2007年9月2日に、このブログで「詩とは『庭』?」と題して書いたことがありました。サッカーはサッカー場でおこなわれるように。野球が野球場を必要とするように。ドラエもんのマンガに広場が欠かせないように。詩にも庭が必要じゃないのか?と思ったわけです。
そう思っているだけで、展望がひらけて、
先方の先達の背中が見えたりすることがあるのですね。
そういう本の出会いとして、上田篤著「庭の日本人」(新潮新書)を読みました。
この新書で、たとえばこんな言葉に出会えました。
「そうだ。俳句をあじわう境地は、庭をあじわう境地にちかい。庭とどうようTPOだからだ。しかもいい俳句になると、そこにおもいがけない驚きがかくされている。・・」(むすび・p185)
そういえば、
田村隆一が亡くなった後に、大岡信が書いた追悼詩の最初の方にこんな言葉があったのを思い浮かべたのでした。
田村さん 隆一さん
あんなに熾(さか)んだつた猿滑りの花の
鮮やかくれなゐも 薄れてしまつた
蝉時雨に包まれてあんたが死んだ1998年も
たちまち秋に沈んでゆく
頭の中にきれいな空き地をしつらへて
そこで遊ぶ名人だつた隆一さん
あんたは頭のまんなか 小さいやうで広大な
空き地にまつすぐ 垂直に
高い棒を立てて遊んだ芸達者
・・・・・・・
・・・・・・・
( こほろぎ降る中で ーー追悼 田村隆一)
ところで、上田篤著「庭と日本人」の最後のページの言葉を引用したくなりました。
「その鎮守の森研究で、建築学者・都市計画家としてのわたしの興味をひいたのは『参道』だった。緑のトンネルを通りぬけていく古い参道のたたずまいに、しばしばことばにならないほどのショックをうけた。なぜこんなに感動をおぼえるのか?いったいだれがこんな空間をつくったのだろうか?
それがいまかんがえるとタマだった。鎮守の森や参道にはタマがあるのだ。だからこそ西行も伊勢神宮で『何事のおはしますをば知らねども、忝さに涙こぼるる』とよんだ。こうして鎮守の森の調査研究をつづけていくうちに、参道は、土地の神さまをまつる地元の人々がつくり、まもってきたものであることをしった。またそのデザイン原理は、巨石、森、山、太陽などの遥拝行動であることもわかった。そして日本人がこの天変地異のはげしい日本列島で生きていくためには、自然の強い力=超自然力を身につけること、つまり鎮魂しなければならないことも諒解されてきたのである。そういう長年の思いを『日本の庭』についてかんがえてみたのが本書である。」
うん。私は上田篤氏の本を読むのは初体験でした。
ここに庭について考えて来た方がおられる、という嬉しさ。
そう思っているだけで、展望がひらけて、
先方の先達の背中が見えたりすることがあるのですね。
そういう本の出会いとして、上田篤著「庭の日本人」(新潮新書)を読みました。
この新書で、たとえばこんな言葉に出会えました。
「そうだ。俳句をあじわう境地は、庭をあじわう境地にちかい。庭とどうようTPOだからだ。しかもいい俳句になると、そこにおもいがけない驚きがかくされている。・・」(むすび・p185)
そういえば、
田村隆一が亡くなった後に、大岡信が書いた追悼詩の最初の方にこんな言葉があったのを思い浮かべたのでした。
田村さん 隆一さん
あんなに熾(さか)んだつた猿滑りの花の
鮮やかくれなゐも 薄れてしまつた
蝉時雨に包まれてあんたが死んだ1998年も
たちまち秋に沈んでゆく
頭の中にきれいな空き地をしつらへて
そこで遊ぶ名人だつた隆一さん
あんたは頭のまんなか 小さいやうで広大な
空き地にまつすぐ 垂直に
高い棒を立てて遊んだ芸達者
・・・・・・・
・・・・・・・
( こほろぎ降る中で ーー追悼 田村隆一)
ところで、上田篤著「庭と日本人」の最後のページの言葉を引用したくなりました。
「その鎮守の森研究で、建築学者・都市計画家としてのわたしの興味をひいたのは『参道』だった。緑のトンネルを通りぬけていく古い参道のたたずまいに、しばしばことばにならないほどのショックをうけた。なぜこんなに感動をおぼえるのか?いったいだれがこんな空間をつくったのだろうか?
それがいまかんがえるとタマだった。鎮守の森や参道にはタマがあるのだ。だからこそ西行も伊勢神宮で『何事のおはしますをば知らねども、忝さに涙こぼるる』とよんだ。こうして鎮守の森の調査研究をつづけていくうちに、参道は、土地の神さまをまつる地元の人々がつくり、まもってきたものであることをしった。またそのデザイン原理は、巨石、森、山、太陽などの遥拝行動であることもわかった。そして日本人がこの天変地異のはげしい日本列島で生きていくためには、自然の強い力=超自然力を身につけること、つまり鎮魂しなければならないことも諒解されてきたのである。そういう長年の思いを『日本の庭』についてかんがえてみたのが本書である。」
うん。私は上田篤氏の本を読むのは初体験でした。
ここに庭について考えて来た方がおられる、という嬉しさ。