津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

津田興庵という人

2009-05-20 18:26:06 | 歴史
 大日本近代史料・細川家史料の人物索引をながめていて、時折ひらめく事がある。今日のひらめきは津田興庵、人名索引は次のように解説している。

初正秀、小平次、興庵と称す、織田信長に仕え、滝川一益に属し、上野松枝城主。のち豊臣秀吉・徳川家康に仕う。慶長五、六年頃、四千十石余、奏者番。諸国の地図租税の員数改めに、関西三十三ヶ国を奉行す。元和二年、家康の没後剃髪して京都に退隠す。寛永十二年正月廿九日没。年九〇。

 細川家史料には、興庵が関係する書状が十数通残されている。徳川家と細川家の間をいろいろとりなしている事がわかる。津田氏といえば織田一族だろう。細川家にも津田氏が数家あり、ちょっとひらめくものがあって侍帳を開くと・・・あった。興庵の孫に当たる人(?)を初代とする、二つの家があった。先の人名索引に依ると、その出自がはっきりしないが、津田家侍帳によると、織田大和守般定(尾州岩倉城主)・・織田玄蕃(頭)・・七郎(七郎左衛門)・・小平太(興庵)と続いている事が判る。
織田玄蕃については http://www.page.sannet.ne.jp/gutoku2/odahidetosi.html で説明がある。

これに元ずくと次のように成る。

  敏定---+---信定---信秀---信長
       |
       | 五男・玄蕃頭
       +---秀敏---七郎---興庵 

 敏定なる人物になると、真偽の程は判らない。
人物索引をながめていると、こんな事に出くわして幸せ気分である。
コメント (2)
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細川内膳家・家譜 その五

2009-05-20 08:21:34 | 歴史
一、正保三丙戌年春之末より休無様少々御
   不例ニ被成御座候 光尚公江戸より御下り之
   節被遊御上洛休無様之御館へ被為入候而

   ■ト御對顔伊豆守様与八郎様御同様左候而 
   魚住・波伯部・野中等被召出 休無様御
   老年之御事ニ付随分奉心を附候様被
   遊御意其外如例御目見被仰付候
   休無様伊豆守様与八郎様江も御土産被
   進候
一、同年七月 光尚公従 休無様御書
   被進候左之記

       為申置書進候覚
一、今度江戸より御上洛之刻■御尋殊色々
   給満足仕候事
一、還御目折節始御■相煩候而一日/\と悪敷
   候而爰元瞖者衆薬も何も相當不仕相果
   候躰無念存候
一、数年御合力之三千石内千石者西園寺
   殿江為之其外娘共孫ニ遣申度候西園寺殿

   所ニ遣置候我等手前不罷成候故可申候直
   儀も無之候条如此申入候二千石者与八郎
   伊豆両人ニ千石宛遣度候後々ハ伊豆
   其方頼入候間御呼寄候而扶持方迄心安
   御遣候而可給候其上之儀ハ伊豆心得次第
   ニ候右千石ハ我等在世之時給候思召御合
   力申給候■御同心ニハ満足可仕候煩極候
   間如是ニ候以上
    正保三年七月十七日  休無御判
       細川肥後守殿

     右返書左之通
   為御使被下魚住角兵衛七月十七日之
   御筆拝見仕候為合力数年致進上
   置候三千石之知行之儀ニ付被仰下候通
   奉得其意候委細角兵衛口上に可申上候已上
    八月二日       肥後守
       進上
        休無様
          参ル

   右御直筆之御返事被進候魚住角兵衛
   午前ニ被召出御直答之趣為之左候而
   角兵衛御紋付御帷子被為拝領候

一、同年八月朔日 休無様御遠行御壽(命 欠カ)
   六十七歳葬洛外大徳寺内高桐院御
   法号(記載なし)

一、休無様御遠行之段 伊豆守様与八郎様
   より 光尚公江御書中ニ而被仰上御返事
   御直筆御兄弟様ニ御名字御書話
   様文字ニ而御座候
一、光尚公より 伊豆守様与八郎様江費仰遣候ハ
   御間柄実ニ作事なく被思召候京都
   御住居ニ而は諸事御疎遠ニ被思食候間
   熊本江御下被成候様ニと被仰進候商法五

   戌子年二月慶安と改元有此春為御迎
   田中又助此時御鉄炮三十挺頭之由其外彼是被差登
   候依之 御兄弟様先御逗留之思召ニ而
   右之御礼旁熊本江御下着此節思召有
   之細川伊豆守様を御改有而長岡半左衛門
   忠清公と御改名其後又忠春公と被成御改
   候 光尚公不斜被遊御満悦被為御心
   附諸事御不自由ニ無之様ニと賓之礼

   を被為尽万端御馳走有之此節も先御
   逗留之思召故御母公真光院殿者御下り不
   被成候依之御道具等も都而京都江御残し
   被置常躰御入用之所迄ニ而御下被成候御
   兄弟御下り候得ハ西園寺家より段々御世話
   有之候
  
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