本書は、近年ヨーロッパやアメリカで発見された機密文書をもとに、グローバル・ヒストリーという視点で幕末史を見直そうと試みである。グローバル・ヒストリーというのは、日本史や世界史という垣根を越えて歴史を俯瞰しようという新しい潮流のことをいう。幕末日本は世界の覇権争いと深く関わっていたというのが本書の肝である。
本書を執筆したのは、「NHKスペシャル取材班」である。彼らは歴史の専門家ではない。従って、最新の歴史研究では疑問が呈されている「薩長同盟」とか「船中八策」といった言葉が何の注釈もなく使われており(たとえば、町田明広先生は薩長同盟のことを「小松・木戸覚書」という表現をとっている)、その点では違和感は残るものの、欧米の博物館や学者に取材して新しい視点で歴史を切り開く姿勢には感心した。フットワークの軽さと綿密な取材力がマスコミの強みであろう。
たとえば文久元年(1861)に起きたポサドニック号による対馬占拠事件(ポサドニック号事件あるいは露寇事件などと呼ばれる)についても、日本側では唐突にロシアによって対馬の一角を占拠されたという印象が強いが、実はロシアでは周到に計画されたものということが明らかにされた。この時、イギリス駐日公使オールコックは「イギリスの軍艦を対馬に送ってその圧力でロシアを退去させよう」と提案した。小栗上野介は「目の前の虎を追い払うために、狼を迎え入れるようなもの」と反発したが、幕府はイギリスの提案を受け入れた。小栗の危惧したとおり、これを手始めにイギリスは日本への関与を強めていくことになる。
グローバル・ヒストリーという視点は非常に新鮮だが、それだけで幕末史を料理しようとすると無理が生じる。「江戸総攻撃を食い止めたのは、列強の秘密外交だった」と断言しているが、確かに外交団から圧力をかけられたのは一つの要因であるが、それだけが理由ではなかろう。慶喜が徹底恭順を貫いたこと、山岡鉄舟の談判や天璋院や和宮らの嘆願、その他様々な要因が重なって総攻撃中止が決まったのであって、列強からの圧力だけが理由ではない。マスコミは、大衆受けするセンセーショナルな表現を好む傾向がある。本書でもマスコミのそのような性癖が散見される。
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