■『思春期をめぐる冒険』には「心理療法と村上春樹の世界」というサブタイトルがついている。心理療法のありようが実はその人の物語の生成にあると、この本の著者、岩宮恵子さんは指摘している。
**「向こう側」にかかわる多層的な現実のなかに自分を位置づけていくプロセスこそが、自分自身の物語を発見し、生きていくことである。そしてそれが日常生活に根ざしたものになってこそ、本当の自分の物語を生きていると言えるのではないだろうか。**
7月31日付けの信濃毎日新聞の朝刊の文化欄に柳田邦男さんの講演要旨が掲載されていた(写真右)。須坂市で開かれた第9回信州岩波講座での講演だが、その中で柳田さんは河合隼雄さんのことば「人間の心は物語らないと分からない」を引用している。言い換えれば「人間は「物語」を生きている」ということだが、これは先の岩宮さんの指摘と同様の内容だ。
村上春樹は『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』の「自己治療と小説」で次のように書いている。
**なぜ小説を書きはじめたかというと、なぜだかぼくもよくわからないのですが、ある日突然書きたくなったのです。いま思えば、それはやはりある種の自己治療のステップだったと思うのです。**
心理療法のありようと村上が描く物語との共通性・・・。
「向こう側」にかかわる多層的な現実のなかに自分を位置づけていくプロセスって村上春樹の小説そのものではないか・・・。