12/11(日)に学園前で「ミシュランで知った!奈良にうまいものあり」という講話をすることになったので、「食」に関する新聞の切り抜きをひっくり返していると、11/4付の毎日新聞夕刊(大阪本社版)の記事が出てきた。「こってり関西」という欄に、《「奈良はもむない」今は昔 原動力は郷土愛?》という大特集が掲載されていたのだ。ミシュランガイドに奈良の店が25ヵ店掲載されたことについて、「古都の復活劇」として紹介した記事である。
※トップ写真は、畿央大学での講話「3つの力(パワー)で奈良を元気に!」
3つの力とは、「もてなし力」「情報発信力」「食の魅力」である(8/28開催)
とても読みごたえのある記事だったので、以下に引用する。なお「もむない(=もみない)」は関西弁で「不味い」。語源は吉野にあり、Wikipediaには《日本書紀によると、吉野の国栖(くず)の人々は蝦蟇(ガマ)を煮たものを「毛瀰(もみ)」と呼んで食べていたという。この「毛瀰」が非常に美味しかったことから、関西では「もみない(毛瀰でない)」という言葉を「不味い・美味しくない」という意味で使うようになった》とある。
上記の《「おいしい食べ物」への評価は最低ランクだった》は誤りである。《訪問回数が多い人ほど評価が低かった》も、間違いではないがいささか乱暴にすぎる記述である。この機会に、正確な調査内容を紹介しておく。この調査は03年1月24~25日、JR東京駅八重洲中央コンコース前で行われたアンケート調査で、回答者数は673人であった。内容は、南都経済センターの「センター月報バックナンバー」から「特集03年6月号」を探していただけれぱ、今でも読める。
まず、一般的に「旅行先決定のポイント」(複数回答)を問う設問があり、
1位 歴史・文化の名所がある(68.1%)
2位 自然や風景がすばらしい(65.1%)
3位 いい温泉がある(33.4%)
4位 おいしい食べ物がある(26.4%)
と続いた。なお最下位は「にぎやかで楽しい観光地」(1.2%)だった。
そのあとに「奈良のイメージ」に関する設問があり(奈良に行ったことのない人も回答している)、そのDI(「とても期待できる」と回答した人のパーセンテージから、「あまり期待できない」回答した人のパーセンテージを差し引いた数値)が出ている。
上位項目は
1位 歴史・文化がすばらしい(90.8)
2位 自然・風景が素晴らしい(80.6)
3位 落ち着ける観光地である(78.6)
4位 そぞろ歩きができる(70.8)
下位項目は
14位 おいしい食べ物がある(11.3)
15位 楽しい観光地である(0.5)
16位 ショッピングが楽しめる(△12.8)
17位 夜を楽しめる場所がある(△26.9)
と、「最低ランク」は「夜を楽しめる場所がある」であった。
また「おいしい食べ物がある」(11.3)を奈良への訪問回数別に分類すると
1位 1回・3回(17.7)
3位 0回(17.1)
4位 2回(15.0)
5位 4~9回(5.3)
6位 10回以上(△2.2)
一般的に「おいしい食べ物がある」ことは「旅行先決定のポイント」の4位なのに、奈良に「おいしい食べ物がある」という期待度は14位と低い。だから調査を担当した主席研究員の丸尾尚史さんは《奈良が観光地としての魅力を向上させ、より多くの観光客を引きつけるためには、奈良特有の「おいしい食べ物」の開発がより効果的でインパクトの強いキーファクターになりうる》という前向きの結論を導き出している。あとでも触れるが、新聞にある《「おいしい食べ物」への評価は最低ランクだった。しかも訪問回数が多い人ほど評価が低かった。まさに、作家の志賀直哉が指摘したと言われる「奈良にうまいものなし」の言葉通りの結果だった》というように単純に切り捨ててはいけない。
なお「奈良にうまいものなし」は志賀直哉の専売特許ではない。小林秀雄だって同じようなことを書いていたし(ただし「わらび餅はうまい」とした)、より強烈には嵐山光三郎がこんなことを書いていた。「今や昔」の話なので、あえて紹介しておく。小泉武夫著『不味い!』(06年1月刊 新潮文庫)の解説文である。
《奈良県にある高名な宿坊で、NHKの取材班5名と一緒に宿泊した。カチンカチンに固まったロウソクみたいなエビの天ぷらと、酸化して脂の浮いたハムカツと、海水よりしょっぱい吸物が出た。その不味さといったら、錆びた五寸釘を脳天から打ち込まれるようなシビレがあった。そのことを週刊誌に書いたところ、宿坊住職より内容証明郵便が来て、「裁判で決着をつける」といわれた。同行したNHKの取材班は、「たしかに不味かったことを証言します」と連名の署名をしてくれた。その署名のおかげで宿坊は提訴をあきらめた》。かつてはそんな時代があったのだ…。閑話休題、毎日新聞の引用を続ける。
ところが今は様相が一変した。現在発売中の「あまから」11月号は「古都の食が動き始めています」との書き出しで、フレンチレストランや日本料理店、居酒屋など個性豊かな店を紹介している。ミシュラン関西版の最新号では、奈良市内を中心に三つ星1店、二つ星3店を含む計25店が星を獲得、先月18日の発表会ではミシュラン幹部が「奈良にうまいものあり」と高らかに宣言した。県マーケティング課の嶋本義隆課長はニンマリ顔で語る。「ここ数年の盛り上がりは肌で感じている。私たちが食事をしようとしても、なかなか予約の取れない店が増えてきた」
この活気は、いつから出てきたのだろうか。「01年ごろには既に勢いが出始めていた」と証言するのは、「あまから」の中本由美子編集長だ。「読者から『いい店が増えている』と情報が寄せられ、調べてみると本当に高いレベルの店がいくつも見つかった」。同年10月号で「おそらく初めて」という奈良特集の掲載に踏み切ったところ、予想以上の反響があり、以来、毎年のように奈良特集を組むようになったという。
あまから手帖は2001年から毎年、奈良特集を組むようになった。11月号(実る奈良 特集)も充実しているし、約10年間の成果をまとめた『奈良 うまい店100選』という便利なガイド本も出ている。ミシュラン25か店のうち、14か店が『100選』に入っている。
01年以降、「奈良府民」の多い新興・高級住宅地に美味しい店が続々登場するようになったのは事実である。ミシュランにも、「味の旅人 浪漫」、「食の円居(しょくのまどい) なず菜」、「蕎麦きり 彦衛門」、「花墻(はながき)」、「マスダ」、「万惣」、「ゆう座」、「ラ・カシェット」などがこのエリアのお店である(ミシュラン掲載順)。
昨年開催された「平城遷都1300年祭」が起爆剤になったと証言する関係者も多い。県は遷都祭を盛り上げようと、02年に「奈良のうまいもの」キャンペーンをスタートさせ、特産の大和肉鶏や伝統野菜を使った創作料理などをPRした。さらに09年からは、全国の人気シェフが奈良の食材でコース料理を提供する「奈良フードフェスティバル」を開催。県の嶋本課長は「よい食材の存在が知れ渡り、県内のシェフや生産者に刺激を与えた」と指摘した。
09年に東大寺のそばの古民家に出店したイタリア料理「イ・ルンガ」(奈良市春日野町)は、ミシュランの一つ星を獲得した。イタリアや東京で活躍した経験を持つシェフの堀江純一郎さん(40)は「イタリアでは各地に星付きの店が分散し、その土地ならではの食材を使った料理を出している。奈良は『日本のイタリア』になる可能性がある」と奈良の魅力を語った。
1300年祭の平城宮跡会場では、桜井市日本店のある「BUONO(ボーノ)」のパンや、東鮓の「遷都すしバーガー」が人気を呼んだ。奈良の地元食材に関しては、嶋本課長のいらっしゃるマーケティング課(奈良県農林部)が果たした役割は大きい。02年に始まった「奈良のうまいもの」づくり事業のおかげで、大和肉鶏・ヤマトポークや大和野菜などの美味しさが広く知られるようになった。クーカルin奈良(奈良フードフェスティバル)でも、一流シェフが大和野菜やアマゴなどの地元食材を使い、「奈良にうまい食材あり」をPRしてくださった。地元・南都銀行の食の商談会(<ナント>農商工ビジネスフェア)によるアピールも大きい。
ミシュラン掲載店のなかでも、「田舎料理 千恵」、「川波」、「清澄の里 粟」、「食の円居 なず菜」、「蕎麦 菜食 一如庵」などは、大和野菜などの地場食材にこだわった料理を提供されている。またミシュラン掲載店のうち8ヵ店ほどが、新興住宅地のお店であった。
全ての料理を古田さん1人で作る。昼夜各1組限定の完全予約制で、1人当たり1万1000~2万6000円。東京からの常連客も多く、翌月分まで受け付ける予約は、あっという間に埋まる。「奈良はまだまだこれから」と厳しく語るのも、古都の底力を信じているからだ。
茶々を入れてしまったが、全国紙が夕刊で全5段(1ページの3分の1)を使って「奈良はおいしい」をPRしてくれるとは、時代も変わったものである。09年7月25日、私は「けいはんな市民雑学大学」(第15回)で、「奈良にうまいものあり」という講話をさせてていただいた。この「雑学大学」は、毎月1回、京阪奈地区住民から希望者を募って開かれる公開講座である。話の中身はリンクした記事を読んでいただくとして、驚いたのは、その1か月前である。
第14回雑学大学の懇親会(打ち上げ)の席上で、司会者が「次回の演題は“奈良にうまいものあり”で、講師は、そこにいらっしゃるtetsudaさんです」と紹介してくださった。するとすかさず手が上がり、中年男性が「私は生駒に住んで大阪に通っていますが、生駒に美味しいものがないので、いつも大阪で食べて帰ります」、中年女性からも手が上がり「吉野に美味しいものはありますが、奈良に美味しいものはありません」と曰(のたも)うたのである。
そこですかさず、生駒の男性には「近鉄生駒駅から徒歩5分圏内で、美味しい店が5軒あります。次回はそのお店を紹介します」、吉野の女性には「私は母の里が吉野なので、吉野に美味しいものがあるのは存じています。しかし、美味しいものは県下各所にあります。ぜひ私の話をお聞きください」と申し上げた。生駒の男性も吉野の女性も、過去のある時期に「奈良にうまいものがない」という先入観ができ、その後、永らくその先入観から脱することがてきないでいるのだろう。奈良県の「食」事情は、この10年で大幅に改善されているというのに、お気の毒なことである。
上記アンケート(南都経済センター)の「おいしい食べ物がある」で、奈良へ4回以上行ったことがある人の評価が低かったのも、単に訪問時点が古かったからではないか(「0~3回」の人と「4回以上」の人の間に、10ポイントほどのギャップがある)。その意味でも、「奈良はもむない」は「今は昔」の話なのである。
私が「奈良にうまいものあり」を喧伝するようになったのは、02年に「奈良のうまいもの」づくり部会委員(県農林部)を引き受けて以降なので、丸10年になる。これはちょうど、あまからの中本編集長や食文化研究会の瀧川理事長がおっしゃる期間とピッタリ重なる。毎日新聞の「古都の復活劇」に引っかけて、「失われた10年」の逆、奈良の食「復活の10年」と名づけたい。皆さん、「うまいものあり」の奈良県をお訪ねください!
※トップ写真は、畿央大学での講話「3つの力(パワー)で奈良を元気に!」
3つの力とは、「もてなし力」「情報発信力」「食の魅力」である(8/28開催)
とても読みごたえのある記事だったので、以下に引用する。なお「もむない(=もみない)」は関西弁で「不味い」。語源は吉野にあり、Wikipediaには《日本書紀によると、吉野の国栖(くず)の人々は蝦蟇(ガマ)を煮たものを「毛瀰(もみ)」と呼んで食べていたという。この「毛瀰」が非常に美味しかったことから、関西では「もみない(毛瀰でない)」という言葉を「不味い・美味しくない」という意味で使うようになった》とある。
こってり関西 「奈良は、もむない」今は昔 原動力は郷土愛?
今、奈良の食文化が元気だ。関西の老舗グルメ情報誌「あまから手帖」はここ10年、毎年のように奈良を特集、先月発売されたミシュランガイド関西版では奈良地域が評価対象に加わった。一躍、全国のグルメから注目されるエリアとなった。大阪、京都、神戸の3大グルメエリアに囲まれて忘れ去られがちだった古都の復活劇は、なぜ可能だったのか。バブルはじけて「遷都祭」で点火 8年前は「最低ランク」
これまで奈良の食といえば、茶がゆや柿の葉ずしなどの伝統料理が知られる程度で、「グルメ」のイメージからは、ほど遠かった。03年に地元調査機関「南都経済センター」が東京で奈良の魅力について市民アンケートしたところ、「おいしい食べ物」への評価は最低ランクだった。しかも訪問回数が多い人ほど評価が低かった。まさに、作家の志賀直哉が指摘したと言われる「奈良にうまいものなし」の言葉通りの結果だった。上記の《「おいしい食べ物」への評価は最低ランクだった》は誤りである。《訪問回数が多い人ほど評価が低かった》も、間違いではないがいささか乱暴にすぎる記述である。この機会に、正確な調査内容を紹介しておく。この調査は03年1月24~25日、JR東京駅八重洲中央コンコース前で行われたアンケート調査で、回答者数は673人であった。内容は、南都経済センターの「センター月報バックナンバー」から「特集03年6月号」を探していただけれぱ、今でも読める。
まず、一般的に「旅行先決定のポイント」(複数回答)を問う設問があり、
1位 歴史・文化の名所がある(68.1%)
2位 自然や風景がすばらしい(65.1%)
3位 いい温泉がある(33.4%)
4位 おいしい食べ物がある(26.4%)
と続いた。なお最下位は「にぎやかで楽しい観光地」(1.2%)だった。
そのあとに「奈良のイメージ」に関する設問があり(奈良に行ったことのない人も回答している)、そのDI(「とても期待できる」と回答した人のパーセンテージから、「あまり期待できない」回答した人のパーセンテージを差し引いた数値)が出ている。
上位項目は
1位 歴史・文化がすばらしい(90.8)
2位 自然・風景が素晴らしい(80.6)
3位 落ち着ける観光地である(78.6)
4位 そぞろ歩きができる(70.8)
下位項目は
14位 おいしい食べ物がある(11.3)
15位 楽しい観光地である(0.5)
16位 ショッピングが楽しめる(△12.8)
17位 夜を楽しめる場所がある(△26.9)
と、「最低ランク」は「夜を楽しめる場所がある」であった。
また「おいしい食べ物がある」(11.3)を奈良への訪問回数別に分類すると
1位 1回・3回(17.7)
3位 0回(17.1)
4位 2回(15.0)
5位 4~9回(5.3)
6位 10回以上(△2.2)
一般的に「おいしい食べ物がある」ことは「旅行先決定のポイント」の4位なのに、奈良に「おいしい食べ物がある」という期待度は14位と低い。だから調査を担当した主席研究員の丸尾尚史さんは《奈良が観光地としての魅力を向上させ、より多くの観光客を引きつけるためには、奈良特有の「おいしい食べ物」の開発がより効果的でインパクトの強いキーファクターになりうる》という前向きの結論を導き出している。あとでも触れるが、新聞にある《「おいしい食べ物」への評価は最低ランクだった。しかも訪問回数が多い人ほど評価が低かった。まさに、作家の志賀直哉が指摘したと言われる「奈良にうまいものなし」の言葉通りの結果だった》というように単純に切り捨ててはいけない。
なお「奈良にうまいものなし」は志賀直哉の専売特許ではない。小林秀雄だって同じようなことを書いていたし(ただし「わらび餅はうまい」とした)、より強烈には嵐山光三郎がこんなことを書いていた。「今や昔」の話なので、あえて紹介しておく。小泉武夫著『不味い!』(06年1月刊 新潮文庫)の解説文である。
《奈良県にある高名な宿坊で、NHKの取材班5名と一緒に宿泊した。カチンカチンに固まったロウソクみたいなエビの天ぷらと、酸化して脂の浮いたハムカツと、海水よりしょっぱい吸物が出た。その不味さといったら、錆びた五寸釘を脳天から打ち込まれるようなシビレがあった。そのことを週刊誌に書いたところ、宿坊住職より内容証明郵便が来て、「裁判で決着をつける」といわれた。同行したNHKの取材班は、「たしかに不味かったことを証言します」と連名の署名をしてくれた。その署名のおかげで宿坊は提訴をあきらめた》。かつてはそんな時代があったのだ…。閑話休題、毎日新聞の引用を続ける。
ところが今は様相が一変した。現在発売中の「あまから」11月号は「古都の食が動き始めています」との書き出しで、フレンチレストランや日本料理店、居酒屋など個性豊かな店を紹介している。ミシュラン関西版の最新号では、奈良市内を中心に三つ星1店、二つ星3店を含む計25店が星を獲得、先月18日の発表会ではミシュラン幹部が「奈良にうまいものあり」と高らかに宣言した。県マーケティング課の嶋本義隆課長はニンマリ顔で語る。「ここ数年の盛り上がりは肌で感じている。私たちが食事をしようとしても、なかなか予約の取れない店が増えてきた」
この活気は、いつから出てきたのだろうか。「01年ごろには既に勢いが出始めていた」と証言するのは、「あまから」の中本由美子編集長だ。「読者から『いい店が増えている』と情報が寄せられ、調べてみると本当に高いレベルの店がいくつも見つかった」。同年10月号で「おそらく初めて」という奈良特集の掲載に踏み切ったところ、予想以上の反響があり、以来、毎年のように奈良特集を組むようになったという。
あまから手帖は2001年から毎年、奈良特集を組むようになった。11月号(実る奈良 特集)も充実しているし、約10年間の成果をまとめた『奈良 うまい店100選』という便利なガイド本も出ている。ミシュラン25か店のうち、14か店が『100選』に入っている。
「大仏商法」から脱皮
01年といえば、バブル崩壊後にようやく訪れたITバブルが、あっけなくはじけた直後だ。この前後、奈良では大きな変化が起きた。NPO・奈良の食文化研究会の瀧川潔理事長は「かつて『奈良府民』と呼ばれた新住民のライフスタイルが変わった」と証言する。「奈良府民」とは、大阪や京都に通勤・通学し、県民意識が比較的薄い人たちのこと。県民人口の約8分の1を占めるが、外食は通勤・通学先で楽しみ、奈良には寝に帰るだけという人も多かった。しかし、一向に景気が回復しない中で財布のひもが固くなり、次第に地元の店に通い始めたとみられる。瀧川理事長は「(口の肥えた客が増えて)座ったままで努力しない『大仏商法』は通用しなくなった。外食業界で競争が起き、味とサービス、PRに力を入れる店が増えた」と推測する。01年以降、「奈良府民」の多い新興・高級住宅地に美味しい店が続々登場するようになったのは事実である。ミシュランにも、「味の旅人 浪漫」、「食の円居(しょくのまどい) なず菜」、「蕎麦きり 彦衛門」、「花墻(はながき)」、「マスダ」、「万惣」、「ゆう座」、「ラ・カシェット」などがこのエリアのお店である(ミシュラン掲載順)。
昨年開催された「平城遷都1300年祭」が起爆剤になったと証言する関係者も多い。県は遷都祭を盛り上げようと、02年に「奈良のうまいもの」キャンペーンをスタートさせ、特産の大和肉鶏や伝統野菜を使った創作料理などをPRした。さらに09年からは、全国の人気シェフが奈良の食材でコース料理を提供する「奈良フードフェスティバル」を開催。県の嶋本課長は「よい食材の存在が知れ渡り、県内のシェフや生産者に刺激を与えた」と指摘した。
09年に東大寺のそばの古民家に出店したイタリア料理「イ・ルンガ」(奈良市春日野町)は、ミシュランの一つ星を獲得した。イタリアや東京で活躍した経験を持つシェフの堀江純一郎さん(40)は「イタリアでは各地に星付きの店が分散し、その土地ならではの食材を使った料理を出している。奈良は『日本のイタリア』になる可能性がある」と奈良の魅力を語った。
1300年祭の平城宮跡会場では、桜井市日本店のある「BUONO(ボーノ)」のパンや、東鮓の「遷都すしバーガー」が人気を呼んだ。奈良の地元食材に関しては、嶋本課長のいらっしゃるマーケティング課(奈良県農林部)が果たした役割は大きい。02年に始まった「奈良のうまいもの」づくり事業のおかげで、大和肉鶏・ヤマトポークや大和野菜などの美味しさが広く知られるようになった。クーカルin奈良(奈良フードフェスティバル)でも、一流シェフが大和野菜やアマゴなどの地元食材を使い、「奈良にうまい食材あり」をPRしてくださった。地元・南都銀行の食の商談会(<ナント>農商工ビジネスフェア)によるアピールも大きい。
高い潜在能力あった
フードコラムニストで「あまから手帖」編集顧問の門上武司さんの話
奈良は大和野菜などの食材が豊かなうえ、ここ10~20年で新しい街が造成され、新たな料理人が出てきた地域として潜在能力が高かった。だからこそ、あまから手帖も注目してきたのであり、ミシュランの評価も、おおむね妥当と言える。フードコラムニストで「あまから手帖」編集顧問の門上武司さんの話
ミシュラン掲載店のなかでも、「田舎料理 千恵」、「川波」、「清澄の里 粟」、「食の円居 なず菜」、「蕎麦 菜食 一如庵」などは、大和野菜などの地場食材にこだわった料理を提供されている。またミシュラン掲載店のうち8ヵ店ほどが、新興住宅地のお店であった。
まだまだこれから ☆☆「花墻」の古田さん
「あまから」が名店の筆頭に挙げ、ミシュランでも二つ星を獲得した日本料理「花墻(はながき)」(奈良市学園南2)の古田俊彦さん(44)は「若手が人まねにとどまらずに頑張れば、もっと充実していくはず」と語る。90年に市中心部で開店。伝統的な町並みが残る旧市街・奈良町を経て、00年に現在地に移った。新興住宅地、近鉄奈良線・学園前駅からタクシーで10分足らず。敷地面積約560平方メートルで、野鳥のさえずりが聞こえる。「大阪か京都に出店したら」との声も多かったが、「少し足を延ばせば花や山菜を摘めるし、質の高い野菜を作っている農家もある」と奈良にこだわったという。全ての料理を古田さん1人で作る。昼夜各1組限定の完全予約制で、1人当たり1万1000~2万6000円。東京からの常連客も多く、翌月分まで受け付ける予約は、あっという間に埋まる。「奈良はまだまだこれから」と厳しく語るのも、古都の底力を信じているからだ。
茶々を入れてしまったが、全国紙が夕刊で全5段(1ページの3分の1)を使って「奈良はおいしい」をPRしてくれるとは、時代も変わったものである。09年7月25日、私は「けいはんな市民雑学大学」(第15回)で、「奈良にうまいものあり」という講話をさせてていただいた。この「雑学大学」は、毎月1回、京阪奈地区住民から希望者を募って開かれる公開講座である。話の中身はリンクした記事を読んでいただくとして、驚いたのは、その1か月前である。
第14回雑学大学の懇親会(打ち上げ)の席上で、司会者が「次回の演題は“奈良にうまいものあり”で、講師は、そこにいらっしゃるtetsudaさんです」と紹介してくださった。するとすかさず手が上がり、中年男性が「私は生駒に住んで大阪に通っていますが、生駒に美味しいものがないので、いつも大阪で食べて帰ります」、中年女性からも手が上がり「吉野に美味しいものはありますが、奈良に美味しいものはありません」と曰(のたも)うたのである。
そこですかさず、生駒の男性には「近鉄生駒駅から徒歩5分圏内で、美味しい店が5軒あります。次回はそのお店を紹介します」、吉野の女性には「私は母の里が吉野なので、吉野に美味しいものがあるのは存じています。しかし、美味しいものは県下各所にあります。ぜひ私の話をお聞きください」と申し上げた。生駒の男性も吉野の女性も、過去のある時期に「奈良にうまいものがない」という先入観ができ、その後、永らくその先入観から脱することがてきないでいるのだろう。奈良県の「食」事情は、この10年で大幅に改善されているというのに、お気の毒なことである。
上記アンケート(南都経済センター)の「おいしい食べ物がある」で、奈良へ4回以上行ったことがある人の評価が低かったのも、単に訪問時点が古かったからではないか(「0~3回」の人と「4回以上」の人の間に、10ポイントほどのギャップがある)。その意味でも、「奈良はもむない」は「今は昔」の話なのである。
私が「奈良にうまいものあり」を喧伝するようになったのは、02年に「奈良のうまいもの」づくり部会委員(県農林部)を引き受けて以降なので、丸10年になる。これはちょうど、あまからの中本編集長や食文化研究会の瀧川理事長がおっしゃる期間とピッタリ重なる。毎日新聞の「古都の復活劇」に引っかけて、「失われた10年」の逆、奈良の食「復活の10年」と名づけたい。皆さん、「うまいものあり」の奈良県をお訪ねください!