映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「誰よりも狙われた男」フィリップ・シーモア・ホフマン

2014-10-30 05:52:14 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
フィリップ・シーモア・ホフマンの遺作映画「誰よりも狙われた男」を映画館で見てきました。 
これはよくできている映画だ。
ハンブルクの美しい映像に陰謀渦巻くショットがきれいにとけこむ映像美が際立つ作品であった。


スパイ映画という予備知識だけで映画を見た。途中解説がないので、登場人物の関係がよくわからないなあと感じる場面もいくつかあった。それでも彼らを映しだす構図がしっかりしていて、撮影者の技量を感じた。登場人物はフィリップ・シーモア・ホフマン以外もレイチェル・マクアダムス「東ベルリンから来た女」のニーナ・ホス「ラッシュ」のレーサー役ダニエル・ブリュールなどのドイツ人俳優など主演級がずらりと並び、それぞれに存在感を持たせるところもよい。 


ドイツの港湾都市ハンブルク。諜報機関でテロ対策チームを率いる練達のスパイ、ギュンター・バッハマン(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、密入国したひとりの若者に目をつける。彼の名前はイッサ(グレゴリー・ドブリギン)といい、イスラム過激派として国際指名手配されていた。

イッサは人権団体の若手弁護士の女性、アナベル・リヒター(レイチェル・マクアダムス)を介して、銀行家のトミー・ブルー(ウィレム・デフォー)と接触。彼の経営する銀行に、イッサの目的とする秘密口座が存在しているらしい。一方、マーサ・サリヴァン(ロビン・ライト)率いるCIAの介入も得たドイツの諜報界はイッサを逮捕しようと迫っていた。しかしバッハマンはイッサをあえて泳がせ、彼を利用することでテロリストへの資金支援に関わる“ある大物”を狙おうとしていた―。

そしてアナベルは、自分の呪われた過去と決別しようとしているイッサを命がけで救おうとする。


また彼女に惹かれるブルーも、バッハマンとそのチーム員イルナ(ニーナ・ホス)やマキシミリアン(ダニエル・ブリュール)と共に闇の中に巻き込まれていくのだった……。(作品情報より引用)

1.ハンブルク
大学の第2外国語がフランス語でドイツには苦手意識がある。ハンブルクで連想するのは、「ラブミードゥ」でデビューする前のビートルズが遠征していた場所ということくらいだ。港湾都市と知っていたが、地図を見てビックリ。映画を見終わるまで海に面している場所と思っていたら、内陸の都市なのだ。大きな川なんだなあ。


フィリップ・シーモア・ホフマンが船にのって沖合に出て、自分の手下と内密の話をする場面がある。どうみても海だ。しかも、同じように高い建物の階上のカフェテラスで、ロビン・ライト扮するCIAのリーダーと密談している場所から見下ろす港の風景をみても海だと思っていた。このようなハンブルクの風景を映画の中にふんだんに入れているところが、この映画の魅力である。
猥雑な夜のクラブや欧州の昔風のアパートの屋上でレイチェル・マクアダムスとイスラム過激派の青年を映すショットもいい。

2.フィリップ・シーモア・ホフマン
アカデミー賞主演男優賞を受賞した「カポーティ」の奇声で彼を知るようになった。ただ、彼が出演するそれまでの作品もほとんど見ていることにその後気づいた。その後も「ミッションインポッシブル」「ザ・マスター」の悪役、シドニールメットの遺作で個人的にそのスピード感が好きな「その土曜日、7時58分」での演技は抜群だ。最近の「25年目の弦楽四重奏」も上質な味わいがある。


この映画ではタバコをずっと吸ってばかりいる。エージェントといっても、派手なアクションや格闘シーンがあるわけではない。標的を泳がしながら、動きを探ってじんわりと裏の世界を追う仕事師だ。腹が出ていて体型は醜く、動きも鈍い。カッコ悪い諜報員だが、この役他の人には無理なんだろうなあ。彼が出演する作品はどれもこれもいい映画だったので本当に残念。ご冥福を祈りたい。

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映画「MUD マッド」 マシュー・マコノヒー&リース・ウィザースプーン

2014-09-21 20:48:03 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「MUD マッド」は2人のオスカースターの共演
「ダラスバイヤーズクラブ」でアカデミー賞主演男優賞を獲得したマシュー・マコノヒーの前作である。2012年のアメリカ映画だ。

全然ノーマークだった。予想を大きく超える傑作に出会えてうれしい。
脚本に重層性があり、ラストにかけて生まれるスリル感が実にいい感じだ。
ここにきて注目を浴びるマシュー・マコノヒーが例によって役作りに没頭している。そこに少年たちの青春ストーリーをうまくからませて、物語の深みが増す。本当に素晴らしい。


アメリカ南部アーカンソン州が舞台。
川岸のボートハウスに住む14歳のエリス(タイ・シェリダン)は親友のネック(ジェイコブ・ロフランド)とともにボートに乗り、ミシシッピ川に浮かぶ無人島に向かう。そこで2人は木の上に引っかかっているボートを見つける。ボートの中を見ると、新しいパンが置いてあり、このボートに誰かいることに気付く。

二人が川岸に出ると、ボートにあった足跡の主・マッドという男(マシュー・マコノヒー)と出会う。もともとこの辺りの出身で、エリスの対岸に住むトム・ブランケンシップ(サム・シェパード)のことも知っている。ここで人を待っているという。もし食糧を持ってきてくれるならあのボートは譲るという。素性が不気味なマッドにネックは警戒心を抱くが、エリスの目には魅力的に映っていた。

2人は食糧をもって島へ向かう。マッドはボートを隠れ家にして身を隠していた。マッドは待っているのはジュニパーという女で鳥のタトゥーをしているという。その後、町のスーパーでジュニパー(リース・ウィザースプーン)らしきタトゥーをした女を見つける。モーテルで暮らしているようだった。


エリスは母親と車に乗っている時、警察の検問でマッドが殺人の容疑で指名手配されていることを知る。すぐさまマッドに報告すると、恋していたジュニパーが虐待されたことに腹を立てある男を殺したという。きっと町は検問で身動きとれないからこのボートで逃げると言う。そのために、これを用意してほしいとリストを出す。あとトムに声をかけてくれという。マッドによれば、トムは暗殺者のようだ。エリスは彼に協力することにした。


エリスはマッドから預かったメモを持ってネックと一緒にモーテルへジュニパーを探しに行く。すると、ジュニパーが被害者の兄カーヴァー(ポール・スパークス)にマッドの行方はどこかと問い詰められているを目にする。ジュニパーに近づこうとしたエリスとネックボーンは目をつけられてしまう。


カーヴァーとその父親はマッドを殺すために賞金稼ぎを雇っている。
復讐者からのマッドへの追跡にエリアとネックはからんでしまうのであるが。。。

1.ミシシッピ川
川と言っても、日本の川とは規模が違う世界有数の大河だ。少年はその下流の川の側に住むボートハウスの人間だ。最近でこそ日本にはこういう生活者がいなくなったが、昭和40年代になるくらいまでは日本にも多数存在した。ある意味下流社会の物語でもある。ミシシッピ川を映しだす場面のいくつかは思いっきり開放感がありすばらしい。最初と最後のシーンに注目したい。


2.マシュー・マコノヒー
名を売ったのは「評決のとき」であるが、自分がより注目するようになったのは「リンカーン弁護士」からだ。この不良弁護士は絶妙にうまかった。「バーニー」「ペーパーボーイ」と続いてこの作品だ。「ダラスバイヤーズクラブ」のすごい減量でもわかるように役作りに没頭する。すごいプロ意識だ。
ここでも狂喜に迫るシーンがいくつもある。もしかして、現在の俳優で演技力№1と言ってもいい気がする。

あとは、渋い男を演じていたサム・シェパードが絶妙にうまい。でも彼の本職は脚本である。「パリテキサス」なんてロードムービーをまとめている。彼が出ているブラピ主演の「ジャッキーコーガン」はどうしようもなくつまらない映画だったが、この演技は渋すぎる。

基調は少年2人の青春の1コマだ。家庭はバラバラでうまくいかない。
年上の女の子に近づいていく青春物語が途中ほのかなテイストを生む。


終わりにかけては、追手に追いつめられるシーンが出てくる。ラスト直前のクライマックスの持っていき方が、予想もつかないのでどきどきしてしまう。絶体絶命になって撃ち殺されてもおかしくない。そのボートハウスをめぐる攻防に緊張感がある。ビーチボーイズのエンディングソング聴きながら、いい映画だったなと改めて思う。

(参考作品)

ダラス・バイヤーズクラブ
マシューマコノヒ―の大減量
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映画「ドン・ジョン」 ジョゼフ・ゴードン=レヴィット&スカーレット・ヨハンソン

2014-09-17 19:36:58 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「ドン・ジョン」は2014年日本公開のアメリカ映画だ。 スカーレットヨハンソンがでているとたいてい見に行くのだが、なんか面白くなさそうな予感がして今回はスル―。その予感は残念ながらあたっていた。 完璧男のジョン・マテーロ(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)は、夜ごとクラブで美女を「お持ち帰り」するプレイボーイだ。そんな彼を、遊び仲間は「ドン・ジョン」と呼んでいる。 ジョンは、自分好みの女性を求めて女性との関係を繰り返すものの、満足できない。家のパソコンで見ているポルノ鑑賞は止まらず、毎週末、教会で“婚前交渉”と“自慰”を懺悔するのであった。父のジョンSr.(トニー・ダンザ)と理想家の母アンジェラ(グレン・ヘドリー)は、息子に素敵な恋人ができることを望んでいた。 そんなある日、ジョンはクラブで出会った美女バーバラ(スカーレット・ヨハンソン)に一目惚れする。 しかし、家庭的の彼女は、ジョンとは正反対だった。彼女はすぐには手に入らない。ジョンは時間をかけてくどき落とす。そしていよいよ待望のひと時がくる。しかし、ポルノムービーには敵わない。彼女が外している間、こっそりポルノサイトにアクセスすると、運悪く起きてきた彼女に見つかってしまう。 何とか関係は修復できたかに見えたが、その後もポルノの鑑賞頻度が上がる一方。 ある日、夜学の授業の合間にポルノを見ていた彼に、年上の女性エスター(ジュリアン・ムーア)が話しかけてくる。気取らない性格の彼女は、ポルノ鑑賞についても遠慮がないエスターが気になるようになる。 モテ男でも、家でシコシコ自分でやってしまう心理はなかなか女性にはわからないだろう。こっそりやっているのを見つけると、彼女たちはみんな激怒するもんだけど、これって悲しい男の性だよね。 スカーレットヨハンソンはよくこんな映画でたなあ??と思わず感じてしまう。 本来はコメント残さないんだけど、スカーレットちゃんの映画はストックしておくのでアップ
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映画「もうひとりの息子」 

2014-08-31 10:43:00 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「もうひとりの息子」は2013年公開映画
2013年のキネマ旬報ベスト10の中で、見そこなっていた作品だったが、予想以上に良質な映画だった。
テーマは「取り違え子」である。


昨年日本でも「そして父になる」が公開されヒットした。東京のタワーマンションに住むエリートサラリーマンの息子とと群馬の電気屋のオヤジの息子が年月を経て、取り違えだったことがわかる話だ。胸にしみる映画であったが、ここではもっと凄い設定になっている。
イスラエルの中でパレスチナ人とユダヤ人の子が間違って取り違えっれていることが18歳になってわかるというわけだ。まさに2000年以上にわたって敵対していた両者のもとに生まれた息子である。その設定自体に驚く。

案の定、「そして父になる」をはるかに上回るすごい映画である。

テルアビブに暮らすフランス系イスラエル人の家族。ある日、18歳になった息子が兵役検査を受ける。そして残酷にも、その結果が証明したのは、息子が実の子ではないという信じ難い事実。18年前、湾岸戦争の混乱の中、出生時の病院で別の赤ん坊と取り違えられていたのだ。


やがてその事実が相手側の家族に伝えられ、2つの家族は、それが“壁”で隔てられたイスラエルとパレスチナの子の取り違えだったと知る。アイデンティティを揺さぶられ、家族とは何か、愛情とは何か、という問いに直面する2つの家族。はたして、彼らは最後にどんな選択をするのだろう。(作品情報より)

1.パレスチナとユダヤ
中学生の時、社会科の教師が両者の確執について語ってくれた。
もし君の家に「あなたの住んでいる場所は、私の祖先が2000年前に住んでいた場所です。返してください。」そう言ってきたとき、君は素直に従うかい?
ユダヤ人が豊かな生活をしているのに、パレスチナ人は難民キャンプのテントで暮らしているんだよ。
何それ??その時から両者の確執に強い関心を持った。自分が中学生のときにオイルショックが起きて、中東に関する関心が一気に高まった時だった。

高校になり、地理の自由研究でもイスラエルとユダヤについて調べる機会をもった。バルフォア宣言や戦後のどさくさ、中東戦争のいきさつについて知ったのもその時だ。
この両者の確執や住んでいる場所の違いについて映画で見るのは初めてだ。両者の居住区の間には、大きな分離壁がある。身分証明書を出さないと自由に出入りができない。パレスチナ側は海に行けない。強いボーダーがある。
しかも、取り違え子なんてすごいテーマが上乗せされている。胸にジーンとくる。

2.父親同士の口げんか
両者の家族が医師の前で説明を受け、テルアビブのユダヤ人将校の家をパレスチナの家族が訪問する。父親同士が長年の争いの中で、最初であったときに交わすことばが激しい。お互いまったく聞く耳を持たない。当然だろう。
イスラエル軍というのは、圧倒的な強さを誇る。強力な軍備で長年迫害を受けてきたユダヤ人の住処を守ろうとするのだ。ユダヤ人の父はその将校である。邸宅に住んでいる。イスラエルでは特権階級なのであろう。
あとはパレスチナ側家族の兄が見せるユダヤへの敵対意識が印象に残る。


3.母親のあたたかいまなざし
父親同士が敵対しあうが、母親たちは若干違う。取り違えになった相手側にいる実の息子にあたたかいまなざしを見せる。フランスの女性監督ロレーヌ・レヴィは女性としての視点をうまく映画で表現する。本当に複雑な立場であるが、見ている我々に母性の温かさを感じさせる。


こういった複雑な背景があるのに当人同士は仲良くなる。これが印象的だ。
パレスチナ側の息子は医者の卵、ユダヤ側の息子はミュージシャンをめざす。ユダヤ側の方が豊かなのは明らかなのに、むしろ子供の向かう先が好対照だ。ここでは親の遺伝ということも言いたかったのであろうか。


強い政治的、民族的背景を持った中でのこの作品はなかなか見応えがある作品だ。

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映画「ネブラスカ」 アレクサンダーペイン

2014-08-19 19:32:22 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「ネブラスカ」は2013年公開のロードムービー
「サイドウェイズ」というロードムービーの傑作を撮っているアレクサンダーペイン監督が、老人と息子の旅を描く。モノクロで作られた小さな逸話をいくつも重ねていく映像はやさしさに包まれている。終盤に向けて親子の情がよりクローズアップされ、後味はいい。


“モンタナ州のウディ・グラント様 我々は貴殿に100万ドルをお支払いいたします”。誰が見ても古典的でインチキな手紙をすっかり信じてしまったウディ(ブルース・ダーン)は、遠く離れたネブラスカまで歩いてでも賞金を取りに行くと言ってきかない。大酒飲みで頑固なウディとは距離を置いてきた息子のデイビッド(ウィル・フォーテ)だったが、父の様子を見兼ねて、無駄だと分かりながらも一緒に車に乗って4州に渡る旅に出る。


途中、立ち寄ったウディの故郷で、デイビッドは想像もしなかった両親の過去に直面する。最初は温かく迎えてくれた故郷の親戚や友人も、ウディが大金を手にすると知って欲が出て、次第にその醜い本性を露わにしていく。こんな中、欲の皮の突っ張った親戚たちへ妻のケイトが啖呵を切る。 回り道ばかりの旅の途中で、父と息子は“本当の賞金”に気づき始める……。(作品情報より)

老人のロードムービーといえば、「ストレイトストーリー」というデイヴィッドリンチ監督の傑作がある。いつもは、悪夢と現実の境目がないような話が多いリンチ監督が胸にしみるロードムービーをつくった。しばらく疎遠になっていた兄に会いにトラクターに乗って1人で出向く話だ。
その作品を連想したが、今回は息子が同行する。

1.父親ブルースダーン
ブルースダーンといえば、すぐさま思い立つのはロバートレッドフォード版「華麗なるギャツビーでのトムブギャナン役だ。ミアファロー演じるデイジーの夫役で、あの映画では嫌な奴モード全開だった。年齢を重ねて、いやみっぽさが消えた。


寡黙でせりふは少ない。頑固で意地っ張りだ。賞金が当たったというネブラスカからのインチキくさい通知をみて、絶対だまされていると言われても1人で歩いていこうとするのである。
認知症気味の父に息子は見かねて、同行する。そして、故郷に向う。旧知の人間にあったときでも、賞金の話をするなと息子が言っているのにしゃべってしまう。小さな故郷の町はその話で持ちきりになる。


2.息子ウィル・フォーテ
中年なのに独身である。付き合っていた女に未練たらしい場面が出てくる。
彼女はデブでちっとも魅力的ではないが、他に誰も女がいないとこうなる心理はわからなくはない。
着いた先でデブの2人に時間がかかりすぎだと言われる。実生活ではどこか抜けているイメージをかもし出す。やさしそうなんだけど。。。一発殴るシーンがある。これはすっきりした。
それでも最後に向っては抜群の働きをする。

3.故郷の人々
久しぶりに会った旧知の人たちに賞金の話がばれてしまう。息子が当選しているわけではないではないと懸命に主張するが、信用されない。故郷の人たちのまなざしが徐々に変わってくる。ここでは「田舎のいやらしさ」をアレクサンダーペインは見せつけたかったんだろう。会話の中から息子が知らない事実があらわになる。同時に少しぼけてきた主人公を見て、以前金を貸したはずだと昔の仕事仲間が言う。この手の話が死んだあとは万国共通だろう。
こういう話ってあるよな。自分が死んだとき、こういう人が出てこないようにしなきゃと思う。


4.主人公の妻ジューン・スキッブ
この映画では、飛びぬけてうまかった。1929年生まれとはすごいなあ。
本当に100万ドルが入るんだったら、夫を老人ホームに入れる資金にすると言い切る。夫婦でいる時間が長くなり、夫を煙たがるおばあさんの典型である。


途中で長男と一緒に追いかけてくる。好き勝手にベラベラしゃべるし、いい年して下ネタの連発だ。誰も彼も自分のパンツの下をみることばかり考えていたと昔を回想。すでに死んでしまった知人の墓の前で「昔見せられなかったから見せてあげる」とばかりに下半身を見せてしまうのには笑えた。金をむしりとろうとする旧知の連中に啖呵を切るあたりもしびれる。
80過ぎてのこの演技はお見事!一番親しみが持てた。

最後に向けては、息子の優しさがにじみ出て素敵なエンディングに結びつける。
無表情な父親だけど、内心はとてもハイになっているだろう。
これはいい感じだ。
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映画「アメリカンハッスル」 クリスチャン・ベイル&エイミー・アダムス&ジェニファー・ローレンス

2014-07-25 19:58:10 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「アメリカンハッスル」は2013年公開のアメリカ映画だ。
本年度アカデミー賞にはかなりのノミネートがされた。残念ながら、受賞ならなかったが、ここまでノミネートされるには何かあるはずだと思っていた。
今回dvd化され、見てみたら実に面白い。

1978年の実話に基づく、詐欺師とFBIが組むなんて日本では想像もつかない事件を描いている。
このとんでもない発想を描く脚本がお見事である。同時に現代アメリカ映画を代表する4人の俳優が見せる演技の水準が高い。
70年代前半に流行ったポップスとあわせて、リズミカルにストーリーが進む。 途中でだますほうとだまされる方との駆け引きがわかりづらくなる部分があったが、基本的には十分楽しめた。

クリーニング店を経営するアーヴィン(クリスチャン・ベイル)には詐欺師の裏の顔があった。相棒で愛人のシドニー(エイミー・アダムス)とコンビを組み荒稼ぎをしていた。

ところがFBI捜査官リッチー(ブラッドリー・クーパー)がカモのふりをして近づいてくるのに引っかかってしまう。彼らは逮捕されるが、無罪放免を条件におとり捜査への協力を持ち掛けられる。それは、架空のアラブ人富豪をダシに、カジノ利権に群がる政治家やマフィアを一網打尽にするというもの。

アーヴィンとシドニーは、標的のカーマイン市長(ジェレミー・レナー)に近づくが、二人の仲を嫉妬するアーヴィンの妻ロザリン(ジェニファー・ローレンス)がおとり捜査の邪魔をする。

1.ジェニファーローレンスの怪演と70年代ヒット曲の選曲
この映画のジェニファーローレンスが凄すぎる。「世界で一つのプレイブック」でアカデミー賞主演女優賞を昨年受賞した。
20代前半での快挙であった。今回はそれを上回る演技を見せてくれる。
アバズレ女で口が達者だ。詐欺師の夫も彼女には口では勝てない。
夫が好き勝手なことをやっているんだけど、離婚はしない。マフィアにも平気で近づいていく無用心さがある。

彼女のパフォーマンスに合わせて、曲が流れる。このセンスが抜群だ。
「evil ways」サンタナ、「傷心の日々 How Can You Mend a Broken Heart」ビージーズ、そして「007死ぬのは奴らだ」のテーマ曲 Live and Let Dieポールマッカートニー&ウィングス
この音楽の映像とのマッチ度がしびれる。

「evil ways」サンタナ
69年のウッドストックコンサートでも演奏されている。ファーストアルバムの2曲目の歌で、最初のシングルカットだ。
オルガンのグレッグローリーのボーカルがいい。EVILという単語に、この映画のジェニファーローレンスがぴったりだ。

「傷心の日々 How Can You Mend a Broken Heart」ビージーズ
1971年夏の全米ヒットチャート№1である。ビージーズにとって最初の№1なのに、日本ではシングルが発売されていなかった。当時映画「小さな恋のメロディ」が大ヒット中で、ビージーズが歌う挿入歌「メロディ・フェア」が日本中で流れていた。そのため「傷心の日々」は日本人になじみがないが、いい曲だ。強気のジェニファーも夫の愛人と遭遇して、涙にくれるという場面で流れる。

「007死ぬのは奴らだ」のテーマ曲ポールマッカートニー&ウィングス
ロジャームーア主演の007映画の主題歌だ。この映画も中学時代に同級生と見に行った。痛快なアクションで車が宙に飛んだのが印象的だった。ボンドガールもとびきりの美女で少年時代の自分もしびれたものだった。ジェニファーが曲に合わせてLive and Let Dieと歌い踊るのがしびれる。




2.エイミーアダムスの露出
清純派ムードが漂っていたエイミーもここではアバズレ女だ。
英国なまりのイングリッシュを話して英国人と言い切るが、実は出生の戸籍まで改ざんしていた。元々はストリッパーダンサー上がりで育ちも良くない。同じような処遇で育った詐欺師アービンと意気投合する。
露出がはげしい。ノーブラでバストがよくわかる服を着こなす。

3.クリスチャンベイルの醜さ
映画「ファイター」では、死にいたる病気にかかっているかのような激やせぶりで、アカデミー賞助演男優賞を受賞した。
ここではいきなり太鼓腹と禿げ頭をあらわにする。

今までの彼のキャリアを考えると、映画最初のパフォーマンスは屈辱的で別人のようだ。俳優業も大変だよね。アカデミー主演男優賞は、激やせのマシューマコノヒーに輝いたが、クリスチャンに敢闘賞をあげたい。ある意味カッコマンであるバットマンとダメ男の両方を演じられるクリスチャンベイルの七変化に驚く。

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映画「her 世界でひとつの彼女」ホアキン・フェニックス&スカーレット・ヨハンソン

2014-07-04 06:01:16 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「her 世界でひとつの彼女」を映画館でみた。
予告編から気になっていた。ピンク系の映像がセンス良さそう。
姿を見せないスカーレットヨハンソンの声も評判よさそうだ。

同業会社との寄りあいに行くと、単身赴任者が多い。飲みながら話を聞いていると、1人になった時に、「お掃除ロボット」や「ペット・ロボット犬」に話しかけるのが楽しみのような話をよく聞かされる。いい年したオジサンからだ。もう若い女のケツを追いかけるのも疲れた人たちは、反応がある人工ロボットが大好きだ。最初聞いた時にはビックリしたが、単身者が多いマンションではこういうロボットを外に連れて行って公園で遊ぶオジサンたちもいるらしい。


そういう話を聞いているのでこの映画の設定気になった。
映画は期待ほどではなかったというのが本音だけど、それなりに楽しめた。
強面ホアキンがこの役に合わないという人もいるが、なかなかよく演じている。



近未来のアメリカ・ロサンゼルス。
自分の想いを言葉にできない人の代筆を仕事にしているセオドア(ホアキン・フェニックス)は、妻キャサリン(ルーニー・マーラ)と別居して、1人さみしい日々を過ごしていた。
そんな時、セオドアは街の広告で人工知能型オペレーティングシステム「OS1」をみつけて、早速自宅のパソコンに入れ込む。女性か男性かという質問で女性を選択すると、サマンサが登場する。その声は人間味に溢れているリアル感があった。それ以来、サマンサ(声:スカーレットヨハンソン)に魅了され、常にいろんなやりとりをし、携帯電話に移して外出するようになる。セオドアは大学の同級だったエイミー(エイミー・アダムス)にばったり会い、ブラインドデートをする女性を紹介されるが、先方は真剣な交際を望んでいて気がのらない。。
逆にセオドアはサマンサに深入りしていくが、妻との離婚問題を片づけなければならなった。。。

近未来のロスでは話しかけるだけで、メール確認をしたりするシステムがある。空を車が飛んでいるとかSF映画を思わせるすごい設定に放っていないが確実に進んでいる。



1.嫉妬心
サマンサは自分だけに特化したOSではなく、8000人以上の人と同時に話し、600人以上の恋人がいることがわかる。それでセオドアは嫉妬するのだ。この気持ちなんとなくよくわかる。この映画男女の恋の根底にある嫉妬心にフォーカスをあてている。突如OSがつながらなくなってうろたえる時のセオドアのしぐさが笑えるが、人間の感情の機微をついている。

2.美女群登場
ルーニー・マーラは「ドラゴン・タトゥの女」の怪演が印象的、ここでは割と普通の女性を演じる。セオドアと恋愛のすえ結ばれたのに離婚に進む。単純に何で離婚するの?と思ってしまうが、そこを詳しく説明せずに焦点をサマンサとの恋にあわせる。エイミー・アダムスはけだるい雰囲気を醸し出す。あえてそうしていると思うが、ここまでやつれたエイミーを見るのは珍しい。でも途中で意外な展開が訪れる。

何はともあれスカーレットヨハンソンの声が魅力的だ。フランクな感じで自分だけの秘密もここだけということで告白できそうだ。人工的でないこんな普通の女の声がするOSがあれば自分も欲しい。

この映画、かなり近未来を正確に予測している気がした。
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映画「グランド・ブタペスト・ホテル」 ウェスアンダーソン

2014-06-11 09:02:20 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「グランド・ブタペスト・ホテル」を映画館で見てきました。

ウェスアンダーソン監督の新作で、前評判は上々なので行こうと思っていた。しかし、前作「ムーンライズ・キングダム」は自分にはあまり面白くなかった。自分としてはむしろ初期の「天才マックスの世界」や「ロイヤル・テネンバウムズ」の方が好きだ。若干の不安もあった。

どちらかというと、ファンタジー系に属する映画だと思う。ドラマでもラブストーリーでもない。アニメ映画を見ているような錯覚を覚えた。ホテルの外観やお菓子のパッケージのピンクはこの映画を象徴する色である。色彩設計は鮮やかだ。
架空の国でのドタバタ劇だが、ストーリー自体は世界史の流れに沿っている。主人公の2人、敵対者、援護者とはっきり善悪を分けて物語の定石を踏み、それなりには楽しまさせてはくれる。でも自分と監督との相性はよくないかも。

1968年、温泉リゾート地のさびれたグランド・ブダペスト・ホテルに逗留している若き作家(ジュード・ロウ)は、オーナーのゼロ・ムスタファ(F・マーレイ・エイブラハム)から、驚くべき物語を聞く。



1932年、ズブロフカ王国にある大盛況のグランド・ブダペスト・ホテルで若きゼロ(トニー・レヴォロリ)がベルボーイとして働き始める。当時のホテルは伝説のコンシェルジュ、ムッシュ・グスタヴ・H(レイフ・ファインズ)の手腕により、栄華を極めていた。



常連客の伯爵夫人(ティルダ・スウィントン)が亡くなり、グスタヴはゼロを連れて夫人の葬儀に向かった。葬儀会場で遺言の代理人により、名画をグスタヴに残すことが伝えられた。そのために伯爵夫人の息子(エイドリアン・ブロディ)が憤慨、夫人の殺害容疑がグスタヴにかけられる。


濡れ衣を晴らし、ホテルの威信を保つため、グスタヴはゼロの協力のもと、真相解明にヨーロッパ大陸を駆けめぐる。

1.ズブロフカ王国
名前を聞いてすぐウォッカの「ズブロッカ」を連想した。ポーランド製で、酒の中に草(バイソングラス)が入っているウォッカだ。冷やして飲むとこの上なくおいしい。
30年前に新宿のロシア料理の店「スンガリー」で初めて知った。それ以来大好物のロシア料理を食べるときには欠かせない。余談だが、「スンガリー」は歌手の加藤登紀子さん一族経営の名店で、彼女も数回見かけた。娘が母親に似ず(失礼)スゲエ美人で驚いた。

もしかして何かつながりが?と思い作品情報を読んだら、ズブロフカ王国のことが説明してある。あれ?こんな国あったっけ?いやこれってすごいジョークだ。まさに架空の国である。スペリングはいずれもŻubrówka
そうか!このおいしいウォッカの名前をもじってつくった国の名前だろうと自分は推測する。

2.共産主義と全体主義(ファシズム)への批判
三種類のスクリーンサイズに分かれる。1985年と1968年そして主要な舞台の1932年だ。1932年はヒトラーのナチス党が選挙で第一党になってヒンデンブルク大統領から首相に指名させる時だ。実際には積極的に他国に進出しているわけではない。1968年というとソビエトがチェコへ侵攻する年である。いずれも年号的には重要な年である。
平和なズブロフカ王国がファシズム政権によって占領され、グランドブタペストホテルもエドワードノートン演じる軍人たちにより、いいようにやられる。まずはファシズムを批判するが、戦後ホテルがさびれてしまうということで共産主義による経済の停滞をも不快感を持って接している。ここでは共産主義、ファシズム両方への嫌悪感がある。
ここでファシズム国家をナチスドイツとはしない。ZZの文字でいかにも連想させようとする。
その匿名性は自然だ。

実際には共産主義もファシズムも同値に近いのだ。
ドラッカーの言葉を引用する。
「共産主義とファシズムが本質的に同じというわけではない。ファシズムは共産主義が幻想だと明らかになった後にやってくる段階なのだ。そしてヒトラー直前のドイツでと同様に、スターリン下のソ連において、それは幻想だと明らかになった。」

ノーベル賞学者ハイエク
「ファシズムと共産主義を研究してきた人々が。。。この両体制の下における諸条件は。。。驚くほど似ている事実を発見して衝撃を受けている」(隷属への道より)

共産党を支持するバカなババアがよく駅前で署名してくれと言っているが困ったものだ。
佐藤優曰く「日本共産党という組織は、マルクス主義の毒薬にやられた宗教団体」
まさにその通り

3.配役の妙
アルトマンの映画のように出演者が多いのでストーリーがつかめるか心配していた。
配役の置き方は物語作りの定石を踏んでうまく分配している。

主人公2人 グスタヴ(レイフ・ファインズ)とゼロ(恋人もいる)
依頼人  伯爵夫人(ティルダ・スウィントン)
敵対者  伯爵夫人の息子(エイドリアン・ブロディ) ファシズムの軍人たち(エドワード・ノートン)
援護者  欧州全域にいるコンシェルジュの仲間たち(ビルマーレイなど)

今回は伯爵夫人が血縁でない主人公に由緒ある絵画を与える話をしたものだから話がおかしくなる。夫人の息子は敵対者になる。昔ホテルに泊まったことがあるエドワードノートンは、葬式に行く移動時では味方だったが途中で逆転する。味方がいない。
ところが、気が効いて人格者のグスタヴには欧州中のコンシェルジュが味方だ。そのアイディアがいい感じだ。至る所で助けてくれる。その逃亡劇がうまい具合に笑いを誘ってくれる。ソリで逃走する場面はちょっと笑えるし、凍りついた崖っぷちのやり取りもニクイ。
ものすごく多い出演者がきれいに整理されていることに気づく



美術の色合いのセンスは感じるけど、もう少し特撮に金をかけた方がよいのではと自分は感じた。ミニチュアの技術が稚拙な印象を持つ。あえてこの映画のスタイルを選択している気はするけど。。
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映画「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」 コーエン兄弟

2014-06-05 05:05:53 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」を映画館で見た。
久々の大好きなコーエン兄弟の監督作品
彼らの新作は必ず映画館に向かうことにしており、楽しみにしていた。


自分には今一つ面白くなかった。売れないフォークシンガーの八方ふさがりのドツボぶりを描く映画だが、期待したほどの切れ味がない。ルーウィン・デイヴィスの持ち歌は情感こもっていい歌だが、何か残るほどではない。ロードムービーとしての要素も中途半端だし、ちょっと残念

(作品情報より引用)
物語の舞台はまだマスコミやレコード会社などが発達していなかった1961年、NYのグリニッジ・ヴィレッジ。
ライブハウスで歌うフォーク・シンガーのルーウィン・デイヴィス(オスカーアイザック)は、最近何をやっても裏目に出てばかり。一文無しで知り合いの家を泊まり歩く日々。つい手を出した女友達(キャリー・マリガン)からは妊娠したことを告げられ、おまけに仕方なく預かるはめになった猫にも振り回される始末。

山積みになったトラブルから逃げ出すようにルーウィンはギターと猫を抱えて人生を見つめ直す旅に出る。ジャズ・ミュージシャン、ローランド(ジョン・グッドマン)との悪夢のようなドライブ、歌への信念を曲げれば成功するかもしれなかった有名プロデューサーのオーディション、年老いた父との再会の末、とうとう歌をやめて父と同じ船員に戻ろうと決意するが、それさえもうまくいかない。

旅から戻りあらゆることに苦しめられ打ち拉がれたルーウィンはまたNYのライブハウスにいた。

この不満足は何?と思ってしまう。
演奏の場面が長すぎるのではないか?フォークシンガーの生きざまに焦点を当てるわけであるから、彼の歌が何度も流れるのは仕方ない。コーエン兄弟の作品は総じて90~100分程度にまとまっている映画が多い。ここでもそうだ。その時間内に演奏を何曲もやってしまったら、時間が残り少なくなる。そうするとコーエン兄弟得意のブラックジョークの出番が短縮されるわけである。

1.ルーウィン・デイヴィス
今回はフォークシンガーのデイヴ・ヴァン・ロンクが書いた自伝を元につくられたらしい。八方ふさがりで、レコードがまったく売れず印税が入らない。家賃が払えないので知人の部屋を渡り歩き、ソファで夜を過ごす。それでもボブディランが憧れていたという。主演のオスカーアイザックの歌は確かに味がある。でも映画の中でライブハウスの店主が「フォークソングじゃ客は呼べないからなあ」と言っているセリフがある。その通りだ。味があってもするっと通り過ぎるだけになる。


2.キャリーマリガン
キャリーマリガンの出番は少ない。主人公の子供を懐妊したのに自分のステディの子かどっちの子なのかわからないと言う。でもアバズレじゃない。彼女が出る作品はほとんど観ている。「華麗なるギャツビー」の派手さはなく、「ドライヴ」で見せた哀愁感もない代わりに妙にかわいい。60年代前半の女性を意識したのかもしれない。なかなかいい感じで自分好みだ。



3.ジョングッドマン
ジョングッドマンコーエン兄弟の映画では欠かせない存在だ。「赤ちゃん泥棒」や「バートン・フィンク」でのパフォーマンスを想像するだけで吹き出してしまう。今回もセリフ少ないが、重要な存在だ。トイレで顔をフロアにくっつけてぶっ倒れている姿は笑える。いかにも身体が病的で実生活でも早くあの世に行ってしまわないか心配してしまう。



4.猫
名前がユリシーズというのは固有名詞にいつもこだわるコーエン兄弟らしい。
これがなかなかの活躍、よくてなづけたものだ。縦横無尽によく動く。
主人公と一緒に視線を動かすシーンには唸ってしまう。

最後店のステージにボブ・ディランらしきシンガーの姿がある。かすれ声にハーモニカで名前は出てこないが彼を意識している。彼の歴史を追っても人気が出るまでしばらくかかるようだ。
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映画「ワールドエンド 酔っぱらいが地球を救う」 

2014-05-21 17:37:09 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「ワールドエンド」を映画館で見てきました。
「ワールドエンド」という題名は世紀末的な印象を持たせる名前だが、昔の仲間と12軒の飲み屋をハシゴするという設定に魅かれてしまう。自分も高校や大学の悪友たちとはしご酒をついついしてしまうタイプなので、こいつらどんな飲み方するのだろう?という関心のもとに見に行ったが、途中からの展開は予想外であった。

コメデイと思ったら、実はSF系映画だった。いやゾンビ映画ともいえる。
ちょっと。。。という感じだ。

イギリス郊外の町ニュートン・ヘイヴン。ここに、いまや冴えない中年オヤジに成り下がったゲイリーキング(サイモン・ペッグ)らかつての悪友5人組が集結する。目的はただ一つ。学生時代に果たせなかった“パブ・クロール(パブのハシゴ呑み)”を今度こそ完遂すること。こうして5人は、ゴールとなる“ワールズ・エンド”という店を目指し、一晩で12軒のパブを巡る過酷な挑戦を開始する。そんな中、町では思いもよらぬ事態が静かに進行していたのだが…。

主人公の変人ぶりにまず戸惑う。まともな男じゃない。最初に集団でカウンセラーを受けている姿が「何で?」と思っていたが、せっかく集めた4人と一緒になつかしむ話かと思ったら、やることなすことハチャメチャで普通とは違う。
何この映画と思っていたら4軒目のバーでケンカを始める。何じゃこれ!!

話が急転換で変わりはじめる。
大物も続々登場する。これって元ネタがあるようだけど、自分はちょっと苦手





それでも
ディスコのシーンで「 Step Back In Time」が流れた時は懐かしさで身体がよじれていったけど




このリズム最高!!
カイリー・ミノーグは去年映画「ホリーモーターズ」に出ていたけど、きれいだったよネ。
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映画「プリズナーズ」 ヒュージャックマン

2014-05-14 11:51:36 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「プリズナーズ」を久々に映画館で見てきました。ヒュージャックマン主演の謎解きの要素を持つサスペンス映画である。

ようやく映画館で見てみたいという映画がいくつか出てきた。評判も上々のようなので、すき間時間に行ってみた。
メガホンをとるのはカナダ人監督ドゥニ・ビルヌーブだ。彼の監督作品日本公開2012年の「灼熱の魂」にはあっと驚いた。映画に流れる緊迫感がすごく、凄い映画と自分もブログにアップした。あれだけの作品をつくる監督ならハリウッドから当然声がかかる。ふんだんに予算を使わせてもらい、今回は主演級の俳優で主要な役を固めた。
前作ほどうならせられるということではないが、それなりに楽しめた。


舞台はペンシルヴェニア州にある普通の住宅街だ。ケラー(ヒュー・ジャックマン)は妻グレイス(マリア・ベロ)と息子ラルフと6歳の娘アナと静かに暮らしていた。
感謝祭の日、ケラーは家族と一緒に近所のフランクリン(テレンス・ハワード)とナンシー(ヴィオラ・ディヴィス)の家に行きホームパーティを開いていた。

6歳の娘アナが自宅に取りに行くものがあるといってフランクリンの娘ジョイと2人で出かけた。ところが2人は戻ってこない。周辺を懸命に探すが姿を見せなかった。
路上に不審なRV車があったという長男の証言により、警察はRV車を探し、乗っていた青年アレックス(ポール・ダノ)を容疑者として拘束する。
彼は10歳程度の知能しか持たない青年だった。警察では刑事ロキ(ジェイク・ギレンホール)がアレックスを取り調べる。父ケラーは釈放するなとロキ刑事にくぎを刺していたが、自白も物証も得られず2日後に釈放となり、伯母のホリー(メリッサ・レオ)が迎えに来る。

ケラーは釈放されたアレックスに掴み掛かる。そのときアレックスが誘拐犯しか知りようのない言葉を漏らす。もう一度ロキに調べさせようとするが、アレックスは何も言っていないと否定する。

ケラーはアレックスが犯人だと確信する。空き家に連れて行き監禁する。自らの手で幼い2人がいる場所を聞きだそうとする。

一方ロキ刑事は自宅付近で不審な男を発見する。逃げる男を追う刑事は別の容疑者の存在を突き止めていくが。。。

1.豪華な出演者
ヒュージャックマンだけでなく、脇役陣も主演級だ。マリア・ベロは傑作「ヒストリーオブバイオレンス」の奥さん役の体当たり演技が印象的、テレンスハワードはアカデミー賞作品「クラッシュ」で名を上げ、主演映画もいくつかある。ハンサムな黒人という設定が多い。ヴィオラ・ディヴィスの「ヘルプ」における演技は素晴らしかった。メリッサ・レオは「フローズンリバー」で社会の底辺を彷徨う役を演じたあと、「ザ・ファイター」でアカデミー賞助演女優賞を受賞した。この映画では最初に彼女とは判らなかった。判ったときはオヨヨという感じだった。

2.リンチまがいの拷問
この拷問シーンも凄い。主人公は口を割らそうと、アレックスを殴って殴って殴りまくる。これでもか!というくらいに
そうなった後でポールダノは端正な顔をつぶしてしまう。この拷問の場面は何度も手で映像を隠してしまう。
いやな感じだ。当然メイクだと思うけど、このハレた顔を見ているとぞっとする。
サウナみたいな場所に詰め込んで熱湯のシャワーをかけるという拷問もある。叫び声だけ聞えるだけなのに怖くなってしまう。

3.謎解きのリズム
事件が起きる前に、RV車から誰かが家族の動きを見ている映像が映る。怪しそうだ。そのあとすぐにRV車の犯人が捕まる。
しかも、釈放されたとき子供たちの動静を知っていそうだ。こいつかなと思ったら第2の男が出てくる。いかにも変質者といった雰囲気だ。こいつも絡んでいそうだと観客に怪しませる映像が映る。そうやって少しづつタネが明かされそうになるのかと思っていた。
こいつが怪しいと思わせて第三者を登場させるリズムがいい。

4.ラスト
最後事件解決に向っていったけど、1つだけ懸案が残っている。肝心な人物は死んでしまっている。おいおいどうするのかな?いくらなんでもこれで終わることないでしょう。そう思ったところでうまくラストにつなげた。この締めくくりが一番いいでしょう。

長時間にわたる映画である。絶対見せるべきところ、見せなくてもいいところ、観客に想像させるところうまく分けている。編集がうまいということだと思う。ラストにしてもこれ以上見せないことがベストだと思う。ジェイクの横顔が脳裏にこびりつく。

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映画「42 世界を変えた男」 ジャッキーロビンソン

2014-04-23 17:42:01 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「42」は2013年公開の野球映画である。

野球映画好きの自分からすると、公開時に当然いくべき映画であったが、スケジュールが調整つかなかった。
題材、映像のセンスともに抜群だ。球場で選手を捕らえるカメラワークがいい。これは自分の相性にあう映画であった。
ジャッキーロビンソンが初の黒人メジャーリーガーであることはあまりにも有名である。名前は知っていたが、活躍ぶりは知らなかった。改めてこの映画を見て、強い差別の中で這い上がっていった彼に賛辞を述べたくなった。「それでも夜は明ける」ほどの黒人差別映画ではないが、一時代前の暗黒時代を匂わせる。

第二次大戦が終了して、戦争で中止となっていたメジャーリーグも再開された。ジョーディマジオ、テッドウィリアムズらのスター選手も球場に戻ってきた。そのころアメリカでは、トイレやレストラン、交通機関などあらゆる公共のものの使用が白人と有色人種とで分けられ人種差別が横行していた。まだ黒人選手はメジャーリーグにはいなかった。
メジャー球団ブルックリン・ドジャースのゼネラルマネジャーであるリッキー(ハリソンフォード)は1人の黒人野球選手に注目する。黒人リーグにいたジャッキー・ロビンソン(チャドウィック・ボーズマン)を採用しようとすると、球団内からも大きな反発を受けた。しかし、初志貫徹でまずは3Aのロイヤルズに入団させる。テストをすると、抜群の能力を見せるが、監督も黒人に対する差別心を持っていた。リッキーは彼を使えないようならお前はクビだと監督に言い、ジャッキーを起用する。早速力量を発揮しはじめて、試合で活躍をつづけた。

1947年ジャッキーはメジャーリーグへ昇格しブルックリン・ドジャースのユニフォームを着ることになった。背番号は42番である。しかし、チームメイトの中から強い反発が起き、追い出そうと署名運動まで起きた。それを感知したリッキーGMは監督にそれを抑えさせた。ついにジャッキーは試合に出ることになる。だが、試合に出ると黒人差別の激しい地域の球団のメンバーから激しく攻撃されるのであるが。。。

黒人差別の映画は最近も含めて多々ある。オスカー作品だけを取り上げてみても、「アラバマ物語」「夜の大捜査線」が印象深い「アラバマ物語」は1人の黒人少年の冤罪の話である。正義の味方グレゴリーペックはいれど、いいように白人にやられている。「夜の大捜査線」では、一般の白人たちが群がって黒人たちを懲らしめようとするシーンがある。主人公の黒人エリート刑事から見ても町の保守的白人が脅威の存在となっている。この映画でも同じようなシーンがある。

ジャッキーロビンソンは1947年にで打率297、29盗塁の成績を残して新人王を獲得している。1949年には打率342で首位打者もとってナショナルリーグのMVPとなる。破竹の勢いで活躍する。ドジャースも好調が続く。1947年と49年はリーグ優勝だ。時代背景を確認すると、ドジャースが所属するナショナルリーグに対して、ヤンキース、レッドソックスが所属するアメリカンリーグがある。ヤンキースではジョーディマジオが活躍し、1948年に本塁打王、打点王の2冠、レッドソックスでは最後の4割バッターテッドウィリアムスが同じ1948年に首位打者になる。1947年には三冠王もとっている。同世代の天才2人が別のリーグにいただけにジャッキーのデビュー後の活躍は目立ったろう。

印象深いシーンはフィリーズと対決した際、相手側の監督が執拗なくらい黒人差別ととれるヤジを飛ばすシーンだ。
「ニガー」という言葉を連発して、攪乱させる。今でもこういうヤジはあるとは思うが、確かにやりすぎだ。それを見るに見かねて味方の選手が助っ人に出る。「止めろ!」と相手の監督にくってかかる。それまでは、黒人の仲間ができることに嫌悪感を抱いて仲間たちも一緒になっていく。これ自体は序の口で色々とややこしい話があったのであろう。テロップが流れたが、この差別監督は退団後二度と声がかからなかったようだ。

もともとはかなり短気だったジャッキーに対して、ハリソンフォード演じるGMが何があっても抑えろという。ムカついて仕方ない時でも忍耐の一文字だ。そういうやるせない心理をチャドウィック・ボーズマンが上手に演じている。もちろん枯れ切った演技を見せるハリソンフォードも抜群にいい。

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映画「サイド・エフェクト」 ジュード・ロウ&ルーニー・マーラ

2014-04-17 20:44:16 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「サイドエフェクト」はスティーヴン・ソダーバーグ監督による2013年のサイコサスペンス映画だ。

ジュードロウの主演だが、脇を固めるのが「ドラゴンタトゥの女」のルーニー・マーラとキャサリン・ゼタ・ジョーンズだ。特にルーニーマーラがいい。迷彩がかなりちりばめれているサスペンスで、当初はルーニーマーラの狂言をどうとらえるのかに戸惑う。しかも、ジュードロウはドツボにおちていく。途中からの逆転劇はうまいストーリー展開だと思う。



精神科医バンクス(ジュード・ロウ)は、女医シーバート博士(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)の患者であったエミリー・テイラー(ルーニー・マーラ)の診察にあたっている。エミリーは、地下駐車場で、自らの車を壁に激突させてしまう。しかし事故現場にブレーキ痕が無かったことから、エミリーが自殺を図ったのではないかと推測された。



エミリーはウォール街で働いていた夫のマーティン・テイラー(チャニング・テイタム)がインサイダー取引で収監されたため、うつ病が再発していると判断して、バンクスは抗うつ剤「アブリクサ」を処方するとともに、カウンセリングを受けることを条件にエミリーに対し退院許可をあたえた。



しかし、その薬のおかげで夫との関係も回復したはずのエミリーは突如夫を殺してしまう。その後、落胆したマーティンの母親がテレビ出演し、アブリクサの製造元であるサドラー・ベネルクス社を副作用があると糾弾する。
エミリーの裁判の証人として出廷したバンクスは、エミリーはアブリクサの副作用で夢遊病になり、意識がないままマーティンを刺したのではないかと証言する。心神喪失を認められたエミリーは殺人罪に問われず、精神医療の治療を受けることになる。

しかし、バンクスは主治医の責任を問われ、窮地に追い込まれた。妻(ヴィネッサ・ショウ)との仲も険悪になっていく。自らの名誉のため、独自の調査に乗り出し、殺人事件の背後に渦巻く衝撃的な真実があることに気づくが。。。

奥行きの深い映画である。
ルーニーマーラは、主人公の恋人を演じた「ソーシャルネットワーク」から一転狂気のような女性を「ドラゴンタトゥの女」で演じた。この演技にはあっと驚かされた。同一人物には見えなかった。今回は「ソーシャルネットワーク」の顔で心神喪失の女を演じる。心神喪失と言えば堤真一&鈴木京香主演日本映画「39刑法第39条」の出来はよかった。その展開も連想したが、それだけではない。心神喪失で助かる人を懲らしめる「脳男」のような映画もあるが、もっと複雑だ。キナ臭い金儲け話が奥に残っていたのだ。



薬の副作用が明るみになり、薬品製造会社の株価は暴落するのだ。
株というのは値上げする時だけ儲けられるわけでない。急落でニッコリ笑う人もいる。それこそ911のビンラディンはカラ売りポジションやコールオプションの売りでかなり儲けていたと言われる。イスラム原理主義者のふりでテロを仕掛ければ仕掛けるほど儲けられるのだから笑いが止まらないだろう。映画の中で売りでもうける話をわかりやすく解説しているが、まさにそういう裏話が隠されていた。

処方した主治医ジュードロウをものの見事を突き落としたと思ったのは一瞬で、その後は復活に向かって進む。
それでも結末が想像つかず、途中で最後のオチがどうなるのかわくわくする。そう思わせるだけいい映画なのであろう。

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映画「私が愛した大統領」 ビル・マーレイ

2014-04-03 05:18:41 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「私が愛した大統領」はビル・マーレイ主演の2012年の作品だ。
ニューディール政策などで有名な第32代アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトの伝記ドラマ。ルーズベルト大統領の一番の理解者として彼を支え続けた女性デイジーとの深い絆と、第2次世界大戦前夜に英国王ジョージ6世夫妻が渡米した際のエピソードの裏側を描く。

ビルマーレイとローラリニーという芸達者を中心に、のどかなアメリカの郊外の町を舞台に静かに映画が進んでいく。世界史における最重要人物の真実の姿に迫る。

1930年代末期のアメリカが舞台だ。第32代大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト(ビル・マーレイ)が忙しい執務の合間に安らぎを覚えるのは、一番の理解者である従妹のデイジー(ローラ・リニー)とドライブに出かける時間だけだった。1939年6月、ナチスドイツが徐々に欧州を侵食しつつあっ た時、英国王ジョージ6世(サミュエル・ウェスト)とその妻エリザベス(オリヴィア・コールマン)がアメリカを訪問して、ニューヨーク州ハイドバークにあるルーズベルト邸に立ち寄ることになった。ルーズベルトとジョージ6世はディナーを家族とともにとった後、大統領の執務室で2人だけの時間を持った。お互いにハンデキャップを持つ2人は意気投合し、お互いの秘密を知ることになる。一方でデイジーがある行動をとるが。。。。

アメリカは大統領は2期までとなっている。ところが、戦時中ということもありルーズベルトは4選を果たす。普通に学校で勉強をした日本人なら、小学校の社会の時間でフランクリンルーズベルトの名前を知ることになる。占領下にあった日本であるから、ルーズベルトを称賛するというのは当然のことであったと思われる。日教組系の教師からも、ニューディール政策というのは称賛の的だった。彼の肖像からは、彼が小児麻痺であるというイメージは全く浮かばない。畏怖の念を持って崇拝する存在だった。でも真実の彼の姿はここで映されているような人物なんだろう。

ビルマーレイと言えば、「ゴーストバスターズ」を始めとしたコメディ役者だ。「ロストイントランスレーション」「ブロークンフラワーズ」などで見せる枯れ切った姿の彼が好きだ。普通に見れば、ビルの写真と一般に出回るルーズベルトの写真とは似ても似つかないが、ここで演じるルーズベルトに全く違和感がない。さすがである。

映画「英国王のスピーチ」でジョージ6世のドモリのことを知った。さすがに現女王の父上だけに映画界も欠点をつくのは遠慮がちだったのかもしれない。あの映画を機に一気に今回の構想が浮かび上がったのであろう。1939年と言えば、ナチスの侵攻はもうどうにもとどまらない状態にあった。英国首相ネヴィル・チェンバレンは、ドイツと宥和政策をとっていると周辺から批判されていた。もはや英国はアメリカに頼るしかなかったのである。モンロー主義以来の対外不干渉政策がアメリカの基本方針であれど、もはやそうもいっていられない状態にもあった。有名な開戦のスピーチの前にはこういう逸話もあったのである。

ここでのジョージ6世も素敵な存在だ。ディナーで皿が割れたり、ウェイトレスが給仕する手を滑らせたりするのも軽いジョークで場を和ませたりしていた。その後のルーズベルトとの指しの会談でも自分の欠点をあらわにしながらの会話も好感が持てる。兄の「王位をかけた恋」で予期せず得た地位であれど、さすが大英帝国に君臨する国王である。自国の状況を把握して、ホットドックを食べるシーンもいい感じだ。

クリントンの浮気が大騒ぎになったが、ルーズベルトにもこんな一面もあったのだ。ヒラリークリントンがこの映画を見たらどんな感想を示すであろうか?聞いてみたいものだ。
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映画「ウォルト・ディズニーの約束」 トム・ハンクス&エマ・トンプソン

2014-03-28 19:46:28 | 映画(洋画 2013年以降主演男性)
映画「ウォルト・ディズニーの約束」を映画館で見た。
一言でいうと「イヤな女に悪戦苦闘するウォルト・ディズニー」といった内容である。
イヤな女をエマトンプソンが好演、トムハンクスもいい。自分の感性にあった映画であった。

ジュリーアンドリュースが1964年のアカデミー主演女優賞に輝く「メリーポピンズ」は空前のヒットであった。原作の作者名を聞いたのは初めてで、こんな裏話が存在するとは知らなかった。映画の初めに「チムチムチェリー」が流れる。これを聴くとジーンとしてしまう。ジュリーアンドリュースは自分が96年にブロードウェイに行ったとき、ロングランでミュージカルの主役をしていた。60過ぎでもブロードウェイに君臨する天才的なエンターテイナーである。彼女の姿は画面に少し出るだけだが、久々に彼女の映画を見たくなってきた。

自分が子供のころ、日本テレビのディズニーアワーでは、ウォルトディズニーが自ら出てきてはじめに解説していた。当時金曜8時は週ごとに「プロレス」と「ディズニー」を交互にやっていた。プロレス好きになったのは高学年からで、低学年の時は毎週ディズニーだったらいいなあと思っていた。さぞかし視聴率も高かったはずだ。今の若い人たちは彼の顔を知っているかなあ?でも50代以上の人たちでウォルト・ディズニーの顔を知らない人はいないだろう。それくらいテレビに映るウォルトの存在はインパクトがあった。アメリカを代表する稀代のヒーローをトムハンクスが演じる。なかなかいいと思う。

「メリーポピンズ」を読んで感銘を受けていたディズニーの創始者ウォルトディズニー(トム・ハンクス)は、20年間の長きにわたって原作者トラヴァース女史(エマ・トンプソン)に映像化のアプローチをしていた。気難しいトラヴァースはその申し出を断ってきた。1961年になり、筆が進まず新作がなかなか書けないトラヴァース女史は徐々に収入が減っていて、家政婦も雇えなくなった。会計士からディズニーからの申し出を受けてみたらどうかと言われ、やむなくのることとなった。
ロンドンからディズニーの本拠地ロスアンジェルスに空路向かったトラバースはウォルトディズニー社長と会い、脚本家と2人の音楽担当者を紹介された。アニメだけは絶対だめよ!と実写を望んでいたトラバーズは、ミュージカル仕立て自体も嫌がっていた。彼女は何かにつけて難癖をつけディズニーのスタッフを困らせる。

一方で1906年に時代をスライドさせ、トラヴァース夫人の幼少期を写す。オーストラリア生まれの彼女は父母と幼い2人の妹と暮らしていた。都市部の住宅地を離れて、田舎の一軒家に移って暮らしはじめる。父(コリンファレル)は銀行に勤めていた。しかし、酒におぼれていた父は仕事には向いていなかった。母親は悩んでいた。しかも、結核で倒れてしまう。幼心に家庭の混乱に頭を悩ませるのであった。

この両方の映像を交互に見せていく。

トラヴァース女史って嫌味な女である。口の減らない女ともいえる。
なめられるのを怖れてよく女だてらに突っ張る人っている。人の言ったことに素直になれない。たまに見かけるよね。
ディズニーのスタッフは製作中ずっと悩まされるわけである。
でもこの映画はその悪戦苦闘記だけを描いているわけではなかった。トラヴァース女史の幼少期の映像を映しながら、父と娘の強い心の交情を語るわけである。これが徐々にわかってくるだけで、何か不思議な感情が芽生えてきた。いつも優しかった父親のことを思いながらトラヴァース女史の気持ちが映画製作中揺れ動く。父親への愛情が徐々に示されていく。それを思うとなぜか最終に向けて泣けてきた。久しぶりである。

印象に残るシーンがいくつかある。
気分転換にディズニーランドにウォルトディズニーがトラヴァース女史を誘う。天邪鬼な彼女は当然のらない。しかし、お迎えの車を運転するラルフ(ポールジアマッティ)がディズニーランドの入口に連れて行くのだ。入口の中にはウォルトが1人立っている。そして彼女を案内する。テレビでおなじみのウォルトの周りにはキャラクターと同じくらいサインを求める人たちが殺到する。ウォルトが彼女をメリーゴーランドに案内する。いやがる彼女を馬の上に乗せる。これがなかなかほのぼのとしている。

善悪両方を毎回交互に演じているようなポールジアマッティはこの映画では善人を演じた。オスカー作品「それでも夜は明ける」では奴隷商人だったが、今度はお抱え運転手で、気難しいトラヴァース女史のご機嫌をとりながら仕事をこなす。雰囲気は最近のウォーレスショーンのようだ。「サイドウェイ」のように主演を張ることもあるが、こういう渋めの脇役が良い。ラストに向けてのトラヴァース女史とのふれあいはなかなか素敵で、さすがディズニーといった印象だ。

もう1つはずっと暗めな歌が続いた後で兄弟が作った凧上げの歌を聴き、トラヴァース女史がダンスをおどりだすシーンである。
エマトンプソンも楽しそうに踊るのだ。双子の兄弟の前でさんざん悪態をついて、これでもか!と青島幸男の「意地悪ばあさん」のように嫌な女ぶりを強調するシーンが続いた後で、いくつか彼女のちがった一面を映し出すシーンがある。そこではリリースされた感じをおぼえた。

最後にもう一度「チムチムチェリー」が流れる。
最初同様ジーンと来たが、二度目にはもうすでに涙が出ていた。父娘の愛情のふれあいというシーンにはどうも涙腺が弱い。


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