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参参参(41)その先にある無私

2023年12月27日 | 読書
 ほんのちょっとだけだが、落ち着いて本と過ごせた時間を持てたかな。
 ぼやっと読んでいるときは、いい風が吹いている。


『獣の夜』(森絵都  朝日新聞出版)

 著者の短編集はハズレがない、と思っていた。ただこの一冊は少しキレがわるいような印象だ。鮮やかさのような感覚はやはり年齢とともに、変貌していくのかな。共通しているのは「自由」への意志のように見える。それはおそらく今までもそうだったか。誰しもが何かに縛られている日常を何かを手がかりに解き放ちたいと潜在的に考えているはずで、共感はそこへ向かう。『ポコ』という3ページの掌編は掴みきれない。『あした天気に』は「テルテル坊主」をこの時代に登場させたセンスに驚く。やはりさすがだ。





『木を植えた人』(ジャン・ジオノ 原みち子・訳 こぐま社)

 「木を植えるような営み」といったとき、それは息の長い、遠い将来の結実を目指すことに喩えられているだろう。世の中には、そんな仕事や活動に取り組む人が時々メディアで取り上げられたりもする。むろん、注目されないまま、いやそこから避けるがごとく密やかに働き続ける人も多いのではないか。「利他」という語はもはや流行り言葉の域に入っている気もするが、ここで思い浮かぶのは「無私」である。木を植えた先にある風景を思い描いてはいるが、そこにけして自分の姿はない、ひたすらに思う心のみによって身体が動く…行為レベルの最高峰か。


『僕の人生には事件が起きない』(岩井勇気  新潮社)

 話題になったのは最近かと思いきや、もう4年も前だった。芸人本としてはこの逆説的なタイトル、そしてほとんどそのままの中味は、ある意味確かにユニークだ。そもそも多くの人に「事件」は起きない。その事実を事件らしく語るネタ主義蔓延批判は納得できる。ただそれを前提にエッセイ作品に仕上げるには、正直そこまでの筆力はない気がする。それを編集者が面白いと取り上げるのは、レギュラーバラエティで時折見せる自分自身への関心・興味の薄さなのかな…つまりこだわりなく話題転換、変換ができる軽さのような感覚…これは「無私」に近いかもしれない(しかし限りなく遠いようにも思う)。


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