tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

壷阪寺の「祈り、天竺の調べ」、11月9日(土)と17日(日)開催!(2013Topic)

2013年11月04日 | お知らせ
高市郡高取町の壷阪寺で「祈り、天竺の調べ」という催しがある。「世界最大級 天竺渡来大観音石像 開眼30周年」を記念した行事である。通常の拝観料だけで入場できる(大人600円・17歳以下100円。普通車の駐車料金は500円)。パンフレットから概要を拾うと(PDFデータは、こちら)、


境内の写真は、お寺から送っていただいた

1.大観音石像大護摩供 11月9日(土)
11:30 壷阪寺住職 記念法話
13:30 大観音石像大護摩供(大峯山護持院櫻本坊・壷阪寺合同修法)

2.天竺音楽祭 11月17日(日)
11:00 壷阪寺住職法話
11:40 インド古典音楽・舞踊演奏会
13:30 インドわらべうたコンサート
11:00~15:00 インドカレーのふるまい(無料)



田中峰彦さん&りこさん(茨木麦音フェストのHPより拝借)

出演]
田中峰彦(インドの弦楽器「シタール」奏者)、田中りこ(インドの打楽器「タブラ」奏者)
柳田紀美子(インド舞踊「オリッシィ」演者)、まつぼっくり少年少女合唱団

田中ご夫妻と柳田さんのプロフィールは、こちらのHPに出ている。ワタクシ的には「インドカレーのふるまい」が、気になるところである。



現在お寺では、「秘宝三十三観音図公開」(12月1日まで)も実施中である。大護摩供にインド音楽祭、いずれもあまり接する機会のない貴重な催しである。インドカレーも、美味しそうだ。山上では、そろそろ紅葉も見頃を迎えそうである。皆さん、ぜひ壷阪寺にお参りください!

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龍田山・三室山を歩く(産経新聞「なら再発見」第52回)

2013年11月04日 | なら再発見(産経新聞)
まもなく紅葉シーズンが到来! というわけで、今回(11/2付)の産経新聞「なら再発見」のタイトルは「龍田山 西の守りと風神降臨の地」、執筆されたのはNPO法人「奈良まほろばソムリエの会」が誇るガイド名人・田原敏明さんである。以下、全文を紹介する。
※トップ写真は私が撮った龍田大社。以下は田原さんの撮影

 春の桜、秋の紅葉。移ろいゆく龍田(たつた)山の季節に、人の世の哀感を込めて多くの古歌が詠まれた。
 三郷町を流れる大和川北西の山並みを総称して龍田山と呼ぶ。龍田山から流れ落ちる滝水が合流したこの流域の大和川は、古くは龍田川と呼ばれていた。多くの官人や兵士が、古代には交通の難所だったという龍田山を越え、大和と難波を往来した。




 妹(いも)が紐(ひも) 解くと結びて龍田山 今こそ黄葉(もみち)はじめてありけれ(「万葉集」巻10-2211)
 古代には、愛しい人とお互いの紐を結び合い、次に会うときまでは、その紐を解かないように誓って旅立ったという。この「龍田越え」の旅は、別離と再会の岐路でもあった。
      *   *   *
 各地から紅葉の便りが届きはじめ、無性に龍田山を歩きたくなった。JR三郷駅前に、百人一首で有名な能因法師の「嵐ふく三室の山のもみぢ葉は たつ田の川の錦なりけり」の歌碑がある。


 
大和川から眺める龍田山

 まずは龍田大社に参拝する。社伝によると、崇神(すじん)天皇の世に疫病や凶作が続いた。朝日の日向かう所、夕日の日隠れる所にわが宮を創建すべし、との神託を受けて、天皇は神々の降臨を願って龍田山頂上を御座(ござが)峰とし、山裾の三室山に風を司(つかさど)る天御柱(あめのみはしら)(龍田彦)と国御柱(くにのみはしら)(龍田姫)の二神を祭ると五穀豊穣(ごこくほうじょう)となった。龍田大社の始まりだ。



風の神で知られる龍田大社=三郷町

 以来、風の神といえば龍田大社が真っ先に挙げられる。天武天皇4(675)年に始まったという風鎮大祭(ふうちんたいさい)は、今日まで連綿と続く神事だ。風神降臨の地・御座峰は、龍田山の高さ約320メートルの峰にある。
      *   *   *
 三郷駅へ戻り、大和川沿いを西へ数分歩くと「関地蔵」を安置する辻堂がある。堂内の地蔵は摩耗して面相をとどめていない。日本書紀は天武天皇8(679)年、龍田山に関を置くと記している。当地が西の守り「龍田の関」伝承地とされる。前方に龍田山を見て「いざ、越えんかな」とゆるんだ靴ひもを結び直した。
 三室山は龍田山の峰のひとつで、地図には高さ137メートルとある。山と呼ぶほどの高さではない。




 木々が色付き始めた坂道をゆっくり上がり、誰もいない三室山展望台で小休止。さらに急坂を登ると、大和川を見下ろす斜面に龍田大社創建の地を示す「龍田神社本宮趾」の碑がある。周辺には数個の自然石の磐座(いわくら)があった。旅人は道中の安全を風神に祈り、龍田山を越えていったのだろう。
 三室山の木陰道を抜け出ると、視界が開け、秋晴れの空がまぶしい。大和平野を望む風神降臨の地に「御座峰」碑はひっそりと建っていた。
 風雨の恵みに感謝し、自然の猛威を風神の怒りと恐れ、古代人は朝な夕なに龍田大社の風神に敬虔(けいけん)な祈りを奉げたことだろう。


御座峰登り口から眼下に見る三郷町

 眼下に広がる三郷町の街並みや大和川のパノラマの中に、龍田大社の森は確かな位置を占めている。大和と河内の分水嶺(ぶんすいれい)に立ち「朝日が向かい、夕日が隠れる」龍田山を実感した。
      *   *   *
 近年の日本では、集中豪雨や竜巻が頻発する。地球温暖化への風神の警鐘だろうか。
 汗ばんだ全身に秋の涼風を受けながら、はるか遠い古代人の素朴な日常と心情に思いをはせた。(NPO法人奈良まほろばソムリエの会 田原敏明)

「三郷町を流れる大和川北西の山並みを総称して龍田山と呼ぶ」「御座峰(ござがみね)は龍田山頂上」「三室山は龍田山の峰のひとつ」ということは、今回初めて知った。この辺りはなかなか聞く人もいなかったのである。しかも龍田大社創建の地(龍田神社本宮趾)は、三室山の上にあったのだ。斑鳩町龍田にも「龍田神社」があり、こちらは「竜田大明神を移し祀った」ということのようだ。こういう微妙なところが「奈良まほろばソムリエ検定」に出題されれば、受験者は大いに迷うことだろう。


この写真はWikipedia「奈良県立竜田公園」より拝借

「大和川は、古くは龍田川と呼ばれていた」ということなので、今の竜田川は古代の龍田川とは違うのであるが、川にかかる竜田大橋を中心としたエリアは「奈良県立竜田公園」として整備され、晩秋の紅葉と春の桜の名所となっている。これからの紅葉の季節には、ぜひお訪ねいただきたいと思う。

田原さん、興味深いお話を有難うございました!

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