二十歳台から、時折やってくる頭痛発作に悩まされていました。頭痛そのものも大概苦しいのですけど、全身症状が酷く、嘔吐、悪寒などが約丸一日続き、その間は何もできません。ひどい時はまる二日続いたこともあり、その間、食事はおろか、水さえ飲めません。私が声帯を痛めたのは、頭痛に伴う嘔吐の後遺症です。前触れなくやってくる頭痛にその度につらい思いをしたのですけど、なぜか数年前からひどい頭痛発作はなくなりました。
しばらく頭痛から開放されて喜んでいたのですけど、この間は胸痛が起こりました。全身症状は頭痛の時とまったく同じです。その時は、明け方に胸の痛みで目が覚めて、ちょっと焦りました。母は喫煙者で心筋梗塞一歩手前で治療しましたし、昔の知り合いの人は夜間の突然の胸痛が解離性大動脈瘤からの心タンポナーデで若くして突然死しました。その他にも原因不明で若くして突然死した知り合いや友人が数人います。
これはヤバいかもと思ったのですが、胸の痛みも非定型的だし、吐き気もひどいので、そのままうずくまっていることにして、ほぼ丸一日、ベッドの中で寝ていました。翌日ぐらいに胸痛も吐き気もなくなり、ようやく回復傾向となりました。それで、思いついたのが、遺書を書くことでした。というのは、一年に一度、万が一のために遺書を書いている人がいるという話をちょっと前に聞いたからです。私はなんとなく70台前半で死ぬのではないかな、と漠然とした感覚を持っているのですけど、何の根拠もありません。私の父も血管系の病気で発症してから1日で亡くなっていますし、親戚にもピンピンしていたのに末期がんが見つかって三ヶ月で亡くなった人もおります。つまり、人間、明日のことはわからないということです。
財産といえば引退後の積立と家ぐらい、うまく在職中に死亡できれば、それなりの金になるので、子供が独り立ちするまでは、大丈夫だろう、と思い、とりあえず資産のことを書きました。金目のものといえば、他にはありません。あとは、死んだ後の処置。火葬の時に焼き切れば骨の跡ものこらないぐらいにできるそうなので、葬式も墓も遺骨もなしにしてくれるように、その費用はわずかなヘソクリを当ててくれるようにと書きました。それで業務連絡はおしまいです。ま、理想の人生とはほど遠かったけれども、私よりもはるかに恵まれない人はもっと大勢いますから、自分は幸せな方だろうと思います。それから、家族に対する感謝の言葉というのが遺書につきものということで、何か書こうとおもいましたけど、結局、月並みなことしかかけませんでした。永遠の別れなのだから、悪い後味を残すようなことを書くわけにはいかないし、かといって、「元気があればなんでもできる、死ぬこと以外はかすり傷」みたいなハイテンションなのも違う(そもそも、死んでいく人からの別れの言葉ですしね)、そう思うと、ふと、亡くなった杉浦日向子さんの漫画の最後のシーンで船頭が「よーそろー(宜しく候)」といいながら一人船を漕ぎながら去っていくシーンが思い浮かびました。イメージ的にはぴったりでしたが、「宜しく候」では時代がかっていると思ったので、結局、もうちょっと近代的に「ごきげんよう」と結びました。
幸いなことに、まだ生きておりますし、遺書も今年分は書き終えたのでホッとしております。とりあえず、病院を受診することにはしました。しかし、人間、いつ死ぬかわからないというのは、私のような高感受性型人間には辛いです。深刻な病気になったときや死んだ時にどうするか、プランAから始まって、思考が止まらなくなるのですね。死んだ時は死んだとき、あとは野となれ山桜、と思える人は羨ましいです。
父は事業主で、借金をして設備投資したあとに、突然死に近い形で亡くなったので、母は、その後金銭的もいろいろ苦労しました。保険屋相手に裁判もすることになったし、その間の費用や生活や子供達の教育、大変なストレスだっただろうと思います。設備投資のために融資を受けた銀行は、金を貸すときには揉み手でにこにことしていたのに、父の死亡を聞いた後、一瞬にして態度が豹変し、さっさと家を売って借金を返せ、とヤクザのような態度で脅されたそうです。その後、別の銀行がから返済資金が工面できた時は、融資先の担当者に現金を叩きつけてやったと言っていました。現金の顔をみた瞬間、態度がまた変わったそうで、余計に腹がったったそうです。人間というのは結局そんなものなのです。それで、私は、基本的に借金をしないことを心がけてこれまで来ました。借金は人間の自由を縛るし、貧乏は心を削る、そういう世の中ですから。とは言いつつ、まだ多少の家と車のローンはあります。子供の学費も残っていますが、この辺はなんとかなると思っているので、これを機会にそろそろ、残りの人生、やりたいように生きて行こうかなあと思ったりしている次第です。
遺書を書くのは精神衛生にもいいと思います。ただ、死ぬ前に見つかってしまうと、いろいろトラブルのもとになるかも知れませんが。