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ホテル・旅館の現状と課題/観光地奈良の勝ち残り戦略(110)

2016年10月21日 | 観光地奈良の勝ち残り戦略
良い記事を読んだ。一般財団法人南都経済研究所が発行する「ナント経済月報」2016年10月号の特集記事「奈良県のホテル・旅館の現状と今後の課題」である。執筆されたのは上席主任研究員の橋本公秀(はしもと・きみひで)さん。10ページにおよぶ力作であるが、その勘所をピックアップして紹介する。少し長くなるが、ぜひ最後までお読みいただきたい。なお全文は、こちら(PDF)である。

Ⅰ.はじめに
(日本全体で見て)訪日外国人観光客数急増の受け皿は主にホテルが担っており、旅館は十分に取り込むことができていない。

Ⅱ.ホテル・旅館の概要
1.ホテル・旅館の特徴
ホテル・旅館は、人的なサービスが商品そのものであるため、顧客が電化製品などを購入する時に手にとって比較するようなことができず、イメージや情報だけで選択される“感性の産業”である。
3.ホテル・旅館を取り巻く環境
①ホテルの現状
和のテイストを取り入れた客室や宴会場が目に見えて増えた。レストランのコンセプトが見直され、従来からある単なる食べ放題ではなく、外国人にもわかりやすいスタイリッシュで洗練された施設が増えている。
②旅館(温泉地)の現状
大規模化することなく少なめの客室数で個人客を対象としている旅館では、心のこもったおもてなしを売りに業況が堅調に推移している施設が多い。
4.訪日外国人観光客の増加
2015年の訪日外国人観光客数は、前年比47.1%増と過去最大の伸び率で、前年の過去最高を更新する19,737千人となった。
国別では中国からの観光客が倍増し全体の約4分の1を占めた。




(図表7)奈良県延べ宿泊者数の推移(2011~2015年)

Ⅲ.奈良県のホテル・旅館の動向
1.奈良県のホテル・旅館の特徴
室数は全国で最下位である。これは文化財保護・風致保全等の面で立地上の制約が多いことも一因である。2015年1月~12月調査による奈良県宿泊統計調査によると、奈良県内の延べ宿泊者数は約277万人で、対前年比約15万6千人、6.0%増となった(図表7)。
特に6月~8月は「奈良県宿泊者限定キャッシュバックキャンペーン(以下、キャッシュバックキャンペーン)」や「全国高等学校総合体育大会(以下、高校総体)」の開催地の一つであったことから対前年同期間と比較し124千人(16.3%)の増加となった。



(図表8)ホテル・旅館の客室稼働率(2015年)。青がホテル、赤が旅館

2.奈良県の外国人延べ宿泊者数の動向
奈良県の外国人延べ宿泊者数は、年間28万人泊で全国25位。近畿では一番少ないが、2015年訪日外国人消費動向調査(観光庁)によると、海外からの訪問率ランキングでは、近畿で兵庫県に次いで4位、全国で12位と上位に位置する。これは宿泊を伴わない訪問が多いことを物語っている。

Ⅳ.奈良県のホテル・旅館
1.「洞川温泉・名水の里 旅館 紀の国屋甚八」~創業300年を誇る老舗旅館~
 7代目 紀埜弘道氏 住所:奈良県吉野郡天川村大字洞川222-1 TEL:0747-64-0309
昭和レトロな街並みや参道を挟むように広がる小さな街は、まるで映画「千と千尋の神隠し」の世界に居るような雰囲気を漂わせている。
洞川温泉の中心部に位置する「旅館 紀の国屋甚八」は、創業300年を誇る老舗旅館である。貸し切りOKの日本庭園に面した露天風呂は、風を感じ日常の喧噪を忘れさせてくれる。
洞川温泉は、修験道の行者の到着や出発、食事の用意等の不規則な時間に付き合ってきた伝統があり「おもてなしの心」を第一にする意識はかなり高く、ネットのクチコミ欄での評価も好評である。お客様が一番大切であることが徹底されている同温泉街。これからも昭和レトロな時代への時間旅行を楽しませてくれるであろう。

2.「吉野山温泉 湯元 宝の家」~吉野山の大自然を庭園に持つ温泉旅館~
 女将 森下満寿美氏 住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山中千本公園 TEL:0746-32-5121
森下圭太郎専務は「宿泊客は中高年の方が多く、春は東京を中心に関東方面から、1年を通じては名古屋などの中京圏や大阪からの宿泊客が多い」という。
吉野はこのような長い歴史と山深い自然の観光資源に恵まれ、これまで多くの文人墨客が訪れ吉野の素晴らしさを讃えてきた。しかし残念なことに近年の来訪者数は年々減少傾向にあり、吉野山温泉街においては人口減少や少子高齢化、過疎化が進行し、著しく活力が低下しているという。
吉野山の旅館では数少ない温泉を持つ同旅館は、インド医学をベースとした美容・健康マッサージである「アーユルヴェータ」のサービスを実施している。最近は「アーユルヴェータ」を求めて宿泊される方も増えているそうだ。

3.「旅館 松前」~宿はお客様が築いてくださる~
女将 柳井尚美氏 住所:奈良市東寺林町28-1 TEL:0742-22-3686
フランス大使館のスタッフが泊まったことをきっかけにフランス人宿泊客が増えたのをはじめ、口コミで訪れる外国人の個人客が次第に増加。今では、宿泊客の8割が外国人で、そのほとんどが欧米の方、残り2割の日本人もほとんどが常連客であるという。
柳井さんは「奈良の街づくり関しては、行政の方たちはいろんな事に取組んで下さっており感謝しています。ただ、最近はコンビニエンスストアや駐車場が多くなって、日本の景色はどこも同じようになってきています。奈良らしさを失わない伝統・文化を大切にした開発も進めていただければ」と希望する。
「新しいものを作ることも大事だと思いますが、今、奈良にしかないものを磨き上げることも大切だと思います。これからもスローライフな奈良でしかできないことを、じっくり時間をかけて続けていきたい」と語る。

4.「株式会社 奈良ホテル」~古都奈良のシンボル的なホテル~
代表取締役社長 五十嵐晃氏 住所:奈良市高畑町1096 TEL:0742-26-3300
奈良県の観光振興施策の一つであるMICE(法人需要への対応)や大規模な宴会など多彩な用途に対応するため、平成28年4月に同ホテル最大の宴会場「大和の間」をリニューアルオープンした。
新館4階の日本料理「花菊」を地上階に移転し、そのスペースを隣接する「大和の間」の一部として拡張したことにより、パーティーの正賓での最大利用人数は240名、国際会議のブッフェやシアター形式等では最大400名を収容できる規模となった。
円安や世界的な日本食ブームを受けてインバウンドが増加する中、同ホテルは海外富裕層を中心とした外国人に対するブランドイメージ向上にも余念がない。

Ⅴ.奈良県のホテル・旅館の課題
1.情報発信力の強化・改善
異文化体験を地方都市に求める傾向が色濃くなりつつある訪日外国人観光客にとって、これからは県外ではなく奈良県内の多彩なホテル・旅館への宿泊そのものが訪日目的になる可能性もある。

2.一層求められる国際感覚と従業員の育成
訪日外国人観光客に対し奈良の文化や伝統芸能をいかに伝え楽しんでもらえるかがキーポイントとなることから、ホテル・旅館でもこれまで以上にに語学力が必要になる。 
さらに訪日外国人観光客の受入環境の整備はもとより、顧客対応など適切に対応できる従業員の育成が急務である。また訪日外国人観光客が安心して旅行を楽しめるように病気やケガに対し、緊急で対応できる医療機関の整備も地域・自治体に求められる。

3.繁閑の差が顕著である旅館
宿泊業の中でも旅館は、人手をかけた丁寧な接客サービスを売りにする業態であること、需要が夏に集中することの裏返しとして長期にわたる閑散期が存在すること等、構造的に生産性が低くなりやすい。今後はバックオフィスなど接客に直接かかわらない部門を中心にICT化等により生産性を高める取組みも必要である。

4.ユニバーサルデザインを意識した観光地づくり
高齢者が人口の多数を占め、高齢者の旅行市場の活性化が大きな課題となることから、ユニバーサルデザインの導入を意識した観光地づくりを進めることが観光客の増加につながるであろう。

5.その他(女性向けサービスの拡充等)
女性だけの旅行グループや女性の一人旅を快適にする環境づくり、また癒し空間の演出などホテル・旅館独自の女性向けサービスの提供が望まれる。また宿泊サービスに加え、日帰りサービスの拡充などサービスの多様化が望まれる。

Ⅵ.むすび
奈良県の豊富な観光資源を県民が誇りを持って磨き上げ、その価値を日本人、外国人に分かりやすく伝える必要がある。
 「奈良には多くの伝統文化や伝統産業があるのに、もうちょっとうまくPRすれば…」と他府県の方々が口にするのをよく耳にする。

“観光地奈良”の現状を見ると、世界遺産の保存の努力は続けているが、観光資源として磨き上げる努力やその価値を分かりやすく伝えていく努力がやや不足気味である。貴重な世界遺産を保存するだけでなく、観光資源として活用していく取組みを加速する必要がある。

奈良県民が奈良の歴史と伝統に誇りを持つことができるよう、小・中学校教育で奈良の歴史や文化を学ぶ時間を持つことは重要である。さらに観光資源である名所・旧跡を広めるためには、観光客に奈良の歴史や文化を理解しやすい表現でPRすること、また外国人に対応できるよう多言語表記を進めていく必要がある。


いかがだろう?県下のホテル・旅館の客室稼働率(2015年)がこれほど高かったとは、知らなかった。前年比で16.3%も増加していたとは。「キャッシュバックキャンペーン」と「高校総体」の威力はすごい。グラフによるとホテルの客室稼働率は58.9~90.7%、旅館でも23.7~55.5%と、潤っていたのだ。まぁこれには「大阪・京都で泊まれなかったお客が奈良に流れた」という側面もあるだろうが。

数々の分析や提言が出ていて、とても有意義なレポートだった。なお「ナント経済月報」には、他にも観光に関するいい記事が出ていた。1つは「研究員の視点」で、執筆者は島田清彦さん(事務局長・主席研究員)、タイトルは「インバウンドの急増をミニバブルに終わらせないために」。全文はこちらだが、勘所を抜粋すると、



(2015年)宿泊者数46位の奈良県の外国人延べ宿泊者数は26万人(国籍別:中国49%)で前年比78%増と、滋賀県106.8%に次ぎ関西で2位の増加率。(中略)但し、2012年比でみると、滋賀県3.2倍、和歌山2.7倍、兵庫県2.4倍等が大きく伸びている中、奈良県は1.5倍(147.9%)と伸び悩んでいる。

また、関西の外国人延べ宿泊者数は1,592万人で全国の24.3%を占めているが、奈良県のシェアは全国の0.4%、関西の1.6%に留まり、外国人宿泊者にとって奈良県の存在感はやや薄いと言える。

訪日外国人の訪問地での宿泊率をみると、100%超の府県がある中、奈良県は25%と関西で最も低い(県外宿泊による日帰り観光が主流)。2018年末頃迄に大阪市内の客室数は1.2倍に増える見込みであり、大阪から溢れて流入してくる外国人宿泊者の勢いは、いずれ弱まると懸念される。

ミニバブルに甘んじることなく、奈良の魅力発信・創造、外国人宿泊者の国籍の多様化、リピーターの増加、SNS等を活用した情報発信の強化等により県内宿泊を希望する訪日外国人を増やす地道な努力を行うとともに、日本人宿泊者の増大にも目を向けていく必要がある。


もう1つは「ならやま雀」。ここは研究員などが交代で自由に書くコラムだ。月により人により出来不出来の差が激しいが、今回は上出来。執筆者は吉村謙一さん(副主任研究員)、タイトルは「データに基づくインバウンド対応の重要性」。エクスペディア(世界最大のオンライン旅行会社)のマイケル・ダイクス社長の話だ。全文はこちらだが、抜粋すると、

これまで日本の旅館やホテルは短期滞在を前提としたビジネスを展開してきたが、長期滞在が旅のスタイルであるインバウンド(訪日外国人)とのミスマッチが生じている。

今国内では日本人宿泊者のニーズが圧倒的に土曜日に集中することで土曜日の在庫(空室)不足が常態化しているが、それにより土日を挟む長期連泊が困難になるため、インバウンドが他の宿泊施設に流れてしまい、平日の稼働率向上の機会をみすみす逃している。

在庫戦略を再考し、インバウンドの連泊用に土曜日の在庫を直前まで一定量確保しておくことによって、ウイークデーの稼働率を高めることができるというのがダイクス氏の主張である。実際エクスペディア社では、同社と契約している国内の宿泊施設に対して、同社のデータを基に、土曜日の在庫を直前までインバウンド連泊用に確保する実験を提案しているとのこと。


うーん、これも目からウロコの話だ。確かに虫食いのように土日ばかりを先に埋めては、連泊する人があとから予約しようとすると、土日だけ別の施設を探さなければならない。過去のデータを分析し、そのような取りこぼしが起きないよう備えておくことは大切なことだ。

「ナント経済月報」2016年10月号は、とてもためになる話のオンパレードだった。南都経済研究所の皆さん、これからも力作をお願いします!

コメント (3)
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