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■ 約1400冊あった文庫本が先日の減冊で250冊になった。谷崎潤一郎の作品で残したのは『陰翳礼讃』(中公文庫1978年17版)のみ。
さて、この『陰翳礼讃』、今のことはわからないが、昔は建築を学ぶ者の必読書と言われていた。何年か前に再読しているが、その際付箋を何枚か貼っている。例えば次のような件。
**われわれ(*1)は、それでなくても太陽の光線の這入りにくい座敷の外側へ、土庇を出したり縁側を附けたりして一層日光を遠のける。そして室内へは、庭からの反射が障子を透かしてほの明るく忍び込むようにする。われわれの座敷の美の要素は、この間接の鈍い光線に外ならない。われわれは、この力のない、わびしい、果敢(はか)ない光線が、しんみり落ち着いて座敷の壁へ沁み込むように、わざと調子の弱い色の砂壁を塗る。土蔵とか、厨とか、廊下のようなところへ塗るには照りをつけるが、座敷の壁は殆ど砂壁で、めったに光らせない。もし光らせたら、その乏しい光線の、柔かい弱い味が消える。われ等は何処までも、見るからにおぼつかなげな外光が、黄昏色の壁の面に取り着いて辛くも餘名を保っている、あの繊細な明るさを楽しむ。(後略)**(26、27頁)
引用したい文章がまだまだ続いている。これ程に和の空間を分析的に論じた文章が他にあるだろうか。また再読したい。他の谷崎作品では『春琴抄』かな、いやこの作品をこの歳で読むのはどうかな・・・。
*1 縦書きの文庫では「われわれ」を「われ」に続けて「〱」と表記している。