物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

100キロを走るランナー

2015-06-30 11:15:06 | 日記
昨夜のNHKの「鶴瓶の家族に乾杯」を見ていたら、鶴瓶さんが青森県階上(はしがみ)町のそば屋のそばで若い女性マラソンランナーと出会う。

その女性が人は100キロでも訓練すれば、走れるようになると言っていた。100キロどころか数百メートルでも走れないと思う私などには驚異の事実だが、この女性もはじめは走れると思っていなかったらしい。

だが今では100キロを走った、つぎの日もお勤めに行くと言っていた。そしてそんなに長距離を走るといことで営業成績が結構いいのだと言っていた。同情というか関心を他人から起こされるらしい。

これは私の姪が言っていたことだが、少なくとも人間はマラソンの40キロを走れるようになるとのことである。彼女はニューヨークとかホノルルの市民マラソンに参加したことがある。もっとも 5 時間でようやく走るといった類のランナーであり、記録を出すというようなランナーではない。

それにしても時間はかかるかもしれないが、40キロを走り切ることができるとは驚きである。ましてやその倍以上の100キロを走るランナーがいるとはなおさら驚きである。

2級の試験は・・・

2015-06-29 10:17:20 | 日記
昨日も書いたが、3級の試験はそれほど難しいとは思わなかったが、2級の試験はさすがにヤマ勘の答えしか書けないところが多かった。

話法の助動詞の完了形の文章が出てきたりしたが、これはあまり普通にはお目にかかることがない。

ドイツ語の入門書でも話法の助動詞の完了形についてはその語順は例外であると書いてある。もちろんドイツ語の文法書を勉強したらでてくるのだろうが、ラジオでドイツ語を勉強したりする場合にはあまり文法ということに拘らないので、何十年も勉強していればその法則にいつかは出会うけれども、わずか数年の学習では出会わないかもしれない。

私もこのことを知ったのはラジオとかテレビでドイツ語をほぼ40年(ひょっとしたら、50年近いかも)以上学んでいるが、最初の20年くらいはそんな知識を知らなかった。そしてそれが副文章(副文章とは英語なら従属節のこと)中に出てくれば、その場合の動詞の位置が定動詞後置から例外的に変わってくるなどということは知識としては知っていてもあまり出くわしたことがなかった。

ところがそんな知識が出題されていると知って驚いた。もっとも出題されるドイツ語の先生はこれくらいのことを知っておいてくれないと2級の認定はできないという心意気なのであろう。

ドイツ語検定が終わった

2015-06-28 16:42:19 | 日記
今日、6月28日(日)に松山大学でのドイツ語技能検定があった。

2級と3級の検定を受けたのが、多分3級は合格だろうが、2級は多分微妙なところである。通らなくても不思議には思わない。ただ、もう少し何とかすれば通りそうなくらいにはなっていると思う。

だが、合格したかと言われると多分難しいであろう。そんなものである。3級は結構多くの人が受験に来ていたが、さすが2級になると10人以下である。多分8人くらいではなかったろうか。

私は覚えていなかったのだが、私の昔の学生が試験に来ていた。彼は何回目からしかったので、今回は合格するのではなかろうか。I 君だと名乗ってくれた。

少し話をしようかと思ったが、私が持ち物の後片付けをしているうちに帰られたので、さよならしか言えなかった。

いまさら、ドイツ語でもないかもしれないが、それでもドイツ語を勉強しようとする人がいることに感銘をうけた。

さて、いつごろ結果の知らせがあるのであろうか。楽しみである。

またまた眠ってしまった

2015-06-27 12:49:53 | 日記
昨夜がEテレの「宇宙白熱教室」の最終回だったのだが、やはり見ているうちについ眠ってしまった。

はじめの方と終わりの方の放送をちょいと見ただけになった。なんでも宇宙の外のほうの銀河等の速度がおそくならないで一定になるということがわかってきたというのである。

二つの説明する考えがあった。一つは実験的に否定されたが、もう一つの考えは現在支持されているという。すなわち、宇宙の質量が宇宙の半径に比例すれば銀河等の速さを決める式の分母にある宇宙の半径と分子分母で約分されて宇宙の半径に依存しなくなる。

そこいら辺までは見たのだが、その後は居眠りでどういう話になったかわからない。

普通に考えるとある紐にボールを結んで振り回すとすると運動の中心から遠くにあるときはボールはゆっくりと動いているが、これがそのひもがたとえば棒に巻き付いてくるようなときには半径が小さくなればそのボールの速さは速くなる。

これは私たちが日常経験して知っていることである。だが、宇宙ではそうなっていないという。それだとその説明は難しいが、質量が半径に比例しているとすれば速度が一定であることは理解できる。

光とか電波だとかでは見えない質量をもった物質が宇宙には多量に存在しているということだ。それらをダークマターdark matterとかいう。光とか電波とかの電磁波で確認できる物質の質量は宇宙の全質量のわずか0.3%だとか最近本で読んだ。

第4のエッセイ

2015-06-26 17:36:32 | 日記
『数学・物理通信』に投稿があった、自然数のべき乗の和について私も今回かなり考えたので第4のエッセイ原稿を書き始めた。第4のエッセイなどというと、映画の「第3の男」をタイトルをまねたようで申し訳がないが、そんなスリリングな話ではまったくない。

それはともかく、ちょっと入力していたら、突然入力した原稿が消えてしまった。泣く泣くもう一回入れ直したが、油断がならない。

ファイルに上書き保存をしていないとまったくなくなってしまうことがあるのは、要注意である。

式の計算はきちんとしなくてはならないが、エッセイにまとめるときにはその計算を逐一書くことはないだろう。それでもこのシリーズの第3のエッセイのほうが計算も簡単であった。私はいくつかの異なった方式の比較をするつもりなので面倒でもしかたがない。

これとは話がまったく違うが、やはり世界的な政治というか難民とかギリシャの経済の問題のことを聞くと心が痛む。また、日本でも政治の情勢はまったく思わしくない。

私なども新しい教育のあり方を目指して懸命に努力をしているのだが、日本の国立大学のどこでもどうやってどこから費用を削るかというみみっちい話らしい。そんなことでは日本の科学技術は早晩滅びるだろう。だが、そんな心配をする人は政治家にはいない。防衛予算を増やして、千閣諸島を中国から守ると豪語する人はいたとしても。

教育において「仮説実験授業」を提唱して、かつ実践もしている、板倉聖宣さんは会誌の発行はガリ版刷りでサークル活動をするというくらいのこじんまりとした活動だとかえって強いのだとどこかに書いておられた。会費をとって会をすると盛んなときにいいのだが、縮小傾向のときに維持ができないのだという。

現在ではガリ版刷りでもないだろうが、メール配信のサーキュラー『数学・物理通信』などはこの板倉さんの書かれていた考えに近いのではないかと思っている。なぜなら、投稿さえあれば、費用はほとんどかからないからである。もっとも私の編集者としての労力には報酬はもらわないという前提である。



並列回路と直列回路

2015-06-26 10:38:10 | 日記
別に物理学とまで言わなくても、小学校で理科の時間に並列つなぎとか直列つなぎとかいうことを学ぶ。

ところがこれを英語でどういうのかとなるととんとわからないということに今朝気がついた。妻が自分の自慢のタブレットで調べてくれたが、並列回路はa parallel circuitで直列回路はa series circuitとかいうらしい。

並列つなぎはa parallel connectionといい、直列つなぎはa series connectionというらしい。いくつかの英語で書かれた電磁気学のテクストはもっているのだが、並列つなぎだとか直列つなぎだとかは索引には載っていない。

有名なSears and Zemmanskyの"University Physics" (Addison & Wesley)10th ed.の索引からようやく見つけ出した。タブレットでも同じ語が出ていたようだ。

アメリカとかイギリスの大学で物理学を学べば、こういう用語も避けては通れないのだろうが、少なくとも私には英語ではどういうのだろうと思わせることであった。

ちなみに、数列はsequenceといい、その数列を和の記号でつないだもの、級数はseriesという。こちらの方は大学で微積分学を教わったときに覚えた。

もっともこのブログでいつだったかも述べたが、対数の指標とか仮数とかはごく最近まで何というか知らなかった。ちなみに指標はchracteristicで、仮数はmantissaである。

もう何十年も昔になるが、イギリスのSouthamptonの大学の施設に数日会議のために滞在したことがある。朝ごはんに食堂に行くと一団の人たちが一緒に食事をしている。よくわからないものだから、その中に混じって食事をしていて、あなたたちはと聞いたら、marine lawの研究者たちのグループだと言われた。

まったく理解できなかったので、トンチンカンのことをいったら、こりゃだめだと思ったのだろう。
Law of the See海の法律だよと言われてようやくわかった。この応対は相手がさすがに偉いと思った。

海洋法の研究者とか言われて日本語の初心者が海に関係した法律だということがわかるとすれば、結構日本語の初心者の域をすでに出ていると思うのだが、どうだろうか。

これに似たとんちんかんな反応は別の機会にもあった。パリのエトワル広場の凱旋門のところで退役した軍人たちかと思われる人たちが整列してある儀式が行われていた。

近くにいたフランス人に聞いたら、なんとか私の知らない言葉を返してきた。わからなかったので再度聞いたら、vielles hommesと返事してきた。単なる「老人」ではないのだが、もう正確に言っても理解できないと思ったのだろう。

またまた英語?

2015-06-25 12:38:17 | 日記
偏見とは私はprejudiceだと思っていたら、昨夜のNHKのTEDでJyoi Itoさんがbigotoryという語を紹介された。

聞いたことのなかった語だったので朝食後に妻と話をしたが、あまりくわしいことはわからなかった。

辞書を引いてみたがその綴りがわからない。岩波の英和辞典を引いてみたが、載っていない。それでもっと新しい英和辞典の小学館のprogressiveを引いてみたが、綴りはわからない。しかたがなく、Websterを引いたら、やっと綴りがわかった。

それで、もういちどprogressiveに帰ってみたら、さすがにこれには載っていた。もっとも訳語は単なる偏見ではなく、「(人権的・宗教的な)偏見に根ざした憎悪、頑迷」とある。この語を偏見と訳したJyoiさんはやはり穏やかな人柄だと思われる。

bigotという語があるので、bigotryはその派生語になる。

ところで似たような語に先入観という語がある。これは英語ではpreoccupationとでもいうのだろうが、意味はどう違うのだろか。先入観にはそれほど意地の悪いイメージはないが、本当のところはどうなんだろうか。

いま辞書を引いたら、preoccupationは「没頭、熱中」という訳が先頭にあった。

今までの話とは全く関係がないが、culinaryという語を最近知った。料理に関係した語であることは分かっていたが、「台所の、料理の」という訳が辞書に出ている。こちらの方は妻がスマホで調べてくれたが、発音を聞くとカワリナリーとワの音が入っているように聞こえる。キュリナリ―という発音もあるようだが、多分アメリカではカワリナリーという発音で通っているのだろう。ワという音が入るはずはないのだが、私たち日本人にはそのように聞こえてしまう。本当の発音はカーリナリィーであろうか。

もっともこのculinaryという語はドイツ語のkulinarischという語から料理関係の語だろうと推察したのがこの語を知ったいきさつであった。

このkulinarischという語の下にある辞書の言葉はdie Kulisseという語である。辞書には「書割り、舞台装置」とか訳語が出ている。hinten den Kulissenという句で比喩的な意味で使われて「舞台裏で」という意味である(注)。

この語はいままでなんどか出会った語だが、すぐには頭に浮かばない類のドイツ語である。

それはともかく、後がおよろしいようで。

(注)hinten den Kulissenのden Kulissenは複数名詞の三格である。「複数3格 n 終わり」と覚えなさいとNHKラジオの以前のドイツ語講座で慶応大学の境一三先生がいつも言われていたが、複数3格 n 終わりは私にはなかなか定着しな
い。

(2015.6.25付記)
昨夜のEテレの「ニュ―スで英会話」でculinaryが出てきたが、鳥飼久美子さんはカーリナリィーと発音されていたようである。

(2024.6.19付記)
culinaryと同じ意味のフランス語も知っていたような気がしたが、思い出せなかったので仏和辞書を引いてみたら、culnaireキュルネェルと発音するようだ。付加しておく。


観光は平和に役立つ?

2015-06-25 12:16:25 | 日記
昨晩TEDの放送を見た。これは前に見たものの再放送だったが、観光がこれからの世界の平和に貢献するのにもっと必要だということであった。

この講演をした人はパレスティナ人であるが、イスラエル人とパレスティナ人の二人のガイドをつけた
イスラエルとパレスティナの観光訪問を企画する旅行会社をやっている人で過去にイスラエル人に兄を死に追いやるような虐待を受けた人である。

そして、二人の異なった見解やバックグランドをもったガイドがイスラエルとパレスティナの歴史と現状を語るガイドをして、かつそれぞれの国のある家庭を訪問したりすれば、相互理解を増すことになる。

それがまどろこしいようだが、結局は近道になるという信念を持つに至った。これは彼があるとき、ヘブライ語を学ぼうと思ってあるヘブライ語の教室に通ううちに兵隊ではない普通のイスラエル人と知り合いになり、それもカントリーミュージックがお互いに好きであったことが彼の眼を開かせたという。

こういう話はたとえば、韓国と日本の間でも中国と日本の間でも同じようなことが大規模ではないが起こっていることである。

こういう話を聞けば、最近の世界情勢のあまりの惨状に心が暗くなっていたが、一縷の望みが出て来た。

北アフリカや中東からのヨーロッパへの難民や移民が地中海を超満員の船で渡って来る。その途中で船が転覆して命を落とした人たちも多い。また、イタリアの国に無事保護されたもののどこにも行けないという実情もある。

また根本的には北アフリカや中東諸国の政治情勢の不安とか生活ができないという実情がある。独裁政治に反対するというその縛りを取り除いたのはいいが、それは単に混乱と不安定と生活できないということをもたらしただけであれば、それはなんであったのだろうか。

それに対する答えはまだ見つかっていない。別に独裁政治がいいといっているわけではない。だが、イラクにしてもリビアにしても独裁政治はなくなったが、つぎの安定した政治をまだ見つけてはいない。

若い君たちはそれに対してどう答えるのであろうか。このようなことはまた南スーダンで現に起こっていることでもある。

細かなこと

2015-06-24 11:45:39 | 日記
ドイツ語を長年学んでいるが、なかなか力がついていない。これは6月28日のドイツ語検定を受ける前の心配事であるが、どうもあまり懸命に試験勉強する気が起きない。

力がついていないこと、それはそうだが、細かな知識も知るようになった。これはどうでもいいようなことだけれども。

名詞についてgeという前綴りのついた名詞は中性名詞が多い。これは例外がないわけではないので前にもかいたことがあるが、味覚を意味するGeschmackはder Geschmackで男性名詞である。

さらに語尾の-schaftなどという女性名詞となる語はGemeinschaftだとかGesellschaftかは女性名詞である。このことについては前に書いたことがある。

もう一つの知識は前綴りbe-がついた動詞は4格名詞を目的語にとるということである。こういうことはドイツ語の文法書にも書いてあるのかもしれないが、長年の間に学んだ細かな知識の一環である。

山口泰氏が語るには?

2015-06-24 11:15:34 | 日記
日銀元副総裁の山口泰氏が語るにはインフレターゲット政策がうまく行ってはいないという評価を今朝の朝日新聞でしていた。

そうはいうが、国民全体で富んだという実感はまだないけれども大企業の従業員は給料が上がってきたことは事実だし、輸出も増えている。株式は価格が上がっている。

もっとも、年金生活者としては介護保険料がだんだん多くなることとか、国民健康保険の保険料も増加している。だから、手取りの年金は減っているので、私自身が富んだという実感はない。

最近も妻の方の健康保険料が結構な年間額になるので、妻が渋い顔していた。私が介護保険料が高くなったと昨年だったか怒っていたら、そのときにはくれる以上に介護保険料をとられることはないなどと涼しい顔をしていたのとまったく違った。

自分に降りかかってくるとようやく負担増の実感が出てくるという訳である。私の使えるお金の額が多少でもあると数学とか物理の本を買うので、けっきょくは社会に還元されているのだが、それも難しくなってきた。

先日、ブックオフに行ったら、知り合いの物理学者が書いた一般相対論の本を1200円くらいで売っていたので、知り合いの書いた本だということで購入した。この知り合いは K 大学の研究所に勤めているのだが、今年定年になったかと思われる。

ギリシャはEUから?

2015-06-24 10:53:22 | 日記
先週か先々週のドイツ語のクラスでギリシャはEUから脱退するかということが話題となった。

数年前にはギリシャのつぎにはスペインがその次にはイタリアがと軒並みに財政危機に襲われる心配があったが、いまはスペインとイタリアの経済は少しだけ持ち直してギリシャに続く心配が減ったという。

経済学の観点からはギリシャはEU脱退以外には方法がないと主張するコラムが今朝の朝日新聞の載っていた。

大体、ギリシャがEUに加盟した時にも財政状況がよくなったの報告をしてEU加盟を認められたのではないかと思うが、これは国家的な粉飾であったというように聞いた気がする。そうでなければ、ギリシャには濡れ衣ということだが、多分このことは正しいであろう。

経済が発展しないらしい。投資もできるような状況ではないらしい。ドイツ人は物価が安いということと彼らの南へのあこがれから休暇をギリシャやスペインで過ごすという。

まっとうなドイツ人である、R氏ですら匙を投げるような国で、現在のギリシャはあるらしい。たぶん、EUはギリシャに融資はしないだろう。だとすれば、EUからの離脱以外にギリシャのとる道はない。

もっともEUからの離脱が夏にあるとすれば、夏はフランスやドイツからの休暇の客が来るので、一時的には国が潤うとのことである。離脱するら夏に向かう今しかない。

離脱しないならば厳しい緊縮政策しかないが、それは国民にも厳しすぎるのであろう。

計算がうまく行かない

2015-06-23 11:22:25 | 日記
ちょっとした計算をしている。とはいっても大したことではないのだが、思ったような結果がでない。

これはいろいろな方法で一つの問題の解法を求めているその一つなのだが、日曜日に家の座卓の上でやった計算を仕事場に来てチェックしたり、さらに計算を進めたりしているのだ。

ところが何回も見直しをしているのだが、それらは悪いようには思えないのだが、結果が予想通りにはならない。これが終わらないとシリーズの1回分のエッセイが書けない。

その前の段階で止めようかと思ったのだが、もう一段階計算した方がいいような気がしたのである。ところがそこでひっかかった。

私は大体計算が下手である。とはいっても長年計算をやっているから、普通の一般の人から見たら結構計算上手と思われるかもしれない。でも本質的にあまり計算が上手でないことは自覚している。

またもう少しこの計算につきあってみるつもりである。













署名活動の依頼が来た

2015-06-22 17:02:46 | 日記
安保法制に反対の署名をしてくれないかという友人からのメールが私のところにも来た。

最近の国会での趨勢はどうかと思っていたのですぐに署名をしたが、今日何人かの知り合いにお願いのメールを出した。

その中で返事がすぐに来たのは2人で一人はすでに署名済みであったが、安保法制のごり押しには不安を募らせておられた。

もう一人の方はまだ署名の要請が来てなかったと言われたが、このきっかけに署名ができたとのご返事であった。

研究者とか学者などは普通の意味では世間知らずであることは私もご同様であるが、今回のことはやはりおかしいと感じている。

現在のところ学者の署名は6000人をちょっと越えたところであろうが、これから署名をする人は増えて行くと思われる。ただ、現在の国会の状況なら、遅くとも9月末までに自民党は国会で法案を通すつもりであろう。

いかに日本が政治的には主体性がなく、アメリカの言いなりだということがわかろうというものである。

URLが

http://anti-security-related-bill.jp/

のホームページで賛同者を募っている。

指揮者

2015-06-22 11:45:07 | 日記
先週の土曜日だったかNHKの達人たちの対談があった.

シンクロナイズドスイミングの井村コーチと指揮者の広上淳一さんの対談だったが、あまり見たくないと思って他のチャンネルに変えていたが、この対談の後半をたまたま見た。

主に広上さんの話す後半部になっていたが、広上さんの話が興味深かった。この人は何回か日曜日のNHKのN響のコンサートの放映で見かけたことがあったが忘れていた。

中学校の頃に遊びほうけていて成績が悪く、入れそうな高校がほとんどなかったが、音楽の先生がどうするんだと声をかけてくれてようやく、ある私立高校の音楽専攻科に入ったという。この高校に来た生徒は女子生徒が大部分で小さいときから音楽をやっていた人たちだったという。

それで自分がピアノだったかバイオリンだったかの演奏で間違えると大いに笑われたという。そのうちに交響楽団の指揮をするようになったが、世界の交響楽団に呼ばれてはその交響楽団の指揮者として合格になるかどうか試されるというような日々が続いたという。そして失敗を続けるという経験をもった。

あるとき、イスラエルの有名な交響楽団のプローべに呼ばれたが、演奏の指揮を振っていたときにはじめは数人しか演奏に加わってくれず、その中のある人は演奏の途中で席をたったという(注)。

ああまた、プローベは不成功だったなと思いながらそれでも懸命に指揮を振っていたら、少しずつみんなが演奏に加わってくれ、席を立っていた団員も帰って来てくれて音楽はいつもにない盛大なハーモニーで終わったという。

そしてその曲が終わった途端に全員でWelcome !と言ってくれたという。プローベに成功したのだ。後で聞いたところでは途中で席を立った団員はトイレに立ったのだった。

広上さんはいう。交響楽団の指揮を振るときは自分の全身全霊を込めて振る。自分のいいところだけでなく、恥ずかしいところも未熟なところもさらけ出して振るのだという。

何時もその覚悟がなければならない。いまある音楽大学で教育にも携わるようになった現在、そのような苦労した自分の経験を活かせた教育をするようにしている。本物の交響楽団を呼んでは実際に指揮科の学生に指揮を振らせるようなことをする。ところが学生はそれがとても幸せなことだという意識がまったくなくて、今日は体調が悪いからと言って断るような学生もいるのだという。

広上さんはいう。自分たちの学生のころにはそんなことは望むべくもなかった。1分だって指揮の経験などさせてはもらえなかった。だから自分はいまの学生には自分のできなかったことを経験させたいと努力して機会をつくっているのだと。

それがとても幸せなことであるという認識は現在の学生にはあまりない。シンクロナイズドスイミングのコーチの井村さんもそうなんだと同意していた。現在の選手は昔の選手に比べていろいろな練習環境等も整っているのだが、それがとても幸せなことだという認識をいくらコーチが強調してもそれがわかりぬくいという。

(注)プローベはドイツ語でリーハサルを意味する。広上さんはプローべという語は使われなかったが、私の語として相性テストのような意味でプローべを使った。

宇宙白熱教室とネター

2015-06-20 12:56:57 | 日記
アリゾナ州立大学のローレンス・二クラウス教授のNHK「宇宙白熱教室」の放送の第3回目が昨夜あった。これは以前に放送の再放送である。

3回目にしてようやく眠らないで最後まで見ることができた。あまり難しい数学を使わないで宇宙の質量を求めるところまで話が進んで来た。来週は最終回である。

私は宇宙のことをよく知らない。それでおもしろく見せてもらっている。どういう人がこのクラスに聴講に来ているのかわからないが、年配の方が多いようである。

中学生の低学年かひょっとすれば小学校の高学年かと思われる子が一人いるが、宇宙の話に興味を持つのはある程度年がいかないとわからないであろう。

運動エネルギーからはじまり、位置のエネルギーの話へと移って行き、地球の質量を求めることから宇宙の質量を求めることへと話は及んだ。数式の計算がないわけではないが、初等的なものであり、日本でもちょっと優秀な高校生ならば十分わかる程度の話にしているのはさすがである。

昨夜は物理法則が時間的に不変ならば、保存される量があるというネターの定理のことを話していた。

ネターの定理のことをネーターの定理と吹き替えで言っていたので、ちょっと変な感じがした。この定理を発見したネターのことをいつかサーキュラー『ドイツ語圏とその文化』でとりあげてみたいと考えている。

物理の人は知っているとは思うが、ネターはドイツからアメリカに移住したけれども当時のアメリカでも女性に大学教授の職はなく、苦労した挙句に比較的若くして亡くなってしまった。

数学者の正田健次郎さんが、ネターボーイとよばれるネターのとりまきの一人であったとは誰かの書いたエッセイかなにかで読んだことがある。このころはいまでは単に代数とよばれる分野が抽象代数と言われたころであり、ネターボーイたちも颯爽としていたらしい。

ネターの定理についてはあまり学生時代には聞いたことがなかったが、大学に勤めるようになって間がないころ、理学部に勤めていた友人のEさんから内山龍雄さんの『一般相対性と重力』(裳華房)だったかの不変変分論という章の手ほどきを受けたことがある。

素粒子論の研究者は大抵知っている話だが、私はそのときまでネターの定理のことを聞いたことがなかった。