新刊の渡部昇一著「伊藤仁斎『童子問』に学ぶ」が
1944円とあるので、躊躇する(笑)。
それで、本棚から出してきたのが
谷沢永一著「日本人の論語 『童子問』を読む」
PHP新書上下巻でした。
その附記の最後に
「叢書ではなく単行本であるが、支那古典の現代語訳
として、最も感服すべき二著がある。」
として講談社学術文庫を2冊紹介しておりました。
穂積重遠『新訳論語』
穂積重遠『新訳孟子』
「漢籍の現代語訳が始まって以来最高の名著である。
原典を十分に咀嚼したうえで、最も砕いた平易で
要点を押さえた現代語が活用されている。
一家に一冊、ではない一家に二冊、是非
そなえられたい精粋(せいすい)の有益な糧である。」
(p299)
そこで、『新訳論語』の方は、
古本で買えたのですが、
『新訳孟子』の方が、高価だったので、
いままで、買わずにおりました。
文庫で古本が4000円以上するのは・・・。
さてっと、
新刊の渡部昇一氏の上記の新刊が1944円。
それを買わずに、
穂積重遠『新訳孟子』の文庫古本を
この機会に買おう。
まあ、こんなことを考えて一日が過ぎます(笑)。
さてっと、本棚から
谷沢永一・渡部昇一「人生に活かす孟子の論法」
(PHP研究所)という本を出してくる。
そこのp26~27を引用することに
「もう一つ、触れておきたいのは、
穂積さんの『新譯孟子』についてです。
谷沢さんはこの本を読み返して、
穂積さんは偉い人だと言っておられますが、
これはまさに名著で、この本の顕彰をわれわれの
ささやかな目的のひとつにしていいと思います。
とにかく穂積さんほどの人になると、
威張ろうとするところがまったくありません。
自分の孟子解釈をみせびらかそうというような
山っ気、俗気が見られない。しかも名文で、
『いろんな学者がいるけれども、どうも分からないから、
私はこう解釈した』と、淡々と語っています。
『論語』『孟子』といえば、
日本文化の骨組みをつくった本ですから、
これを穂積さんの訳文で後世に伝えていきたい。
『新譯孟子』の『はしがき』だけでも古典と呼びたいような、
人間の器量を示す堂々たる名文で、
この本を推薦すること自体に文化的意味があると思います。
・・・・」
はい。穂積重遠著「新訳孟子」を
買うことに躊躇するのは、やめにします。
1944円とあるので、躊躇する(笑)。
それで、本棚から出してきたのが
谷沢永一著「日本人の論語 『童子問』を読む」
PHP新書上下巻でした。
その附記の最後に
「叢書ではなく単行本であるが、支那古典の現代語訳
として、最も感服すべき二著がある。」
として講談社学術文庫を2冊紹介しておりました。
穂積重遠『新訳論語』
穂積重遠『新訳孟子』
「漢籍の現代語訳が始まって以来最高の名著である。
原典を十分に咀嚼したうえで、最も砕いた平易で
要点を押さえた現代語が活用されている。
一家に一冊、ではない一家に二冊、是非
そなえられたい精粋(せいすい)の有益な糧である。」
(p299)
そこで、『新訳論語』の方は、
古本で買えたのですが、
『新訳孟子』の方が、高価だったので、
いままで、買わずにおりました。
文庫で古本が4000円以上するのは・・・。
さてっと、
新刊の渡部昇一氏の上記の新刊が1944円。
それを買わずに、
穂積重遠『新訳孟子』の文庫古本を
この機会に買おう。
まあ、こんなことを考えて一日が過ぎます(笑)。
さてっと、本棚から
谷沢永一・渡部昇一「人生に活かす孟子の論法」
(PHP研究所)という本を出してくる。
そこのp26~27を引用することに
「もう一つ、触れておきたいのは、
穂積さんの『新譯孟子』についてです。
谷沢さんはこの本を読み返して、
穂積さんは偉い人だと言っておられますが、
これはまさに名著で、この本の顕彰をわれわれの
ささやかな目的のひとつにしていいと思います。
とにかく穂積さんほどの人になると、
威張ろうとするところがまったくありません。
自分の孟子解釈をみせびらかそうというような
山っ気、俗気が見られない。しかも名文で、
『いろんな学者がいるけれども、どうも分からないから、
私はこう解釈した』と、淡々と語っています。
『論語』『孟子』といえば、
日本文化の骨組みをつくった本ですから、
これを穂積さんの訳文で後世に伝えていきたい。
『新譯孟子』の『はしがき』だけでも古典と呼びたいような、
人間の器量を示す堂々たる名文で、
この本を推薦すること自体に文化的意味があると思います。
・・・・」
はい。穂積重遠著「新訳孟子」を
買うことに躊躇するのは、やめにします。