物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

早熟の人と晩成の人と

2021-07-31 10:22:19 | 本と雑誌
早熟の人と晩成の人とがいるのがわかった。

これは一般的にもそうなのだが、今行われている東京オリンピックの金メダリストにも2種類の人がいるとわかって興味深い。

一般には天才は早熟だといわれるが、そうでもない例もあるのだろう。

水泳で2つも金メダルを取った大橋さんはどうも晩成の方のようだ。そういう選手を育てたコーチの平井さんが偉いと思う。

平井さんは平泳ぎでオリンピックを3連覇した、北島康介さんのコーチとして知られた方だが、今度の大橋さんの成果により、さらにコーチとしての人を見る目が確かであることがわかった。

そういうコーチに育てられた人の逞しさがすばらしい。

益川さんが亡くなった

2021-07-30 11:16:46 | 物理学
先日、Steven Weinbergが亡くなったと書いたばかりだったが、旧知のノーベル賞物理学受賞者の益川敏英さんが亡くなったと知った。

昨夜、ドイツ語のオンラインのクラスの途中で、妻がスマホを見て、教えてくれたので、知っていたが、今日の朝日新聞に大きな写真と共に記事が出ていた。

名古屋大学の大学院生たちだった益川さんたちが大挙して広島の私たちの研究室を訪れたことはまだ昨日のように覚えている。

ほとんど私と同年の人たちであった。みんな、なかなか多士多才の人たちであり、その中でも益川さんはみんなの尊敬を集めているらしいことは分かった。

それから何回か私が名古屋の会議にでかけたときにも、友人たちと帰りにどこかに夕食に誘っ てくれた。

もう何十年もあってはいなかったが、彼は偉くなっても人柄があまり変わるというふうではなかった。それはノーベル賞をもらった後でも変わらなかったと思う。

私よりは1歳年下の81歳だったという。戦争を空襲を受けたという経験で知っている最後の世代だった。

昨夜の「旅するためのイタリア語」

2021-07-29 11:52:05 | 本と雑誌
なかなか見ながらメモを取るのが難しいので、十分ではないが、その片鱗だけをみよう。

ワイン vinoの味をどういうかが主なテーマであった。

dolce (甘口の)leggero (軽い)corposo (しっかりした)fresco (新鮮な)
frutatto (フルーティな)

Mi piace pi`u corposo. もっとしっかりしたものがすきです。
Mi piace troppo corposo. 

私自身は
 Mi piace vino bianco. 私は白ワインが好きです。
 

ドイツ語の特徴

2021-07-28 10:31:17 | 本と雑誌
ドイツ語は最初に学ぶときが難しい。

これはつぎの二つの特徴をもっているからである。

 1.文の枠構造
 2.冠飾句

である。2の冠飾句の方は文章においてであり、会話ではあまり使われないからほとんど問題が起こらない。1の文の枠構造の方は会話にも関係するから、これがわからないとドイツ語はわからない。

最近ではこの文の枠構造についてはドイツ語を教える先生が注意をして教えてくれるようになっているので、きちんとした先生に学べばほとんど問題は起こらないようになっている。

定冠詞、不定冠詞とかの格変化もそれほど頭から覚えなさいという先生はすくなくなっている。1格(主格)と4格(直接目的格、対格)を覚えて、つぎに3格(間接目的格、与格)を覚え、2格(所有格、生格)は最近では覚えなくてもいいという先生までおられる。


あまり1冊の本をじっくりと読むほうではない

2021-07-28 09:47:50 | 数学
私はあまり1冊の本をじっくりと読むほうではない。いやこれは数学とか物理学とかの本のことを言っている。文学的な本のことを言っているのではない。

簡単なことでも理解しようとすると、なかなかわかるようにはならないという頭のわるさである、私は。それでいくつかの本を合わせてようやくあることがわかるという次第である。

それにわからないことをじっと自分で考えて考え抜くというような持続力もない。だからこういうスタイルになっている。

つい先日も共著の数学エッセイを書いたが、そのときにもあれこれ本を探して、本棚の隅にあった高木貞治『代数学講義』(共立出版)を引きだしてきて、4次方程式の解の公式について論じた。それで共著者からはあまり多くの本を引き合いに出すなと言わんばかりの苦情をもらった。

いや私にしたら、1冊の本でちゃんと首尾一貫して私のような頭のわるいものにもわかるような数学エッセイを書かない人がわるいのだと思うが、さすがにそういうことは言えないのでだまっていた。




昨夜のNHKのEテレ「旅するドイツ語」から

2021-07-27 10:46:07 | 本と雑誌
名言 Sch"one Sr"ucheから

 Die Liebe hersscht nicht, aber sie bildet, und das ist mehr. 
                                               (Johan Wolfgang Goethe)
    ディ リーベ ヘルシュト ニヒト、アーバア ジー ビルデット、
    ウント ダス イスト メア

 (愛は支配しない、むしろ築く、それは支配する以上のものである)

sieはその前のDie Liebeを指している。

以上は月曜夜(7月26日)の昨夜のNHKのEテレ「旅するドイツ語」からでした。


直交座標と斜交座標

2021-07-27 10:12:16 | 数学
普通に高校くらいまで数学を学んだ人々には座標系とは直交座標系のことである。
 
ところが少し高等な数学(たとえばテンソル解析とか結晶学)を学んだ人には直交座標だけでは済まなくて、座標軸が90度ではない角度で交わっている座標系に出会う。それを斜交座標系という。
 
いつだったかもこのブログでも書いたが、日本語の辞書の編纂者にもそのことが理解されていなくて、射影という概念も座標軸に垂直な光を当てたときにできる正射影と座標軸に平行な光線を当てたときにできる平行射影とに分かれるという概念が辞書の編纂者にも理解されていないことがわかる。
 
昨日書いた双対空間はもし普通の直交座標系ならば、双対空間は元の空間そのものである。だからいわゆる「双対基底」を考える必要がない。
 
ところが、もしか座標軸同士が直交していないときにはその軸に沿った基底ベクトルの内積(スカラー積)をつくっても0とはならない。
 
そうすると基底ベクトルの内積が0となるような元の座標系の座標軸にそった基底ベクトルは存在しないから、別の座標系を見つけて来なくてはならない。そういう座標系を双対空間という。そして双対空間での基底ベクトルを双対基底ベクトルという。
 
要するに直交座標での座標軸に沿った基底ベクトルはその基底ベクトルの内積をつくれば、その内積は0である。このことは数学的に取り扱うときに都合がいいことであるので、斜交座標系でもそういうものを人工的につくってやろうというのである。
 
それが双対空間の出所の所以であろう。
 
結晶学では双対空間のことを逆格子空間といい、元の直接空間と区別している。

双対空間を理解するには

2021-07-26 11:16:20 | 数学
双対空間を理解するにはどうしたらいいのか。

北野正雄さんの「新版マクスウエル方程式」(サイエンス社)には第2章の「ベクトル再入門」にベクトルの双対空間の説明が出ているのだが、やはりこの説明が難しい。

そこを北野先生はかみ砕いて解説をされておられるだが、それでもなかなかわかりづらい。それでこの双対空間のいい例である、結晶学での逆格子ベクトルについて書かれたSandsの"Vectors and Tensors in Craystallography"を日曜から読み始めた。

前にも一度か二度読もうとしたらしく、書き込みとかわからないことを示す、棒線が書き込まれてある箇所もある。さらにこの後ろにはLevi-Civita記号の話がでてくる。


ワインバーグが亡くなった

2021-07-26 10:52:25 | 物理学
スティーヴン・ワインバーグが亡くなったと新聞に出ていた。88歳だったという。

1979年のノーベル物理学賞をサラムとグラショウと共同受賞した。いうまでもなく、その後素粒子理論の標準理論となった、電弱理論での受賞である。

それまで弱い相互作用と電磁的相互作用とは別のものとされていたが、この二つをものの見事に統一した理論である。

これは磁気と電気現象との統一をした電磁気学よりもすごいことではなかったろうか。

この理論のくりこみの証明はt'HooftとVeltmanによってなされ、彼らも数年後にノーベル賞を受賞したことはまだ記憶に新しい。

ワインバーグとグラショウとはニューヨークのブルックリンの高校の同期生で、同じ理科クラブに所属していたとはグラショウの自伝にあった。



私のブログはきれいな写真もないが、

2021-07-24 12:14:20 | 本と雑誌
私のブログはきれいな写真もないし、書いている本人があまり賢い元研究者でもない。

だが、自分の好奇心だけは大切にしている。要するに自分が何かで興味深いと思ったようなことを書くようにしている。

だから、逆に自分の関心をひかないことには冷淡であるという困った側面もある。だが、やはり自分が関心のあることを書くのがやはり一番いいと思っている。

他人が感心するためにはやはり自分自身が感心するというか、なにか感じるところがないと人は動かせない。もちろん自分が関心を持ったからといって、他人が関心をもってくれるかどうかはわからない。だが、最低自分が面白いと思わなければだめであろう。

開放系

2021-07-24 11:49:27 | 科学・技術
「開放系」とはなにか。

開放系とは言葉がつながらないように一見思われるが、膜とか囲いで区切られた空間だという。ではそれは開放系ではないではないかと言われそうだが、まあ聞いてほしい。

そういうある種の意味で限られた空間が、物質とエネルギーとをその周りの「環境」とやりとりしているとき、この限られた空間を開放系というらしい。

今、急に開放系って何だと思われるであろうが、これは昨日書いた「生命の定義」とも関係している。生命体とはそういう一種の開放系であるという認識である。

生命体でないものでも開放系はあるだろうから、開放系が即生命体だとは定義できないにしても生命体はそのまわりの環境との間で物質とかエネルギーのやり取りをしている。

具体的例としての人間は食物としてものを食べて、エネルギーを供給したり、酸素を空気から吸って、炭酸ガスを吐き出している。


生命の定義と無秩序の世界

2021-07-23 12:10:27 | 物理学
車を運転しながら、今日聞いたラジオの話が興味深かった。ラジオR2のカルチュアラジオの「地球外生命を探る」第3回目の話だった。

途中、途切れ途切れだったりしたのだが、生命と宇宙全体の不思議さを十分伝えてくれたと思う。その話をしている人は調べてみたら、松井孝典(たかふみ)さんだった。

この講師は物理のことも化学のことも詳しい人だということがわかった。この人の経歴を詳しく調べたことはないのだが、東京大学地球物理学科に所属されていたような気がする。聞き逃し番組で聞くことができるらしいので、詳しく聞いてみよう。

話は急に変わるが、ドイツに留学していたころに知り合った地球化学者が隕石の研究者であり、アミノ酸とかの痕跡が隕石にないのかとか調べているのだとか聞いたことがある。

10年以上前だが、島根県にかなり大きな隕石が落ちたことがあったが、その隕石を分析のためにこの地球化学者がもらい受けに行ったとか聞いた。

もっとも、その話はその人からではなくて、その世話をしたその当時島根大学にいたある地球化学の研究者だったと聞いた。この話は私の知人の、その研究者の夫君から聞いた話であった。この夫君も地球科学の研究者であったが、ずいぶん前に亡くなられた。



Liebe geht durch den Magen

2021-07-23 11:16:33 | 本と雑誌
Liebe geht durch den Magen(リーベ ゲート ドュルヒ デン マーゲン)とはドイツのことわざである。

直訳すると「愛は胃を通じて行く」ということだが、これで意味がわかるだろうか。大阪人は「料理の上手な女性と結婚する」とかいう。要するに関西人の男性には結婚する女性が料理が上手かどうかが重要なのであろう。

それと同じ発想だろうが、シンチンガーの独和辞典には「男心をそそるのはおいしい手料理」とか日本語訳がついていた。

他の独和辞典もいくつか引いてみたが、さすがにこのことわざを引用している独和辞典はなかった。だいたい独和辞典は前からある独和辞典を発展的に受け継ぐと思っていたが、そうでもなさそうだ。

(注)私はまちがえてMagenを女性名詞と思っていたが、durch  den Magenからもわかるようにder Magenと男性名詞であった。それはden Magenのdenに現れている。denは男性定冠詞derの4格(目的格)である。

この語尾enが男性定冠詞のシンボルである。ドイツ語では形容詞まで格変化をして、つぎに示すように、gutは形容詞の後ろにつづく名詞が男性名詞であるときこの名詞が4格(目的格)なら、形容詞の語尾がenとなる(こういう文法規則は面倒なので、規則として覚えるように最近のドイツ語の先生は強制したりはしなくなっている)。

Guten Tag(4格)でTagは男性名詞だし、Guten MorgenでMorgenも男性名詞である。しかし、Gute NachtでNachtは女性名詞である。こういうことはドイツ語を母語としない私たちには重要なことだが、ドイツ語を母語とする人たちは当然のことでなんてこともないらしい(注)。

もっとも成人したドイツ語を母語とする人にはなんてこともないことでも、まだ幼児のころにはこの名詞の性の間違いをする。ドイツ語を母語にしない者には難しいが、それだって母語にしている人も通ってきた道なのだと知れば、いくらか気が軽くなる。

(2021.7.27付記)
ドイツ語では主格と目的格を示す定冠詞とか不定冠詞の語尾が女性名詞、中性名詞では同じであるが、男性名詞は主格と目的格を示す定冠詞とか不定冠詞の語尾が異なる。そこが男性名詞が面倒と言われる所以である。

(2023.8.11付記)
あいさつの「おはよう」でも「今日は」でも
       Ich wüsche Ihnen Guten Morgen (Guten Tag).
の省略したいい方であり、 Guten Morgen (Guten Tag)は動詞wûnschenの目的語であり、4格(Akkusativ)である。だから男性名詞の場合には形容詞の語尾にはenがつくのである。

(2024.9.11付記) 文法用語として主格、目的格とか書いたが、(直接)目的格は対格ともいわれる。また間接目的格は与格ともいわれる。所有格は属格ともいわれる。こういう用語として決まったものが現在あるのかどうかは私にはわからない。

私のちょっと知っている外国語ではドイツ語は1格から4格までだが、ロシア語は普通には1格から7格まである。主格、生格、与格、対格、造格、前置詞格だったか、もう一つ格があるはずだが、今思い出せない。

昨夜の「旅するためのイタリア語」講座

2021-07-22 12:32:27 | 本と雑誌
最近、この講座を見ることが多い。昨夜出て来たフレーズはつぎのようなものであった。

 Quale mi consiglia ?  お勧めはどれですか 
 Che cosa mi consiglia ? お勧めはなんですか
 Che cosa ci consiglia ? (私たちに)お勧めはなんですか
 Quale vino ci consiglia ? どのワインがお勧めですか
 Quale pizza ci consiglia ? どのピザがお勧めですか
    Quale pereferce, il rosso o il bianco ?  
 赤ワインと白ワインとちらがお好きですか

oは「または」を意味する、イタリア語である。

ここでフランス語で「または」という語をよくは知らいないことに気がついた。ちょっと調べて見なくてはいけない。

いま調べてみたら、ouであることがわかった。だが、あまりこの語を聞いたことがない。「どこ」を指すフランス語のo`uはよく聞くがouはNHKのラジオの「まいにちフランス語」でもあまり練習には出てきたことが少ない気がする。表示がよくないが、o`uはuの上にアクサン・グラーブをつけたものの代用である。

o`uはもちろん「どこ」という意味でもあるが、関係副詞としても英語のwhereと同様によく出てくる。

(2021.7.23付記)  私がトリノからきたAlessiさんからイタリア語を教わっていたころはまだ日本にはしっかりした伊和辞典がないころだった。それで購入したのは『イタリア語小辞典』(大学書林)だった。

それから数年後になって、ようやく野上素一編『新伊和辞典』(白水社)が出版された。これは1964年のことであった。

余計なことだが、この野上素一さんは有名な作家の野上弥生子さんの長男だと聞いている。
 

インドの夏は

2021-07-21 11:27:43 | 科学・技術
インドの夏は暑いので、広場の木陰にみんなで集まって、隣り合って座っているのが、この酷暑に対応する方法だという話をもう50年以上前に大学の東洋史の I 先生からその講義で聞いた。

本当かどうかの真偽のほどは知らないが、普通は人の体は発熱体であるのだが、40度を超す気温では人の体はむしろ吸熱体でおり、人の体が近くにあることは周りの大気の熱を吸収してくれるために人の集まりがないところと比べて気温が下がるのだという説明はなかなか説得的であった。

現在は、インドでもエアコンが普及しているであろうから、こういう風景はあまりないのかもしれない。

中国とかインドでは人口が多いので、それなりに秀才とか天才が出現する。こういう秀才とか天才は日本では考えられないくらいに桁違いの才能であることがあるらしい。

その割には現在までのところノーベル賞の受賞者はこれらの国でまだ増加してはいないが、将来的にはこれらの国からのノーベル賞受賞者が増えて来るであろう。特に中国からはそういう学者が出でてくることが予想される。

そのころにはもう私は生きていないであろうから、そのことを知るよしもないのだろうが、日本人のノーベル賞受賞者が将来的には増えないどころか減ると予想される。これが現在の日本の学術行政のあり方なのである。