映画とライフデザイン

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映画「ブルータリスト」 エイドリアン・ブロディ&ガイ・ピアース

2025-02-22 08:16:20 | 映画(自分好みベスト100)
映画「ブルータリスト」を映画館で観てきました。


映画「ブルータリスト」エイドリアンブロディ主演でハンガリー出身のユダヤ人建築設計士の人生を描いた作品だ。ブラディ・コーベット監督は長編3作目でベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞してアカデミー賞の最有力候補だ。20世紀はじめのブタペストが優秀な人材を生んだのはコンピューターの開発で名高いフォン・ノイマンの伝記を読んで自分は知っていた。上映時間215分に尻込みするが、インターミッションがあるとの情報で早めに観に行く。(ひさしぶり!助かった。)

登場人物が建設会社に勤める設定であっても、建築家が建築中の現場に関わる映画はあまり記憶にない。映画館に入る時に、映画の中で紹介される建物の小冊子をもらったので、てっきり実在の人物だと思ったらフィクションとのことで驚く。ハンガリー出身のモデルと思しき建築設計士とは履歴がちがうようだ。建築設計、移民問題、ユダヤ人問題とホロコースト、麻薬中毒とよくぞまあこの脚本にまとめたなと感心する。

第二次世界大戦後、ハンガリー系ユダヤ人の建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、ユダヤ人への迫害から逃れて移民船でアメリカニューヨークに入国した。妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)、姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)とは強制的に引き離されていた。

ペンシルヴァニアで家具屋を営む従兄弟アッティラのもとで働くことになり、富豪ハリソンの息子ハリーから豪邸の書斎を改装する仕事を依頼される。ところが、ほぼ完成する前に実業家ハリソン(ガイピアース)がこんなこと頼んだことないと憤慨して、資材の発注をしているのに報酬がなくなってしまう。結局、ラースローは家具屋を追い出されて、石炭を運ぶ人夫となっていた。

その石炭の採石場に突如ハリソンが現れる。ラースローが設計したモダンな円形の書斎が雑誌で取り上げられて賞賛されていることをはじめて知った。しかも、ハリソンはラースローのハンガリーでのモダン建築実績も調べ上げてその才能を認めて、ハリソン宅のパーティに招待する。そこで母親の名を記念した礼拝堂も兼ねたコミュニティセンターの建築設計をラースローに依頼する。ラースローの妻と姪が移住できるように弁護士を通じて手配するのだ。


ようやく同居できてラースローは喜ぶ一方で、ラースローの建築設計に対する理想と執着心が強く、トラブルが次々と発生してしまう。現場の設計変更に頑なに応じないし、資材輸送で事故が発生し計画が頓挫してしまう。

長時間飽きさせずに見せてくれる期待通りの作品だ。
インターミッションを除き約200分眠気が起きなかった。


エイドリアンブロディはほぼ出ずっぱりだ。麻薬に溺れる弱い面が常にある。才能はあるけれど自らの設計の理想とこだわりを追求するあまり周囲を戸惑わせる。そんな主人公ラースロートートのいい面、悪い面を見せてくれる。その生き様を見て映画を観ながら考えるところが多々あった。良かった。

意匠的にすぐれた建物を見せるだけではない。実務的には、設計と工事の建築現場での葛藤はつきものだ。これは日米変わらない。納まりが悪いから工事が設計変更しようとすると、設計士が拒絶する。この映画でもエイドリアンブロディが現場責任者に怒る場面がある。設計図通りだと、すごい梁を作らなければならない。現場が疲弊するというセリフもある。建築現場での実情を理解した脚本と感じた。


⒈RC打ちっ放しと安藤忠雄
「ブルータリスト」の題名は建築のブルータリズムからでていると思う。RC打ちっ放しが特徴の一つだ。映画を観ていて、日本のメジャー建築家安藤忠雄の作品をすぐさま連想した。RCの打ち放しの多用も共通するし、コンクリートの中で薄日が入るのも共通する。映画を観ている時、明らかにラースローは安藤忠雄より年上なので、ラースローの影響かな?と思ったら実在の人物でないと知り驚いた。

コンクリートの中の十字架安藤忠雄の有名な建築「光の教会」に通じる。最後のエピローグでの、コンクリートの冷たい空間は強制収容所を意識したというコメントはやりすぎかと感じた。


⒉建築のパトロンとガイピアース
安藤忠雄曰く、建築家にはパトロンがつきもの。基本設計はカネがかからずできても、建築には金はかかる。そのパトロンである実業家ハリソンを演じたガイ・ピアースが上手かった。最初は自分の部屋をいじられて怒り心頭で、雑誌に掲載されると手のひら返してラースローを絶賛する。その後何があってもかばう。一度離れてもまたくっつく。

イタリアのカッラーラの大理石採石場のシーンが印象的だ。最後に向けては微妙なシーンもあったけど、よくありがちな実業家の盟友を巧みに演じた。エイドリアンブロディ同様に評価されるべきだ。


⒊ハンガリーブタペストのユダヤ人
この映画ではユダヤ人が中心だ。映画の中には丸帽子をかぶったユダヤの礼拝のシーンも多い。富豪ハリソンの顧問弁護士はいかにもユダヤ系で経済学者のミルトンフリードマンそっくりだ。アメリカで最初に頼ったいとこの家具屋はユダヤ人だったのにカトリックに改宗して奥さんもカトリックだ。アメリカになじむためこういう人もいたであろう。

ラースローは1911年生まれのハンガリー出身のユダヤ人だ。すぐさま原爆やコンピューターの開発で名高い科学者フォンノイマンを連想して、彼の伝記を自宅に帰って書棚でピックアップした。当時のハンガリーでラースローのような人物が育つ可能性があるこんな記述がある。

1870〜1914年当時ブダペストとニューヨークは,実力のあるユダヤ人が移り住むのにもってこいの街だった。1890年代,ユダヤ人が実力に見合う収入と地位を得たのは、この2か所を除いて、世界中にほとんどない。ブダペストのユダヤ人はたちまち頭角を表し,医者や弁護士のような専門職になったり,商売で成功したりした。(フォンノイマンの生涯 ノーマンマクレイ p39)

⒋ヘロイン中毒とエイドリアンブロディ
エイドリアンブロディ「戦場のピアニスト」でアカデミー賞主演男優賞を受賞した。ラストに向けてのショパンのピアノソナタの場面が脳裏にこびりつく名作だ。ユダヤ系ポーランド人を演じた。「ブルータリスト」ではより一層ユダヤ色が強い。人種以前にこだわりの強い建築家で扱いが面倒な男だ。ずっとタバコを離さないだけでなく、麻薬中毒に近い状態だ。

ニューヨークに来るや否やジャズクラブでヘロインに溺れる。その後も再三麻薬に狂うシーンが多発する。妻エルジェーベトは下半身に障がいがある。時おり強い痛みに襲われる。その発作を見て、ラースローが洗面所に隠していたヘロインを注射する。ただ、一瞬おさまった妻が泡をふき倒れるシーンがある。戦後日本でもヘロイン中毒が多発したらしい。こういう伝記映画では、天才と麻薬中毒が切れない関係にあることが多い。けっして賞賛される奴ではないのにエイドリアンブロディはなりきった。


アレ?これってどういうことなんだろう?と思うシーンはこの映画でいくつかある。あえて事実をハッキリさせないで暗示させるシーンもある。それでも十分堪能できたすばらしい映画だった。
コメント
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