『モスラの精神史』小野俊太郎/講談社現代新書
随分幅広の帯がかけられている。いっそのことカバーデザインを変えてしまえばいいのに、と思ってしまう。
今回はアルコールしながら書こう。
新書はタイトルが勝負だと以前も書いた。この本はタイトルで買った。「モスラの精神史」、こんなタイトルを付けられたら、買うっきゃない×、買うしかない〇。
1961年の夏に公開された映画「モスラ」について、この本で初めて知ったことがある。この作品の原作者が、中村真一郎!、堀田善衛!、そして福永武彦!!だったということだ。知らなかった。この三人が分担して映画の原作「発光妖精とモスラ」を書いたという。もちろん一回限りの共作だ。
こう書くと「え、知らなかったの? リアルタイムでこの映画はもちろん観ていないけれど、原作者は知っていた」と誰かさんに言われてしまいそうだが、知らなかったのだから、正直に書いておく。
この映画をいつ観たのかは覚えていないが、ザ・ピーナッツが双子の小人として登場して歌った「モスラヤ モスラ・・・」は記憶に残っている。尤も記憶にあるのはこの部分だけで、この後の歌詞は記憶に無い(この本によるとインドネシア語の歌詞だということだから、意味が分からず記憶に全く残らなかったのも当然だ)。
モスラのモスは英語のmoth(蛾)ということもこの本で知った。mother 母、日本神話の母性にも通ずるのだそうだ。
モスラは南洋(って具体的にどこなのかということについてもこの本では考察している)のインファント島から悪徳な興行師に誘拐されて東京に連れてこられた小人のザ・ピーナッツを助けるためにはるばる海を渡ってやって来る(ストーリーは全く覚えていないので本に拠っている)。
モスラは東京タワーをへし折ってそこで巨大な繭になる。原作では東京タワーではなく、原作者たちの政治的な意図を反映して国会議事堂だったとのことだ。それが映画で東京タワーに変更になったのは東京を象徴する「塔」ということもあるだろうが、台頭してきた「テレビ」への「映画」の対抗意識の表れだとも書いている。
なるほどいろんな「解釈」が出来るものだ。こういう「解釈」は大好きだ。できればこのブログでも、「ンナばかな!」と言われてしまいそうな「解釈」を開チン、おっとこれは犯罪×、開陳 そう、こっちが〇、したいものだ。
さて、ストーリーでは悪徳な興行師がロシリカ(ロシア+アメリカ=架空の国)に逃げ帰ったのを追いかけてモスラはニューヨーク、じゃなかったニュー・ワゴン・シティを襲撃する。 これは日本本土からアメリカ本土を攻撃するという夢想・・・。
昭和の怪獣映画には時代の社会性や制作者達の思想が色濃く反映されている。
「モスラ」は後年形を変えて宮崎駿作品に引き継がれて行く、と著者は指摘しているが、宮崎作品に詳しくないのでこの見解がどうなのか分からない。そうなのか、と思うしかない。
**円谷英二は現実の風景を模型にしたが、内藤*は現実の風景を作るために模型を作ったのだな、と妙に感心した。**
あとがきのこのくだりは「なるほど!」だった。
*内藤多仲:東京タワーの構造設計者