和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

固定化することわざの世界に、新風を送る。

2016-08-30 | 書評欄拝見
8月28日毎日新聞の今週の本棚。
(開)さんの短い書評は、
時田昌瑞著「思わず使ってみたくなる知られざることわざ」
(大修館書店・1836円)。

短い書評なのですが、
その最初と最後とを引用することに。

「ことわざの『知られざる傑作』に光をあてる。
読み物としても面白い。『鷹の目にも見落とし』
は、いかにも目つきの鋭いことばだ。
気持をひきしめたいときにぴったり。
比較を楽しめるのも本書の特徴だ。
『蟻と蟻にも礼儀あり』は、礼儀作法の大切さ。
同類の『親しき中にも礼儀あり』と比べると、
『あり』が三回の『蟻と蟻』は語呂もよく
ユーモアがあり、喚起力でまさる。・・・」

最後は

「即戦力となることばが次々に登場するが、
『正宗の刀も持ち手による』。
すべては使う人次第でもある。
固定化することわざの世界に、新風を送る一冊。」


はい。
この書評は、一読忘れがたい。
とりあえず、私は「もてあます」方なので、買いません。
まずは、
鈴木棠三の「新編 故事ことわざ辞典」(創拓社)を
本棚から持ってきて、座右にしばらく置く。
この書評にある、ことわざをめくる。
そう、古い本を開き、新刊を思う。
マタ、ヨロコバシカラズヤ。
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何かを与えようとする文章ではない。

2016-08-28 | 書評欄拝見
岩波現代文庫の宮本常一著「空からの民俗学」。
その解説は、香月洋一郎氏。
一読印象深かったのですが、
あらためて、この箇所を思い浮かべておりました。

「私達は各々身の丈に応じて、
宮本常一からなにかエネルギーのかけらのようなものを
もらった・・・その破片とのつきあい方は各々の自由でもある。
そこで自分以外の何かを背負う必要はない。
・・・宮本の文章は、たとえ一般向けに書かれたものでも、
その玄関口のみを啓蒙的な発想で紹介するのではなく、
きちんと、しかしさりげなく奥の間まで見通せる形で
玄関口を提示している。ここに集められた文章もそうである。
なにかを与えようとする文章ではない。
自分の現場に招きいれようとする文章である。
私や私の仲間にフィールド・ワークの手ほどきを
するときと同じように。・・・」(p242)


うん。この夏
宮本常一を読もうとしたのに、
この夏は、すっかりオリンピック観戦でした(笑)。

毎日新聞の今週の本棚に
橋本治著「国家を考えてみよう」(ちくまプリマー新書)
についての、著者インタビューが写真入りで載っておりました。
その最後にこんな箇所。

「参院選では若者に自民党支持が多いことに驚いた。
選びたい人がいないという声も多いが、
『それなら選びたい人が生まれてくる
世の中にすることです』。
誰かに投票すればなんとかなるという
考え方自体が怪しい時代。
『だったら自分がやれるように
なんなさいよってだけです』。
橋本流『学問のすすめ』である。
(文と写真・青野由利) 」

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夏の野の 繁みに咲ける。

2016-08-21 | 詩歌
私にとって、今年は、百人一首が気になってはじまった年。
ということで、和歌。

万葉集はどこから手を付けてよいやら、
わからずに、そのままになっておりました(笑)。
ということで、最近になって
古本で扇野聖史著「万葉集の読み方」(日本実業出版社)を
200円で購入。

ああ、夏から読めばいいんだ。
と、この古本に教わりました。
はい。今年の夏の収穫(笑)。

さて、古本にはこうあります。

「万葉集で歌を春・夏・秋・冬の四季に分類しているのは、
巻八と巻十の二巻だけである。この分類法は新しく、
平安期以後の歌集が採用した部立の先駆となった。
二巻を通じて、季節別に分けると、
秋の歌がだんぜん多い。冬の歌が少なく、
次いで夏が少ないのは、夏季は『大和の昼寝』の諺どおり、
奈良盆地は炎暑がつづくので、万葉びとからも敬遠された
せいだろうか。ことのついでにこの諺に触れておくと、
大和の夏はあまりに暑いので、村びとの間に夏期は昼寝を
する掟ができ、これを破って農事に精を出そうものなら
村八分にあったという。愉快な約束事ではある。」(p166)


それでは、万葉集の巻八と巻十とを
ひらいてみることに。
せっかくですから、
窪田空穂全集第十六巻
万葉集評釈Ⅳをひらいてみることに(笑)。

この第十六巻には
巻第八・巻第九・巻第十を載せておりました。

せっかくめくっていたので、
こんなのは、どうでしょう。

春の野に すみれ採みにと 来し吾ぞ
  野をなつかしみ 一夜宿(ね)にける (p25)

夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の
   知らえぬ恋は 苦しきものぞ (p78)

秋の野に 咲きたる花は 指折りて
  かき数ふれば 七種(ななくさ)の花 (p105)


以上万葉集巻第八にありました。

三番目は山上憶良で「秋の野の花を詠める歌二首」
その第一首目で、二首目に七種の花が並びます。

さてっと、
このブログに貴重なコメントを下さる
きさらさんのブログに、時々おじゃまします(笑)。
最近のブログに、タカサゴ百合が写真入りで
紹介されておりました。

うん。家のそばにも、近所にも
その花をみかけます。背が高くてね。
目をひきます。きさらさんのおかげで
その百合の名前を知ることができました。

万葉集に登場する「姫百合」については
窪田空穂氏の語釈をもってくることにします。

「『姫百合』は、山野に自生する百合の一種で、
花は夏咲き、黄と赤の二種がある。鬼百合に較べると、
茎も花も小さい。・・・」(p78)


もう一首引用させてください。

このごろの 恋の繁けく 
 夏草の 刈り掃(はら)へども 生(お)ひしくが如


うん。裏の借りている畑の雑草。
それを刈りとったままでしたので、
今日の夕方、燃やす。
終ってからのビールがうまい(笑)。
コメント (2)
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「中国亡命漫画家」最終回。

2016-08-20 | 新刊購入控え
雑誌「新潮45」9月号をひらく。
辣椒(らーじゃお)の連載漫画
「中国亡命漫画家」が、この回で最終回とあります。
最終回はご両親のことが丁寧に描かれています。

最後に、この連載は来年1月に単行本刊行予定。
とあります。うん。刊行されたら買わなきゃ。
それにしても、来年とはね。
売る気があるのかどうか?

この雑誌に、
稲垣えみ子さんへのレビューインタビュー記事が2ページ。
気になったので紹介します(笑)。

インタビュー記事のはじまりは

「朝日新聞社での仕事に50歳の節目で区切りをつけ、
晴れて『無職』となった稲垣みえ子さん。
退職前には、担当したコラム連載が熱狂的な支持を得たり、
その究極の節電生活が話題となったり。・・・・」

うん。脇にご自身のアフロの写真があり、
写真の下に簡単な履歴がありますので、
それも全文紹介。

「1965年生まれ。朝日新聞社で大阪社会部、
『週刊朝日』編集部、論説委員などを経て
2016年1月退社。近著『アフロ記者が記者として
書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』」


そうそう。週刊朝日といえば
司馬遼太郎の「街道をゆく」以来
買っておりませんが、今はどんな雑誌でしょう?

今日の産経新聞の
「花田紀凱の週刊誌ウォッチング」
に、最近の週刊朝日が他の週刊誌と比較されて
出ておりましたので、そちらも引用。

「陛下の『ご譲位』問題。
『週刊朝日』(8・26)
【前代未聞!国民に向け、自らSOS!!
天皇陛下の『終活』】。
『サンデー毎日』(8・28)は
保阪正康さんの寄稿で
【天皇陛下「お気持ち」に込められた
生前退位への「覚悟」】。
それにしても「朝日」のタイトルはいただけない。
そんななかでは『週刊新潮(8・25)の
【天皇陛下「お言葉」を私はかく聞いた!】
はいかにも「新潮」らしい大人の斬り口。
工藤美代子さん、佐藤優さん、百地章さんら
7人の意見はそれぞれ参考になる。」


さてっと、
週刊朝日の編集部から
朝日新聞の論説委員になった稲垣ふみ子さん。
そして、50歳の朝日新聞退社。

インタビュー記事から、
この箇所を引用。

「・・・50歳を区切りに会社を
卒業しようと考え始めました。
あと東日本大震災の後、節電を始めて
ほとんどの家電製品を捨ててしまったことも
大きかった。それまで
『なければ生きていけない』と思っていたものの
ほとんどが、実はなくても平気だった。
いやむしろない方が豊かなことも多いんです。
それなら、会社だってなくてもやっていける
んじゃないかと。」(p300)

うん。私は稲垣ふみ子さんの言葉をこう聞きました。

朝日新聞が『なければ生きていけない』と
思っていたもののほとんどが、実はなくても平気だった。

それなら、朝日新聞がなくてもやっていける。

うん。朝日新聞を退社する。
それほどに、朝日新聞の女性は強い。
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夏の詩歌。

2016-08-06 | 詩歌
古新聞が積み上げられ、それでなくても、
暑苦しさが倍加しておりました(笑)。
ということで、
古新聞の整理。

読売歌壇・俳壇のページは、
ページごと切り抜きます(笑)。

うん。夏の詩歌は気になる。
たとえば、古今和歌集での夏の歌は
「ほとんど九割近くがほととぎすの歌で
占められていますので・・」
とは大岡信氏の言葉。

はい。夏の詩歌を見つけるたのしみ。

7月4日読売歌壇
小池光選のはじまりに

 その裏に商店の名を記したる
  房州団扇のなつかしきかな

  館山市・山下祥子

【評】むかし夏になればお店の団扇(うちわ)が
配られた。どの団扇の裏面にも商店の名前が書かれ
ていた。思えば実になつかしい。いまはみんな
クーラーで夏をしのぐ。なにか味気ない。

同日の読売俳壇
宇多喜代子選のはじまり

 夏の川足裏を伝ふ水の色
 
   周南市・篠原淳一

【評】川に足を浸している。浅瀬に立って
いるのかもしれない。足裏に感じる川水の
うごめき。その心地よい感触を『水の色』
と表現した。

7月18日読売歌壇
栗木京子選のはじまり

 夏めく日町に一つの本屋さん
 A4一枚の閉店通知
 
  富岡市・宮前咲恵
 
【評】個人経営の書店だったのだろう。
通知一枚の素っ気なさで閉店してしまった。
町に一つの心のオアシスだったのに。
『A4一枚』と紙のサイズを明示したことで
実感が出た。

7月25日読売俳壇
宇多喜代子選の二番目

 魚跳んでゐる江戸川の夏の月

  習志野市・吉田信雄

【評】まことに涼しげだ。
一枚の浮世絵のような景である。
夏以外の月では絵にならないだろう。

同じ日の読売俳壇
正木ゆう子選の三番目

 花の名をひとつ解明夏の路地
  
  大阪市・谷口進

【評】名前を知ると人も親しくなるように、
花も名を知ると印象が鮮明になる。
『解明』がおもしろい。ずっと
気になっていた花なのだろう。



片づける古新聞に夏の詩を思いもかけず読める楽しみ。
コメント (2)
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読者が飽きたせいだろうか。

2016-08-03 | 道しるべ
平川祐弘氏の新刊が出たそうで、
今回は買わないことにしました(笑)。

さてっと、
8月2日産経新聞正論欄は
平川祐弘氏が書いておりました。
そのはじまりを引用しておくことに。

「岩波書店発行の『文学』の年内休刊が決まった。
文系の学問では定型化した見方ができると、
若手はそのヴァリエーションを繰り返す。
そんな『研究』がかさぶたのようにくっついて
肝心の傷口の真実が見えなくなる。
そんな論文に読者が飽きたせいだろうか。
だが独創的な学術論文は上手に書けば、
商業ベースでも売れる。
それが私の学者人生の経験則だ。
私の大学院時代は敗戦後のこととて
出版助成金などなかった。それでも
『書物を出すこと』で滅びずに生きてきた。
『論文を出すか、教職を諦めるか』
publish or perish の原則を
日本はもっと尊重すべきだろう。
・・・・」


ところで、
岩波現代文庫の宮本常一著「空からの民俗学」
の解説は香月洋一郎氏。

この解説が魅力なので、
解説で紹介されていた

追悼文集『宮本常一 同時代の証言』
毛利甚八著『宮本常一を歩く』

うん。こちらを買うことにします(笑)。
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