官や自衛官家族、若しくは支持者が憤っているように感じる。

 防衛庁の省昇格であるが、これも同様だ。省に昇格すれば内局は地位が向上するが、統合幕僚長が統合幕僚庁長官になったり、する訳ではなく、自衛官の任務は余り変わらないだろう。これも政治家や官僚主導の問題であって、自衛官には余り関わり内容に感じる。

 自衛官の米軍に対しての感情はどうか、学者が持つイメージとは異なり、充分な装備、良好な居住環境、美味い食事に憧れを抱く程度である。

米軍再編後の自衛隊

 米軍再編後の自衛隊はどのように変わるのか、最後の議論テーマであった。

 小生の私見であれば、多分変化は乏しいであろう。米軍の膨大な量に及ぶデータリンクにはNATO諸国ですらも追随できないという。また、日米両軍には言語の壁という問題がある事を忘れてはならない。自衛隊の小銃班と米軍のライフル分隊が共同任務を行えるかとなれば、まず言語の壁にぶつかろう。

 米軍にとっての日本からの最大の恩恵は基地の供与である。航空基地一つとっても三沢・横田・厚木・岩国・嘉手納、いずれも充分なキャテパシーを有し、基地そのものも航空自衛隊の要撃網、陸空自衛隊の地対空ミサイルにより防護されており、日本列島そのものも海洋を隔てて周辺国と緩衝地帯を有する為、在日米軍基地は極めて安全である訳だ。また政治形態も安定しており、安保条約も解消する可能性は遠い将来にも考えにくい。米軍再編後、余り変化はないのではないだろうか。

 第一に考えるべきはステレオタイプからの脱却である。まず知るべきなのだ。小生はこう考えるのである。

 一方で幾度か述べたが、米軍再編の根幹である“軽く展開能力に優れ、充分な防護力と火力を有する装備”は本当に可能なのか、デスクトップパソコンより全ての面で優れたノートパソコンを要求しているようなものだ。この新装備が実用性を欠いていた時、再度の米軍再編が行われる可能性があるのではないか。

 意見その他のコメントがいただけると幸いである。

北大路機関

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米軍再編 マクロ的視野のアメリカ ミクロ的視野の日本

2006-05-02 11:08:03 | 国際・政治

 米軍再編の最終報告書が提出された報道が為されていた。

 小生の高い関心対象でもある本事案に対し、防衛庁や外交評論家、大手マスコミ政治部の方々と議論を重ね、痛感したのは世界規模での基地の拠点集約化を介した前方展開の根本的見直しという根幹部分を理解していない論者が非常に大きかったということだ。

 橋本内閣時代から政治的にクローズアップされていた普天間返還や、首都圏の住宅街に囲まれている厚木基地の艦載機部隊移駐に重点が置かれ、例えば戦略的拠点への部隊集約や地位協定改編という本質的内容に踏み込んでの政治的交渉を行えなかった点が重要である。

 ただ、米軍の前方展開見直しを担保する高い展開能力と衝撃力を兼ね備えたFCS(将来戦闘システム)が、その能力的に限界が指摘されており、少ない装甲や火力は共同交戦能力(いわゆるRMA)により代替できるとの甘い見通しが崩れつつある為、近い将来に再度前方展開への回帰が想定し得ることだ。今回の交渉過程における問題点を列挙し、主体的で有意義な交渉に望めるよう研究を行う必要があろう。

HARUNA

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