森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

「秋の写展」"Autumn in Kyoto in 2020"

2021-12-17 00:47:50 | お出掛け日記

#写ん歩クラブの定例企画「秋の写展」に参加します。

詳しい事はこちらで→「写ん歩クラブ定例企画のお知らせ【 秋の写展 】」

 

昨年の秋、京都を訪れました。

その頃、京都は見た事もないようなガラガラ。だけど例のアレのグラフは右肩上がりになりつつあって、その勢いが止まらなくなってきた初めの頃です。

それで記事にする事は控えたのでした。

「ほとぼりが冷めたら、アップするかも。」と言っていましたが、丸々一年経ちましたので、気まぐれにアップしていくかもしれません。

 

トップ画像とすぐ下の画像は、一度は訪れたいと思っていた瑠璃光院です。

↓ 寂光院と

 

↓ 三千院

 

下の二枚は、高台寺。

たった一年しか経っていない風景なのに、胸がキューンとなるような懐かしさがあります。

 

あの頃ー。

綺麗な紅葉の写真を撮っては、姉妹にラインで送っていました。

出掛けられない妹が喜ぶかもしれないと思っていたからです。反面、違う想いで見ているかもしれないと賭けのような気持ちもありました。

それでも「大丈夫だ。」と思えたのは、またみんなでどこかに行こうと思っていたからだと思います。

いくら何でも京都は遠いな。だけど箱根なら。日光だったらどうかしら。鬼怒川とか、やっぱり暖かい方が良いかな。

車いすさえ押してあげたら、どこへでも行けると思い込んでいたー。

 

『走るにはどうやら命は長すぎて

悔やむにはどうやら命は短すぎて

諦めるにはどうやら命は長すぎて

悟るにはどうやら命は短すぎる』

RADWIMPS feat. 菅田将暉の「うたかた歌」を聴きながら、このブログを書いていたので、感傷的な気持ちになっています。


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相棒20 第9話「生まれ変わった男」

2021-12-16 00:57:21 | ドラマ(相棒)

(ネタバレで書いてます。お気を付けて。)

このお話、結構好きでした。

殺された時の記憶があると言う青年は、本当に生まれ変わった男なのか。

「世にも奇妙な物語」なら、それもあるかもしれませんが、なんたって「相棒」なのでそれは無いでしょう。

そうすると、これのオチはどうつけるのか、かなり興味ありで見ていました。

 

吉岡翼の家族の、とんでもない話が絡んできましたが、「ああ、そういう事ね。」とそれなりに納得しました。

吉岡家のとんでもない話と言うのは、・・・・妻の前夫のDVから逃れるためにシェルターに入る。その時に今の夫と知り合い愛し合う。離婚成立前に子供、太陽を身籠る。だけどそのまま出産だと、その子供の戸籍は血の繋がらない前夫が父になってしまう。その子は出生届を出さず無戸籍で育ててしまう。二人目の子ども翼を授かるが、数か月後に亡くなってしまう。それで太陽を翼として育てる事にする。本当の翼は墓地の近くの竹やぶに・・・・!!

なんかこのセリフだけで語られたこの話が、本当に飛んでも無さ過ぎて、ビックラポンや。←古い!!

 

だけどこれ、いい加減に何とかしたらいいと思うんです。何をかって言ったら、300日ルールでしたっけ。なんであんなに理不尽な線引きしてるのかしら。今だったら昔と違ってちゃんと父子の鑑定できるんだから、本当の父親の籍に入れるべきでしょう。

それから、前にも無戸籍のお話あったじゃないですか。

あの時、誰かがちゃんと手伝うって言ってましたよね。亘だっけ ?

無戸籍の戸籍回復ってどうやるんだろう。私、知らないなぁ。私が知らないから、みんなも知らないだろうと言うのは大いなる勘違いだけれど、だけどみんなが知ってる手続きではないのは確かでしょう。

もしそれが、もうちょっとハードルの低い知識だったら、彼らだってそんな事をしなかったはずだし、目撃情報として、被害者の妻に、何らかの情報も提供できたのかもしれませんよね。

 

翼の死んだときの記憶と言うのは、幼児期の殺人を目撃した時の記憶だったわけですが、彼は少年時代から夢で繰り返し見て、その記憶をインプットし直し続けていたのですね。かなり細部にわたっていましたから。

視聴者の中には、こんな幼児の記憶があるのは不自然に感じる方もいるかもなと思いました。

でも私は、どちらかと言うと自分もそうなので、分かるような気がするのです。

たぶん、この「相棒」では初めてのライターさんも、同じなのではと思います。きっとかなり記憶を遡る事が出来る方なのではないかと思うのです。だから2歳くらいのまだオシメが取れない頃の記憶と言うからくりで物語が書けたのだと思います。(だけど万人に受け入られるかと言ったらどうかな・・・とは思う。)

この方は、川崎龍太さんと言う方で、映画のシナリオなどを書いてきた方なんですね。

アマプラでも「笑顔の向こうに」など見る事が出来るみたいなので、見てみようかなと思いました。映画評などを読むと、「爽やか」「暖かい」と言う物語が得意な方のような気がしました。

 

今回の「相棒」も、最後は翼から太陽に生まれ変わったと言う風に綺麗にまとめたなと思いました。

その翼を演じたのは、今井悠貴君で、この人も子役時代から頑張ってきた人ですよね。「西郷どん」の隆盛と愛加那との間に生まれた菊次郎の青年時代を演じた人でしたね。

なんかいろいろと「相棒」もチャレンジしてるなと思います。

 

でも最後に、私がちょっと思った本音ですが・・・・

 

まあ、とにかくさ、みんなそんなに簡単に人を刺すなよ~と思った(^_^;)

さらに気持ちの悪いこと言っちゃうと、グッとさして、それだけで手にどれだけの振動と言うか、なんか伝わってくるものがあると思うんですよ。それをググッっと刺すなんて、そんなに簡単な事じゃないですよね。

つい頭がパニクッて刺しちゃうおばさんもどうかと思うけれど、またもう一回、そんなに悪人でもないのに、刺しなおすなんて、少年も少年ですよね。

それに中学生に護身用にナイフを持たせてるってどういう事 ?

またそのナイフを、オシメの取れていない幼児に自慢しようとするってどういう事 ?

って思ってしまいました。

最近ちょっと文句が多くてすみません !!!

 


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やっと会えたのは・・

2021-12-15 00:57:44 | 家族スナップ

コロナの感染者数が少し落ち着いて、もちろん油断はダメですが、それでも動くなら今だとずっと我慢していたスノウさんの家に行き始めたわけですが、やっと会えたのは、妹とばかりではありませんでした。

横浜で暮らすラッタさんとも、ずっと会えませんでした。

もちろん昨年の8月以来会えなかったスノウさんほどではありませんでしたが、コロナ前は一か月に一度は会っていたのです。それが3月以来で、会うのは今年は3回目でした。

11月14日、スノウさんの所から帰って来る時に、横浜駅で待ち合わせをしました。

 

なにげにツリーコレクション。順番的に行ったら、こちらが先ですがアップ順に言ったら2個目ですね。

横浜スカイビルのツリーです。

 

で、あるならば、そごう前のツリーも載せておきましょう。3個目とカウントしても良いでしょうか。

 

ラッタさんと待ち合わせをして、スカイビルの中華屋さんに行きました。

よだれ鳥と

餃子。

餃子は美味しかったです。

私は呑み助ではないんで、いろいろと無知。加えて感覚が飲む人と同じにようには行かないかもです。

ウーロン茶でもお通しを持って来られて、まあ、お通しは席料って言いますから仕方がないにしても、毎度思うんです。高いなって。

ウーロン茶でお通し・・・・拘ってしまうけれど、お通し文化、止めたらいいのになって思います。

まあ、これはお酒を飲まない人の考えです。

 

「次に行こうと思うから、ここではこれだけでいいよ。」とラッタさん。

「次は俺が出すから。」

えー !!

良いのに~ !

(実は嬉しい。)

 

次に行ったのは立ち飲み居酒屋。

(わぁ、こんな所に入った事ない!! ワクワク)

そんな年老いたあられちゃんのような気持ちを隠して、二件目のお店に行きました。

 

久しぶりに飲みましたが、ジョッキの上から5センチばかりが減っただけになってしまいました。

お食事は、皆美味しくて満足度が高かったです。

だけど微かに飲んだだけなのに、私はどこかに座って休憩したいような気持ちになってしまいました。

で、公園のような所でしばし座っていましたが、同じように階段の縁に座っている若い人たちや、街を行く人たちを眺め、夜の街の風景を楽しめて、なんだか幸せな気持ちになってきました。

そして「お茶でも飲んで帰ろうかな。」という事になりました。

 

考えてみたら、この記事を書くまでの間が空き過ぎてるからっていうのもあるけれど、一体何を話したのかすっかりと忘れてしまいました。

空高くに月、

電灯の電球の上に鳩が止まっていました。

ラッタさんと別れる時、私は短く

「じゃ。」と言って足早に改札に向かいます。

寂しさが胸に届いてしまう前に。

 

翌日は、小さな助手さんの手を借りて、義兄が作っている薔薇の花の写真を撮りました。

もう終わりの薔薇たちでしたが、フリルのような薔薇はまだまだ綺麗に見えました。

 

下のは「野毛坂ヤミ市タンメン」

ちょっと変わったのがあると、食べたくなってしまうのですよね。

秋の風景

そして・・・・

君たちはいつも元気だね。

 

実家に帰れたのもラッタさんに会えたのも、11月のその日が、今年最後になりました。

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白い猫の夢を見た

2021-12-14 10:02:45 | 梢は歌う(日記)

9月の終わり頃、夢を見ました。

我が家に黒猫のクウがやって来て、我が家の猫になっていくまでのドラマチックな展開をしていた頃です。

猫はみんな性格が違うので、先住猫がいる所にやって来る猫の対応は、あんずさんの時とも違ってまた大変に感じました。そんなクウちゃんも、或る日唐突に私にも慣れて我が家の猫になっていくのですが、その夢はその奮戦中に見た真昼の夢でした。

 

私は手のひらにカリカリ(猫の為のドライフード)を握りしめて、なんだか凄く疲れて横になっていました。

ちょっとだけ休憩しようっとー。

私のお昼寝はいつも15分程度だから、少し目を瞑りウトウトしてからまたいろいろと頑張ろうと思いました。

するとそこに1匹の猫がやって来て、私の手をツンツンと鼻で突いたのです。

 

私は目を開けずに、手のひらを開いて、その猫にカリカリを食べさせました。

 

でもこの気配は、ももちゃんじゃない ?

 

私の手のひらから食べてくれるのは・・・・、そう言えば、あんずさんはしないものね。ももちゃんが来たのね。

なーんだ。

ももちゃんは死んでしまったけれど、それは体がダメになっただけで、だからこの同じ次元の世界には居られないけれど、ちゃんと同じ空間に居るんじゃない。

だったらずっと一緒だね。同じだね。

 

そう思うと嬉しくて、うっすらと目を開けてみました。

 

するとそこには、真っ白な猫がいたのです。

その白い毛は、皆くるくると巻き毛になっていて、

「またずいぶんと上品できれいな猫が・・・・。」

でも気配はやっぱりももちゃん。

 

そうかー。

ももちゃんはきっと猫の生活に満足していて死んだのではないかしら。

だからまた次も猫に生まれようと思っているのかな?

「もっも」と私は小さな声で呼びかけてみました。

すると、手のひらのカリカリを食べるために俯いていたその猫が、顔をあげて私を見ました。

思わず私は息を飲み

「もも・・・・・・・!」と言いました。

その顔には、目がなかったのです。

 

私には、すぐその意味が分かりました。

ももちゃんは、どこぞの母猫の体内のどこかで、じっと次の猫の人生を送るための準備をしているのです。

だけど私の未練がそれを引き留めていて、ちゃんと体が出来上がらないのだと。

 

「ごめんね。ももちゃん。ママはもうこの未練を本当に断ち切るから。次の楽しい猫の人生を送ってね。」

そう言って、くるくると巻き毛になっているその白い背中を撫ぜると、ふんわりと柔らかい毛並みで

「美しい猫だね。」と私は言い・・・・・・

 

目を覚ますと、ほんの数分しか経っていませんでした。

グーに握りしめた手は、少し伸びた爪が手のひらを傷つけていました。

痛いなと思いながら、ゆっくりと手のひらを開きましたが、カリカリなど握りしめていませんでした。これは持っていたのに無くなったのではなく、元々、そんなものを握りしめてお布団に横になるわけはなかったのです。

 

そして私は、誰もいない部屋でひとりしっかりと呟きました。

「分かったよ! 今度こそ !!」と。

 

下の囲みは、昨年の12月12日に投稿したもので、12月10日はももちゃんの命日でした。

 

 
―猫の楽園ー
ぼんやりと池のほとりにたたずんでいた。ふと気が付くと、いつの間にか猫が傍らに座っていた。「ねえ、教えて、ネコさん。あの茂みを抜けて、また抜けて、そしてまた抜けていくと、いつかは猫の......
 




「今度こそ、」と言ったのは、ももちゃんの夢はこれで2回目で、なにげにまったく似たような夢ではなく、彼女の中では先に進んでいるなと、「夢なのにな。」と首を傾げたくなりました。

今思うと、くうちゃんがいきなり私に慣れたのも、ちょうどこの頃。ちょっと不思議な気もします。

以前見た夢は→「ももちゃんからの伝言」

 

 

 


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丸の内イルミネーションとKITTEのツリー

2021-12-12 00:34:05 | お出掛け日記

12月5日の日に、蝶子さんと名都さんと一緒にスノウさんの家にまたお見舞いに行きました。

行く前から、真っすぐには帰りたくなくて、何処かに寄り道しようと決めていました。自由が丘に回って帰ろうか、東京駅に行こうか、それとも上野の山を散歩して帰ろうか・・・・・。

スノウさんの家での滞在時間は短かったのですが、その後駅前で姉妹三人でココアなどを頂いたりしたので、寄り道時間も、そんなにはあるわけではなかったのです。

すると名都さんも付き合ってくれると言うので、行きやすい東京駅にしました。

 

東京駅で降りて、「虎屋カフェ」にでも行けば良いかなと思いましたが・・・・

駅の天井を見上げていましたら少し歩きたくなりました。

 

次の「ステーションギャラリー」のイベントチェックもして、

東京駅の外に向かいました。

夕闇迫るころの東京駅。

すっかり田舎者なので、こういう見上げるビルの構図が好きです。

 

「ねえ、せっかく来たのだから、イルミネーション、見て帰ろうよ。」という事になって、(なんか、やっぱり田舎から上京してきた人のようですね。)

そしてせっかくだから、この道を歩こうという事になって、

 

そしてまた歩いていたら、東京駅とイチョウ並木の真ん中に出てきました。

時刻的には銀杏並木の黄色の美しさは無いですが、それでも東京駅とイチョウ並木の風景は、テンションのアガル美しさがあり、多くの人が笑顔でこの道を歩いていました。

そして更に行くと、トップ画像の場所に出ました。

 

 

この先は、車も入れません。子供たちが遊べる遊具があったり、移動式のカフェがあったり、楽しい空間がそこにはありました。

まだ空が微かに明るいので、イルミネーションの明かりがそんなには輝いては見えなかったかもしれませんが、私には十分な美しさに見えました。この場所の街路樹イルミを初めて目にしたわけではないと思うのですが、意識して見たせいか、凄く美しく見えたのかもしれません。

 

「あのさ、私、帰り道にあるところで、もう一か所、行きたい所があるんだ。」と名都さんを引っ張っていったのは、KITTEです。そこのツリーはいつも立派で、今年のツリーを見たいと思ったからでした。

 

音楽とともに色が変わるツリーで、なかなか綺麗でした。

 

そして私たちは、「サザコーヒー」にて珈琲&ティラミス、抹茶ラテを頂いて、それぞれの帰途に就いたのでした。

 

 

 

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11月は、そっと過ぎていった秋の日

2021-12-10 11:41:45 | 梢は歌う(日記)

ここ数か月、時には私は、かなり真面目に「人生の秋」と言うものを考えていました。

青臭い人生の春など遠い昔。

ギラギラした太陽のような夏の時代ももう過ぎて、静かな秋の入口に佇む私ー。

どんな風に生きていこうかな。

どんな風に生きていけばいいのだろ。

 

だけど11月は違いました。

いつも心のどこかで彼女の事を考えている私がいました。

美味しい食事をしている時も、美しい風景を見ている時も、いつも心の何パーセントかが奪われていたのです。

彼女ー。

それは妹のスノウさんの事です。

事あるごとに考えるー。

夜な夜な想っては涙するー。

なんだか11月はクタクタです。

 

だけどある夜、私は思いました。

そうか。

これが人生の秋の風景なんだわと。

 

このたった5年足らずで、3人のお友達を見送ってしまいました。

60代になったばかりの人をはじめ、やっぱり皆、60代。

早すぎますよね。

また二人の友も、病気になって会えなくなりました。

皆キラキラとした想い出の時間があったと言うのに。

命あるものは、生まれて来て、生きて、そして死んでいく。

人生の風景が、ずっと同じわけはないのでした。

 

父がいて母がいて、姉妹たちが居て、そしてみんなが集まっては賑やかに笑い合うー。

木漏れ日がさす、夏の日のような緑濃い時代も過ぎていくのでしょう。

当たり前のように。

 

それでもきっと私は泣くでしょう。

激しい雨が顔を濡らすように泣くでしょう。

寂しくて、そして悔いの想いで押しつぶされそうな気持を抱えて、落ち込むかもしれません。

 

だけど私が人生の季節を歩むなら、これが人生の秋の風景ならば、

この風景を受け入れよう。

そう覚悟した11月の最後の日々でした。

 

※          ※         ※

 

以下はずっと続けている一か月のおまとめ日記です。

かなりお気楽な内容で、

そこには、上に書いたようなことは微塵も感じないのではと思います。

人の心は多面体なものだから・・・・

心情的には、タイトルの「そっと過ぎていった」がピッタリの毎日でした !!

 

 映画

いつもこの内容から、始めています。

「「未来二番館のお知らせと【11月に見た映画】」

「近未来二番館」は私の映画専用ブログですが、11月に10月に見た映画の感想を書き始めたので、11月だけで24記事を書き、頭がおかしくなりそうになりました。それだったら書くなと言う所ですが、やはり記録は何らかの形で残したいと思っているので、来年も続けてしまうかもしれませんね^^

 ドラマ

 

地上波では、「大河」「朝ドラ」「相棒」以外では、「最愛」と「和田家の男たち」を見ています。

後は「日本沈没」かしら。「アバランチ」は姉にも勧めたくせに、とにかくこの時間帯は眠くて、あまりテレビは熱心には見ていないんです。

WOWOWで毎週楽しみに見ているのは、「プロディガル・サン2 殺人鬼の系譜」と「いりびと-異邦人-」、それから始まったばかりの「暗行御史(アメンオサ)」です。(皆かなり面白い!!)

終わってしまいましたが、「准教授・高槻彰由の推察」も面白かったです。

感想を書いたドラマは→「英国サスペンス「THE BAY」「THE BAY2」」

         →「九尾狐〈クミホ〉伝~不滅の愛~」

 

 アニメ

「鬼滅の刃」を録画して、楽しみに見ていました。これは1作目は書きおろしでも、その他のほとんどは映画版の分断放送だったと思います。テレビ放送された劇場版は、以前にも書きましたが、前半のほとんどをグーグーと寝ていましたので、私にはこれを見る意味があり、また堪能しました。

感想の記事を、実は書きたいと思っています。難しい話は無しの、「ねえねえ、あのシーン、凄かったよね。」的なミーハー記事を。

だってですねぇ、これの感想って10歳年下の妹の名都さんしか言い合えないんですよ。どこかでキャーキャーと言いたいじゃないですか。

 読書

→【「一度きりの大泉の話」】

 

 漫画

→ 【「百鬼夜行抄29」】

 

 

 

 お散歩とお出掛け

「ついでながらの秋散歩《野の花マニア》」

→「ついでながらの秋散歩《きっとキラキラしてた》」

→「ついでながらの秋散歩 《写真日記》」

夫の発熱外来の検査費を払いに行ったついでのお散歩で、「流山市総合運動公園」を訪れた記録です。(2日)

 

  

→【「東京都庭園美術館」へ。】

お友達と「キューガーデン 英国王室が愛した花々 シャーロット王妃とボタニカルアート」展に行きました。(19日)

 

  

【小石川植物園の秋 その1「鬱蒼の魅力」】

→【小石川植物園の秋 その2「日本庭園」】

→【小石川植物園の秋 その3「メンデルやニュートンで見所がいっぱい」】

→【神宮外苑の秋】

星子さんと「小石川植物園」に行きました。ついでに「小石川後楽園」にも行っても良いかななどと、チラリと思いましたが、植物園が思っていた以上に広くて、そのついでにと言うのはとんでもない事でした。次は「後楽園」の方にも行ってみたいですね。(23日)

 

  

→【本土寺で、真っ赤な秋を探す その1】

→【本土寺で、真っ赤な秋を探す その2】

→【本土寺で、真っ赤な秋を探す その3】

→【美しいものをたくさん見た。】

またほかのお友達と、「本土寺」に行きました。

なんだかんだと過ぎていく秋を楽しんでいたように思います。(29日)

 

そしてこの日は12月5日にスノウさんの家に持っていくお土産を買うついでに出掛けたわけですが、11月は14日の日に行きました。

 

  

10月24日に訪れた時は、一緒にわずかだけれど昼食も食べ、買っていったプリンも食べられたのに、11月のその日は起き上がる事も出来ませんでした。それでもワイワイとお喋りをして、2時間ほど滞在していました。だけどその後、彼女は疲れてぐったりとしてしまったようです。彼女の夫さん曰く、「嬉しくて頑張ってしまうようだ。」と。

「嬉しくて」と言う言葉は嬉しかったけれど、ぐったりさせてしまっては申し訳ないので、これからは短い滞在時間にしようと思いました。

そう言えば、その14日の日の事を書いていませんでした。夜はラッタさんと会い、横浜の実家に泊まりましたが、いつも書きそびれる事が多いのです。

 

  ランチ日記

・8日の日に星子さんとガストでランチしたのですが、画像無し。私的には珍しい事です。

 

・最近そういう事が多いです。「庭園美術館」に行った時、帰りにちょっとお洒落っぽいカフェに入って軽食を頂いたのですが、南瓜スープだけ写真撮って、メインを撮り忘れちゃった !!

でもそういう記憶っていらないですよね。

 

・でもこちらはちょっと残したいかも。

 お友達の誕生日ランチだったから。+湯呑のプレゼント。(22日)

だけどまだランチの前に、彼女からお菓子のプレゼントを貰ってしまって、贈り贈られの楽しい一日でした。

 

・また25日の日には、ピアノのお稽古をキャンセルして頂いて(m(__)m)、迷いつつ行ったランチ。(迷ったのは他の方≪ピアノの先生≫に迷惑を掛けてまでと思ったから)

12月から新しい職場で頑張ると言う友達とのランチ。

いろいろな意味を含めて、行って良かったです。《お仕事頑張ってね !!仕事は覚えた人が勝ちだからね。詰まらない事で止めちゃダメだからね。》

 

 

 病院の記録など

今月は、私は無し💛

夫殿はまだ減薬の為に、通ってます。11月は2回。そのたびに検査するので、我が家の医療費貧乏は続いています。(ノД`)・゜・。

病院ではないけれど、11月の初めにルート君のワクチン接種の2回目がようやく終わり、ホッとしました。

 

 姑に会いに。(11月30日に)

9月に会ったきりなので、ずっと気になっていました。彼女の家に次男さんが棲みつくようになってから(私の中では敢えてその文字)、徐々に疎遠になりつつあるけれど、私に会いたいと思ってくれているみたいなんですよね。

彼女の事は大好きで、尊敬もしているけれど、やはり消せない過去が、この季節は私を苦しめるのです。

凄く楽しい時間を過ごしたのに、家に帰って来てから、そして1週間ほど、押し寄せてくる過去の記憶に私は苦しくて苦しくってもがいていました。

そんな時ツイッターで流れて来た言葉に救われたような気がしました。人はさりげない人の言葉に救われたりするのですよね。

 

 

 1回、キャンセルしてしまったので、ピアノのお稽古は一回のみ。

先日「いつか必ず頑張ります。」と言ったら、

「今のままで、頑張らなくて良いです。このままで楽しんでください。」と先生。

真意は分からない事ですが、自分に都合よく解釈すると、私が本当に望んでいることを与えようとしてくれているのだなと感じています。誰もがピアノを「凄く」上手になりたいわけではないという事が、分かっているんだなと思いました。(私がいたから、分からざるを得なかったとか ?)

  

これ、凄く大事な事で、15年前の私に教えてあげたい。いいえ、5年前の私にも。悔いの心が沸き起こります。いや、これはピアノの話から離れて、私の仕事の話です。

 

 そのお仕事の事ですが、なんでか、ここ数年で一番頑張っています。月曜日から土曜日まで毎日お仕事をしています。

こんなに強調して言わなくても良いようなものですが、上のお出掛け日記を含めて、諸々のメモ記事を読むと、絶対に、この人毎日遊んでいると思われるような気がします。

もし私が、他の人のこの記事を読んだら、そう思うんじゃないかと思います。

いや、頑張ってますよ~・・・・ヨレヨレ

 

 くろ豆 !

去勢手術後の2回目の検診が27日に終わりました。

もうまったく、子猫じゃないくろ豆。

しかも、我が家では、またも名前がさりげなく変わってしまいました。病院の診察券には「黒豆」と書かれているのに。ルート君は「豆助」と呼びますが、返事はありません。いや、なんと呼んでもほとんど無反応。

「お前の名前は『くろまめ』だよ。」と何回教えても無理で、そのうち夫が「くぅちゃん」と呼びはじめ、私は反対していたけれど、どうせ覚えてないから良いかと徐々に私もそう呼び始めてしまいました。

食う事ばかり考えているからではなくて、(それも大いにある!)、「くうぅ」と鳴くからです。この猫がニャーと鳴いているのを聞いたことがないです。そう言えば、あんずさんも「あんあん」と鳴きます。

夫が「あんず」と名付けた時、「ず」の音が嫌で気にいらなかったのだけれど、「アン」と呼んで育てればと言う提案があったので受け入れたのです。だけど全くイメージに合わず、そう呼んだことはなかったのですが、彼女がその名前になる事は、元々の運命だったのかしら。

 

 

 

 こんな季節が巡ってきました。

トップ画像は11月3日

 この映画を見るために、夕方出掛けてまいりましたら、たまたまイルミネーションの点灯式でのカウントダウンが始まったところでした。

そうか、今日からかと、何かしみじみとしたような気持ちになりました。

 

 

まだ空が若干明るいので、綺麗さはイマイチですが、そのタイミングで来ることが出来て、「ラッキー」と思いました♪

 

と言うわけで、11月のおまとめ日記、終わりです。

書いてみると、なにげに11月は、私的には「詰まっていた」と言う感じがしました。

毎日は笑えることばかりじゃないけれど、口角をあげて12月も生きていこうと思います。

 

 

 

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相棒20 第8話「操り人形」

2021-12-09 12:19:08 | ドラマ(相棒)

「コールドケース・相棒版」。

AND ホラー。

 

お話の流れは面白かったです。

淀みなく物語は進み、いつものメンバーの軽妙な会話も楽しかったです。

だけどこのような時効の事件を、もしかしたら犯人に渡航歴があるかもしれないからって、そこまでは捜査しませんよね、たぶん。特命係ありきの事件だったと思います。

だけど芹沢曰く、「これぞまさにメジャーリーガーに相応しい事件」である、大手物流会社社長の新たな殺人事件が起きてしまいます。

 

なんて言うか、しみじみもした部分がなかったわけではありませんが、かなりモヤッとしました。

コールドケースみたいなお話も、ホラーも好きですから。

 

ただ最後に亘が言うじゃないですか。

「なんだかこの事件、岡田の亡霊が引き起こしたように感じません?

自分の息子を人形のように操って復讐劇を遂げたように。」

「藤島は人形を操り、岡田は人間を操る。」と右京は前に仲間だった男が言っていた言葉を繰り返すのでした。

 

だったらだったら、それは悪霊だと思いません ?

しかも自分の息子に一片の愛情を抱いていない、死んでもなおろくでなしだったの証。

あの人生をやり直そうとしていた美鈴の息子は気の毒ですよね。

前科もあるし、誰がいきなり社長が襲ってきて首を締めようとしたから、夢中になって殺してしまったって、それ法廷で通用するのかしら。

復讐を果たすって、自業自得じゃないですか。もちろん殺されても仕方がないとは言いません。でも自分が殺されたことの無念を晴らすって、おこがましいような気がしてしまいます。

この寂しい二人の老人を見なさいよ。

あなたのせいじゃないのかって、最後に出てきた幽霊に説教をしたい気持ちになりました。

 

更に言うと、二人の男、つまり藤島と梶原はケンタの父親代わりと決めて生んだわけだけれど、なんか中途半端じゃなかったのかと思ってしまったのでした。頼み込まなくては自分の会社に入社させない、亡霊に見えるからと言って何の知恵もなくクビを言い渡す・・・・・

だけど梶原を弁護するわけでもないですが、これが普通の人の感覚なんじゃないかなと思います。自分が殺してしまった男の子供を、何で産むんだくらい思ったんじゃないかな。(言えないだけで。)

時効が来ても、「フゥ、ヤッター。」などと思えず、骨が出て来て精神的に錯乱するほど怯えていたー。

これが人間って言うものだなって、私は思いました。

 

だけどこの今回の「操り人形」を見て、一番モヤッとしたのは、出てくるシニアたちが皆寂しそうだったからです。

確かに、生活保護を受けていた元活動家は元気でした。だけどどうして生活保護 ?

あの写真が趣味だった喫茶店のマスターも、なぜそんな古い写真にしがみついているの ?

なんで美鈴は、父のない子供を産んだからって、一生独身なの ?

そして70も半分行こうとしているのに、なんで今も二つも仕事を掛け持ちで働きづくめなの。

藤島は劇団を畳んだら「俺もビル掃除の仕事をするかな。」って、何でそんな人生設計なの ?

 

なんか老いること自体が、メッチャ惨めで悲しいと言う絵面が、マジで悲しかったです。

下條アトムさんと白川和子さんが、寂しいご老人が似合い過ぎていました←褒めています。

嘆きの人形も良くて、ジンワリとしました。

 

次週もまたなんかホラーっぽい。

な訳ないかw

と言うわけで楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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美しいものをたくさん見た。

2021-12-08 00:21:37 | お出掛け日記

その日、ご一緒したお友達が言いました。

「今日は、美しいものをたくさん見る事が出来ました。ありがとう。」と。

「ありがとう。」と言われて、私も「良かった。」とホッとしました。

それは私がたいがいの場合の企画部担当であるからというのもあるけれど(星子さんとのお出掛けは別。信じられないくらい丸投げで、私は着いていくだけです。)、今回に限ってのお誘い方が

「11月の29日か30日に、私は『本土寺』に紅葉を見に行くけれど、行ける方はどうぞ。」と言うものだったからです。

「どこか行く? どこにする ?」

「いつにする ?」の部分が完全にスルー。

それはたまたま、その前の週にそのお友達たちと会ったから、来週の予定を言っただけで、彼女たちが行かなくても、私は一人で行く予定だったからなんです。

だけどやっぱりどなたかとご一緒すれば、その方との思い出も増えると言うものですよね。

 

それに彼女が「美しいものをたくさん」と言ったのは、紅葉ばかりではなかったのです。

 

帰り道で、こんなカフェを見つけたのです。すぐにお茶とかを頂きたがるワタクシ。帰り路でもキョロキョロとカフェを探しながら歩いていたのです。

近づいてみたら・・・・

 

なんか素敵そう。期待値が上がりました。

頂いたケーキセット。

周りの壁にはシャガールの絵がたくさん飾ってありました。

写真を撮っても良いとおっしゃって頂けたので撮りました。

素敵な空間でした。

メニューも素敵です。

下のは失敗してしまった写真・・・とほほ

でもいつもどこかでブログに登場している私(笑)

今回はここでの陰で^^

広くて優雅でしたが、いわゆる隠家カフェの括りになるのでしょうか。

実はもう一軒。

時間的に、来て早々にランチしました。

そこもですね。

 

このお店の空間も素敵でした。

(でもずっとお腹が空いてた(笑))

この日は、12月5日にまた姉妹でスノウさんの所に行く時の、そのお土産を買うと言うミッションが私に与えられていたので、それをクリヤするために出掛けてきたのです。実はそのついでの「本土寺」でした。

それをピアノの先生に言うと

「どうも『ついで』が違うような・・・・」と。

いやいや、私は柏駅で友達と別れ、ひとりで高島屋のデパ地下をウロウロとし、口当たりの良いフルーツゼリーをゲットしてミッションを終了したのでした。

本当は「お使い」の日でしたが、この「ついで」の場所があったので、お友達同様「美しいものをたくさん見た。」と言う満足の一日になりました。

 


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本土寺で、真っ赤な秋を探す その3

2021-12-07 01:53:30 | お出掛け日記

本土寺の弁天池の周りをぐるりと回ると、なんだか見たかったような風景に出会いました。

そこは入っていく事の出来ない道でしたが、かえって静かな佇まいを見せていました。

 

 

下の画像は、その手前にあるお金を洗う所 ?

「そうか。弁天池だものね。」と思う私。

すぐ横に、お金が入っているざるが置いてあったけれど、1000円とかは入ってないなと又思う私。

 

でもそこは本当はお金を洗う所ではなかったかもしれませんね。

「弁天」と言う名前。小さな泉。お金の入っているざる。それを見て、私が思い込んだだけかも。

それにもしそうだったとしても、洗ったお金は持って帰るわけだから、ざるに1000円とか入ってないのは当たり前よね。

でも人は見たことがある風景をパッと思い浮かべて、パッと比較するような気がするんです。

ざるに1000円がいっぱいと言う風景を、きっとどこかで見たんだわ、私。

 

こういう何気ない風景にも世相反映かもしれませんね。

 

しかしそのリアルな部分は、元々切って写真には収めました。

すると、ほらね。

ちょっと趣深い、小さな秋の風景になると言うものでしょう。

 

そして再び、テクテク

なんか、本当に満足~と言う気持ちになりました。

そしてぐるりと回ってきました。ほんのちょっと遠くで見る五重塔。

春は春で、きっと綺麗ですね。

そして入口の仁王門に戻ってきました。

※ 紅葉情報によると、ここは12月6日更新で「今見頃」マークがついていましたよ。

 

関連記事

・「本土寺で、真っ赤な秋を探す その1」

「本土寺で、真っ赤な秋を探す その2」

 

 


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本土寺で、真っ赤な秋を探す その2

2021-12-06 01:08:58 | お出掛け日記

トップ画像は、「11月の4枚」にも載せたものです。

「本土寺」で撮ったものの中で、一番好きな写真かもしれません。

「真っ赤な秋」を探して本土寺に来たものの、やっぱりグラデーションのある風景には心乱されるものあるのかも知れませんね。

 

こんな色のもみじって、あまり見ないような気がします。↓

 

テクテク 

テクテク

妙朗堂までの長廊下と向こうに見える秋

 

「本土寺」は紫陽花寺として有名な所で、その季節には紫陽花と花菖蒲のコラボが綺麗なんですね。

今その場所は、静かに眠っていると言う感じです。

弁天池の前の藤棚。

今は寧ろ、その藤棚が邪魔に感じたりしちゃいますね。

その棚をようやく避けて・・・

なんかまたまた趣深い所に出てきました。

 

と言うわけで、次回に続く。


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