青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

思い出を 屋島の山に 刻む道

2020年02月25日 17時00分00秒 | 高松琴平電気鉄道

(青空の沖松島@松島二丁目~沖松島間)

高松市内を流れる、御坊川という川のほとりを行く800形。速度としちゃあ25km/hくらいでしょうか、道路と住宅街に挟まれた急カーブを、車体を倒し車輪をキイキイ軋ませながらゆっくりと駆けて行くピンクの電車。志度線で運行されている列車は2両編成の場合と3両編成の場合がありますが、3両編成の場合、週末は「サイクルトレイン」として日中~夕方の時間だけは瓦町側の1両に自転車の持ち込みが許可されているそうです。

スッキリと晴れ渡った高松の冬の青空。志度線の沖松島から潟元にかけては、高松市街から瀬戸内海に流れ込む大小の河川が作るデルタ地帯を次々に渡って行きます。新川を渡る600形。昔は足元のスッキリ見えるガーター橋が連続していて志度線の名撮影地だったようですが、現在は橋が改修されておおよその橋がPCコンクリート橋になってしまいました。強靭性と耐久性は比べるべくもありませんが、撮る側からの意見としてはガーター橋のほうが、ねえ(笑)。

相引川のPC橋を渡って、屋島の山をバックに瓦町に向かう800形。3両編成は600形2連の瓦町側に800形1両を増結して組成していますが、15m半の車両2連では、さすがに平日の朝のラッシュ時などは客を捌き切れない部分もありそうですね。琴平線にも長尾線にもこの元名古屋市交OBは導入されていますけど、あくまで朝ラッシュの補助車的な扱いで、やっぱり主役を張るのはこの志度線ということになりましょうか。

高松市街に聳える屋島の最寄り駅として建つ琴電屋島の駅。大きな明かり取りの窓が付いた洋風の建物は、近代化遺産に認定されています。屋島の山頂付近には、四国八十八箇所霊場の第八十四番目の札所である屋島寺や、新屋島水族館などの名刹・レジャー施設が集まっており、山上の展望台(獅子の霊巌)からは瀬戸内海と高松の市街を一望の下に置く事が出来ます。駅は2面2線の相対式ホームと、その外側には電留線がありました。早朝深夜を除いて、志度線の電車はここで列車交換を行います。

東讃電気鉄道の屋島駅として開業した当時から、文字通り屋島観光の玄関口であった琴電屋島の駅。1960年代には山頂まで通ずる屋島ドライブウェイが開通してマイカーに客足を奪われたこと、そして近年は屋島観光自体が衰退したこともあって、今は周辺住民の通勤通学利用が中心のように思えます。それでも待合室のベンチに座って見上げれば、角の折り込まれたピンクの高天井に吊り下げられた小さなシャンデリア的な照明器具の洒脱な作りと、明かり取りの窓から差し込む柔らかい光が、昔日の賑わいの時を瞼に蘇らせてくれるようです。

琴電屋島の駅前から、眼前に聳える屋島を望む。おそらく観光地として栄えていた時代は、この駅前通りに土産物屋や飲食店などが並んでいたのではないかと思われますが、今はお遍路さん相手の小さな旅館の看板が目に付く以外はひっそりとしたもの。駅前には、屋島山上へのシャトルバス乗り場があって、日中1~2時間に1本の間隔で運行されています。2005年までは、この駅前通りをまっすぐ200mくらい行ったところに「屋島ケーブル(屋島登山鉄道)」の屋島登山口駅があって、山麓から屋島山頂の南のピークを結んでいました。屋島の山をよーく見ると、駅前通りの延長線上に植生の切れている部分が分かりますでしょうか。おそらく、屋島ケーブルはあそこを通っていたんでしょうね。

屋島ケーブル自体は既に廃止されて15年が経ちますが、事前の情報によると、まだ車両や設備はそのまま残されているらしい・・・という事で、屋島ケーブルの遺構を見学したく、山麓にあった屋島登山口駅の跡地へ向かってみることにします。

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