史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

羽曳野

2010年02月03日 | 大阪府
(墓山墓地)


桃井直正之墓
桃井文子之墓

 かつて「七卿」の墓を全て踏破した私は、セブン・サミッターを自称したが、その一方で実は「幕末三剣豪」については、未踏破のままとなっていた。既に、巣鴨本妙寺の千葉周作、代々木福泉寺の斎藤弥九郎の墓を訪ねた私に残されたターゲットは、鏡心明智流桃井春蔵の墓であった。長らく桃井春蔵の墓の在り処が不明のままであったが、最近になってようやく判明したため、今回古市(羽曳野市)まで足を延ばすことにした。
 羽曳野には古墳が多い。この付近にも応神天皇陵、仲哀天皇陵など巨大な古墳がある。桃井春蔵の墓は、墓山古墳と呼ばれる古墳の南に面した墓地にある。
 何故、剣豪桃井春蔵の墓が羽曳野にあるかというと、維新後、誉田神社の神官に就いていたためである。神官を務める傍ら、近在の青年に剣道、漢籍、書道などを教授した。晩年には、大阪府の委嘱を受け、府警察部の剣術指南を務めた。明治十八年(1885)、コレラに罹患して、六十一歳にて世を去った。

(誉田神社)


誉田(こんだ)八幡宮

 桃井春蔵が神官を務めた誉田八幡宮は、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后を祭神とする。

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