和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

アニミズム。

2014-07-31 | 前書・後書。
平川祐弘・鶴田欣也編
「アニミズムを読む」(新曜社)の
鶴田欣也氏の「まえがき」に

「私は会議のテーマを『自然と自己』とするよりも、
自然をもっと限定し『アニミズムと自己』として、
準備を進めていた。ある日、出席を内諾していた
米国の学者から電話がかかってきた。
アニミズムという言葉は戦時中の神道や言霊と
ひびき合い、政治的な誤解を招くのではないか。
出席者のリストを見ると国粋的と見られている
京都のある研究所の教授が何人か含まれている。
最近その研究所の助教授が日本のアニミズムを
弁護する本を書いたが、そのなかで地球の森が
破壊されたのはキリスト教思想に負うところが
多いと主張していたので、各国から抗議文が
届いて山のようになっているのをご存知だろうか。
アニミズムという問題のある言葉よりも
『自然と自己』の方が皆さん出席しやすいのでは、
というのが電話の内容だった。・・・・
結局、忠告を与えてくれたこのアメリカの学者は
会議には現われなかった。この数年北米の大学では
『ポリティカリーコレクト』という言葉がよく口に
され、教授も学生も政治的に敏感になっている。
社会科学ではもちろんのこと、文学でも美術でも
政治分析が大流行で、文体だの美意識だのの論文を
書いても出版してくれるところはなかなかない。
彼も『国粋派』と思われる学者たちと同席するのを
避け、政治的に危険なトピックから距離をおいて、
『ポリティカリーコレクト』な位置を守ったのかも
しれない。・・・
後日、問題の本を出版した研究所の助教授の方に
直接会う機会があり、その件について尋ねたところ、
抗議文は来ましたが、キリスト教関係の人から
一通あっただけで、抗議文が山積みということは
ありませんという話であった。・・・」(p8~9)

このあとに、平川祐弘氏の
「日本文学の底に流れるアニミズム」
を読むと、その最後のこうありました。

「私は本書に集められたペーパーをあらかじめ
通読する機会に恵まれたが、日本文学の特質を
論ずる諸論文の中に『言霊』という言葉と
『アニミズム』という言葉がキー・ワードの
ように繰返し出て来ることに驚き、その言葉が
何故かくもしばしば用いられるのか、その背景
をも探りつつこの一文をあらためてしたためた
次第である。私ども日本人が安直にanimism
とかspirit of the Japanese language
とかいう言葉を用いると、すぐにいきりたつ
学者がいまなお西洋にいることは私も承知して
いる。しかし私はここで神がかりを述べたわけ
ではない。ラショナルな言葉で問題の所在を提示
してきたつもりである。西洋では永い間、文学に
ついてキリスト教的解釈とでも呼ぶべきものが
まかり通ってきた。それがあまりに広く流布して
いたために『創造』とか『作者』という言葉の
背後にキリスト教があったことなど人々の意識
から消え失せてしまったのである。
・・それでたまには神道的な物差で東西両洋の
文学を測り直してみることも一興あるかと思い、
このような比較日本文化論の試みをあえて
開陳した次第である。」(p124)

そして、平川氏は文の中ほどでこう語ります。

「私たち日本人が『言霊(ことだま)』という言い方
をきわめて身近な表現として尊重しよく用いるのは、
私たちが原始的な部族で言葉の魔力を信じている
からではない。そいうではなくて秀れた詩歌には
言霊がのりうつっているかのような感銘を
実際に受ければこそである。
日本はその『言霊』の哲学を語りつぎ言いつぎ
して今日に及んでいる。その芸術哲学が
絵画に応用されれば『名画霊有り』という説
はすぐにも生れ、『筆勢神有り』という言葉も
単なるたとえ以上の実感を伴うことはすでに
述べた通りである。・・・」(p120)

うん。
まえがきと平川氏の文だけで満腹(笑)。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

読者の読む力が。

2014-07-30 | 地域
小高賢の2冊。

「老いの歌」(岩波新書)
「編集とはどのような仕事なのか」(トランスビュー)
2冊目をひらくと、
こんな箇所。

「書店だけでなく読者の読む力が弱くなっている。」

というのは、「編集から見た販売・流通・宣伝」にある言葉。
文脈とは別にしても、
「読者の読む力が弱くなっている」というのは、
一読印象深いなあ。つづく文はというと

「『良書でござい』とあぐらをかいていてすむ時代ではない。どうにかしてともかく買ってもらう。そうすればその中の何割かは読むだろう。そのためには読者に本の存在を知ってもらわなければならない。読書空間、読書環境が激変しているからよけい、編集者のフットワークが要求されるのである。」(p175)


うん。どうにかして買いましょう。
ってな気になります(笑)。

「老いの歌」をひらくと、
気になったのが、参考文献にある
読者歌壇(日本農業新聞)。
機会があれば、覗いてみたい。

本文に引用されている短歌が
鮮やかに感じられる。

起き抜けにひと仕事して飯うまし
 今そのことを『朝活(あさかつ)』だって
  ( 毛涯潤 )

腰曲げて朝の畑より帰りくる
 吾を待ちおり宵待草は
  ( 青木栄子 )

八十三歳告げども鍬を振る
 弾む想ひは人には告げず
  ( 川本恵美子 )

こうして14首引用したあとの
小高賢氏の文には、こうあります。

「播種から収穫まで、作物を育てることの
楽しさ。それが労働意欲を高めるのではないか。」(p65)

「もうひとつ付け加えれば、自由度の高い労働現場だということも挙げられるだろう。つまり自分のスタイルで働けることだ。・・現代社会が高齢者を包含できないのは、一定の枠を設け、そのなかで、効率を重視し、スピードを競わせるからである。必然的に、適合できない老いは排除されてしまう。・・・そのとき農業がもっている自由度の高い働き方は、老いの時間を豊かにするのではないか。」(p65~66)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

平川祐弘最終講義。

2014-07-29 | 本棚並べ
注文した古本が届く。
新刊同様のきれいさ。
東西書房(埼玉県志木市柏町)
1050円+送料300円=1350円
鷲尾賢也著「編集とはどのような仕事なのか
 企画発想から人間交際まで」(トランスビュー)


赤木書店(岡山県笠岡市吉浜)
「アニミズムを読む」(新曜社)
こちらは、カバー汚れ。
1700円+送料350円=2050円

「アニミズムを読む」のあとがきは
平川祐弘氏でした。そのはじまりは

「『アニミズムを読む――日本文学における
自然・生命・自己』はツルタ教授と私が
太平洋をはさんで過去九年来行ってきた
シンポジウムの中で、おそらくいちばん
問題性に富める主題であろう。・・・」

さいごも引用。

「本書は川端であるとか漱石であるとかの
特定の一作家を論じた書物ではないので、
読者は戸惑われることがあるいはあるかも
しれない。その際はなにとぞツルタ教授の
『まえがき』に引続き平川の『果心居士
の消滅――西洋のミメーシスと違うもの』
をまず読まれることをおすすめしたい。
それというのもこの拙論はシンポジウムに
先立ち全会議参加者にあらかじめ送付して、
この種の問題意識でもって会議を進めること
の具体例として示したペーパーでもあった
からである。なおこの『果心居士の消滅』は
私が東京大学を定年退官するに際し八王子
セミナーハウスで比較文学比較文化課程の
大学院生に向けて行なった最終講義である
ことも申し添える。・・」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

老い時代。

2014-07-28 | 前書・後書。
「実際の行動によって高齢社会の常識はつぎつぎと覆っている。老いはいまや個性の時代に入ってきている。」(p38)

小高賢著「老いの歌」(岩波新書)にある言葉。

「あとがき」より、引用してみます。

「すでに私の親はこの世を去ってしまったが、
多くの老いが周辺にいる。私自身もその仲間
に入りつつある。誰にも到来するこの新しい
時間をどう考えたらいいのだろうか。意外に
長いかもしれない。しかも幸せばかりではない
かもしれない。できたら充実した老いでありたい。
多くの人の感じることだと思う。
自分のながく手掛けている短歌ではどうだろうか。
そんなことを考えはじめてから大分たつ。
そこにいままでないおもしろさ、豊かさが
生まれていないだろうか。
老いという境遇が加わることによって、
短歌作品の何かが変貌していないだろうか。」

うん。
この着眼点は魅力的(笑)。

ちなみに、
小高賢氏は1944年東京生まれ。
著書に本名の鷲尾賢也の名で
「編集とはどのような仕事なのか」
(トランスビュー)というのがあるらしい。
さっそく、ネット古書店へ注文を
することに。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

訳注を見よ。

2014-07-27 | 短文紹介
平川祐弘個人訳の
小泉八雲「骨董・怪談」(河出書房新社)を、
今年の夏は読もうと、思っていたら、
さっそく書評が出ました。
ありがたい、はずみになる(笑)。
ということで、

読売新聞7月27日の読書欄。
万葉学者奈良大教授・上野誠氏の書評です。
その書評の最後はというと

「全国の文学部の学生諸君に告ぐ。
訳注を見よ。教養とは、
こんなに深遠なものなのだ。」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

知的誠実。

2014-07-26 | 短文紹介
雑誌WILL9月号が届く。
読むと元気がでる(笑)。
さてっと、
「蒟蒻問答」は100回目。
ということで、加地伸行氏を
ゲストに、鼎談の雰囲気。

たとえば、ここを引用。

加地】 いまだに左翼的発言をする人は別ですが、
たとえば昭和20年代後半から30年代前半に
かけて、『日本で革命が起こる』と本気で
思っていた大学教師などは結構いましたね。・・

久保】 僕が政治部に来た当時の部長は一高時代、
不破哲三と同期だった。ちょうど共産党大躍進と
騒がれた頃で、彼は酒を飲みながら、しみじみと
『あいつ(不破)が政権を奪取した時は、
俺なんかは吊るされるんだろうなぁ』と言うんです。
こいつ酔っ払っているのかなと顔を覗き込んだら、
真顔なんで驚いてしまいましたよ。


不破哲三といえば、
平川祐弘著「竹山道雄と昭和の時代」(藤原書店)
に、

「ここで個人的な思い出を挟ませていただく。
私は一高では社会科学研究会の部屋で暮して、
上級生から唯物史観の正しさを自明の真理の
ように聞かされていた。同じ部屋には後に
不破哲三の名前で日本共産党書記長になった
上田健二郎もいたが、後に共産党から追放され
て不遇のうちに人生を了えた者もいた。
昭和23年当時の私は、竹山ら一高教授連が
蔭で『モスクワ横丁』と揶揄して呼んでいた
駒場の中寮二階の住人だったのである。
中寮二階の二室続きの16名の社研の隣は
ソビエト研究会の部屋で、その少し先には
中国研究会の部屋があった。もちろん
共産主義中国を待望する若者の部屋で、
後に魯迅研究者となる丸山昇もそこにいた。
そうした一連の赤の巣窟のような部屋が
並ぶ中で珍奇とすべきは社研の隣の中寮
18番がカトリック研究会であったことで、
ときどき神妙なお祈りの声が聞えた。
紀念祭のときの出し物は窓に洗面器が一つ、
水をなみなみと張ってそれに丸木が浮かべて
あるだけである。『マルキシズムハ誤リナリ』
という冷やかしであった。私は社研にいた
けれども、生意気な若者で唯物弁証法という
お呪いのような言葉に承服したわけではなかった。
それというのは唯物史観にのっとって書かれた
論文の多くが生硬で面白味に欠けたからである。
初めに結論ありき、という印象を拭えなかった。
・ ・・しかし寮生活は摩訶不思議なもので、
周囲とつきあいのよい友人の中には唯物弁証法
も理解してしまい、さらには入党するか、
すまいかと頭を悩ます者も出てきた。
朱にまじわれば赤くなる、とはこのことで
あろう。さらには実際に入党し、そして
さらに後に党から追放された者も出た。
入党を勧める側の論理は暴力革命の
必然性の強調で、私たちが生きているうちには
日本にも社会主義革命は不可避的に起こるから、
なるなら早く党員になるがよい、という論理で
あった。『第一次世界大戦の後、世界の六分の一
はソ連という社会主義になった。第二次世界大戦
の後、いまや中国を含めて世界の三分の一は
社会主義になった』共産党の野坂参三が
皇居前広場で演説すると嵐のような大歓声
がわいたことを私も記憶している。
・ ・・・昭和20年代末に留学した私は
パリでもボンでもロンドンでも、その国の
新聞をよく読んだ。読みでがあった。・・
日本という閉ざされた言語空間の外で暮し、
西洋で日本左翼代表の労組の人などの通訳を
するうちに、その粗雑さ加減に違和感を覚え、
社会主義への期待はいよいよ薄れた。
平和問題談話会の面々も信用しなくなっていた。
帰国した私は『昭和の精神史』を読んで
『上からの演繹』を批判した竹山に共感した。
・・・帰国した当時の私は・・・
日本の大学内にマルクス主義の残滓(ざんし)の
依然として根強いことに驚いたはいいが、それを
『マルクス主義のザンサイ』とこれまた間違って
発音して笑われた。」(p263~266)


ところで、
WILL9月号は
「総力大特集 朝日を読むとバカになる」。
うん。
平川祐弘氏は昭和20年代末に
ヨーロッパの新聞を読んで
『日本という閉ざされた言語空間』を
理解したのですが、現在では
『朝日新聞という閉ざされた言語空間』
を味わうめぐりあわせ。
『残滓の依然として根強いことに』
今でも、向きあう。
この朝日新聞の言語空間に
公称760万の読者が、今だついている。
この不気味さは、目をそむけまい。

うん。
「朝日を読むとバカになる」を
読めてよかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

20世紀以前の日本知識人。

2014-07-25 | 短文紹介
産経新聞の7月24日「正論」欄は
平川祐弘氏でした。その文の最後は、
1990年代の北京外大での外国人教授として
赴任している頃のことが出て来ます。

「その年も北京に出向いたが
『外大で教えるかたわら中国語を
お習いになりませんか』と飛行場で勧誘された。
不況で韓国留学生が一斉に帰国してしまい
大弱りだという。承知して授業料を払うと
クラス分けのテストがある。中国語会話は
家内の方が達者だ。別々の試験は面倒だから
一緒に面接を受けた。家内が先に答える。
私は『対(トエ)、対(トエ)』と相槌を打つ。
そこまでは誤魔化せたが筆記試験で実力が露見し、
私は家内より4級下の組に振り当てられた。・・
学期末、優秀学生を学生の投票で選ぶという。
なんと隣の組では年の功だろう、家内が選ばれた。
・ ・・週2日は教授として教えていた関係で
私は語学クラスをかなり欠席した。当然実力にも
欠ける。しかし試験に優秀学生の成績が悪いと
判定会議で問題になるかもしれない。それを
懸念したのだろうか、最終テストの最中に先生が
正解をそっと教えてくれた。・・・」

さてっと、今日になって
平川祐弘著「日本語は生きのびるか」(河出ブックス)を
パラパラを読み直していたら、中国語についての箇所が
出てくるのでした(笑)。

「これはもちろん、日本語も中国語も話せる、という
意味でのバイリンガルではない。日本人にとって
中国語と漢文は別である。しかし大局的に見ると
そんな区別は取るに足らない。中国語はChineseと
英語でいわれる。漢文も同じくChineseと英語に訳される。
かつてパリ第七大学で漢文を教授していた私は
中国文学科のフランス人主任教授に誤解されて
質問を浴びた。中国語主任の監督下にない日本人教授が
chinoisを教えるとは何事か、という詰問である。
しかし日本の漢文訓読法は、フランス人の中国語専門家
にも、いや中国人教授にも教えることの出来ない
Chineseである。漢文は日本語の一部なのだ、という
考え方もあろう。しかしラテン語はフランス語の一部
とか英語の一部という考え方は西洋ではあり得ない。
だとすると20世紀以前の日本知識人は日本文と
漢文の双方に通じていたという意味でバイリンガルだった、
と認めねばならない。
地球規模での交通通信手段が発達する以前の世界では、
文明の進んだ土地でバイリンガルな人とは書籍的な
訓練による支配的言語と母語の二ヶ国語を習得した
人のことであった。その二ヶ国語とはヨーロッパでは
ラテン語と土地の言葉であり、東アジアでは漢文と
土地の言葉だったのである。そしてその種の書籍的な
文法習得に始まる言語習得こそが人間の性格を形成する
訓練なのであり、教養教育でもあった。そしてそれが
知性と感性を磨く人文教育の根幹であることは
現在も変らないであろう。」(p172~173)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

知的不誠実。

2014-07-24 | 短文紹介
今日の産経新聞。その「正論」欄は、
平川祐弘氏が書いておられました。

思わず笑ってしまう文なので、
これだけを読まれた方は、誤解なさるかも
しれないと思い、ここに補注をしておきたく
なりました(笑)。
ちなみに、
平川祐弘氏の本は、注がまた読ませます。
たとえば、河出ブックスの
平川祐弘著「日本語は生きのびるか」の
註に、加藤周一氏が登場しております。
そこを引用したくなったのでした。

「加藤周一は日本国内では抜群に評価の
高い国際的知識人である。加藤はスターで
あった。それだけにブリティッシュ・
コロンビア大学で、私に十数年先立って
教えた加藤の英語力について批判を聞かされた
時はわが耳を疑った。加藤も勤め始めは
なにかと不如意だったのだろうと漠然と
考えていた。しかし今回、大島真木氏の
ご教示を受け、加藤がその地でどのような
学問的社交をしていたかを加藤の
『頭の回転をよくする読書術』(光文社)
の124頁以下で如実に知らされた。
カッパ・ブックスの一大ベストセラーに
なったというその書が青年子女に教える
読書術とは、だれかがこちらの読んだことの
ない本について話だしたときは、間髪をいれず
『あれはおもしろい』といって会話をつなげ、
という社交術なのである。
知的スノビズムの名においてそんな
『読まない読書術』をも奨励していることに、
私は不快を覚えた。加藤は『読んだふりは大切
なこと』として自分も・・・
カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で、
同僚とのパーティーの席でそのような交際を
したと書いている。しかし、そんな生き方で
もって、外国の学者と胸襟を開いた交際が
できようはずはない。プロテスタントの国で
は知的不誠実をかぎつけると手厳しい反応が
出ることがある。彼地の人は加藤の
マドンナ・コンプレクスにふれていた。
常にプリマ・ドンナでありたい、
と願った人という意味であろう。」
(p217)


さてっと、7月24日、
今日の産経の『正論』を読まれた方は、
平川祐弘と、この加藤周一との、
どちらが知的不誠実なのかと
思って読み比べるのも楽しめます(笑)。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

わからへん。

2014-07-23 | 朝日新聞
朝日の古新聞を貰ってきたので
ひらくと、7月6日朝日歌壇の
永田和宏が第一首目に選んだ歌
が気になりました。
まずは引用。


わからへんなんぼ聞いても
わからへん平和のためにいくさに行くと
 枚方市 石川智子

その永田和宏さんの選評は

「石川さん、『わからへん』のは
決してあなただけではない。詭弁に
近い論理のすり替えを正しく衝けるのは、
市民目線からの率直な言葉だけである。」

そして、7月12日の第二社会面。
ののちゃんの四コマが掲載されている
頁に朝日歌壇が取りあげられて、
「解釈改憲 怒りを短歌に」と
集団的自衛権の特集で、
もう一度歌壇の歌が載って
(吉浜織恵)さんの記事文。


思い出して、
本棚から加藤秀俊著「独学のすすめ」を
取り出してくる。
その「情報時代の自己教育」を
もう一度読み直すことにする。

「そこで、問題になるのは、
情報えらびの問題である。
とにかく、全社会的に生産され
流通している情報量はやたらに多い
のである。人間は、その一部だけ
吸収して一生をおえるのであるから、
それぞれの人間の人生が充実しているか
どうかは、ひとえに、その人間が、
どれだけ有効に情報を選択したかに
かかっている。じっさい、もしも、
人間に優劣があるとするならば、それは、
先天的な能力の問題ではなく、
後天的な情報選択能力にある、
とわたしは思う。・・・・
価値評価はむずかしいが、どのような
情報にどんなしかたで触れあっているか、
が、それぞれの人間の人生をつくっている、
という事実ははっきりとお互いに
みとめなければならないだろう。
情報の質が人生の質をきめるのだ。
情報をえらぶことが、
人生をえらぶことである・・・」


うん。朝日新聞の情報を、私は選ばない。
それでも、韓国の情報が知りたくて、
室谷克実さんの本を読むように、
朝日の情報の質を知りたくって、
古新聞をもらってくる。



コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

セウォル号事件。

2014-07-22 | 短文紹介
室谷克実著「ディス・イズ・コリア」(産経セレクト)を読む。

あれこれと、
新聞ではわからなかった事件の経緯が読める。

「遭難直後の最大の問題は、『危険ですから、
部屋の中で静かにしていてください』と
呼び掛けた船内放送だった。放送は何度も
繰り返されたという。この放送をしたのは、
船内食堂の女性従業員(死亡)だった。
一般乗客の多くは、この放送を無視して、
早い段階で甲板に出た。それで助かった。
が、大部屋にいた高校生の多くは、
この放送に従った。船が大きく傾くと、
部屋から出られないまま犠牲になった。
船舶で事故が起きたら、救命胴衣を着けて
甲板に出る――なぜ鉄則とは逆の船内放送
が流され続けたのか、当初は謎だった。
その後の検察・警察の合同捜査本部の
調べで、船長の指示だったことが分かった。
・・・・」(p87)

これが、第5章にあり、
つぎの、第6章は、こうはじまります。

「船体が傾いた後、高校生たちは
留まっていた船室でどうしていたのだろうか。
携帯電話で親に連絡をした生徒がずいぶんいた。
記録として残っているのはメールだ。
公開されたメールもある。
中には添付した写真も公開されている。
1枚の写真は、45度傾いたデッキの底の部分で、
バランスを取って垂直に立つ男子生徒の姿が
写っている。その顔には笑いがあり、
悲壮感は全く感じ取れない。
間もなく船は横倒しになり、浸水し
沈没するとは考えてもいなかったのだろう。」

うん。このすぐあとに
「先逃(せんとう)した船長」の2010年の
インタビューに答えた言葉が引用されているので
そこもつづけます。

「『われわれ乗務員の指示にだけ従って行動すれ
ば(船は)どの交通手段より安全だ』とは、
先逃した船長が2010年に放送局のインタビューに
答えた言葉だ。『中央日報』(14年4月23日)が
伝えた。それによると、船長は04年には
済州島で発行されている地方紙のインタビューに
も応じて、こんなことを述べている。
『沖縄近海で原木船が転覆し、(私は)日本の
自衛隊ヘリに救出された・・・・それで、
もう船に乗らないと思う人はずるい。・・・
私は今日も明日も船と(行動を)共にする』
『職業上、緊張を緩める暇がない。・・・
危険がいつも存在するから常に緊張しながら
暮らさなければならないが、それでこそ
雑念が消え、むしろ今の生活に満足するのだ』

韓国人は総じて能弁だ。何しろ幼い時から、
自己主張を明確にするよう鍛えられているから。
言葉だけ聞いていたら、この船長のように、
とっても格好いい男性が多い。
ただ、代々続いてきた『幼い時からの自己主張』
教育の帰結こそ、現代韓国の【声闘文化】では
ないかと、私は考えている。
日本のテレビのトーク番組に出てくる韓国人、
在日韓国人が、相手の主張を遮るように
大声を上げ、巧みに論点をすり替えていく、
あのテクニックこそ【声闘文化】の本質だ。
・・・・」(p102~103)

まだ、つづいてゆくのですが、
具体的な指摘は、読むほどに理解を助け、
現地の生の声を、丁寧につたえてくれて、
日本の新聞ではうかがい知れない
内容に分け入っているのでした。

うん。そういえば、
古田博司氏の本に
「醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!」
と題名の本がありました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歌壇・怪談。

2014-07-21 | 詩歌
今日の読売歌壇(7月21日)では
小池光選の10首が楽しかったので引用。

よろよろの老いたる犬にすれ違い
  ふりむけば犬もこちら見ており
    広島県 荒巻武子

永年を新聞配達して来しが
  墓場の道は怖かりしかな
   牛久市 井上満津子

「オレオレ」のあと「生きてるか?」と
  聞く奴は俺の息子に間違いはなし
   交野市 遠藤 昭

おとなしく主を待てる馬のごと
 駐輪場に並ぶ自転車
   広島市 熊谷 純

籠枕を抜け落ちてゆく夢のあり
    その大方はちちははなれど
   国分寺市 越前春生

コトコトと独り夕餉の野菜刻めば
      なんと寂しき音の響きよ
   上田市 窪田広延

三回もわが血吸わんと顔に来し蚊を
      捕たるははや夜明けなり
   高崎市 門倉まさる

愛らしと言いて呉れしは父母と夫
     のみなりき老いて思えば
   豊前市 岡本マサミ

健康にだれより留意の君だった
    運命論をおもわずおれぬ
  海老名市 玉川伴雄

「ばあばホラ」孫が見つけた三日月は
      諏訪湖の上で星と語らう
   瀬戸市 村瀬登美子


こんな和歌を読んでいると、
平川祐弘の個人完訳
小泉八雲「骨董・怪談」(河出書房新社)
をひらきたくなりました。
そこにある、平川氏ご本人の解説から引用。

「考えて見ると現世本位の写実主義だけでは
文学はつまらない。シェイクスピアでも
ハムレットの父が亡霊として現われると
舞台が緊張する。・・・・・
あの世とこの世をつなぐ橋掛かりを通って
亡霊が登場するのが夢幻能である。
ダンテ『神曲』の地獄篇でも亡霊が
名乗り出て恨みつらみを語る。
煉獄篇でも前世の所業を後悔しつつ語る。
そんな劇的構造はいずれも同じである。
ソーシャリスト・リアリズムは
人間の尊重を説いたが、
亡霊を無視することで人間性を蔑視した。
これは非常な間違いだった。
能は貴族が舞うから高級で、
怪談は庶民が語る娯楽だから下級だ
などと分けないでもらいたい。
能も怪談も亡霊がある時点で
突然正体を現す。・・・・・
東アジアは人間味のある怪談に富んでいる。
それを耳に留めて次々と再話したハーンは
日本人の霊の世界を発見したという点で、
やはり初志を貫徹して『文学上のコロンブス』
となった人というべきではあるまいか。」
(p358~359)


うん。この夏は
この平川祐弘訳の「小泉八雲『骨董・怪談』」を
読むんだ(笑)。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新刊2冊。

2014-07-20 | 本棚並べ
室谷克実著「ディス・イズ・コリア 韓国船沈没考」(産経セレクト)
帯には、「この宿痾の延長線上に『反日』はある!」
「『呆韓論』2」とあるので、
呆韓論の第二弾でしょうか。

村松太郎著「『うつ』は病気か甘えか」(幻冬舎)
帯には「いよいよ到来、うつバブル!!!
・・現役医師が禁断の問いに挑む。」

昨日、この新刊2冊が届く。


昨日は、神輿(みこし)の日。
午後5時頃には雨が降り始める。
とりあえず、子供神輿は途中までにして、
大人神輿が、休憩を省略して、すすむ。
事故なく無事終了。
早めに終わったので、役員二人して、
うな重を食べにゆく(笑)。
4人で飲んで帰る。

今日は、あと片づけ。
紐など濡れているのを
それなりに乾かして、
半乾きのままに午前中で
片付けをおわる。

今夜は6時から花納め。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

みこし。

2014-07-19 | 地域
小川榮太郎著「最後の勝機」(PHP研究所)を
パラパラと読みました。
「はじめに」は読んでよかった。
機会がありましたなら、ここだけでも
読んでみてください。

今日は神輿渡御。
午前中神輿の組み立て。
午後から渡御。
私は、今年は交通係(笑)。
それなりに、雨が降らないで
いてくれますように。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

60年前の危機の所在。

2014-07-18 | 短文紹介
小川榮太郎著「最後の勝機(チャンス)」(PHP)に六十年前の小泉信三氏の言葉が引用されております。

その引用箇所を孫引き。

「安全保障は一体誰に対するものであるか。
安全を脅すものは誰れであるか。
言葉は色々に飾ることができる。
しかし、むき出しに言えば、簡単である。
共産勢力、即ちソ連、中共または北鮮の侵略に
対し如何にして日本の安全を護るかという
のである。然らば、この共産勢力の侵略は、
あり得べからざることであるか。ごく一部に、
然りというものがあるように見える。
しかしそれは段々に縮小して行く少数者である。
殊に中ソ同盟条約がその条文に、
対抗目標として日本の名を明記し、
北鮮軍が突如韓国軍に襲いかかるという事件が
起って以来、多数日本人は危険の所在を知り、
その憂惧(ゆうぐ)は深刻になった。
もっとも中には、日本が中ソを挑発さえ
しなければ、無防備でも安全だろうかと
心頼みするものもある・・・・
安全保障は必要であるとして、それは
何国の実力によって行われることが
望ましいか。また可能であるか。
ここでも再びむき出しに言えば、
それは米国の実力に頼るより外はない
のである。(略)昨日までの日本を
日本と思って来たものには、自国の安全を
他国の力に頼らねばならぬなどということは、
実に言うに忍びぬ恥しい次第であるが、
今はそれをいってはいられない。」
(「小泉信三全集15巻」文芸春秋、392頁)
p173~174


このあとに、小川榮太郎氏は
こう書いておりました。

「ソ連が消えて危機の中核が中共となり、
中ソ同盟条約がなくなつて、寧ろ頼りの
筈のアメリカと中国の接近に憂慮
しなければならない。そうした所与の
条件を入れ替へれば、小泉の60年前の
言葉は今にそのまま通用します。
感心するよりも寧ろうんざりだ。
今でも小泉(信三)のこのやうな
常識論が依然として保守論壇の
専売特許のまま、国論として
一向に深まらない。その上、
議論を深める代りにプロパガンダに努める
リベラル左翼の体質も、この頃と今と全く変らない。」(p174)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

我々保守派は。

2014-07-17 | 短文紹介
「要するに、
安倍首相は余りにも巨大な課題を
一人で背負はざるを得ず、一方、
我々保守派は、保守の理念に
完全に絞つて戦つてさへ、
知的にも運動論的にも、
あらゆる意味で、圧倒的少数派、
非力、準備不足なのです。」(p103)

小川榮太郎著「最後の勝機(チャンス)」
(PHP研究所)


いまだ、読んでいる途中です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする