和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

正座と椅子と。

2017-11-30 | 道しるべ
講談社学術文庫
増谷文雄全訳注「正法眼蔵」全八巻。

この本は、
正法眼蔵の各巻のはじめに
「開題」がありました。
「開題」とは何か?
「一巻の大意の存するところを語り、
問題の所在を語り、あるいは、注目すべき
重点がいずこにあるかを語った」
と増谷文雄氏ご自身が書いておりました。

開題のあとには、
各巻を細かく分けながら、その原文。
そして現代語訳。注解。
と読みやすい心配りがありました。

読みやすいのですが、
私には難儀(笑)。

そこで、私はまず
全八冊の「開題」だけをパラパラと読むことに。

うん。これだけでも読んだという達成感があります。
増谷氏につれられて、
正法眼蔵の全体像を俯瞰できたような
気分になります。

もっとも、凡例で指摘されているように

「かならず原文を読んでいただきたい。
朗々と吟誦すべき生命のことばは、
あくまでも原文のものであることを、
わたしは声を大にして言わねばならない。」

ということで、これから
「正法眼蔵」の現代語訳と原文とにチャレンジ。

そうそう。単行本と違って、
この文庫本には、第一冊目に息子さんの増谷松樹氏が
「学術文庫版刊行に当たって」(2004年一月カナダにて)
と題して6頁の文を巻頭に載せております。

これから現代語訳を読んでゆく、
そのまえに、この松樹氏の文が気になりました。
その文のはじまりを引用。

「四半世紀ほど前のことである。
父、増谷文雄が、カナダに住んでいる私を、
はるばる訪ねてきた。私は驚いた。
父の生活の中心は著述で、仕事に行く以外には、
机の前に正座して原稿を書いているもの。
そして、それは絶対に犯しがたいもの、
と思っていたからである。
その時、父は七十六歳、畢生の力をふりしぼった
『現代語訳 正法眼蔵』を完成したところであった。
父は原始仏教と日本仏教の双方を研究しており、
多くの解説書や研究書があるが、
最後の仕事は現代語訳であった。
仏教を現代人のものとすることを、
課題としていたからである。
『この後、阿含経典の現代語訳をやれば、
それで、もう終わりになるだろう』と、
繰り返していたが、そのとおりになった。
まださかんに熱っぽく道元の話をしていた。

散歩にいくと、母とふたりで颯爽と歩いた。
私はカナダ人の妻と長女のストローラーを押しながら、
後ろからついていった。・・・
父は心身ともに充実しきっているように見えた。
さかんにアクメという言葉を使った。
人生の最盛期という意味であるという。
人には、それぞれあって、
若いときにアクメを迎えるものも、
老いてからアクメを迎えるものもいると、
しきりに話した。・・・・」(p4)

この文を読んでから、私は寝て起きたら、
正座している増谷文雄氏の姿を思い浮かべていました。

ということで、つぎに
齋藤孝著「坐る力」(文春新書)をパラパラとひらく。
まず、目についたのは、この新書の中頃
「齋藤孝が選ぶ名作イスギャラリー」とあり、
写真入りで椅子たちが紹介されておりました。
パラパラめくっていると、本文のなかに、
「森信三先生講述 立腰教育入門」からの
引用があり、
気になったので、さっそく古本で注文
寺田清一編「森信三先生講述 親子教育叢書」全六冊を
注文(古本で1980円・送料含む)。それが昨日届く。

立腰(りつよう)とは何か、
ここからなら、「正法眼蔵」の原文へチャレンジ
できるような気がしてきました(笑)。

ちなみに、
齋藤孝さんのこの新書のあとがきに
詩が引用されておりました。

「坐ることは、心のあり方と直結している。
没頭するという精神のあり方は、机にはまり
こんで坐ることで感覚としてつかみやすい、と考えた。
詩人の八木重吉は、かつて、こう書いた。

 わたしのまちがいだった
 わたしの まちがいだった
 こうして 草にすわれば それがわかる

『草にすわる』ことと自分のあやまちを率直に認めること。
この二つが結びつくことに、私たちは共感する。
そんな経験がなくとも、なんとなく感覚として
わかる気がする。」(p188)

この新書にある
「名作イスギャラリー」の椅子を見ていたら、
私も、引用したい詩が思い浮かびました(笑)。


    てがみ    岸田衿子


 どうしていますか
 こちらは まひるの星が出ています
 つかれましたか
 もうじき 新しい椅子が届きますよ
 いま 南に向いた岬では 
 さやえんどうの出荷です
 午后は 雨です
 なに色の傘さして でかけますか
 夕かた 林の道の奥で
 オーボエがなるのを聞くでしょう



もうじき、立腰の姿勢で、
椅子に座って「正法眼蔵」を読む。
そんな私が想像できます(笑)。



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この考え方は間違っているのではないか。

2017-11-27 | 道しるべ
佐藤智恵「ハーバード日本史教室」(中公新書ラクレ)
その第3講義は、アルバート・クレイグ。

そこから引用します。

「・・京都大学に留学中、たまたま
東京大学の遠山茂樹教授が書いた『明治維新』という
本を読みました。それがきっかけとなり、
明治維新について深く知りたいと思うようになったのです。
遠山教授はマルクス主義の歴史学者であり・・・
明治維新について書かれた他の本も読んでみましたが、
驚くことに、日本の歴史学者が書いた本のほとんどが
マルクス主義の視点から書かれていました。・・・
私は『この考え方はまちがっているのではないか』
と疑問に思いました。そこでアメリカ人の視点から
新たな史観を示す必要があると思い、
明治維新について本格的に研究することにしたのです。
・・・・
もっぱら、日本の学者から多くを学びました。
その一人が東京大学の岡義武教授です。
彼は当時の日本の歴史学者としては珍しく
マルクス主義者ではありませんでした。・・・」
(p90~91)

次に引用するのは、「教授職への人事上の利権」が
マルクス主義にあるという視点で
小川榮太郎氏が対談で語っております。

長谷川】 ・・・それは役所だけでなく、
学校教育のなかにもあり、メディアのなかにもある。

小川】 言い尽くされていることですが、
基本的に反日で、日本に対する憎悪を持ち、
日本の歴史を嫌っている。
さらに政治権力は悪であるという発想ですよね。
反国家、反権力、反日的な思考が、
特にエリート層に残っている。
故渡部昇一さんがよくおっしゃっていたのは、
『敗戦利得者』という言葉です。
彼らは敗戦によってある種の利得を得、
さらに『人事利権』という形で
自らの思想を後継に繋いでいく。
マルクス主義的な発想を持った教授に付けば、
学生もまたその思想に染まっていく。
染まっていなければ、研究室に残れない。
こうした思想傾向の学閥が・・
日本の津々浦々まで浸透している。
一方、保守は・・・
日本の知識人が進歩派や共産主義に
雪崩を打って傾斜してゆく思潮に対して、
独立独歩で戦ってきました。
だから、渡部昇一さん、中西輝政さん、
西尾幹二さん・・・
誰もが人事上の利権からむしろ排除されてきた。
いわゆる左派的なイデオロギーが圧倒的な
人事利権で後続を育て続けてきたことが、
戦後七十年経っても日本の言論界を構造的に
変えられない一つの要因だと思います。
(雑誌「Hanada」p83・2018年1月号)


渡部昇一さんらに加えておきたいのは
宮脇淳子さん。

宮脇淳子「真実の中国史」(李白社・2011年)の
あとがきで、宮脇氏は、何気なくも
こう指摘しておりました。

「日本の歴史学界、とくに近現代史の専門家たちの
左翼偏向を、私は昔からよく知っていますから、
自分でわざわざそういう本を買って読んだりはしません。
今回、質問を受けて、一般に流布している
歴史書のでたらめさ加減に、あらためて衝撃を受けました。
私はこの9月21日に59歳になりましたが、
大学の常勤の職には一生縁がなさそうです。
いまになって思えば、こんなに自由に
ものが言えるのはそのおかげなのだから、
神さまの思し召しだったのかと思います。・・・」(p335)


う~ん。
マルクス主義が就職のコネとなる世界。
歴史学会商売も、商売繁盛でなにより。
でもね。コネ本の学校訪問販売お断り。
それよりも、
人事利権から排除されてきた方たちが、
綴ってくださった本の宝を探しだす喜び。
うん。これこそ読書の醍醐味。
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虚報がマイクを放さない。

2017-11-26 | 道しるべ
小川榮太郎著「徹底検証『森友・加計事件』
朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」(飛鳥新社)。


今日の産経新聞2017年11月26日の3頁目綜合欄に
この著者のインタビュー記事がありました。
題して『朝日、常軌逸した恫喝』。

そこからすこし引用。

「朝日新聞の申入書はトンチンカンなもので、あきれました。
広報部から私という個人に、大新聞・大企業がいきなり
損害賠償まで要求してくるのは、完全に恫喝ですよね。」

「私は朝日報道を虚偽や捏造と決めつけているのではなく、
一冊の本で論証しているのです。
朝日は抗議や賠償請求ではなく、私の論証が破綻している
ことを証明すべきです。・・・」

「朝日は慰安婦報道や東京電力福島第一原発事故をめぐる
『吉田調書』報道の反省がありません。・・・」


月刊「Hanada」2018年1月号には、
その小川榮太郎氏と元朝日新聞記者長谷川熙氏の対談
「森友・加計報道は朝日新聞の言論テロ」。

まず長谷川さんがこう語っておられます。

「この春から勃発した、
『安倍政権潰し』を狙ったと言う他ない
一種の虚報について、小川さんは
『単なる政権批判の域を超えた、一種のテロである』
とみていらっしゃる。私も全く同感です。・・・
これは間違いなく言葉でのそれでしょう。」(p72)


「若い人が朝日新聞の論調を嗤っているとしても、
視聴者数や投票行為に置き換えれば、全体の20%が限界です。
ネットも見ず、情報源は朝日新聞とワイドショーだけ、
という高齢者層は、若年層よりも積極的に投票行動を行う。
・・・
アカデミズムやメディアなど、発信源の主流派においては
完全に人事利権を押さえられている。
その危機が表面化したことこそが、
朝日新聞の『モリカケ』報道です。・・・
これは安倍政権の特段の力量があったからこの程度で済んで
いるだけで、一枚皮を剥げば、恐ろしいまでに
わが国のデモクラシーは脆弱化している。
ここに対する感度が鈍ってしまうと・・」


はい、現在の韓国市民が、数年先の
日本の未来を見せてくれているのだろうなあ。
この対談の最後の方で小川氏は
こう語っておられました。

小川】 ・・『彼ら』はすでに朝日新聞という
メディアを持ち、テレビ局というマイクを手にしている。
朝日新聞が言挙げした『ウソ』が、
マイクによって全体に浸透していく。
このような勢力が権力を手にすれば、
それはもう完全な全体主義社会の誕生です。
虚報にマイクを持たせてはいけない。
そのウソによって、政権が国民から
石を投げられ、総理が国民に頭を下げる
ようなことがあってはならないのです。

長谷川】 全く仰るとおりですね。

小川】 これまでの日本は許し過ぎたのだと思います。
朝日新聞がどんなに偏った報道をしても、
テレビが放送法を逸脱した番組を流しても、
多少、批判を浴びる程度で済んできた。
これでは彼らが改心するはずがありません。・・・
(~p85)


本と新聞と雑誌と。
あなたなら、どれから読みますか?
それとも、
マイクを持ってはなさない、
カラオケの独演会みたいな、
朝日新聞とテレビ局との
言論の独り占めに無防備でいますか?
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朝鮮の銅像事情。

2017-11-25 | 短文紹介
草思社の「韓国は消滅への道にある」に、
銅像について、二か所印象に残ったので、
さっそく引用しておきます。

「例えば、李承晩(イ・スンマン)大統領や
朴正煕(パク・チョンヒ)大統領など保守主義的な
指導者をいくらでも批評できる。
感情的な非難であっても、根拠なき悪口雑言
であっても限りなく許される。
ところが、大韓民国の建国に反対して
北朝鮮の金日成(キム・イルソン)と組み、
ライバルの李承晩に反抗した元上海臨時政府主席の
金九(キム・ク)に対する非難や批評はタブーだ。
李承晩の銅像はないが、
金九の雅号の『白凡(ペクポム』をとった
通りの名、銅像はいたるところにある。
金大中大統領や彼の出身地である
全羅道に対する批判的な言説も禁忌事項だ。」
(p6)

「北朝鮮に三万基ある金日成の銅像」(p60)


うん。日本の自民党への批評はどのようにもできる。
という、朝日新聞の妙な自信の源は、ここでしょうか。
「日本死ね」は、喜々として新聞掲載して、
「朝日新聞死ね」は、タブー扱いされる
黒塗り仮面的な言論の自由の使者。

ああ、そうそう
「韓国は消滅への道にある」に
こんな箇所がありました。

「反朴デモ隊のなかには、
民労総、朴政権によって解散させられた
統合進歩党の旗も揺らいでいた。・・・
そしてなんと日本共産党や労組の旗も
かいま見られる。」(p137~138)

そうそう、
「韓国は消滅への道にある」は、
「朝日新聞は消滅への道にある」
という深読みもできると思うのですが、
こればかりは、読まない人には分からないですよね。

慰安婦像乱立の背景の説明には、ぜひとも、
韓国の深層心理に妙な自信を埋め込んでしまった
朝日新聞の特筆すべき貢献を明記すべきではないのか。

責任なき、言論の自由の垂れ流しは、
これからも、何度でも続くという覚悟。
それゆえに、朝日新聞を叩き台にして、
見定める言論の自由のゆくえ。
強烈な韓国のタブーに感染しない免疫づくり。
新聞見出しを信じる前に、
うがい、手洗い忘れずに。
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韓国が教えてくれる政治。

2017-11-21 | 産経新聞
ようやく、草思社の新刊
「韓国は消滅への道にある」が手もとに。

読みながら日本政治の野党の仕組みが
手に取るように分かってくる。
これぞ読書の醍醐味。

マスコミが教えてくれそうもない
野党の構造図を、手渡されたような
そんな一冊。

うん。
韓国政治が教えてくれている日本の構造。

韓国政治を勉強するというのは、
日本政治を勉強するための
基礎的なテキストとなっておりました。

まさかと思いますか(笑)。
うん。読んでのお楽しみ。


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正法眼蔵の現代語訳。

2017-11-20 | 道しるべ
はじめて、道元の本に興味を持ったのは、
阿部謹也氏が新聞に書いていた文でした。

それは、あとに阿部謹也著「読書の軌跡」(筑摩書房)に
入っておりました。
短文なのですが、
「正法眼蔵随聞記」を紹介して
「江戸時代以前の書物の中で私が大学生の頃に
よんで大きな希望を抱かせてくれたのがこの書物である」
とはじまっておりました。
本によると、1990年に新聞に掲載された文でした。

それでもって、「正法眼蔵随聞記」を読んで
分からないながらも、印象に残っておりました。

それから、今月になって
道元の「正法眼蔵」の現代語訳を読み始める。
はい。増谷文雄氏の全訳注が読める楽しみ。
たとえば、各巻のはじめに「開題」という文が
あります。正法眼蔵に立ち向かう、増谷氏の
フットワークが読める箇所です。

ひとつ引用。

「なるほど、道元の文章はむつかしい。
特にこの『正法眼蔵』は難解至極である。
わたしもその現代語訳をはじめて、
日々悪戦苦闘の連続である。だが、・・・
道元その人もまた、なにとぞして
理解させようとして、語をかさね
句をつらねているのである。
繰り返し繰り返しして読んでいると、
その気持ちがよく判るのである。・・」
(p15~16・「正法眼蔵二」講談社学術文庫)
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「典座教訓」再読。

2017-11-14 | 道しるべ
講談社学術文庫の
道元「典座教訓・赴粥飯法」が
本棚にあったので、ひらいてみる。

内容は忘れていたのですが、
付せんを自分で貼ってあるので、
パラパラと現代語訳の
「典座教訓」の箇所のみ、
めくっていたのがわかります。
というか、自分で読んだことさえ、
すっかり覚えていないのでした。

うん。取り合えず
目を通したということだったのでしょう。

ということで、
付せんを貼ってある箇所を
まず、ひらく。
こんな箇所がありました。

「無道心者の典座の弊害」(p113~115)

憐れむべく、悲しむべし、
無道心の人、いまだかつて有道徳の輩に遇見せざることを。
宝山に入れりといえども、空手にして帰り、
宝海に到れりといえども、空身にして還る。
まさに知るべし、かれ、いまだかつて
発心せずといえども、もし一の本分人にまみえば、
すなわち其の道を行得し、
いまだ一の本分人にまみえずといえども、
もしこれ発心せる者ならば、
すなわちその道をギョウヨウせんことを。
すでにもって二つながらかくれば、
なんぞもって一つも益することあらん。

訳文

このように、仏道を修行しようとする心のない人が、
すぐれた師僧にけっしてめぐり会うことができないということは、
なげかわしいことであり、うれうべきことである。
それはまるで、宝の山に入ったとしても、
何も手に入れないで帰ったり、
宝の海に潜ったとしても、
何も身に得ることなく帰ってくるようなものである。
典座というものは、仏道修行を目指す
真実の心は起こしていなくても、
もし悟りを開いた師匠に出会い教えを受けることができたならば、
典座の役を立派に果たすことができるし、
また、たとえすぐれた師匠に会うことができなくても、
もし深く心に仏道を求める志を起こしていたならば、
必ずや典座のつとめを仏道として成し遂げることが
できるということを、よく知っておくべきである。
・・・・・


やっぱり、一度だけ読んだというだけでは、
駄目ですね(笑)。
すっかり、読んだことも忘れておりました(笑)。
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自己をならふ。

2017-11-13 | 道しるべ
「道元を語る」(かまくら春秋社)は、
エッセイ・インタビュー・対談と
初心者には入門書として楽しそう。

ということで、買ってはあったのですが、
置き去りになっておりました(笑)。
まあ、とにかくパラリ。

辰巳芳子さんへのインタビューを
読んでみました。題して
「『典座教訓』のはなし」

そこに、こんな箇所がありました。

辰巳: ・・・これは『正法眼蔵』の中ですが
『仏道をならふといふは、自己をならふ也』
という言葉があります。『自己をならふ』。
こういう表現が私にとって初めてでショックでした。
これほどまでの言葉が存在するのかと。
・・・・・
とにかく道元さまの書かれたものを繰り返し読むうちに、
説かれていることがとても気持ちよく感じられる
ようになりました。(p100)


う~ん。
『正法眼蔵』を読んでいらっしゃる。

そういえば、
鎌田浩毅著「知的生産な生き方」(東洋経済新報社)に、

「漢文で書かれている正法眼蔵を、
今は優れた現代語訳で読むことができます。
お勧めしたいのは増谷文雄訳の
全八巻(講談社学術文庫)です。」(p147)

ここで、
お勧めしたい現代語訳を指摘してくださっている。
ありがたい。挫折せずに読めそうな気がしてきた。


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本棚整理。

2017-11-12 | 地域
一日本棚整理。
あたらしい本棚が増えたので、
本のあれこれ場所かえをして、
時を忘れておりました。
そんなに、本が多いわけじゃないのに、
ついつい、手が止まっちゃう場面が多く(笑)。


知的にも消費と生産とあるそうで、
一日、消費にかかりっきりでした。

日陰者じゃなかった、日陰本を移動して、
目につきやすい場所にもってきたり、
ああじゃない、こうじゃないと
気がつけば、夕方の五時。
たとえば、
都築響一「TOKTO STYLE」の文庫本が出てくる。
今回はじめて気づいたのは、その中に、
本棚の家もあったのでした。
マンションでしょうか。
壁という壁が本棚となっている壮観。

「後列にハードカバー、前列に文庫本
の前後二列使用がここでは常識となっている。」
とあります。
その部屋の持ち主へも言及されていて

「夫は大学で哲学を教え、
妻は中学で美術を教える・・夫婦のマンション」

きれいに整理された本棚で、
はて、お子さんはいらっしゃるのだろうか?
今は、引っ越しているのだろうか?

この本棚の夫婦は、今頃どうしているのだろう。
なんてことを思いながらの、
ながら整理。文庫本の移動もままならず(笑)。
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如是如是(その通り、その通り)

2017-11-11 | 道しるべ
水野弥穂子(やおこ)訳「正法眼蔵随聞記」(ちくま学芸文庫)を
以前読んだことがあります。
その本を取り出してみると、付せんがあちこちに貼ってある。
それがきれいに、内容は忘れております(笑)。

けれども、その印象だけは残っていて、
古本で道元とか正法眼蔵とかの名前があると、
安ければ読まないのに、ついつい購入しておりました。

その購入本を読むのは、今でしょう。
とばかりに、とりあえず数冊を並べます。

水野弥穂子著「『正法眼蔵』を読む人のために」(大法輪閣)
もその一冊。うん。パラパラとですが、
この機会に読み始めました。

うん。最初の方には線が引いてありますので、
数ページほど、私はチャレンジしてやめております。
そこから、線を引いた箇所を引用。

「インドネシアでも、ボロブドールの遺蹟では、
大日如来がずらっと並んでいます。これは、
修行をすればみんな仏になるのだということを
知っていたためだろうと思います。
そして中国には、菩提達磨という・・
人間の姿でインドから来てくれたのです。・・
まさしく、仏は人間がなるものだという実物を
見せて下さったわけです。
それを信じた人々が、一代ごとに、
祖師の法を、受け継ぎ、実現してきた、
それが『諸仏』だったわけです。・・・
特に道元禅師は『諸仏』という言葉で、
仏教修行をして仏になっている人のことを
言っておられます。
そこをとりはずすと、
『正法眼蔵』が自己の話でなく、
遠い向こうの話になってしまいます。」(p13~14)


ということで、
今日はパラパラとめくっていって、
とりあえず、本の最後の言葉はというと

「因果を知ることは
仏の救いを知ることだったのです。
仏法は全自己の問題です。
因果を他人に押しつけるから
因果がいやな言葉になってしまうのです。
自己の因果は自己だけが完全に知るのです。
その中から、
無上菩提に向かう
確実な道が見出されるのです。」(p250)


はい。一回読んだだけじゃ、
わかりません(笑)。
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今日今時ばかり仏法に随い。

2017-11-10 | 本棚並べ
古本で、ワイド版岩波文庫があると、
安ければ、つい買ってしまいます。
読まないけれど(笑)。

10月に火葬場で、お坊さんの隣りに座りました。
曹洞宗のお坊さんでしたので、
正法眼蔵随聞記くらいしか読んでいないのですが、
と話のきっかけをつくりました。

勉強になったのは、
曹洞宗には、両大本山があるということ。
永平寺と總持寺の両大本山。
そして、お隣で話させていただいたお坊さんは
總持寺で修業された方だそうです。

私は、ついつい曹洞宗とは永平寺とばかり
思って話していたのですが、ちょっと
気にさわられたかもしれません。

こういうときに、随聞記の
一節くらいスラスラでてくればよいのですが、
読んで良かったという印象だけなのが残念でした。

昨日は、ワイド版岩波文庫の正法眼蔵随聞記を
ひらきました。その最後に中村元氏の解説があり、
随聞記にも面山本と長円寺本とがあることを
今回初めて知りました。
ちなみに、岩波文庫は面山本を底本としていて、
ちくま学芸文庫の水野弥穂子訳の「正法眼蔵随聞記」と
講談社学術文庫の全訳注山崎正一「正法眼蔵随聞記」と
は、長円寺本を底本としていることを
今回はじめて知りました。

はい。勉強になります。

ちなみに、中村元氏の解説によりますと
長円寺本は
「この写本は、われわれに『随聞記』の古体を
知らせてくれる。一見意味の取りにくい語句や
文の続き具合をそのままに写してあるから、
書写に際しては特に恣意を加えなかったという
態度が推測される・・・」(p151)

うん。気になる箇所を読み比べる楽しみが出来ました。

ワイド版の方が手にとりやすいので
昨日は、そちらをまず開く。
昨日、開いた箇所には、こんなのがありました。

「在世の比丘(びく)必ずしも皆すぐれたるにあらず。
おもいよらぬに希有にあさましく下根なるもありき。
故に仏け種々の戒法等をまふけたまふこと、
皆わるき衆生下根のためなり。
人人皆な仏法の器なり。
かならず非器なりと思ふことなかれ。
依行(えぎょう)せば必ず証を得べきなり。
・・・・
学道の人ただ明日を期すことなかれ。
今日今時ばかり仏法に随て行じゆくべきなり。」(p100)

さて、ここを
長円寺本は、どう書かれていたのでしょう。
今日は、そこをさがしてみます。
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漢字を忘れたときは。

2017-11-09 | 手紙
谷沢永一・渡部昇一「広辞苑の嘘」(光文社)。
その「結びにかえて」は渡部昇一氏が書いておりました。
題があって「辞書の権威によった悪辣な所行」。

その「結びにかえて」のなかに
気になる箇所がありました。

「漢字を忘れたときは最も手軽な
『日用字典』(清水書院)を引く。
これは30年も前に故・佐藤正能先生から、
『これは持っていると重宝だよ』といって戴いたものを、
文字通り重宝して今日に至っている・・・」(p279)

はい。
さっそく清水書院の『日用字典』を注文
ワイド版日用字典を古本で買いました(笑)。
新書をすこし豪華にした感じの一冊。
漢字が並んでいて、忘れる私にはありがたい。

印象的だったのは
最後の方に「書簡文の書き方」があるのでした。
これが短く適切で、繰り返し読んでみたくなる。
はい。手紙を書く時の戒めとなります。

「書簡文の心得」として
一「もっとも大切なのは真情の流露」
二「じかに会って話す気持ちで」
三「事柄を明瞭に」
四「簡潔に、平易に」
五「手紙はまめに出す」

と続くのです。まだね。
どれも簡潔で、印象深い。
たとえば、三「事柄を明瞭に」の全文を引用。

「対話ならば不明な点を聞き返すことができるが、
手紙ではそれができない。不明瞭な手紙は
相手の人を精神的に苦しめることになる。
相手の立場に立って細かに考え、
不明な点を残さないように注意する。」

うん。五「手紙はまめに出す」の全文は

「手紙がおっくうになるのは、
りっぱな長い手紙を書かなければならないと
思うからである。
簡単でよいから出すべき手紙はまめに出す。
特に返事の手紙は時期をはずさないよう。」


こんな感じで続く8頁。

はい。これからは、
手紙を書く時には、常に脇に置きたい、
とても、ありがたい日用字典。
値段もリーズナブル。
と、思わぬ収穫でした。
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本棚つくり。

2017-11-09 | 本棚並べ
昨日は、だらだら本棚作り。

まず、メタルラックというキャスター付で
高さが178㎝ほどで、4~5段の棚付のラックを用意。
ネット注文で4000~5000円ほど。

そこに、処分するはずの我が家の
古い整理ダンスの各引き出しを
引き出す箇所を下にして、
2つの引き出しの底を背中合わせにする。
それをラックの各段に置いてゆく。

設置した整理ダンスの引き出しは、
本を置くと上のスペースがもったいないので
引き出し部分を上下にわけるようにして、
木を挟み込み二段にして、文庫本入れにする。
挟み込んだ木は、両脇に足を挟むだけ
釘は使わずにすます。

ということで、
キャスター付メタルラックの各段に
古い整理ダンスの引き出しを背中合わせに置くだけ
引き出しの棚には横木を設置して二段にして
きっちり文庫本がはいります。

メタルラックは、さまざまなサイズがあるので、
タンスの引き出しのサイズに合わせて注文できます。
高さと幅と奥行きとは、まずまずのが選べました。

あとは、文庫を入れるだけ。
ということで昨日はおわりました。

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お先棒を担ぐ所行。

2017-11-05 | 朝日新聞
産経新聞11月5日。
門田隆将氏が「新聞に喝!」に文を掲載しておりました。

ああ、こんな見方をする人がいて、
こんな見方を載せる新聞社がある。
というのを引用。

「政府が出す法案をなんでも全否定し、
修正の要求や対案の提示もなく、
人の言葉尻を捉えた揚げ足取りにだけ熱心で、
ひたすらテレビカメラに向かって
パフォーマンスをする野党。
新聞がそのお先棒を担ぐために
野党議員はますます勘違いし、
日本の国会は、いつの間にか
現実から完全に流離した情けない
『空間』と成り果ててしまった。」

うん。
「お先棒を担ぐ」新聞社は、
きまって、こういう文は載せません。
こういう文が載っていない新聞の購読者。

そういえば、「広辞苑」。

谷沢永一・渡部昇一「広辞苑の嘘」(光文社)が
出たのは、2001年でした。
その「結びにかえて」で渡部氏は、こう指摘しておりました。

「人は自分の引く辞書を信頼する。
辞書には誤植や誤記はないはずだ、
という先入観が一般にある、
と言ってよいであろう。
そこにつけ入るとは、
何たる悪辣な所行であろうか。」(p281)

ついでに「広辞苑の嘘」の「序にかえて」で
谷沢永一氏が、広辞苑(第三版)を指摘しております。

「問題は第三版(昭和58年)で行われた改訂である。
市村宏は斥けられたらしい。
編纂は新村猛、金岡孝の二人のみならず、
また『岩波書店辞書編集部』だけではなく、
『遺著刊行会』がこれまた編纂に加わることになった。
委員の数と氏名は明記されていないことの意味を考え、
『辞書編集部との協同のもとに』と念を押している語気から察し、
また氏名を伏せる措置が必要であったことから推して、
『刊行会』を実質上構成したのは、岩波書店の
とくに選ばれた尖鋭分子の編集者であったろう。
じっと我慢の雌伏していた岩波書店が、
ようやく『広辞苑』を支配するに至った。
その証拠に、市村宏時代の穏当な語法は影を潜め、
共産主義による独善的解釈が勢いよくのさばる。
『広辞苑』は第三版によって劇的に変化し、
左翼理論の活発な演習場に化した。
・・・」(p16)

う~ん。
2017年の今でも広辞苑は売られ。
2017年の今でも朝日新聞は読まれ。
「何たる悪辣な所行であろうか」。
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問題は本であった。

2017-11-04 | 道しるべ
「ラクして成果が上がる理系的仕事術」の
はじめに
「本書はまず、膨大な資料に埋もれて喘いでいる
人たちに捧げたい。目的を先行させることによって、
状況は一変することを知ってほしい。」(p4)

う~ん。
この言葉を反芻していたら、
梅棹忠夫著「裏がえしの自伝」(中公文庫)を思い出しました。
ひさしぶりに思い返したわけです(笑)。

それは、西堀栄三郎著「南極越冬記」にかかわることになる
梅棹忠夫氏でした。

というか、引用をはじめましょう。

「新聞・雑誌はおどろくべき分量のスペースをその報道にさいた。
問題は本であった。単行本であった。そのとき、
わたしの敬愛する桑原武夫大先輩から指令がきた。
西堀栄三郎著『南極越冬記』という本を、おまえがつくれ。
桑原さんのいわれることには、西堀にはどうせそんな本を
まとめる能力はないから、おまえがやれ。
出版社は岩波書店、岩波新書の一冊である。
話はもうできている。
・・・わたしは南極の現地経験はないけれど、
たしかに、極地についてはなにほどかの知識はある。
エクスペディションというものがどういうものであるかも
承知している。そのうえ、ご本人、西堀栄三郎博士の
人物もよくよく存じあげている。たしかに、
わたしはこの仕事の適任者のひとりではあっただろう。
・・・
西堀隊長のもってかえってこられた『素材』をみて、
おどろいた。大判の重厚な装丁のノートブックに、
ぎっしりと日記がかかれていた。ほかに、
科学的エッセイ、講演原稿など、山のようにある。
ものすごい分量である。これをどうして一冊にちぢめるか、
それが問題である。・・・大ナタをふるって
所定の分量にまでちぢめるのがわたしの役だった。


う~ん。ここで削らずに
もう少し「裏がえしの自伝」からの引用をつづけます。


このままの形ではどうにもならないので、
それをすべて原稿用紙にうつしてもらった。
200字づめ原稿用紙で数千枚あった。
わたしは岩波書店の熱海伊豆山の別荘にこもった。
ことがらの推移を追いながら、
しかも項目ごとにまとめ、
ところどころに科学的エッセイをはさむ。
自分で原稿をかくのではなく、
もっぱら原稿をけずる仕事だから、
らくといえばらくなのだが、
けっこう気ぼねがおれた。
割愛するにしのびない
おもしろい話がたくさんあるのだが、
新書一冊という制限のあることとて、
大はばにけずらざるをえなかった。
一週間以上もかかったかとおもう。
作業はついにおわった。そして、
異例のはやさで、西堀栄三郎著『南極越冬記』が世にでた。
(p84~85)



ちなみに、鎌田浩毅著
「ラクして成果が上がる理系的仕事術」の
第一章の最初の引用が
梅棹忠夫著「知的生産の技術」でした。
それを引用してから
鎌田氏はこう書いておりました。

「『知的生産の技術』は、1969年に出版され、
ベストセラーとなった。私が中学二年のときに、
一年先輩からよい本があると薦めてもらった本である。
はじめて新書を最後まで読み通し、
知的なショックを受けた覚えがある。・・・」(p20)


その「知的なショック」が何であったのかを
2006年に「ラクして成果が上がる理系的仕事術」で
解明してくれたのでした。ありがたい。




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