いつもの山科川の土堤道路を歩いていて、川の中の椅子に気づいた。錆びていないしレザーも切れてもいない。真新しく見えるキャスター付き事務椅子。道路から投げ捨てられたのではないだろう。わざわざ柵を乗り越え、急角度ののり面を降りてなら、やれるかも知れない距離。
そのあとで、今度はこじゃれた椅子が二つ歩道に置いてあった。大型ゴミで出されているのではない。捨てられた風情でもない。バス通りではないし、生活道路でもない。何となくそのまま通り過ぎることができず、黄緑にすわってしばらく休憩する。対岸の桜並木はまだ一輪も咲いていない様子。このあとで今年初めてツバメが飛んでいるのを見た。それぞれの画像に詩のようなものを書いてみた。
イス
イスが脚を投げだしている
もうヒトに乗られるのがイヤで寝ている
ため息を聞くのに疲れたから
仰向けに寝転んでいる
椅子
椅子が川を向いている
散歩する人達だけが通る道
黄緑の椅子と白い椅子が二つ
行儀よく並んでいる
・・・
行儀よく並んで
並んでいた、ではないのですね。
椅子のおかげで、昔の「うんこすわり」で鍛えた筋肉が衰えています。
外人が海で椅子やベットで休んでいます。
せっかくだから、砂を感じたほうが自然じゃない?と思ってみたりして・・・・・便利なのかね?
>せっかくだから、砂を感じたほうが自然じゃない?
同感です。
変ですよね。西洋人・・というかアメリカ人。
せっかくの砂浜に椅子を持ち込んで、読書なんかしたりするんですよね!?
自然は対決して克服して距離を置くものなんですと!