11/16(水)、
ホテルのせ川(吉野郡野迫川村北今西426)に泊めていただいた。予約を入れる前、知人のJさん(吉野郡在住)に「名物女将やおばさんのいる、おススメの宿はありませんか?」とメールで問い合わせたところ、「ホテルのせ川には、Tさんという美人の副支配人格のおねえさまがいます」というご返事をいただいた。おばさんでなく、「美人のおねえさま」でも一向に支障はない。即刻電話で予約を入れた。
ここは村が運営する
「公共の宿」である。パンフレットには《「ホテルのせ川」 変化に富んだ四季のうつろい、美しい自然のふるさと、川原樋(かわらび)川の渓流と伯母子岳(おばこだけ)のふところにいだかれた素晴らしい環境の中にある本格的リゾートホテルです。山峡の静かなたたずまい「ホテルのせ川」で、あなただけの癒しをご満喫ください》とあった。
予約の電話に出られたのは、男性の支配人さんであった。「食事はどうされますか。醤油ダシに、カモ、猪(シシ)、雉(キジ)の三種類のお肉を盛り込んだ、当館オリジナルの鴨猪雉(カシキ)鍋が好評ですが…」とおっしゃる。雉の肉は初めてなので、この鍋をオーダーした。
地図を見るとホテルのせ川は、尾根筋を走る高野龍神スカイライン「鶴姫」交差点から9kmほど、急坂を谷底に向かって降りる(現在、北股地区を経由する道路は通行できないのでご注意を)。川原樋川沿いのキャンプ場も、目の前だ。私は運転技術に自信がないので、明るいうちに到着しなければ…(村の簡単な地図は
こちらと
こちら)。
ホテルのせ川には無事、午後4時前に到着した。期待どおり、「ロビー係」の名札をつけた、Tさんという美人のおねえさまにお出迎えいただいた。奈良に帰ってから分かったのだが、彼女は私のFacebook友達で
「お山の大将奮闘記」という楽しいブログを書いておられるT氏の奥様だった! 吉野郡は広いが、奈良県は狭いのだ。
同ブログによると、T氏こと《お山の大将は、吉野の山奥で、林業やってます。お山の仕事や生活や自然や風習や文化や、なんやかんや、日記に出来たら、ええねんけど》という方である。奥様の写真も随所に出ていたのに、気がつかなかったのである、失礼しました!

支配人さんとTさん
部屋は、川原樋川に面した静かな部屋だ。早速、内湯(野迫川温泉)にくり出した。《泉質は単純硫黄泉でリュウマチや糖尿病、婦人病などに効果があります。また、日帰り温泉としてもご利用ください》(パンフレット)とある。無色透明で無味無臭、硫黄臭はほとんどなく、あっさりとした温泉だったが、ぽかぽかと体が温まった。

写真は、ホテルのHPより拝借(下の写真とも)
食事までの間、ロビーや売店をウロウロしていると、スロバキア共和国の国旗や物産が目に入った。Tさんによると野迫川村は、スロバキア共和国のヴィソケータトリ市と姉妹都市提携を結んでいるのだそうだ(スロバキア共和国は、1993年にチェコスロバキア共和国から分離独立した、念のため)。その経緯が面白い。
「スロバキアとの国際交流」(村のHP)によると《野迫川村とスロバキア共和国との交流はさりげないことからはじまりました。1997年夏、野迫川村のホームページで紹介されていた郷土料理に当時のスロバキア共和国駐日大使夫人のイエラ・ライチャコバさんが興味を持たれたのです》《その後、大使夫妻を野迫川村に招いたり、長野オリンピックで村長らがスロバキアチームを応援するなどして交流を深めていきました》。

野迫川村の特産品、そうめん(細麺)と太そうめん(太麺)

ほとんどの土産物は、村外産だった
そしてついに2003年、村とスロバキア共和国ヴィソケータトリ市は、姉妹都市提携を結んだ。《多くの方々のご協力のもと、今日までの交流を礎としてこの調印により、ビソケ・タトリ市と野迫川村に1本の大切な橋がかかります。この大切な関係を太く、しっかりとしたものにするために、私たちはお互いの文化を理解し合い、ともに多くの歩みを重ね、前進していくことが必要だと思っています。今後も、この交流事業に全力を注いで、両市・村民の幸せのため様々な活動をして参りますので、よろしくお願いします》。
大使夫人が興味を持った野迫川村の郷土料理とは、決して凝った料理ではない。ジャガイモから小さな芋だけを選び、2日間かけてトロトロと塩ゆでした「パチ芋」である。お粥のおかずに食べるのだそうだ。野迫川村郷土料理研究会編『のせ川の郷土料理』というレシピ集によると、
パチ芋 材料(5人分)じゃがいも1kg 塩70g
1.小さな芋を選んで、きれいに洗い、鍋に芋と塩を入れ、たっぷりの水を注いでたく。
2.みずけ(水気)がなくなる寸前で火を止め、ざるにあける。
※野川(野迫川村北部)では、野川芋という赤芋を使う。味が濃く、とても美味しい。
【ワンポイント】塩が貴重だった昔は、漬け物の汁で炊いたそうだ。固くなり、芋の中に空洞ができて、口の中に入れると、パチッと音がするところからきたという。昔は、おやつとして食べられた。おかいさん(おかゆ)と食べるとおいしい。最近では、健康のため、塩を薄くして食べる。
うーん、これは素朴で美味しそうな一品だ。しかし、あくまで
村の郷土料理(家庭料理)であり、ホテルや食堂の一皿として提供されているものではないので、食べることはできない。なお「野川芋」(表皮の赤いジャガイモ)は、三浦雅之さん(清澄の里 粟)の
「大和伝統野菜物語」のトップに紹介されている。《ここで紹介する奈良県のジャガイモは「野川芋(のがわいも)」という品種です》《この地で継承されてきた野川芋は美しい桜色の外皮に、しっかりとした食感が特徴です。この芋は塩や漬物の汁とたっぷりの水とともに芋を炊き上げる「パチ芋」と呼ばれる地元の調理法で利用されてきました》。
午後6時過ぎ、旧知の松原佳史さん(野迫川村職員)が訪ねて来てくださり、食事をともにした。『のせ川の郷土料理』も、松原さんにいただいた本である。松原さんによると、ここは、かつてNTTが電話交換機(自動交換機)の設備を置く施設を建てるためにボーリングを行った際、偶然湧出した温泉なのだそうである。泉質が良いので宿泊施設を建てることとし、しかも賓客にも対応できるよう、現在のような立派なホテルにしたということだ。

これで、鴨猪雉鍋の1人前である
「野迫川村を、奥高野(おくこうや)観光の拠点にしよう」という案で、松原さんと私の意見は一致した。初日は高野山参詣、宿泊は野迫川村。翌日は野迫川村内と龍神村観光。余裕があれば野迫川村でもう一泊して翌日は大塔町(五條市)方面へ。高野龍神国定公園の自然、スカイラインからの眺望、古くからの歴史、温泉、精進料理・山菜料理などを堪能するのである。
野迫川村の宿泊施設(約10か所)は、観光ピークでも予約が取りやすい。しかも平成27年(2015年)には、高野山開創1200年を迎えるのである。

野迫川名物・松茸をご飯に炊き込む
『のせ川の郷土料理』にはパチ芋だけではなく、独活(ウド)の木の芽和え・虎杖(イタドリ)ご飯[春]、芋餅・タコナ(ミョウガ)ご飯[夏]、焼き松茸・ムカゴご飯[秋]、猪の内臓の甘露煮・だんご汁[冬]など、季節に応じた垂涎の「ふるさと料理」のレシピが50種類以上も登場する。野迫川観光に、これら郷土料理の魅力が加われば、鬼に金棒である。

さっきまで水槽で泳いでいたアマゴを、塩焼きにしてあつあつでいただいた。
これは絶品である。これまでいただいたうちで、最も美味しいアマゴだった!
そのためには、もっとPRに力を入れなければならない。実際に野迫川村を訪れてみると、さまざまな観光パンフレットが手に入るのだが、旅行前にインターネットで検索しても、ほとんど情報は得られない。旅行ガイド本も都道府県別に編集されるので、県境をまたぐこの辺りの情報は手薄である。これだけ豊富な観光資源がありながら、このままにしておくのはもったいない。

鴨猪雉鍋は、醤油ダシでいただく。ほの甘くて美味しい

締めに村の特産・太そうめんを煮込む。伸びにくいので具合がいい
車のためノンアルコールビールを飲まれる松原さんを尻目に、私はホテル直輸入のスロバキアワインをグラスでいただいた。私には白より赤が口に合った。名物「鴨猪雉鍋」にも、よくマッチする。どちらもVINO NITRA(ニトラワイン)とあり、あとで調べるとヴィソケータトリ市ではなく、ニトラ市(スロバキア南西部ニトリアンスカ地域)のワインだった。

売店でニトラ(スロバキア)ワインは1本1,500円、やたがらす(純米樽酒)は1本1,800円だった
その夜、遅くまで歓談したあと、松原さんは橋本市のご自宅に戻られた。私はせせらぎの聞こえる部屋で熟睡したが、朝早く「ウォーン」とも「ヒヒーン」ともいう獣の鳴き声で目を覚ました。野獣の鳴き声が目覚ましになるとは、なんとも風流な宿である。鹿やカモシカがよく出没するとのことだったが、あとでネットで調べてみると、これはタヌキの鳴き声であった。タヌキまでが、宿泊客を歓迎してくれているのだ!

これは朝食、あとで味噌汁が運ばれてきた。アマゴの干物が滅法うまい
公共の宿というと「料金は安いが、設備やサービスがいま1つ」というイメージがあるが、ホテルのせ川は違っていた。1泊2食が12,000円程度という低料金ながら、設備もおもてなしも素晴らしいのである。「楽天トラベル」の
「クチコミ・お客さまの声」には17件のクチコミが寄せられ、評点は4.18点(5点満点)と、評価が高い。ホテル側も、丁寧に回答(コメント)されている。例えば8/16に泊まられたhmaepinさん(50代/男性)は、
《兵庫県から車で、高野山に立ち寄りながら行きました。道中、山道で大変でしたが、ホテルは川沿いの閑静な場所にあり、夏の暑さを感じない、エアコン無しでも過ごせる涼しさでした。食事がおいしく、ボリュームも有り、食べきれないほどでした。特にアマゴの刺身、塩焼き、一夜干しの開きは絶品でした。その場で炊く釜飯もおいしく頂きました。牛肉のステーキも肉質は良かったのですが、タレが焼肉のタレの様で、個人的には塩コショウに山葵で頂きたかったです。山葵は村の特産品のようですし工夫していただきたいと思います。従業員の対応も親切で良かったです。全体的にリーズナブルな印象を持ちました》。
これに対するホテル側のコメントは《ホテルのせ川をご利用いただき誠にありがとうございました。ここ野迫川村は、大阪市内と比較すると大体マイナス10度の気温といわれてます。一般の家庭にはエアコンがないくらいなんです。名物のアマゴ料理もご堪能いただけたようで何よりです。仰っていただいてますように、沢わさびは、奈良県内では野迫川だけの特産です。ご提案くださいましたステーキを山葵で召し上がっていただく…美味しそうですね。是非、板長に相談させていただきますね。これから野迫川は山全体が燃えているかのような紅葉と地元松茸の季節です。また機会がございましたら、野迫川村そしてホテルのせ川にどうぞお越しくださいますようお願いいたします。フロントスタッフ》と、丁重なものである。この文章から、ホテルのもてなしを推しはかることができるだろう。皆さん、ぜひお訪ねください!
支配人さん、Tさん、ご厄介をおかけいたしました。お料理も美味しかったです。野迫川村も貴ホテルも、
高野山からこんなに近いとは存じませんでした。高野山麓に生まれ育ちながら、今までお訪ねしなかった不明を恥じています。これからもせいぜい利用させていただきます。有難うございました!