物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

山本義隆『新物理入門』

2008-06-30 07:30:57 | 物理学

講義の準備のために以前に購入していた山本義隆氏の『新物理入門』の電磁気のところを一部読んだ。

なかなかよくできている。どういう風によくできているかというと帰納的ではなくできるだけ演繹的に議論が進むところだ。

よくアマゾンの書評で彼のこの本がすぐれているという人と、もう一方の評価はそれなら大学のテキストとして書かれたものを読んだほうがいいという評の両方があったと思う。

予備校での講義だから、微分積分をフルに使っているとはいっても制約がある。だから後者の批評はある程度あたっているかもしれないが、そういう制約のある中でよく書いてあると思う。

彼が真剣に書いているということは十分にわかる。物理はもともと実験科学だから、それを理論化するときにどこが一番基本かを言い難いところがあるが、彼はその点を最小限にしているとの印象である。

しかし、基本となるところでも理解を十分にすれば、丸暗記はいらないのかもしれないが、それでもある程度記憶しておかなければならないこともあると思うので、その点が十分に簡単化されているかは彼の努力にもかかわらず疑問である。

批判的にとられるかもしれないが、批判するのが本意ではない。誰が電磁気を書いても難しいのだと思う。

Feynman Lecture(訳書:ファインマン物理学(岩波書店))みたいにはじめにバンとMaxwell方程式を書くわけにも行かないだろうし、それができたら気持ちの上ではすっきりするが、一般の電磁気学ではそれはやはり難しかろう。

でもよく整理をされていると思う。もっとも電磁気学のことをあまり知らない私がいうのだから、信用度はとても低いだろうが。


稲の生育

2008-06-28 11:28:27 | 日記・エッセイ・コラム

自宅の前の田んぼの稲が大分しっかりしてきた。青々としてきて目にも鮮やかな緑となってきた。これくらいしっかりするともう簡単には枯れたりはしないだろう。

そういえば、I 市にある私の実家の裏は戦争中は田んぼだった。西からの田んぼを渡って家に入ってくる風がとても涼しかった。戦後、その広い田んぼにはある会社の建物が建ち、以前ほどは涼しい風が入るということはなくなった。とはいっても家の中で一番涼しいところは実家の裏廊下のところだった。夏休みに帰省したときにはそこに「ぼんぼんベッド」を持ち出して本を読んだものだ。

1945年の6月か7月だったかに空襲があり、I 市はその空襲で焼け野が原となった。JRの駅に近かったにもかかわらず、幸いにして我が家は焼け残り、ときどきは復員軍人の人を一夜泊めたりした。なにせ家がないのだから、近くに泊めてくれそうな家があれば、躊躇せずにそういう申し出をするという時代だった。

それで、夜中に目を覚まされて家族で寝床を空けて、そういう人を泊めたものである。それがまったく不思議でもなんでもなかった。そういう記憶も忘れていたのだが、ふっとその記憶がよみがえることがある。


湯川秀樹と隕石

2008-06-27 12:40:31 | 日記・エッセイ・コラム

私の妻が昨日昔のことを思い出して言っていた。長男は小さいとき夜なかなか寝つくことができなかったという。どうして寝れないのかと聞いたら空が落ちて来るのが心配だといったという。

そういう話を私がしたのかもしれないが、多分これは本人の想像力だと思う。小さくても想像力に富んだ子はいろいろ考えているのだ。やはりその人のもって生まれた性質は教育なんかを超えていると思う。

それで思い出したのだが、昔湯川先生が所長をしていた基礎物理学研究所で私は数ヶ月非常勤講師をしていたが、そのときの昼食時に隕石が落ちて自分にあたったらどうしようと心配をしたことがあるといったら、湯川先生が実際にあったこととして自分の親戚の人が山道を歩いていたら、何かふらふらと飛んできてどこかその人の近くに落ちたという。これが隕石であったという。

彼はそれが自分の親戚の人としか言わなかったが、ひょっとしたら彼の父親の小川啄治氏であったかもしれない。小川啄治氏は地学の研究者であったから、山道を歩くことも多かったであろう。

このようなことに出会う人は本当に少ないとは思うが、やはり実際にあるということであろう。長男が昔感じた心配を杞憂とばかり笑うことはできない。

(2013.2.18付記) 「湯川秀樹と隕石」などというタイトルで偉そうなやつだと思われた方もおられるであろう。

これは表題ということもあり、表題はいつでも短くしたいという意図ともう湯川博士も歴史上の人物となっているとの観点からであり、他意はない。

「さん」とか「博士」とか敬称を入れるべきかともいまでも思わないでもないが、表題としてはこのままとさせて頂く。

途中の文章では「さん」を「先生」に改めた。「さん」では私にはあまりにもなれなれしすぎるからである。

ロシアにとても大きな隕石が落ちて、ニュースダネになったので、このブログも一人、二人見てくれた人が出てきた。それで、文章の少し改変をした。


新版「スピンはめぐる」

2008-06-26 11:22:27 | 物理学

復刊プロジェクトで朝永振一郎「スピンはめぐる」が復刊された。予約注文していたら、今朝出版社のみすず書房から宅急便で届いた。新版では江沢洋さんが注をつけている。

「素粒子の本質」(岩波書店)で武谷三男が朝永に量子力学IIIでもいいし、そのほかの本でもいいから対応原理的考えにもとづいた物理の本を書いてくださいと要望していたが、「うまく書けないよ」と朝永が答えていた。

そういう要望にもとづいた訳ではないかもしれないが、「スピンはめぐる」が書かれたといういきさつがある。

晩年の科学行政の世界での朝永のすこしあいまいな姿勢に厳しい批判を与えた武谷も朝永の物理学の長所をしっかりとつかんでいた。

この「スピンはめぐる」は少し難しいので腰を落ち着けて読まないと読むことができないと思う。それでまだきちんと読んだことはない。

ただ、この新版では雑誌の連載時には載っていた写真のいくつかはそのままではないだろうが、つけられている。それを眺めるだけでも楽しい書である。


群の学習

2008-06-25 12:13:08 | 数学

若いときから群について何度か学習してきたのだが、いつも挫折している。もちろん、how  toとして理屈抜きに学んだことも多いが、基本的にはよくわかっているとはいえない。たとえば、SU(3)などについてもGasiorowiczの本にあるグラフィカルの表現だとかYoung tableauとかについて少しは知ったし、またhook ruleといわれるものを知ったりもした。

だが、よくわかるまで勉強したかというと残念なことに十分でないどころかいつも不十分である。Dynkinダイアグラムもいつか勉強したが、なかなかわかったり、使いこなせるところまで行っていない。いわゆる群のBranching ruleをどうやって導くのかということがよくわかっていない。


対数とは何か

2008-06-24 11:43:01 | 数学

対数とは何か。

森毅さんの「指数・対数のはなし」(東京図書)によれば、常用対数はある数が10の何乗かを示すとあり、自然対数はeの何乗かを示すとある。これが対数の意味である。

また「対数と指数とは同じものだ」という北海道札幌の藻岩高校の中村文則先生の指摘は正しい(注:下の説明も参照)。

また対数のいろいろな法則というか性質は指数の法則から導かれる。それを知らないと対数の理解はできない。

しかし、その焦点は指数と対数では違っているし、また指数と対数が同じものであるのならば、なぜ指数での表し方(「指数表示」)と対数での表し方(「対数表示」)があるかということも歴史をある程度知らないと理解できない(注)。

対数表示はまだ指数表示があまり一般的でなかったときに考えられたのだ。数学史の本を読むと現在では普通になっている、小数という数の表現法も対数が考案されたときにはまだなかった。

その事情をすでに愛媛県の数学協議会の機関誌「研究と実践」に発表したが、まだ説明が不十分であったと思った。その補足説明を近いうちに書きたいと考えている。

(2013.5.23付記) 

その後、「対数とはなにか」というエッセイを『徳島科学史雑誌』(2008)に発表した。

私が以前に対数についての考えを発表した機関誌『研究と実践』(愛媛県数学協議会)ほどマイナー雑誌ではないが、それにしてもこの雑誌を見る機会は日本の一般の教師にはないのだろう。

しかし、『徳島科学史雑誌』は国会図書館に納められている。私のところにもまだ少しだけだが、このエッセイの別刷が残っている。私に請求のメールを頂ければ、そのコピーを送ることができる。

(注) 「対数表示」とか「指数表示」という用語は数学では一般には使われていない。しかし、それらの用語を使ったほうが対数と指数について理解しやすいと思う。


知的堕落

2008-06-23 16:03:57 | 受験・学校

今日から基礎物理学で「電気と磁気の現象」に入る。電気と磁気の範囲に入る用語をいくつかか書き出してそれを電気と磁気の現象として5つの種類に分けたうちのどれに入るかという設問を出しているが、その答えを略として書いていない。そうしたら、答えを教えてくれというアンケートの要望が多かった。なんでも自分で調べてみるという考え方はないのだ。

また調べなくてもいいし、自分の知っている範囲で判断すればいいのだ。問があるとその正解があり、それを覚えてテストをクリアしようという知的堕落があると思う。あえて答えを与えないという積極性を認めていない。熱のところでも図を描いて考えてみるところの解答を略と3問ほど書いたのでそれに対する反発もあるのだろうが、これは授業でやって見せたところなので、解答が略でも許されるはずである。それにその解答を自分でして見なくても以後の授業の理解には困らない。

どうもなんにでも模範解答があってそれを見ればよいという考えが強い。嘆かわしいことよ。


田んぼにサギ

2008-06-22 18:19:18 | 日記・エッセイ・コラム

田んぼに鳥が来たと先日書いたが、今日は2羽のサギが来ていた。番であろうか。広い田んぼのようだが、そんなに広い田んぼではない。それも借家と私たちの家の間の2枚の田んぼである。何かの生き物のえさが獲れるのであろうか。

私が車を出すときにはちょっと警戒してどこかへ退避していたが、車を路地から出すとまた舞い戻ったようだ。長い首が特徴であり、一羽は白く、一羽は灰色か黒であった。田んぼはまだ苗が小さいので苗の間を歩き回るとか泳ぐことができる。それに稲の生育につれて撒くであろう農薬もまだない。しばしの鳥の天国である。


島崎智子の「歌の花束」

2008-06-22 18:08:06 | 芸能ネタ

島崎智子さんの「歌の花束」というコンサートに行った。この方は二期会に所属する方らしくて、二期会の肩入れであろうか会場は満員であった。

声量のある美声の持ち主でほれぼれとする歌声であった。前半は日本の歌で後半はオペラの歌のようでイタリア語であった。イタリア語の初歩は40年以上の昔少しやったのだが、聞き取れたのは「ある晴れた日に」のl'aspetto, l'aspettoという一語だけであった。これは歌劇蝶々夫人の中の歌で、蝶々夫人が主人の帰りを待っているというところだろうと想像する。本当にそういう歌詞なのかどうかはわからないが、多分そうであろう。ピアノの伴奏もよかった。

島崎さんの顔つきが歌い進むにつれてよくなっていく。これはご自分が十分に歌ったという満足感からなのであろう。

このところ芸術づいているようだが、特に芸術づいているわけではない。


ワインパーティ

2008-06-22 08:16:34 | 日記・エッセイ・コラム

昨夜、恒例のワインパーティをした。といってもごく限られた人数の親しい人を招いてのパーティである。ビール数本とワインとかシャンパン数本があればできる。シャンパンはUさんがもってきてくれたが、はじめEさん夫妻が来られていなかったのでシャンパンをあけなかったが、E夫妻が来られてからあけて乾杯をした。

友人のNさんは初めての参加だったが、at  homeな雰囲気を喜んでいた。Nさんは持病があり、ちょっと体が調子が悪かったらしくて1時間くらいの予定だったが、それでも時間を延長していてくれた。

年に一度か二度のパーティだが、それでも費用がかかるので、今後どうしようかと思っている。会費制にしたらとか、という意見を出してくれた人もいる。またT夫人は妻の手伝いに早くから来てくれていた。お陰でパーティは楽しく進み、E夫人のお得意の写真撮影もあり、いい記念となった。

またR氏はマンションの管理組合の会合だったとかでかなり遅れて来られたが、深夜スポーツバーでサッカーの観戦をされるとのことであった。ケーブルテレビのワウワウで放送をするらしい。


交通違反

2008-06-21 13:33:29 | 日記・エッセイ・コラム

いや、やられた。

交通違反などで罰金をとられたことなどなかったが、今日11時前に大きな通りに出る前の一方通行のところで、一時停止を怠ったということで交通違反をとられてしまった。罰金7000円である。

右からは車が来ないことは見て知っていたから、大丈夫と思ったのに、後ろにパトカーがいるとは知らなかった。大通りが青になっていたから、急いでいたのだ。また、これから三越に買い物に行くので、早く行きたいと思っていたせいもある。

曲がって前の車の前に停止していたら、警官に車のドアをたたかれてそれでもどうしてかわからなかった。車を左に寄せて停車し、交通切符を切られてしまった。免許証を携帯していたのでまだよかったが、もし免許証を携帯していなかったらもっと罰金をとられたことであろう。

生まれて初めてだが、やはりあまりいい気持ちがしない。本当に交通違反としてカウントするほどのことだったのだろうか。


田んぼに鳥

2008-06-20 16:08:05 | 日記・エッセイ・コラム

今朝といっても10時半ごろ出かけるときに自宅の前の田んぼに鳥が数羽来て泳いでいた。多分泳ぎながら虫かなんかをとって食べていたのだろう。はじめすずめかと思ったが、すずめよりは大きな鳥で、なかなかきれいな模様の鳥だった。

稲刈りがすんだあとの田んぼにいろいろな鳥が来て、何かをついばんでいることは見たことがあるが、鳥が田んぼに来て泳いでいるということはめったにない。多分昨夜遅くに雨が降って田んぼに水がたまったからであろう。

このころは機械で田植えをするから、稲の苗を植えた最初はとても痛々しいほど弱弱しいが、いまではその苗も少ししっかりしてきている。

5月には雨がたくさん降ったが、6月の入梅とともにそれほど雨は降らなくなった。もっとも夜間には相当降っているようだから、雨不足ではなかろう。ただ、湿気が多くなって寝苦しくなってきた。日本の7月と8月の暑さとこの湿度の高さがなかったら、日本は気候的にはいい国なのだが、そうもいかない。


Ikuro's page

2008-06-19 11:01:57 | 数学

昨日Lie代数のことを調べようとしてgoogleで検索したら、Ikuro-Kotaro's pageとかいうのに出くわした。

これがすぐれたホームページで一年間に40件近くの記事を掲載している。ただ、texを使ってはいないので読みにくい。latexで書いてpdfの文書か何かにしてくれるともっと読みやすいのに。

この方は医学関係の研究所に勤めている方らしく、アマゾンコムで調べたら、佐藤郁郎さんという方らしい。仙台在住の方かなと推察をする。

最小2乗法の本を書いておられる方のようだ。もっともこの本は品切れで入手はできないらしい。

数学の好きな方であって同好の士がいることは心強い。数冊の本ができるくらい多くの内容の事項を1997年から書いておられる。

関心が統計や数値計算に集中しておられるようだから、私の関心とかさなっている部分もあれば、重なっていない部分もある。

超越幾何関数のことを書いておられるのも私の関心と一致する。幅広く勉強されている方である。因数分解のアルゴリズムに関心がある人らしい。楽しみなサイトを発見した。


対数の性質

2008-06-18 14:01:41 | 数学

私がM大学の薬学部のリメディアル講義の物理学を受け持っていることは何回かこのブログでも触れたと思う。

先日、エントロピーの導入をBoltzmann 風に行ったが、そのときに対数と指数とは同じということを話した。そして10を底とする常用対数は10の桁数を示すとか、自然対数はNapir数eのべきを表すことを述べた。

そしては2は10の桁でいえば、log 2=0.3010・・・桁くらいだと述べたが(注)、それらを求めるにはいわゆる対数表とか関数電卓が必要である。しかし、森毅先生の本を読むと自分でおよその桁数を見当をつける(この見当をつけるというのを、あたるという言い方をする)ことができる。

2^{3}=8~10 という式からその両辺の対数をとって、log 2は0.33と見当をつけられることを述べたが、どうもこの3 log 2~1という式が理解できないらしい学生がいた。すなわち、log2^{3}=3 log 2~1がわからないらしい。

すなわち、log N^{m}=m log N という性質を知らないらしい。

薬学部でもここまで数学の知識のない学生も入学するようになったかと驚いたが、次の時間になんとか手当てをしなくてはならないだろう。

(2013.5.24 注) 1 ならば、10の桁でいえば、0である。なぜなら10^{0}=1であるから。10は10^{1}=10だから10は1桁である。100=10^{2}であるから100は10で見れば、2桁である。2は10でみて、何桁というのはこういう意味である。


整理の方針は?

2008-06-18 11:17:21 | 日記・エッセイ・コラム

2005年に退職して職場においていた資料等を自宅に持ち帰った。それらの大半はなんとか衣装ケースのような箱に収めて押入れに整理をしたが、まだダンボール箱で10箱以上が2階の子ども部屋だったところに残っている。

なんとか整理をしたいのだが、ファイルキャビネットを購入することを妻が許可してくれないのでそのままになっている。先日用があってその一部の中を覗いてみたら、雑誌のコピー等が出てきた。それをここ数日ファイルに綴じている。パンチで穴を開け、それをファイルするのである。こうやって書類の幾分かは整理ができそうである。

また、箱の一部はコンピュータのマニュアル本等である。この中にはNumerical recipe in Cという本の訳本もあって、これはもしか数値計算をするなら、必携の書である。こういう本は庭の片隅の書庫に片付けることができよう。とはいっても書庫も満杯なので、その一部をまずは処分をする必要があろう。それを考えないと結局は行き詰ることになる。

20数年前に家を新築したときに十分収納スペースをとったつもりだったが、部屋の天袋にはなんだかわからない電気器具の箱がいっぱいだったりする。

Oさんという方が急死して残された書籍が1万冊とか聞いた。この人の蔵書は彼が卒業した松山東高校に一部を寄贈するように同級生が高校に働きかけているとか聞いた。私は自分の蔵書は三千冊といっているが、本当の冊数はわからない。書庫にある本は一部は二人の子どもの大学の教科書もあったりして、自分のものばかりではないが、どうやってそれらを始末するのかが問題である。