tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

奈良まほろばソムリエ検定(奈良検定)の締切近づく!(2011Topic)

2011年11月25日 | お知らせ
まもなく、奈良検定(第6回 奈良まほろばソムリエ検定試験)申し込みの締切日である。インターネットと郵送の2つの方法がある。申し込み期間はいずれも2011年(平成23年)11月1日(火)~11月30日(水)であるが、郵送の場合は専用の申込書を使い、受験料は必ず11月28日(月)までに振込みを完了しなければいけないし、しかも申込書は12月1日(木)必着(「振込受付証明書」を同封しなければならない)なので、注意が必要である(公式HPはこちら)。
※トップ写真は、奈良市役所職員有志による「自主研修グループ」での私の講話(参加者=約30人 11/21実施)。演題は「『観光を考えるヒント』は奈良検定にあり!」

奈良商工会議所公認 チャレンジ奈良検定 出題全問+必勝整理ノート 2011年第5回対策
毎日新聞奈良支局
毎日新聞奈良支局

奈良検定の2級と1級は、前回(第5回)から合格率が大幅に上昇した。2級の合格率は65%、1級は78%と、ほぼ2倍になったのである。その理由は簡単で、前回から、過去に出題された問題がたくさん出題されるようになったのである。2級は過去問から5割、1級も過去問から2~3割出題される。なお2級の問題はテキストから9割以上、1級はテキストから7割以上出題される。

だから対策としては、問題集(毎日新聞奈良支局編 第4回までの問題と解答が出ている)と、公式HP(第5回の問題と解答が出ている)をシッカリやることと、テキストをちゃんと読むこととなる。なお2級受験者は、私の「ズバリ!奈良検定2級の要点整理」を読めば良いだろう(テキストは辞書的に使用)。

卵を割らなければ、オムレツは作れない。申し込まなければ、合格はできない。奈良検定の勉強は、奈良を知ること、奈良の良さを理解すること、ひいては奈良を愛することにつながるのである。皆さん、奈良検定を受験しましょう!
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山口水産de旬の魚を食べつくす会(3)トロ&カニ

2011年11月24日 | グルメガイド
「海鮮居酒屋 山口水産」(もちいどのセンター街スーパーOKest2階)のファンで作る「YSファンクラブ」では10/14(金)、当初メンバー(パートⅠ)による食事会を開催した。「パートⅠ」としては7/22(金)に続いて2回目、「パートⅡ」(追加メンバー)として開催した8/26(金)を加えると、通算で3回目のイベントとなる。

今回のテーマは、トロとカニである。鮪のトロはともかく「何で10月にカニ?」と疑問に思われるだろうが、山口社長によると、カニは夏場にアメリカやカナダ沖でたくさん獲れるのだそうだ。だから今回は日本海のカニの解禁日前に、初物のカニをいただくことができたのである。


焼きガニ。うっかり撮るのを忘れたので、おぜんさんのブログから拝借

第3回は10月に開催されたのに、すっかり紹介が遅くなってしまったが、10/14に初参加されたおぜんさんが、ご自身のブログに「山口水産でお魚の会」のタイトルで要領よく紹介されている。さすが、料理研究家である。こちらから引用させていただくことにする。《もちいどの商店街のスーパー上の山口水産さんで「お魚の会」があり、参加してきました。この会は奈良ブログ「日々ほぼ好日」で有名なtetsudaさん主宰です。なんでも、かなりの人気で順番待ちらしいです。今月のテーマはカニ。毎回テーマ食材があり、その食材を使ったお料理が、色々出るそうです。もちろん、それだけではなく、その他の旬のお魚も楽しませていただけます》。



《先ず、お造り盛り合わせ。鰹、甘エビ、剣先イカ、サーモン。切り身も豪快! 鰹とサーモンはワサビではなくからしでいただくとすごく美味しい。前回出席された方のお薦めで「鰹はからし」だそうなんです。早速、試してみると、ホント、美味。鰹にこんなにからしが合うなんて…驚きの味でした。脂と相性がいいのかなぁ…と思い、サーモンでも試してみました。やっぱり!美味。お魚独特の脂の生臭さがからしで緩和され、お魚の美味しさだけ感じることが出来るみたい。これから、家でもこの法則にしたがってみよう!》。

カツオ(今の時期は戻りガツオ)の刺身に、「からし醤油」が合うことは、前回にもお伝えしたが、サーモンにも合うことは新発見だった。魚の脂と相性が良く、生臭さも緩和される、という理屈のようだ。すると青背の魚の刺身でもイケそうである。読者の皆さん、いちどお試しになり、感想を知らせてください!


トロの刺身が出ると、歓声が上がった(トップ写真とも)

《トロのお造り 大きな切り身で、一切れで堪能してしまいました…》。立派なトロを大胆にも超厚切りにしてあった。これはすごい。確かにひと切れでも満足する。ま、しかし計算すると1人3切れの分量があったので、有り難く3切れいただいた。ふぅ~、やっぱり美味しい!



頃合いを見て、サラダが運ばれてきた。新鮮プリプリのエビマヨがたくさん載っている。これは山口社長お気に入りの一品で、私もよくいただく。野菜が多いので、お腹を落ち着けるのに、ちょうどいい。お酒のピッチも上がってきた。


いよいよカニすきが登場。焼きガニはタラバだったが、こちらはズワイガニ

次に焼きタラバがでてきたあと、カニすきの鍋がデンと運ばれてきた。すごいボリュームである。こちらはズワイガニだ。こんなにたっぷりいただいて、良いのだろうか。ここからはカニクリームコロッケ、カニ寿司と、カニのオンパレードである。



《どのお料理も、ボリューム満点。家庭的なお店です。ランチの定食も600円でお魚一杯のボリュームランチがいただけるそうです。お魚をお腹一杯、心置きなくいただけるお店です。山口水産さんは鹿児島のご出身。海のない奈良で、美味しいお魚を気軽に皆さんに楽しんでもらいたいと、日夜頑張っておられます。そのお気持ちがうれしいですね》。



山口水産の日替わりランチ(600円)も当ブログで紹介している(時々、写真を差し替えている)とおり、新鮮でボリュームたっぷりの素晴らしいものである。社長は常々「この店はアンテナショップですので、儲けようとは思っていません。美味しいものは、お腹いっぱい食べてください」とおっしゃっている。これは有り難いことである。

海のない奈良で、こんなに美味しい魚介類が満喫できる山口水産は、間違いなくおススメである。皆さん、ぜひ山口水産をお訪ねください!
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野迫川村のホテルのせ川は、タヌキも迎える温泉宿 

2011年11月23日 | 奈良にこだわる
11/16(水)、ホテルのせ川(吉野郡野迫川村北今西426)に泊めていただいた。予約を入れる前、知人のJさん(吉野郡在住)に「名物女将やおばさんのいる、おススメの宿はありませんか?」とメールで問い合わせたところ、「ホテルのせ川には、Tさんという美人の副支配人格のおねえさまがいます」というご返事をいただいた。おばさんでなく、「美人のおねえさま」でも一向に支障はない。即刻電話で予約を入れた。





ここは村が運営する「公共の宿」である。パンフレットには《「ホテルのせ川」 変化に富んだ四季のうつろい、美しい自然のふるさと、川原樋(かわらび)川の渓流と伯母子岳(おばこだけ)のふところにいだかれた素晴らしい環境の中にある本格的リゾートホテルです。山峡の静かなたたずまい「ホテルのせ川」で、あなただけの癒しをご満喫ください》とあった。





予約の電話に出られたのは、男性の支配人さんであった。「食事はどうされますか。醤油ダシに、カモ、猪(シシ)、雉(キジ)の三種類のお肉を盛り込んだ、当館オリジナルの鴨猪雉(カシキ)鍋が好評ですが…」とおっしゃる。雉の肉は初めてなので、この鍋をオーダーした。地図を見るとホテルのせ川は、尾根筋を走る高野龍神スカイライン「鶴姫」交差点から9kmほど、急坂を谷底に向かって降りる(現在、北股地区を経由する道路は通行できないのでご注意を)。川原樋川沿いのキャンプ場も、目の前だ。私は運転技術に自信がないので、明るいうちに到着しなければ…(村の簡単な地図はこちらこちら)。



ホテルのせ川には無事、午後4時前に到着した。期待どおり、「ロビー係」の名札をつけた、Tさんという美人のおねえさまにお出迎えいただいた。奈良に帰ってから分かったのだが、彼女は私のFacebook友達で「お山の大将奮闘記」という楽しいブログを書いておられるT氏の奥様だった! 吉野郡は広いが、奈良県は狭いのだ。同ブログによると、T氏こと《お山の大将は、吉野の山奥で、林業やってます。お山の仕事や生活や自然や風習や文化や、なんやかんや、日記に出来たら、ええねんけど》という方である。奥様の写真も随所に出ていたのに、気がつかなかったのである、失礼しました!


支配人さんとTさん



部屋は、川原樋川に面した静かな部屋だ。早速、内湯(野迫川温泉)にくり出した。《泉質は単純硫黄泉でリュウマチや糖尿病、婦人病などに効果があります。また、日帰り温泉としてもご利用ください》(パンフレット)とある。無色透明で無味無臭、硫黄臭はほとんどなく、あっさりとした温泉だったが、ぽかぽかと体が温まった。


写真は、ホテルのHPより拝借(下の写真とも)



食事までの間、ロビーや売店をウロウロしていると、スロバキア共和国の国旗や物産が目に入った。Tさんによると野迫川村は、スロバキア共和国のヴィソケータトリ市と姉妹都市提携を結んでいるのだそうだ(スロバキア共和国は、1993年にチェコスロバキア共和国から分離独立した、念のため)。その経緯が面白い。「スロバキアとの国際交流」(村のHP)によると《野迫川村とスロバキア共和国との交流はさりげないことからはじまりました。1997年夏、野迫川村のホームページで紹介されていた郷土料理に当時のスロバキア共和国駐日大使夫人のイエラ・ライチャコバさんが興味を持たれたのです》《その後、大使夫妻を野迫川村に招いたり、長野オリンピックで村長らがスロバキアチームを応援するなどして交流を深めていきました》。


野迫川村の特産品、そうめん(細麺)と太そうめん(太麺)


ほとんどの土産物は、村外産だった

そしてついに2003年、村とスロバキア共和国ヴィソケータトリ市は、姉妹都市提携を結んだ。《多くの方々のご協力のもと、今日までの交流を礎としてこの調印により、ビソケ・タトリ市と野迫川村に1本の大切な橋がかかります。この大切な関係を太く、しっかりとしたものにするために、私たちはお互いの文化を理解し合い、ともに多くの歩みを重ね、前進していくことが必要だと思っています。今後も、この交流事業に全力を注いで、両市・村民の幸せのため様々な活動をして参りますので、よろしくお願いします》。



大使夫人が興味を持った野迫川村の郷土料理とは、決して凝った料理ではない。ジャガイモから小さな芋だけを選び、2日間かけてトロトロと塩ゆでした「パチ芋」である。お粥のおかずに食べるのだそうだ。野迫川村郷土料理研究会編『のせ川の郷土料理』というレシピ集によると、

パチ芋 材料(5人分)じゃがいも1kg 塩70g

1.小さな芋を選んで、きれいに洗い、鍋に芋と塩を入れ、たっぷりの水を注いでたく。
2.みずけ(水気)がなくなる寸前で火を止め、ざるにあける。
※野川(野迫川村北部)では、野川芋という赤芋を使う。味が濃く、とても美味しい。

【ワンポイント】塩が貴重だった昔は、漬け物の汁で炊いたそうだ。固くなり、芋の中に空洞ができて、口の中に入れると、パチッと音がするところからきたという。昔は、おやつとして食べられた。おかいさん(おかゆ)と食べるとおいしい。最近では、健康のため、塩を薄くして食べる。




うーん、これは素朴で美味しそうな一品だ。しかし、あくまで村の郷土料理(家庭料理)であり、ホテルや食堂の一皿として提供されているものではないので、食べることはできない。なお「野川芋」(表皮の赤いジャガイモ)は、三浦雅之さん(清澄の里 粟)の「大和伝統野菜物語」のトップに紹介されている。《ここで紹介する奈良県のジャガイモは「野川芋(のがわいも)」という品種です》《この地で継承されてきた野川芋は美しい桜色の外皮に、しっかりとした食感が特徴です。この芋は塩や漬物の汁とたっぷりの水とともに芋を炊き上げる「パチ芋」と呼ばれる地元の調理法で利用されてきました》。



午後6時過ぎ、旧知の松原佳史さん(野迫川村職員)が訪ねて来てくださり、食事をともにした。『のせ川の郷土料理』も、松原さんにいただいた本である。松原さんによると、ここは、かつてNTTが電話交換機(自動交換機)の設備を置く施設を建てるためにボーリングを行った際、偶然湧出した温泉なのだそうである。泉質が良いので宿泊施設を建てることとし、しかも賓客にも対応できるよう、現在のような立派なホテルにしたということだ。


これで、鴨猪雉鍋の1人前である

「野迫川村を、奥高野(おくこうや)観光の拠点にしよう」という案で、松原さんと私の意見は一致した。初日は高野山参詣、宿泊は野迫川村。翌日は野迫川村内と龍神村観光。余裕があれば野迫川村でもう一泊して翌日は大塔町(五條市)方面へ。高野龍神国定公園の自然、スカイラインからの眺望、古くからの歴史、温泉、精進料理・山菜料理などを堪能するのである。野迫川村の宿泊施設(約10か所)は、観光ピークでも予約が取りやすい。しかも平成27年(2015年)には、高野山開創1200年を迎えるのである。


野迫川名物・松茸をご飯に炊き込む

『のせ川の郷土料理』にはパチ芋だけではなく、独活(ウド)の木の芽和え・虎杖(イタドリ)ご飯[春]、芋餅・タコナ(ミョウガ)ご飯[夏]、焼き松茸・ムカゴご飯[秋]、猪の内臓の甘露煮・だんご汁[冬]など、季節に応じた垂涎の「ふるさと料理」のレシピが50種類以上も登場する。野迫川観光に、これら郷土料理の魅力が加われば、鬼に金棒である。


さっきまで水槽で泳いでいたアマゴを、塩焼きにしてあつあつでいただいた。
これは絶品である。これまでいただいたうちで、最も美味しいアマゴだった!

そのためには、もっとPRに力を入れなければならない。実際に野迫川村を訪れてみると、さまざまな観光パンフレットが手に入るのだが、旅行前にインターネットで検索しても、ほとんど情報は得られない。旅行ガイド本も都道府県別に編集されるので、県境をまたぐこの辺りの情報は手薄である。これだけ豊富な観光資源がありながら、このままにしておくのはもったいない。


鴨猪雉鍋は、醤油ダシでいただく。ほの甘くて美味しい


締めに村の特産・太そうめんを煮込む。伸びにくいので具合がいい

車のためノンアルコールビールを飲まれる松原さんを尻目に、私はホテル直輸入のスロバキアワインをグラスでいただいた。私には白より赤が口に合った。名物「鴨猪雉鍋」にも、よくマッチする。どちらもVINO NITRA(ニトラワイン)とあり、あとで調べるとヴィソケータトリ市ではなく、ニトラ市(スロバキア南西部ニトリアンスカ地域)のワインだった。


売店でニトラ(スロバキア)ワインは1本1,500円、やたがらす(純米樽酒)は1本1,800円だった

その夜、遅くまで歓談したあと、松原さんは橋本市のご自宅に戻られた。私はせせらぎの聞こえる部屋で熟睡したが、朝早く「ウォーン」とも「ヒヒーン」ともいう獣の鳴き声で目を覚ました。野獣の鳴き声が目覚ましになるとは、なんとも風流な宿である。鹿やカモシカがよく出没するとのことだったが、あとでネットで調べてみると、これはタヌキの鳴き声であった。タヌキまでが、宿泊客を歓迎してくれているのだ!


これは朝食、あとで味噌汁が運ばれてきた。アマゴの干物が滅法うまい

公共の宿というと「料金は安いが、設備やサービスがいま1つ」というイメージがあるが、ホテルのせ川は違っていた。1泊2食が12,000円程度という低料金ながら、設備もおもてなしも素晴らしいのである。「楽天トラベル」の「クチコミ・お客さまの声」には17件のクチコミが寄せられ、評点は4.18点(5点満点)と、評価が高い。ホテル側も、丁寧に回答(コメント)されている。例えば8/16に泊まられたhmaepinさん(50代/男性)は、



《兵庫県から車で、高野山に立ち寄りながら行きました。道中、山道で大変でしたが、ホテルは川沿いの閑静な場所にあり、夏の暑さを感じない、エアコン無しでも過ごせる涼しさでした。食事がおいしく、ボリュームも有り、食べきれないほどでした。特にアマゴの刺身、塩焼き、一夜干しの開きは絶品でした。その場で炊く釜飯もおいしく頂きました。牛肉のステーキも肉質は良かったのですが、タレが焼肉のタレの様で、個人的には塩コショウに山葵で頂きたかったです。山葵は村の特産品のようですし工夫していただきたいと思います。従業員の対応も親切で良かったです。全体的にリーズナブルな印象を持ちました》。



これに対するホテル側のコメントは《ホテルのせ川をご利用いただき誠にありがとうございました。ここ野迫川村は、大阪市内と比較すると大体マイナス10度の気温といわれてます。一般の家庭にはエアコンがないくらいなんです。名物のアマゴ料理もご堪能いただけたようで何よりです。仰っていただいてますように、沢わさびは、奈良県内では野迫川だけの特産です。ご提案くださいましたステーキを山葵で召し上がっていただく…美味しそうですね。是非、板長に相談させていただきますね。これから野迫川は山全体が燃えているかのような紅葉と地元松茸の季節です。また機会がございましたら、野迫川村そしてホテルのせ川にどうぞお越しくださいますようお願いいたします。フロントスタッフ》と、丁重なものである。この文章から、ホテルのもてなしを推しはかることができるだろう。皆さん、ぜひお訪ねください!

支配人さん、Tさん、ご厄介をおかけいたしました。お料理も美味しかったです。野迫川村も貴ホテルも、高野山からこんなに近いとは存じませんでした。高野山麓に生まれ育ちながら、今までお訪ねしなかった不明を恥じています。これからもせいぜい利用させていただきます。有難うございました!
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龍神温泉は、神さまのおわす秘湯

2011年11月22日 | 奈良にこだわる
11/16(水)、野迫川村から高野龍神スカイラインを1時間ばかり走り、龍神村を訪ねた。ここは田辺市だから和歌山県なのだが、十津川村のすぐ東隣なので、「奈良にこだわる」のジャンルに入れさせていただいた。Wikipedia「龍神村」によると、《龍神村(りゅうじんむら)は、かつて和歌山県日高郡に存在した村。同県の中央東部に位置し、龍神温泉の村として知られていた。2005年5月1日に田辺市、中辺路町、本宮町、大塔村と合併し、新・田辺市になったが、田辺市龍神村として固有名詞を維持している》《和歌山県の中央東部に位置し、村の約70%を標高500m以上の山岳が占め、日高川が村内の主要な地区を流れている。 北に護摩壇山がある》。

Wikipedia「龍神温泉」では、《龍神温泉(りゅうじんおんせん)は、和歌山県田辺市龍神村(旧国紀伊国日高郡)にある温泉。美肌効果の高い泉質で日本三美人の湯のひとつに数えられる》《歴史 開湯は約1300年前とされているが、弘法大師による開湯伝説も残っている。また、役小角が発見した後、難陀(なんだ)竜王のお告げによって弘法大師が開湯したとも言われている》。「龍神温泉」という名前は、この「難陀竜王」(八大竜王の1つ)のお告げという逸話からきているようである。


龍神温泉観光パンフレットより

《江戸時代には紀伊国を統治した紀州藩とも関わりが深く、藩主が湯治を行うために、初代藩主徳川頼宣が「上御殿」「下御殿」を作らせた。但し、藩主の湯治は実現せず建物は村民に与えられた。上御殿、下御殿はそれぞれ旅館となり、上御殿の建物(国の登録有形文化財)は現在も宿として使われている。中里介山による時代小説『大菩薩峠』やその映画化作品において、主人公・机龍之助が目を癒した所として採り上げられ、全国的に有名になった》。

龍神温泉は、温泉教授として知られる松田忠徳氏の「日本百名湯」にも選ばれている(和歌山県下では他に白浜温泉、勝浦温泉、湯の峰温泉が選ばれている。奈良県下では十津川温泉が唯一ランクインしている)。著名な温泉なので、高野龍神スカイラインが開通してからというもの、私の故郷・九度山町から訪ねる人も多かった。だから城崎温泉のような賑やかな温泉地を想像していたが、そうではなく、静かな山あいの温泉場で、湯治場の雰囲気さえ漂っていた。これはいい所へ来た。

温泉教授・松田忠徳の新・日本百名湯 (日経ビジネス人文庫)
松田忠徳
日本経済新聞社

龍神温泉では共同浴場の「龍神温泉 元湯」(700円)がよく知られているが、何か珍しい温泉はないかと物色していると、元湯のすぐ隣りの「下御殿」(田辺市龍神村龍神38)の看板が目に入った。下御殿のHPによると《落ち着いた和の雰囲気が漂う内湯は、全国的にも珍しい御座敷風呂と、木の質感と香りが肌にしっとりとなじむ檜風呂の2種類。特に御座敷風呂は脱衣所・洗い場・湯船に至るまですべて畳敷きという贅沢さ。窓の外に流れる日高川の清流のせせらぎに耳を澄ましながら、ゆったりとお寛ぎください(朝夕で男女入れ替り制/日帰り入浴もご利用いただけます)》。


「龍神温泉 元湯」は、日帰り入浴客でいっぱいだ

ここでは1,000円で日帰り温泉が利用できる。畳敷きの風呂とは珍しい。しかもここにはご自慢の「混浴露天風呂」があるのだ! 《日高川の清らかな流れを望みつつ入浴できる当館自慢の混浴露天風呂。 四季の移ろいを肌で感じながら豊かな自然に囲まれれば心も体も癒されます。 渓流に面した開放感あふれる露天風呂でのんびり秘湯気分に浸ってください。 夜は渓谷の木々がライトアップされ、より幻想的な光景に…(日帰り入浴もご利用いただけます)》。フロントでも「露天風呂がありますが、混浴です。よろしいですか?」と聞かれたので、元気よく「はいっ」と答えた。あらかじめ沓脱(くつぬ)ぎに、若い女性の靴が2足あったのもチェック済みだった。


「下御殿」外観。入口は階段を降りたところ

エレベーターで地下へ降り、いそいそと風呂に向かうと、上の写真(観光パンフレット)のような若い女性が1人、体にバスタオルを巻き付けて露天風呂のドアから出てきたので、驚いた。本当に露天風呂だったのだ。私はまず内湯(男風呂)に向かった。あいにくこの日の男風呂は御座敷風呂ではなく、檜風呂の日だった。しかし、太い檜を贅沢に使った豪快な浴槽で、手足を伸ばしてゆっくり入った。平日の昼間なので、お客は私1人。肌に当たる檜の感触がとてもいい。湯は無色透明ながら、肌がすべすべ・つるつるになるし、じーんと体の芯まで温まる。これは私が太鼓判を押す、御所の「かもきみの湯」(御所市大字五百家)の泉質にソックリだ。看板には「泉質 ナトリウム炭酸水素塩泉」とあった。あとでかもきみの湯のHPを見ると「ナトリウム炭酸水素塩・塩化物温泉」とあったので、私の感覚は正しかった。



この肌のすべすべ感が「美人の湯」の所以(ゆえん)なのだろう。化学的にいうと、皮膚の表面の古い角質(タンパク質)が、アルカリで溶ける(アミノ酸に加水分解される)ということである。講釈はさておいて、いよいよ混浴露天風呂である。タオルをシッカリ巻きつけて、露天風呂へ降りていく。露天風呂は、川べりの小さな岩風呂である。おー、誰もいない。残念、というよりまあ「ホッとした」というのが正直なところである。目の前に小さな橋がかかり、橋からも露天風呂が眺められる。温泉場によくある、大らかで開けっぴろげな岩風呂であった。4人も入れば満員になりそうな小さな風呂で、のぼせる寸前までじっくり温まった。



下御殿は、「日本秘湯を守る会」の会員である。この会は《旅人の心に添う 秘湯はひとなり…》《日本の原風景とう云うべき故郷を、自然風景を渇望する時が来ると信じ、流行と云う上面に流されることなく、忘れてはならないもの、変えてはならないものは何かを問い、求めてきました。いろいろな思いを胸に旅に出る人々の心根に思いをはせ、旅人を迎える宿と人がどうあるべきか、宿を取り巻く自然環境、温泉環境がどうあるべきかを問い続け、「旅人の心に添う 秘湯は人なり」は日本秘湯を守る会の永遠の理念であり、使命として認識し、多くの旅人に支持され、愛される宿の集まりでありたいと願っております》(同会のHP)。

会のHP「会員宿のご紹介」には、「山のいで湯を守って… 日本秘湯を守る会 会員宿一同」として、こんな文章も綴られている。《ずいぶん山の中で不便な思いもしました。冬は交通が途絶えたり食糧の確保すら難しい時代が長く続きました。いっそのこと山を降りてどこかで観光旅館でもと考えたこともしばしばでした。しかし、長年にわたってお訪ね下さるご常連のお客さまや、先祖が守ってきた温泉のことを思うと去ることも新築することにも頭をかかえました》。



《〝残してくれ〟〝古くさい建て直せ〟そんなお客さまの声を自問自答しながら生きて参りました。私どもの宿では、草一本、石ころひとつにも皆さんとの血が通っているように思われてなりません。古いものや自然環境を残そうと、今日まで言うに言えない苦労も致しました。おかげさまで、昨今はそれだから来たんだよとおっしゃるお客さまが多くなり、古さを守るという生きがいすら覚えるようになりました。有難いことだと思っています》。

団体客目当ての温泉地に閑古鳥が鳴く一方で、個人旅行者の間では「秘湯めぐり」が静かなブームとなっている。龍神温泉は「それだから行くんだよ」という秘湯ファンには垂涎の温泉場である。あとでパンフレットを読むと、下御殿のご当主は、龍神潔氏。上御殿のご当主も、龍神姓だそうで、ここは神さまのおわす勿体ない温泉であった。「秘湯は人なり」。龍神温泉へは、高野山から、高野龍神スカイラインを45km。ぜひ龍神温泉をお訪ねいただき、身と心を癒していただきたい。
※龍神観光協会の公式サイトはこちら
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立里荒神(野迫川村 荒神社)

2011年11月21日 | 奈良にこだわる
11/15(火)、立里荒神(たてりこうじん 吉野郡野迫川村池津川)にお参りした。清(きよし)荒神(宝塚市)、笠山荒神(桜井市)とともに日本三荒神(日本三大荒神)の1つであり、野迫川村のシンボルである。九度山町(和歌山県伊都郡)に住んでいた子供の頃、周囲で「野迫川村に行ったことがある」という大人のほとんどは「立里の荒神さんにお参りに行った」という人だった。私は今回が初めてなので、大いに期待してはせ参じた。


境内からの眺望。日によっては雲海が見渡せる

立里荒神は高い山の上にあり、周囲は鬱蒼(うっそう)とした杉林である。午後2時頃だったが、風が出てきたので木がザワザワと鳴る。神韻縹渺(しんいんひょうびょう)というか、神さまが降り立つ山に相応しい厳(おごそ)かなたたずまいである。山と渓谷社刊『奈良まほろばソムリエ検定公式テキストブック』の「荒神社(こうじんじゃ)」によると《祭神=火産霊神(ほむすびのかみ)、譽田別命(ほむだわけのみこと) 通称、立里荒神。海抜一二六〇㍍の荒神岳北の峯山頂に鎮座する旧村社》。


いざ、頂上へ

日本書紀に登場する「火産霊神(ほむすびのかみ)」は、古事記でいうカグツチ(火之迦具土神)である。イザナミは火の神カグツチを産むが、そのとき陰部に大やけどを負ったせいで、イザナミは死んでしまった。怒ったイザナギは「天尾羽張(あめのおはばり)」という名の十拳剣(とつかのつるぎ=長い剣のこと)で、カグツチの首をはねた。なお日本書紀の「譽田別命(ほむだわけのみこと)」は、古事記では品陀和氣命。父は第14代仲哀天皇、母は神功皇后である。



《火産霊神は阿弥陀如来が本地仏で、当社を三宝荒神とも称し、火の神、竈(かまど)の神として全国より参詣者があり、特に火を使う職業の人々の信仰を集めた。当社縁起では嵯峨天皇の弘仁七年(八一六)、弘法大師が高野山に大伽藍を開基するにあたって伽藍繁栄、密教守護を祈り、一枚の板に三宝荒神の御像を描いて本尊とし、十七日の間荒神を祀り、檀上の鬼門に荒神の社を勧請して高野山の大伽藍が成ったという。以来高野山と結ぶ神仏習合の宮として明治初年まで宝積院と称していたが、明治の廃仏毀釈で宝積院を廃し、仏体など池津川へ移して荒神社と称して今日に至る》。


本殿。トップ写真とも

私の実家は材木屋なので、火災除けにと貯木場の片隅に「立里の荒神さん」をお祀りしていた。しかし「立里」という地名を耳にするたぴ、「立(たて)は訓読み、里(り)は音読みなので、これは湯桶(ゆとう)読みだ。奇妙な地名だな」と子供心にも疑問に思っていたが、今回初めてネットで調べると、地名研究の第一人者・池田末則氏による「池田末則の地理魍魎」がヒットして、積年の疑問が氷解した。「立里は踏鞴(たたら)の転訛」だったのだ!


こちらは麓にある祈祷殿。ご祈祷希望者が絶えない

《「タタラ」は「フイゴウ」(足で踏みつつ風を送る装置)で鋳(い)もの物を造る時に用いました》《立里は鉱石(硫化銅)の産出地で、原石は天辻峠を越え、五條市二見(ふたみ)駅まで索道(さくどう)を利用して搬出、JR二見駅から川船を利用することもあったらしく、先年、沈没船底から、「和州立里山」鋳刻の遺物が発見されたこともあります。里謡にも「立里フイゴ五十丁…」とも言い、一時は鉱山景気で、芸者の三絃の音が賑にぎわい盛を極めたともいわれました》。



《立里は江戸時代、幕府直営の鉱山でしたが、戦前の昭和十三年には、「金屋渕鉱業(かなやふちこうぎょう)」が設立され、同二十六年「五條鉱山」と改称、最盛期には年間約五万トンの出鉱量があり、同三十七年閉鎖されたそうです。因みに、立里荒神は猛々しい荒神で、地名も「立利」→立里になったと伝承。平安京に対する火の神・愛宕(あたご)山のように、平城京を鎮護する神であるともいわれています》。つまり、踏鞴(たたら)→立利→立里と変化したのだ。

賭場(博打場)のことを「鉄火場」というが、立里荒神には「ギャンブルに勝ちますように」とのご祈願で訪れる人も多いそうだ。芸者衆で賑わった鉱山の「荒(すさ)ぶる神さま」なら、そんな願いも聞いてくださるかも知れない。

立里荒神へは、南海電車(高野山ケーブル)高野山駅から、南海りんかんバス立里荒神行きで40分、立里荒神前下車すぐ。車なら、高野山奥の院から高野龍神スカイライン経由で20分と少々である(急坂なので運転にはご注意を)。ぜひ、お参りいただきたい。
※日産ドライブナビの同神社サイトは、こちら
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