物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

引きこもり

2024-12-20 12:20:10 | 本と雑誌
昨日だったか引きこもりについて言及したが、妻と話したら引きこもりとか準ひこもりと思われる現象は私が想定していた2例よりも多くて少なくとも5,6例を知っていることを知った。

いや、妻と話しているうちに実は身内にもいることを引きこもり候補のいることを思い知らされた。 もちろん私の子どもだとか孫だとかというほど近くはないのだが、直系の家族の一人である。

いずれも私の知っている例は男性である。 妻に言わせると母親がいけないのではないかという判断をしている。 子どもを甘やかすとかその他の育て方の問題もあるのではないかという。

ちょっと本人の知力の問題もありそうだが、一番いけないのは意欲がないということである。 これは親が自分の生き方を子どもに見せないといけないだと思う。

 各人に各々の個別の事情があろうから、一つの画一の方法で、この引きこもりの現象を 解決して、それぞれの各人が生き生きした人生を送れるようになるほど簡単なことだとは思わない。 

しかし、社会的にはそういう現象に取り組む社会とか相談する組織とかができて、一人でも多くの人が引きこもりを経験しないで楽しい生きがいのある人生を生きられることを願ってやまない。

私は男の子は母親の気質を受け継ぐ気が強いと思っている。世の中の多くの母親が今後の社会の行く末を握っているといってもいいだろう。




『学びとは何か』から『学力喪失』へ

2024-12-19 13:13:37 | 数学
『学びとは何か』の方は一つの章を除いてすべて読んだ。変則的な読み方ではあるのだが。

それで『学力喪失』を昨夜遅く読み始めた。数の概念が分っていない、分数が分っていないという小学生が1/3くらいはいるらしい。

まあ、人生において数の概念がなくても生活に支障なく暮らしては行けるのだろうが。

私の妻の友人とか知人の家族にいわゆる引きこもりの息子さんがおられる人が複数いる。その程度はわからないが、どこかに勤めるとかして働くことができないという点では同じである。お母さんの年金をあてにして生活をしている。

私の妻は普通の人で特に変わった友人、知人をもっているわけではない。それでもそういう引きこもりの子どもを持つ親御さんと友人、知人だとかがいるということは社会が老化しているということだろう。

いやこれらの方々が数の概念が分らないとか、分数すらもわからないというのはあまりにも判断が拙速ではあろう。

だが、そういう例があまり稀ではないという証拠かもしれない。

私のとっては『学力喪失』の方が身につまされる話ではある。

50年ぶりに自転車に乗る

2024-12-18 10:11:38 | 本と雑誌
最近とは言っても数か月まえのことだが、知人に中古の自転車をもらった。

それで2週間ほど前に盗難防止登録したのであるが、そのときに家の前で自転車に乗ってみたが、ふらふらしてうまく乗れない。

その後、昨日になって比較的近所にある元勤務先の愛媛大学の生協書籍部に注文した書籍を取りに自転車で出かけた。ふらふらしてなかなかうまく自転車に乗れない。そのうちにある程度スピードが出るとふらふらしなくなった。

ゆっくり走行しようとするとふらふらする。倒れそうになる。もっとも足がつくから足で倒れないようにするのだが、誰かが近くにいるとぶつかりそうになる。ぶつかってけがをさせてはいけないので止まるとつぎに動かすのが一苦労である。

それも16時を過ぎていたので、大学から帰宅しようとする学生が多くいて自転車で走行する人と歩いている人にぶつかりそうになる。ひやひやしながら 書籍部に行き、本を受け取って帰った。

やれやれ、少し自転車の走行を練習しなければならないだろう。

『学力喪失』はまだ読んでいないが、

2024-12-17 11:27:38 | 本と雑誌
『学力喪失』はまだ読んでいないが、同じ著者の岩波新書『学びとは何か』を読み始めた。といっても私の読み方はちょっと変わっている。

終章 「探究人を育てる」をまず読んで、つぎにその前の章である、第7章の「超一流の達人になる」の終わりの方から読んでいる。

これらの章も終わりの方から前に少しづつ帰ってくるという風に読んでいる。なんだかおかしな読み方だが、まともに読むには私は根気が続かない。こういうことだから中途半端な研究者で終わったということだろう。

もしこれがミステリーを読むのならば、こういう読み方はいけないだろうから、どういう本でもこんな読み方をするわけには行かない。

1989年だったかに岩波新書の遠山啓著『数学入門』上を約30年ぶりくらいに読み返したことがあったが、このときも最終章の「複素数ー最後の楽章」から、一つづ前の章に帰るという読み方をしたのを覚えている。

どうしてそんな読み方をしたのかというと、第1章「数の幼年期」という章を読む気が全く起こらなかったからである。

根気がなくて、かつ好奇心にかけているので、こういうことになる。よくないのはわかっているのだが、なかなか好奇心と根気が続かない。それでこういう読み方になる。

もっとも『数学入門』上の場合には各章では章のはじめから読んだと思う。今の読み方はもっと破格になってしまったということだろうか。


『学力喪失』

2024-12-16 10:33:23 | 本と雑誌
『学力喪失』という岩波新書があるという。今井むつみさんという方が書かれた本である。まだ今の段階では見ていない。

いま、ただ塾の中学数学の先生を毎週の土曜日の午後の数時間を務めているのだが、そこにやってくる生徒さんが数学に向き合ってくれない。

どこかに原因があるのだが、それがどこかはわからない。そういうことでここ半年以上悩んできたのだが、それを解くヒントがこの本に隠れているのかもしれない。

今井むつみさんは認知科学者なので、あまり私たちが気がつかなかったことを述べているのではないかといういう期待がある。

この著者の他の書物も読んでみる必要があるだろうと考えている。

本を読む前に予想をするのはまちがっているのだが、概念を理解できないということが普遍的にあるということらしい。言語で概念を理解するのかどうかはわからないが、概念の理解は言語だけではすまないので、言語を越えているのではなかろうか。



球面三角法とその導出法

2024-12-15 21:59:43 | 数学
『四元数の発見』(海鳴社)を書いたときに、その第11章「四元数の広がり」で四元数の話題についていくつかを述べた。

その中の一つに「四元数と球面三角法」という項目がある。堀源一郎先生の 『ハミルトンと四元数』には四元数と球面三角法の言及があるので、それに悪乗りして球面三角法の公式をいくつかの方法で導いてみたいと述べた。

それから10年以上が経つのだが、その課題をクリアできていない。しかし、ぽつぽつと文献を読んだりはしている。その中の一つが球面三角法の重要公式を現代的に導くという課題がある。

現代的に導く方法も一つではないのだが、その一つにベクトル代数を使うという方法がある。その方法はインターネットで調べるといくつかの記述があるのだが、私にはベクトル代数の公式を使うところが難しく思えていた。

ところが年月が経つうちにそのベクトル代数の導出の部分というか運用の部分がそれほど難しくはないと感じるようになっていたという話である。

私はベクトル解析の一番重要な定理である、ストークスの定理とガウスの定理についてはまだ納得したとは感じていない。いくつかのテクストでその証明を追いかけたことが数回あるにもかかわらず。

だが、ベクトル代数の方は今では難しいとは感じていない。それは一つにはLevi-Civita記号の理解をしたと考えているからだし、他の理由もある。

それにベクトル3重積の公式の使い方として中央項ルールというのを知ったからでもある。

そういうこともあってだんだん球面三角法の公式の導出になじみができていると感じている。

ただ問題は球面三角法の公式の方が平面三角法よりも前から知られていると数学史の本とかでいわれているので、その導出法を知りたいと思っている。だが、そのことについて書いた文献を見たことはない。

ベクトル代数と球面三角法

2024-12-14 16:33:04 | 数学
以前にベクトル代数を用いて球面三角法の定理を導くというインタ―ネットの記事をプリントしていてそれを読もうとしたことがあった。

ところがここに出てくるベクトル代数の公式が複雑で分かった気にならなかった。ところが最近をその記事を再度見てみると何のことはない。ベクトル代数の部分がそれほど複雑には感じなくなっていることに気がついた。

これは一つにはベクトル3重積の公式の覚え方で中央項ルールというのを知ったことが大きな理由である。それとLevi-Civitaの記号を用いたこれらの公式の導出法を知っていることも理由であろう。

ということで球面三角法における、ベクトル代数の重要性を再認識している。あまり顕著な認識の進歩をしてはいないが、少しづつではあるが、進歩がないわけではない気がする。

ただ塾を終わって

2024-12-14 16:00:59 | 本と雑誌
ただ塾を終わって帰宅してほっとしているところである。金曜から毎週緊張する。

なかなか毎週つらいことである。金曜日の午後4時ころから中学生のテキストを読み始めて昨日も2年の数学の教科書の第5章を読んだ。そこに問題が出ていれば、それを解くという試みもするのだ。

私にはあまり数学を勉強するという習慣が中学時代にはなかった。塾では学んではいたが、それ以上でもそれ以下でもなかった。中学時代には数学が不得意とも思わなかったが、得意というのでもなかった。

私自身は英語の方に勉強の中心があった。いまはあまり英語を勉強するという気が起こらない。むしろそれならドイツ語とかフランス語とかイタリア語に関心がある。

もっともイタリア語をイタリア人から学んだのはもう60年以上前のことである。フランス語だって、学び始めたのはイタリア語よりは前だから、65年前くらいになるだろうか。

それも大学でフランス語の文法を学んだのは半年にすぎない。もっともある理由で話されるフランス語を聞く機会がその初歩の段階で多かったというのが、私のフランス語学習の特徴である。

だからと言ってフランス語を聞くのが何でもできるかと言われればそうは行かないのが現状である。

言語の元は音声と言われるが、それに理想的に近いとはとても言えないが、書かれたフランス語を読むのはまったくできないという弱点を持っている。

いつだったかもこのブログで書いたことがあるが、もう伝説的なフランス人教師であったムシュー・オシュコーヌさんと話をしたことのある貴重な生き残りの日本人である、私は。

もっともオシュコーヌさんはレッスン後ということもあって、フランス語ではなく、もっぱら日本語で話してくださったのだが。水知らぬ私のような者にまで声をかけて熱心にご自分の日本語体験を語ってくださった。

もちろん、レッスンのときはフランス語で話されていた。

物理学から遠ざかって

2024-12-13 16:40:03 | 物理学
物理学から遠ざかって久しい。

元々物理学が専門なのだが、どうもあまり専門というには学がなさすぎる。

現在は数学教育に関心があるのだが、これだってもともと私が数学がわからなかったことが原因である。

だから「ただ塾」で数学ができないのではなく、それと接触したくないと思っている生徒さんと出会うと昔の自分を見ているような気がする。

数学と接触したくないと思っている生徒さんだって本当の心の底ではわかりたいとは思っているのだと想像をする。しかし、あまりにもわからないから、自分の数学のわからなさと向き合うのが怖いという感情がめばえてくるのだろう。

それでついつい持ってきたパソコンのゲームとかチャットを見てしまうという心理状況なのではなかろうか。

しかし、デカルトかだれかが言ったように、理性は万人に公平に分け与えられているので、その気になると数学だってできるようになるという素地は誰でも持っているのだ。

要は自分の数学のわからなさとじっくり対面できるかどうかであろうと思っている。それは一朝一夕にはできないが、そんなに無限の時間をかけなくてもできるのだと確信している。

問題はあまりにも無残な自分の現状から逃げないという気概ではなかろうか。しかし、それを持てと言うのは簡単だが、そういう心理状態をどうやって克服するのかという具体的手立てはどうしたらいいのかわからない。

しかし、この覚悟はなかなかつかないものだ。

昨日は今日書くことのアイディアがあったのだが、

2024-12-12 14:57:29 | 本と雑誌
昨日は今日書くことのアイディアがあったのだが、今書こうとすると全く思い出せない。困ったものだ。それでいまパソコンの前で困っている。

実は昨日pdfの文書を修正したりしていておかしくなり、ある方に送ろうとしたメールが送れなくなった。これは添付書類としてpdfの文書を添付するつもりであった。それが添付できなくなったのである。

しかたなく昨日はパソコンを閉じて仕事を納めた。今日になってpdfの文書を添付したメールを送れるかどうか試行錯誤したが、なんとか送れることがわかった。昨日の事態は何だったのであろう。■

ほったいもをいじるな

2024-12-11 15:11:58 | 本と雑誌
妻が「ほったいもをいじるな」(掘った芋をいじるな(いじるなは「触るな」の方言))と朝食のときにつぶやいていたので、咎めたら、What time is it now ?を日本人がいうときの俗な言い方だという。

これには参った。何時ですかと聞くときに、イレ ケルウール(Il est quelle heure ?)とかケル―ル エティル(Quelle heure est-il ?)とかフランス語ではいう。

私がフランス語を学んだ60年以上前にはIl est quelle heure ?というような表現は学んだことがなかった。私は音からフランス語に入ったので、いまでもたぶんこのような簡単なフランス語でも正しくは文字で書けない。綴りをきちんと覚えていないのだ。

文字で書くフランス語ではフランスの小学生以前の段階である。それでも60年以上もフランス語を学んでいると言えば、よっぽど怠け者であろう。

フランス語ではたとえばeの上にアクサン・グラ―ヴがつくとかアクサン・テギュがつくかする語もたくさんあるが、このアクサンも綴りの中に入るので、本当はきちんと覚えておかなくてはならない。それがあいまいなのである。

フランス語の一つの特徴はリエゾンだとかエリジオンだとかアンシェヌマンだとかいう連音がある。ことばとしてはべつの言葉だが意味の密接なところを続けて発音するという現象がある。

だんだん、このリエゾンの類は少なくなって来ているそうだが、たぶんなくなることはなかろう。ケスクッセというと一語のようだが、Qu'est-ce que c'est ?(これは何ですか)と数語から成り立った文章である。



編集の仕事

2024-12-10 14:20:34 | 本と雑誌
職業としての編集者にはなったことがない。だが、新聞でも雑誌でもほとんどミスプリは見たことがない。

私も本を数冊書いたことがあるのだが、本には出版会社の編集者がいてもミスプリはつきものの気がするが、雑誌とか新聞ではミスプリは見たことがない。これはなんでもないことだが、それだけ編集者が気を使ってミスのないようにいつも努力をされているということだろう。

編集者の仕事にいまさらながら敬意を表したいと思う。朝日新聞でも記事の内容が確認が十分でなかったとして、ときどき訂正が載るが、ミスプリとかは見ない
のはさすがである。

それが当然であってミスプリがあれば、見苦しいがそういうことは雑誌とか新聞とかでは出したのを見たことがない。

校正を担当した人の寿命が短いということはないのだろうか。
 

大詰めは一緒

2024-12-09 10:13:03 | 本と雑誌
数学・物理通信14巻7号の私の原稿に閲読者のSさんからご意見をいただいたので、昨日修正をした。

一方で数学セミナーの原稿も今日が修正原稿の締め切りである。大詰めが一緒にやってきた。まあ世の中とはそうしたものであろう。こちらは先週の木曜に原稿に関する意見をもらったのだが、金曜日に一日かけて修正をした。

もともと金曜日は一日を土曜日のただ塾の教材づくりに空けていたのだが、しかたがなかった。それで土曜日のただ塾の運営はちょっと辛かった。

ただ塾の数学の先生はボランティアであるから、もちろん無給である。ただ生徒さんがなかなか私たちの数学の話を聞いてくれないし、問題を解く姿勢を見せてくれない。そこを無理やり数学に関与させる方向で進める工夫を毎回しなくてはならない。

ある種の強制を私は生徒さんに強いていたりする。はじめはそういうことをしていなかったのだが、いまではそうするしか方法を思いつかない。

この状況はちょっと当事者である私たちでなければ想像ができないであろう。

いや、生徒さんにはすべてわからないことばかりらしい。それだから数学と向き合うことがまったくできない。それを一つ一つどうやってわかるようにしていくのか。工夫をどうするのか、いつも思案している。

私たちは、当該の生徒さんを「叱るというようなことは絶対したくない」と心に決めている。




12月8日、不戦の集い

2024-12-08 17:13:25 | 本と雑誌
12月8日は何の日と聞かれてすぐにぱっと答えられたらすごい。しかし、もちろん私の誕生日ではない。

ちょうど83年前のこの日にいわゆる真珠湾攻撃があって、太平洋戦争が始まった。この日のことをよく覚えていると言いたいところだが、なにせ2歳半くらいだからよくは覚えていない。

当時私は朝鮮のいまではチネの呼ばれている所に住んでいた。ここは桜の名所である。第2次大戦後らしいが、日本人が移住してきて桜を植えたという説が信じられて一度市中の桜を全部切り倒したとか。

その後、実は日本人の植民の前から桜は植えられていたということがわかり、再度桜を植え直して桜の名所となったという。いまでは桜の咲く時期には50万とも100万ともいう観光客が訪れるという。

もう何年前になるだろうか。20年以上前になると思うが、50年ぶりか60年ぶりにチネを従兄妹たちとツアーを組んで訪れたが、私の幼児のときとそれほど町は変わっているようでもなかった。きれいになっているとは思ったが。

話が大外れした。第2次世界大戦を始めた日が今日である。その後、私は戦争が終わる半年ほど前に一家で愛媛県 I 市に帰郷して高校卒業までそこに住んでいた。

大学に入った年が1958年であり、もう戦後ではないと論壇では言われていたころである。

その間に戦争中には空襲に遭ったり、また戦後の食物のない時代の飢えの体験もしている。戦争はまっぴらごめんというのが私の世代の大方の意見であろう。



12月の子規の俳句

2024-12-07 16:38:28 | 本と雑誌
12月も上旬が終わりそうなので12月の子規の俳句を紹介しておこう。

  行く年の大河滔々(とうとう)と流れけり  子規
  passing year
       the great river current
       flows on                                                               Shiki 1894
 
このカレンダーの写真では大洲市長浜の肱川あらしの写真が出ている。肱川は数年前にダムの放流が遅れて洪水を引き起こした川である。

この川の下流で発生する霧は「肱川あらし」の名で有名である。私はまだ実際にこの霧を見たことがないだのが。