近所の高校の
創立五十周年記念誌を、
お借りして、パラパラと読んでるんですが、
これが、面白いなあ。
その編集後記には、
「さていよいよ資料の収集を始めましたところ、本校は関東大震災によって倒壊炎上し、その上、終戦の混乱、昭和二十七年の火災等で記録の殆んどを失い、頼るべき資料が校内にはないということでした。・・・乏しい資料とはいえ、私たち編集員は、この手で、本校五十年の歴史を記す光栄を与えられ・・・ひとしお愛着の心を感じたことは何にもまして大きな収穫でありました。・・・」
そういえばと、
山本伊吾著「夏彦の影法師」(新潮社)を
とりだしてくる。
そこに、父(山本夏彦)の言葉として
「編集者ってのはね、雑誌の創刊と廃刊に立ち合うのが一番勉強になる。その時に出会ったらよく見とくことだよ」(p126)
うん。この「創立五十周年記念誌」を
あらためて「よく見とく」ことにします。
うん、編集者じゃないのですが(笑)。
そこに、「校友会誌創刊号」からの
引用があり勉強になります。
この創刊号が読めたらなあ。
と思いながら、
「創立五十周年記念誌」をひらいております。
創立五十周年記念誌を、
お借りして、パラパラと読んでるんですが、
これが、面白いなあ。
その編集後記には、
「さていよいよ資料の収集を始めましたところ、本校は関東大震災によって倒壊炎上し、その上、終戦の混乱、昭和二十七年の火災等で記録の殆んどを失い、頼るべき資料が校内にはないということでした。・・・乏しい資料とはいえ、私たち編集員は、この手で、本校五十年の歴史を記す光栄を与えられ・・・ひとしお愛着の心を感じたことは何にもまして大きな収穫でありました。・・・」
そういえばと、
山本伊吾著「夏彦の影法師」(新潮社)を
とりだしてくる。
そこに、父(山本夏彦)の言葉として
「編集者ってのはね、雑誌の創刊と廃刊に立ち合うのが一番勉強になる。その時に出会ったらよく見とくことだよ」(p126)
うん。この「創立五十周年記念誌」を
あらためて「よく見とく」ことにします。
うん、編集者じゃないのですが(笑)。
そこに、「校友会誌創刊号」からの
引用があり勉強になります。
この創刊号が読めたらなあ。
と思いながら、
「創立五十周年記念誌」をひらいております。