沢木耕太郎のフィクション(小説)がこれほど面白いとは!まるで彼のノンフィクションを読んでいるような錯覚にとらわれながら、長編の上下巻846頁を一気に読了した。それは彼の得意分野であるボクシングの世界を描いたことも一因だと思われる。
※ 「都市緑地めぐり」がある理由から最後の「豊平川緑地」で停滞している。そこでまったく異分野の話題を取り上げることにした。
私がノンフィクションライターとして知られる沢木耕太郎に心酔しているということについては、拙ブログで何度も述べていることである。
彼は私と同年代であるが、彼は大学を卒業して数年後「若き実力者たち」(1973年刊)を著し「ニュージャーナリズムの旗手」と持て囃され、華々しくデビューした。(wikipediaでは1970年に「防人のブルース」がデビュー作となっているが、これはわずか35頁程度の短編で某雑誌に掲載されたものである。本格的に沢木耕太郎著の単行本として発刊されたのは「若き実力者たち」が最初であったと私は理解している。)
※ 著者の沢木耕太郎氏です。この写真はウェブ上から拝借しました。
私はこの「若き実力者たち」を手にして、一気に沢木ワールドに惹き込まれた一人だった。以来、彼が著す著書の全てを買い漁り沢木のノンフィクションの世界に酔いしれてきた。
そんな彼がノンフィクションの世界で揺るがぬ地位を確立した2000年にフィクション(小説)である「血の味」を著した。おそらくそれは彼にとっては満を持してのフィクションへの挑戦だったかもしれない。しかし、それを手にした私には違和感しか残らなかった。やはり私は彼が事実をどのように見て、どのように表現するかに、彼の魅力を感じていたため、それがフィクションであると思うと沢木の世界に入っていくことはできなかった。だから、それ以降、彼のエッセイなどを集めた単行本に手を出す程度で、沢木の世界からはやや遠ざかっていた時期があった。
先般、久しぶりに「銀河を渡る」というエッセイ集を手にしたことが契機となって、図書館で沢木本をリクエストした。内容をあまり承知せずに「春に散る」の上下巻をリクエストし、読み始めたのだった。
※ 一気に読了した沢木耕太郎著「春に散る」の二冊です。
すると一気に沢木ワールドに惹き込まれた。ストーリーは、若いころボクシングの世界チャンピオンを目指してボクシングジムで合宿をしていた広岡仁一が、昔の仲間と再びシェアハウスに集まって、有望な若手を育てようとする話である。
沢木は若いころ世界ヘビー級チャンピオンだったモハメッド・アリ(カシアス・クレイ)の世界戦を追い求めて世界中を駆け回ったことで知られている。また、彼の著「一瞬の夏」では東洋ミドル級チャンピオンに輝いたことのあるカシアス内藤の再起戦のマッチアップからトレーニング、そして決戦へと、すべてに内藤陣営の一員として付き添った一部始終をルポしたことでも知られている。
※ 私の部屋の本棚にある沢木耕太郎の著作の数々です。
そんな彼が描くボクシング物のフィクションは、フィクションとは思えぬ迫真的なノンフィクション的な描写で私に迫ってきた。沢木の特徴でもある小気味良く、無駄のない文章も心地よかった。
広岡仁一をはじめとした4人の昔取った杵柄で有望な若手を世界チャンピオンに押し上げようとした結末はどうだったのか?それはあなた自身が「春に散る」を手に取ってお読みすることをお勧めしたい。
なお本書は、2015~2016年にかけて朝日新聞に連載されたものに加筆して、2016年末に単行本(上・下巻)として発刊されたものである。