防衛費の増額を考える。
日本は憲法で戦争の放棄をうたっている。だから戦争の手段としての軍隊はもたないのが建前である。自衛の武力をもたないということはあり得ないということから、自衛隊ができて国を守るということでここまできている。
最近、中国や北朝鮮等の軍備増強が顕著だというのだろうか、日本の防衛予算がGDPの1%枠を外して2%にしたいという国会や政治の状況である。
ところが、これに反対する世論があまり見られない。これは憂慮すべき事態である。まず普段の経済生活が守れもしないのに防衛力の増強はまちがっている。それも国債を発行しての防衛力の増強だとか。これは絶対にありえない。では法人税や所得税を増税しての防衛力増強はあるのか。これもありえない。
守るに値する国でもないのに、防衛力だけ増強しても意味がない。
では、つぎに普段の経済生活が守れたら、自衛力の増強はOKなのかということである。これもOKではない。
確かに中国が大国として軍備力の増強をしていることはまちがいがないであろう。しかし、そういう世界がいいとはいえない。大国は自国民を富裕を保証するために資源とかエネルギーとかの権益を軍事力とか経済力とかで守ろうとする傾向がある。
まず大国主義がいけないのだということを政治家は説かなければならない。外交的にそれを説いたからと言ってすぐには中国の大国的振舞いがなくなるということはないだろう。
しかし、それでも外交的にはそういう正論を述べなければならない。地球全体の持続可能な発展ということが緊急の課題となっているときに、自国だけの利益を考えていてよいはずがない。
それに戦争は人類のする一番の資源とエネルギーの浪費である。これは人類の存続の危機が十分に意識されている、そういう時代が来ていることをあらためて世界各国で再認識するべき時代が来ている。
各国が自分の国のことだけ考えたらいい時代はもうすでに過ぎ去っていることを認識できない指導者は指導者の名に値しない。だから私たちは平和路線での外交に徹するし、防衛力の増強などしないと宣言しなければならない。
北朝鮮のミサイル開発とか原爆開発とかは頭の痛い問題だが、日本が北朝鮮の脅威でないのは多分確かであろう。もし北朝鮮が日本を攻撃でもすることがあるとしたなら、これはもう自暴自棄になっているということだ。北朝鮮が自分の国を亡ぼしてまで守らなければならないことなどあるはずがない。
北朝鮮はアメリカの脅威のためにミサイルとか核開発をしているのだ。これがつまらないことだということはだれでもわかっているが、それを理由に日本の防衛力を2倍に増強するなどは愚の骨頂である。
これは核の脅威で世界全滅の危機が叫ばれた半世紀以上昔にすでに言われたことだが、要するに一方が核軍備を増強すると、それはもう片方の脅威を増すことになり、この競争はとどめがないのである。不安定な軍備力のバランスは留まることを知らない。
ということは誰かがそういう不安定なバランスからお互いに抜け出ましょうと勇気をもって言わなけれならない。
不安定なバランスから抜ける方法は、お互いにそれが無益なことだしっかり認識することでしかない。そういうわかりきったことを述べる政治家がいないこととは嘆かわしい。
アインシュタインとかラッセルや湯川秀樹のようなスケールの大きな賢人が少なくなっていることが理由だろうか。