物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

カルマンフィルター

2007-11-30 11:24:44 | 学問

長男のブログでカルマンフィルターというアルゴリズムが紹介されていた。

名前は聞いたことがあったが、中身は知らなかった。その内容を聞くと至極当然のことをアルゴリズムとしているようだ。

ある物理量を観測するときにいつでも誤差がつきまとうが、この誤差に系統誤差と測定誤差が含まれる。それを観測値から補正できれば、真の値がわかるという。

その通りなのだが,問題はこの二つの誤差をどう評価するかであろう。それらの評価はいつでも難しい。多分そこの評価をどうするかがアルゴリズムなのであろう。

カルマンフィルターとカルマンの名がついているのでカルマンが考え出した概念なのだろうか。いつか調べてみたい。


星野芳郎の『戦争と青春』(影書房)

2007-11-29 11:34:51 | 本と雑誌

11月8日に星野芳郎が82歳で亡くなった。

それでというわけでもないのだが、星野の著作を読み返している。というかむしろいままで読んでいなかったものを読んでいる。

例えば、星野芳郎著作集の『人間論』とか『科学技術評論』とかである。またアマゾンで新しい本が出ているのを知ったので生協で取り寄せた。それが標題の書である。

これらの書にひょっとしたら武谷三男のことが書かれているかと思ったからでもあるが,ちょっとした言及はあるが,名前くらいしかでていない。

星野は若いときには右翼だったというから、それがどうして右翼であることを止めたのかが興味があった。

彼の言によると若いときの恋愛の破綻が彼を国家というものに批判的にしたということらしい。もちろん単純にそれだけではないようだが、それは彼の自己分析をいまは素直に受け止めておこう。

こういったことを80歳を越えて彼は書いている。立命館大学や帝京大学に勤めたこともあったが、主に在野の技術評論家として仕事をした。こういうことができたのはやはり彼の強烈な個性と優れた資質によるのであろう。

仕事の上では武谷やその他の人との交流はあっただろうが、なかなか優れた人であったようだ。単に武谷の弟子といった評価はやめてもう一度直接に彼を評価しなければならないようである。

武谷が星野を評した言葉を私の先生のOさんから聞いたことがある。官僚でも星野の論理と口論の上手さに従わざるを得ないくらいの頭のよさだと言っていたとか。

しかし、朝日新聞には彼の業績を回顧する誰かの寄稿はなかったと思う。社会に対する影響を評価されていないということだろうか。

それとも反権力的なところがいけないのであろうか。それともこれは科学技術に新聞社は弱いことを示しているだけなのであろうか。朝日新聞の見識が疑われると思う。


テンソルの表示の仕方

2007-11-28 13:45:00 | 数学

テンソルを文字の右肩とか右脚下に付けたいわゆる添字で表すことは一般に知られているが、この添字にプライムがつくのは本当にいいのだろうかと疑問に思っていくつかの書籍を調べた。 

ワインベルグの本では文字にプライムがついており、添字にはついていないので、我が意を得たりとおもって、さらにホーイラーたちのいわゆる「電話帳」を調べたら,添字にプライムがついている。これはアインスタインの論文の日本語訳でもそうなっている。

この訳は内山龍雄氏が訳をつけているので、原論文もそうなっているのだろうか。矢野健太郎の「リーマン幾何学」(森北)も同じになっている。(後でアインスタインの論文の英語訳を収録した本を持っているのを思い出してこれを見てみたら、プライムは文字の方についていて、添字にはプライムはついていない。

日本語訳のときに数式の印刷の都合で変わったのだろうか。またPauliの相対性理論の英訳も見たが、これも文字の方にプライムはついていたが、添字にはついていない)

変数の一般の変換があって、元の変数にはプライムをつけず、変換後の新しい変数を元の変数と区別するためにプライムをつけたと考えていたので、添字にプライムをつけるのはなんだか違和感があるのだ。

きっかけは「物理のかぎしっぽ」のJohさんのテンソルの表示が気になっていたので調べているところである。他のテンソル解析の本も調べてみたい。

因に私の著書「数学散歩」ではテンソルには文字にプライムをつけて、添字にプライムをつける表示は用いていない。話は少し違うが大学の頃に習った解析幾何学の先生は文字にプライムをつけるときは文字の前の方につけていた。でもこの表示の本を見たことはいままでに一度もない。

添字にプライムをつけるのは数式の標記上は面倒なのでどうかとは思うが,この添字にプライムをつけたことが変数が違っていることを表しているのならば仕方がないが、表記法としては気に入らない。

(2013.6.17付記)須藤靖さんの相対論の本(日本評論社)を見たら、添字にプライムをつけるのが便利なのだとあった。しかし、どうしてそれが便利なのかはまだ私にはわかっていない。


試験の夢

2007-11-27 11:38:50 | 日記・エッセイ・コラム

昨朝の明け方試験を受けている夢を見た。最近ではこのような夢はさすがに見なくなっていたのだが、久しぶりにみた。

二つ問題が出されており、それが二つとも物理の問題で解けそうなのだが,解答を書く用紙が見つからないのと解答を書こうと思うとペンが滲んでしまってうまく書けない。

何かすでに使われた用紙の裏に解答を書こうと解答用紙にできる用紙を探すが、適当ないい用紙が手に入らない。本当にはありそうにない夢だが、なかなかリアルな夢であった。


インターネット上の球面三角法

2007-11-26 12:05:37 | 数学

最近インターネットを調べたところでは慶応大学の講義に球面三角法について書いたのがあった。天文学の集中講義で第2回目に球面三角法の話がある。

したがって、私の第1の要求:「平面三角法によらないで球面三角法を学ぶこと」はこれを読めば解消されそうである。説明が簡潔なのでもう少し詳しく説明したものを自分で書いてみたい。

第2の要求:「現代的な観点から球面三角法を学ぶ」の一部は物理のかぎしっぽのJohさんの「球面三角形」の中に正弦定理と余弦定理については説明があった。

もっとも計算のところで省略があり、もう一つわかりにくいところがあったが、ゴールドスタインの「古典力学演習」(吉岡書店)の問題解答とあわせ読んでやっと理解ができた。だが天文の本を1冊ももっていないので、もっと詳しい他の定理のことはまだわかっていない。

天文学、測地学、航海学や地理学といった広い範囲で球面三角法は必要とされていることがわかる。もっともコンピュータの発達で球面三角法の必要性は減少してきているらしい。


ワインパーティ

2007-11-25 09:13:07 | 日記・エッセイ・コラム

1年ぶりに自宅でワインパーティをした。と言ってもごく親しい人を数人呼んでのパーティで11時過ぎくらいまで話し込んだ。先日購入したホイリゲも飲んだ。お客としてきたUさん夫妻ががフランケンのワインを一本もって来てくれた。なかなかおいしいワインだった。

1年に1回しかパーティを開けない。これは時間の問題もあるが、主に経済的な理由によるものである。年金生活に入って経済的に余裕がない。というかいまのところ生活は赤字続きである。このような生活がいつまでも続けられるはずがない。今後の生活設計をやり直さないといけないときが来ていると思う。


老年をどう生きるか

2007-11-23 11:30:54 | 日記・エッセイ・コラム

昨日は科学者は老齢になったら、どう過すかについて書いたが、一般の人はどうしているのだろうか。

一般の人とは言えないが,妻の父は画家であったが、脳梗塞で手が利かなくなるまで絵を描いていた。ただ、右手が利かなくなる半身不随になってからは絵筆をとることはなかった。これは左手で下手な絵を描いてこんな絵しか描けなかったのかと思われるのが嫌だったからである。

それは一つの生き方であるが,人によっては右手ほど上手に描けなくてもあくまで左手で描こうとする人もいるにちがいない。

これはどちらよくてどちらがよくないということではないだが、自分自身ならどちらを選択するかという問題は残っている。私は画家ではないので、絵についてはなんともいえないが、どちらかといえば、左手でも何かを描こうする部類ではないかと思う。もし少しでも可能性が残っているなら、それを実現したいという風に考えるのではないだろうか。

少なくとも一日テレビをみて過すほど、我慢強くはない。もっともこれも程度問題であるのでこんなことを言っているのはまだ比較的健康だという証拠かもしれない。しかし、いつも思うことだが、人の一生はどういう風になるのかは予断はできない。

ある優れた数学者が老齢になって、ボケたと聞いた。優れた学者であったが、研究生活から老年の生活への軟着陸ができなかったのだとある門下生はいう。それはその人の固有の問題であるので、何かボケない方法があっただろうとかは軽々に言うことはできない。どういう結果になろうと自分の運命を受け入れるしかないのだ。


科学者は年をとると何をするか

2007-11-22 11:37:07 | 科学・技術

標題に対しては40年以上前の雑誌「自然」に載っていた物理学者Weiskopfの答があった。

1 do philosophy (哲学をする)
2 do administration (科学行政をする)
3 do nothing (何もしない)

それを聞いた物理学者朝永振一郎はこれに

4 do nonsense (馬鹿げたことをする)

をつけ加えた。しかし、実際に朝永のやったことは

5  do scientific history (科学史をする)

であった。それは彼の「物理学とはなんだろうか」上、下(岩波新書)とか「スピンはめぐる」(中央公論社)に結実している。

さて私は何をやっているだろうか。

6 do scientific education (科学教育をする)

を志向しているのだが、成功はしてはいない。


イスラム哲学の原像

2007-11-21 11:17:46 | 社会・経済

JRに数時間乗って徳島での高校の同窓会に出席したので、そのときに岩波新書の「イスラム哲学の原像」をもって行き、少しだけ読んだ。イスラム教は一神教だが、神秘主義的なところがあるという。

仏教にも密教にはこの神秘主義があり、イスラム教の神秘主義とはある種の平行性がある。ただ、仏教は煩悩の根源を探るといったところに目的があるが、イスラム教では意識の構造化といったところに目的があるとか。

意識といっても最後には無意識をも構造化するのだからオウム真理教の世界観とも類似性が幾分あるかもしれない。でも目的はまったく違うし、だからオウム真理教が正しいということにはならない。

序文が読みにくくて、長男の以前に買ったこの本を前にも読もうとしたのだがまったく読めなかった。岩波文化講座か何かの講演速記に手を入れて前半ができているのだが、それのまた半分くらいしか読んでいない。

これを読んだら神秘主義のいくらかは解明されるので、関心のある方々は読んだらいいかもしれない。そのときは序文は読まない方がいい。この序文の段階で以前にはすでに脱落したと思う。本文の方は序文ほど難しくはないようだ。


Hamilton方程式とPoissonの括弧2

2007-11-20 11:58:21 | 物理学

京都大学の北野先生からPoissonの括弧について「一般の物理量のF(p,q)の時間変化から導出されたと考える方のが自然です」というご指摘を頂いたので、私も調べてみて「そうですね」とコメントで返事をさせてもらったのだが、この返事を補足してブログの本文の方へも載せておく。

伏見先生の「古典力学」(岩波)を見てみたら、p, qを粒子の運動量と座標としてそれの一般的な関数である物理量F(p, q)の時間微分をとり、pとqとの時間微分をハミルトンの運動方程式で置き換えるとその式が物理量FとハミルトニアンHとのPoissonの括弧になっている。

それでハミルトニアンHをpとqとの任意の関数Fで置き換えると, これが一般のPoissonの括弧の定義式になっている。これがPoissonの括弧の導出の由来でしょうというのが北野先生のご指摘であった。これはまったくその通りです。どうもあまりよく調べないで勝手にいかに自己流の考えをしているかが分かってしまって恥ずかしい次第でした。

ただ、それにしてもこの一般の物理量Fの一例として運動量pまたは座標qをとると, これがHamiltonの運動方程式になっていて、元の形ではちらっと見えた非対称性が形の上で隠れてしまい、対称な形に取り扱えるというのはあまりにも整合的すぎているようにも思われる。整合的で何が悪いといわれるかもしれないが、この整合性は自然が整合的にできていることを示すともとれるし、またさらに理論を進める手がかりがないという捉え方もある。

それはともかく、このPoissonの括弧を用いたHamiltonの運動方程式がDiracによって交換子に置き換えると量子力学のHeisenbergの運動方程式となることはやはり不思議である。

最後にわざわざご指摘を頂いた北野先生に感謝します。


同期会への出席

2007-11-19 12:04:33 | 日記・エッセイ・コラム

11月17日(土)に2年ぶりに徳島での同期会に出席した。来年で高校卒業50年になるのだが、70数人の出席はすばらしいことだ。当時の同期生は350人くらいだったろうか。徳島在住の2人の同期生AさんとMさんに高松在住のF君の努力でこの会ができた。

F君の明快な司会と説明、阿波踊りのパフォマンスを行ってくれた「連」のみなさん。そのための尽力を惜しまなかったAさんとMさんに感謝したい。

前回の名古屋での同窓会を主催してくれたI君に遅まきながら感謝をしたら、その同窓会後には約50枚くらいの感謝の年賀状が同期生から届いたとのことだった。

プロ野球選手だった、S君とは会が終わったときに握手をしただけで話をする機会はなかった。私と同業のK君ともひさしぶりにあった。ちょっとでも話のできた人はいいが,まったく話をするチャンスのない人がほとんどである。

男性も顔見てもわからない人が増えている。ましてや女性にいたってはその限りではない。小学校から一緒の人も居るのだが、みんながみんなをきちんと思い出せている訳ではない。

それで人によっては、特に女性の場合は初対面のような感じで話をしている。場合によっては記憶が思い起こされる場合もあるが、ほとんどは初対面のような感じである。しかし、それもいいと思う。

翌日の朝食のときにN君が自分が前夜話をした女性の名をH君に聞いていたが、それと同じようなことが多いのだろう。


虫歯の抜歯

2007-11-19 11:58:55 | 健康・病気

16日の2時過ぎに麻酔をして虫歯を抜いた。もっと面倒で時間がかかると思っていたのに思ったよりも簡単に抜けてしまった。もっとも血がすぐには止まらないので歯磨きとかうがいとかは原則禁止である。

人間ドックに入ったときに一度貧血だと言われたことがあったが,これは歯茎からいつも少量だが血が出ているためだったかもしれない。さすがに歯石を取ったので歯茎から出ていた血は止まったようだ。でも歯石とりはまだつづく。これからは歯と歯茎の間にある歯石をとるという。

JTBに12月の上京のための切符をとりに行ったり、歯科病院にいったりして今日は非日常的な日であった。しかし、こんな日はあまりなくて他人から見れば面白いのか面白くないのか分からない日が続いているの私の日常生活である。でも幸いなことに自分では特に退屈だと思っている訳ではない。天気は曇っていてあまりよくない。


虫歯

2007-11-16 11:59:57 | 健康・病気

今日の午後虫歯を抜くことになっている。右上の奥歯で処置をしてあったのだが、それもとうとう虫歯になったらしい。少し落ちて来ていてどうせ抜けるのは時間の問題なのだが,抜いてしまいましょうという。あまり歯に執着がないので抜いてもいいと思っている。

大学生のころ歯を大事にしなかったので、何本か虫歯ができてしまった。治療をしたが、結局そのうちに抜いてしまった。

また学生のころに親知らずが生えて来て他の歯を押して熱をもったので1本は抜いたが、もう一本はまだ残っている。この歯は横に向いていて役には立っていないが,これもいずれは抜ける運命である。

親知らずを抜くときに歯のレントゲンを撮ったが,この間は歯の全体のレントゲン写真をとった。1895年にレントゲンが X線を発見して、これが現在では医療の診察にいたるところで使われている。

X線の発見はその当時の大発見で、そのために1896年の放射能の発見があまり注目されなかった。これに眼をつけて大成功を収めたのがキュリー夫妻であった。


佐藤幹夫の数学

2007-11-16 11:56:30 | 数学

昨日標題の本を近くの書店で購入した。『佐藤幹夫の数学』の中身はまったく知らないのだが,それでもこの本の一部を読んだけでも独自の考えをもった人だと思える。詳しくは彼の数学の内容を知らなければならないのだろう。

佐藤さんのことは数学者の広田良吾さんが「僕は天才なんているとは信じてなかったけれど、佐藤幹夫は本当に天才ですね」と集中講義で話していたのを聞いたことがある。

彼の家庭的な環境の問題がなければ、彼はフィールズ賞をとれた人の一人になっていたのだろう。だが、家庭の事情で数学者としての出発はほぼ30歳のときになってしまった。そのデビュー作からしてすばらしいものであったのだが,世界で理解できる人がはじめほとんどいなかったらしい。それくらい独特の人であった。

論文をあまり書かない人だとも広田先生から聞いた。だが、彼の講義の聴講者のノートが出版されてそれを世界で争って読んで新しい数学の芽を探るということがなされているとか。こういった点はアメリカの天才的物理学者だったファインマンとよく似ている。


球面三角法2

2007-11-15 12:22:41 | 数学

球面三角法を知りたくなって、『百万人の数学』(筑摩書房)の該当箇所を読もうとしたが、いまのところ途中挫折している。

本の中で平面三角法よりも球面三角法の方が早くから知られていると書いてあったのでそれならどうやって球面三角法を考えたのかと関心ができているが、調べる時間がない。

私のもっている平面三角法の本では球面三角法は平面三角法の知識を用いて説明している。それで関心は

第1に球面三角法を平面三角法を用いないで導くこと

第2に現代的な方法で導くこと

この第2はゴールドスタインの『古典力学演習』(吉岡書店)の中に一部だが現代的な方法で導いてあるからだ。インターネットを探すと球面三角法についてはいくつかのホームページがあるが、その現代的な導き方は書かれていないようである。

第3は発見的方法で導くこと

わかっていることをただ証明するという手法にいつも不満を感じている。だからはじめに球面三角法の関係を発見した人がやったように証明できないものかと思っている。

なぜ球面三角法に関心をもつようになったかというと、ある地理の先生が軍事評論家とミサイルのある地点からある地点への到達時間だったか距離のことで新聞か雑誌上で論争をしたという話を聞いたことからであった。

(2013.2.4付記) 

第4は四元数を用いて球面三角法を学ぶ

というのもあろう。それにしてもまだ球面三角法を勉強する時間がない。


(2024.2.26付記)坂江正『ピタゴラスからオイラーまで』(海鳴社)に平面三角法を用いた詳しい図入りで、球面三角法の主要な関係を導いた記述があった。それを読んでわかったとは思うのだが、暗に自分で再現できるところまではいっていない。ベクトルの外積とか内積を用いて球面三角法の関係を導くのが現在では一番よいであろう。

これについてはインターネットの多くのサイトにも説明がある。今思いつくのは「物理のかぎしっぽ」のサイトだったかのJohさんの記述である。