映画「アナログ」を映画館で観てきました。
映画「アナログ」はビートたけしの書いた小説の原作を二宮和也とヒロイン波瑠で映画化した作品である。予告編でだいたいの雰囲気がつかめて普通だったらスルーのパターンの映画だ。でも、世間のジャニーズバッシングに呆れきっている自分は二宮和也応援のつもりでつい観てしまう。こういうのもたまにはいいだろう。
デザイン設計事務所に勤める水島悟(二宮和也)が自分が内装のデザインを設計した喫茶店ピアノで1人の女性みゆき(波瑠)に出会う。意気投合した2人は毎週木曜日喫茶店ピアノで会うことを約束して,定期的に会うようになる。小さな貿易会社で働くみゆきは携帯電話を持っていなかった。その後,恋が徐々に実っていき悟は結婚の約束をしようと婚約指輪を買い、いつもの喫茶店で待っていたが,みゆきは来ない。携帯電話がないので連絡もつかない。途方にくれたまま,悟は大阪に転勤になってしまう。
ごく普通の作品であった。
ビートたけしの原作となれば,一定以上のレベルを期待した。でも,古典的なプロットのラブストーリーに終わってしまった。韓国映画のような手の込んだストーリーではない。寸前に見た「アンダーカレント」と比較すると,脚本に大きなレベル差を感じる。脇役を活かし切っていないのが弱い。
東宝の資本が入っているので,映画制作に金がかかっている印象を受けた。満席のコンサート会場におけるフルオーケストラ演奏など,普通の単館物ではここまで予算は出ない。映画としての体裁は整う。海辺の桟橋の映像などきれいに撮れている。
主演2人には好感を持てた。映画人になろうとしている二宮和也からすると,ライト感覚の映画だったかもしれない。店舗内装を中心にしたリノベーションの設計仕事の設定でスケッチが得意でサラッと模型を作ったりする。インチキ英語でわけのわからない上司との対比を浮かび上がらせる。学校時代からの友人に小学生程度の子供がいるのに独身。母親の面倒を見るからと言っても妙に不自然かも。
一方波瑠にとっては二宮との共演はいっそうの飛躍にはまたとないチャンスである。それにしても,現在の彼女は非常に美しい。携帯電話を持たずアナログの彼女には秘密があった。村上春樹の小説のように彼女は失踪するが、ちょっとしたハプニングがあったという話だ。ちょうど10年前に濱田岳主演の「みなさんさようなら」という団地の外に出ない男の映画に出演していた。いい映画だった。そこで波瑠は濱田岳の幼少時からの腐れ縁の友人を演じる。その時と比べると30代になって格段に美しくなっている。
二宮和也のギャラで予算はかなり使ってしまうにしても,リリー・フランキー,筒井真理子,板谷由夏など現在活躍の映画人を起用する。加えて二宮の母親役に高橋恵子が登場する。でも、年老いた高橋恵子を見るのは若干忍びない。リリー・フランキーに「アンダーカレント」のような存在感がないのはもったいない。
それにしても現在のジャニーズバッシングには腹立たしいものを感じる。マスコミ各社の発言及び会見へのバッシングはちょっとひど過ぎる。言論の自由は守らなければならないが,図にのっている印象を受ける。
聖職者の少年への性的虐待が映画の題材になることがある。「スポットライト」がその一例だ。今回のジャニーズスキャンダルもその要素に近い感じがしている。世の中には少年好きの地位が高い変態男っているもんだ。人生でも数回見てきた。なくなったジャニーさんもその1人であろう。少年イジリについては呆れるばかりである。
ただジャニーさんはもう亡くなった人である。性的虐待に対する補償については対応してもらいたい。でもジャニーズ事務所のタレントには罪は無い。これでいろんな仕事をから干してしまうのは理解しづらい。まさに日本人の同調性が生んだ愚かな話であろう。
あと今回改めて呆れたのは会見でのNGリスト問題である。まっとうな社会人であれば,危機管理のために集団での会見があるときにはこのような注意リストを用意するのが当然である。例えば一般株主が参加する上場会社の株主総会では,会社に対して不満を持っている株主のリストを事前に集めて,その株主が質問するであろう質問に模範回答例を用意する。まず役員だけで回答の練習をする。その後会場で社員株主含めて総会進行の予行練習をするのがごく普通である。社員株主は懸命に拍手をする。今回は会見までそんな余裕は無い。リストを用意して臨んだのは当たり前の話だと思う。
普通にビジネスを知っている人ならそんな事は当然だと思うけれど,非難するのはどうかと思う。橋下徹が,こういったNGリストを用意するのは当たり前だと発言している。自分は改めて橋下徹はまともだと思った。いずれにしても日本人は狂っている。マスコミ及びSNSに変な言論誘導されないように気をつけたい。旧ジャニーズ事務所のタレントたちが,今まで通り日本映画界で活躍することを希望する。
映画「アナログ」はビートたけしの書いた小説の原作を二宮和也とヒロイン波瑠で映画化した作品である。予告編でだいたいの雰囲気がつかめて普通だったらスルーのパターンの映画だ。でも、世間のジャニーズバッシングに呆れきっている自分は二宮和也応援のつもりでつい観てしまう。こういうのもたまにはいいだろう。
デザイン設計事務所に勤める水島悟(二宮和也)が自分が内装のデザインを設計した喫茶店ピアノで1人の女性みゆき(波瑠)に出会う。意気投合した2人は毎週木曜日喫茶店ピアノで会うことを約束して,定期的に会うようになる。小さな貿易会社で働くみゆきは携帯電話を持っていなかった。その後,恋が徐々に実っていき悟は結婚の約束をしようと婚約指輪を買い、いつもの喫茶店で待っていたが,みゆきは来ない。携帯電話がないので連絡もつかない。途方にくれたまま,悟は大阪に転勤になってしまう。
ごく普通の作品であった。
ビートたけしの原作となれば,一定以上のレベルを期待した。でも,古典的なプロットのラブストーリーに終わってしまった。韓国映画のような手の込んだストーリーではない。寸前に見た「アンダーカレント」と比較すると,脚本に大きなレベル差を感じる。脇役を活かし切っていないのが弱い。
東宝の資本が入っているので,映画制作に金がかかっている印象を受けた。満席のコンサート会場におけるフルオーケストラ演奏など,普通の単館物ではここまで予算は出ない。映画としての体裁は整う。海辺の桟橋の映像などきれいに撮れている。
主演2人には好感を持てた。映画人になろうとしている二宮和也からすると,ライト感覚の映画だったかもしれない。店舗内装を中心にしたリノベーションの設計仕事の設定でスケッチが得意でサラッと模型を作ったりする。インチキ英語でわけのわからない上司との対比を浮かび上がらせる。学校時代からの友人に小学生程度の子供がいるのに独身。母親の面倒を見るからと言っても妙に不自然かも。
一方波瑠にとっては二宮との共演はいっそうの飛躍にはまたとないチャンスである。それにしても,現在の彼女は非常に美しい。携帯電話を持たずアナログの彼女には秘密があった。村上春樹の小説のように彼女は失踪するが、ちょっとしたハプニングがあったという話だ。ちょうど10年前に濱田岳主演の「みなさんさようなら」という団地の外に出ない男の映画に出演していた。いい映画だった。そこで波瑠は濱田岳の幼少時からの腐れ縁の友人を演じる。その時と比べると30代になって格段に美しくなっている。
二宮和也のギャラで予算はかなり使ってしまうにしても,リリー・フランキー,筒井真理子,板谷由夏など現在活躍の映画人を起用する。加えて二宮の母親役に高橋恵子が登場する。でも、年老いた高橋恵子を見るのは若干忍びない。リリー・フランキーに「アンダーカレント」のような存在感がないのはもったいない。
それにしても現在のジャニーズバッシングには腹立たしいものを感じる。マスコミ各社の発言及び会見へのバッシングはちょっとひど過ぎる。言論の自由は守らなければならないが,図にのっている印象を受ける。
聖職者の少年への性的虐待が映画の題材になることがある。「スポットライト」がその一例だ。今回のジャニーズスキャンダルもその要素に近い感じがしている。世の中には少年好きの地位が高い変態男っているもんだ。人生でも数回見てきた。なくなったジャニーさんもその1人であろう。少年イジリについては呆れるばかりである。
ただジャニーさんはもう亡くなった人である。性的虐待に対する補償については対応してもらいたい。でもジャニーズ事務所のタレントには罪は無い。これでいろんな仕事をから干してしまうのは理解しづらい。まさに日本人の同調性が生んだ愚かな話であろう。
あと今回改めて呆れたのは会見でのNGリスト問題である。まっとうな社会人であれば,危機管理のために集団での会見があるときにはこのような注意リストを用意するのが当然である。例えば一般株主が参加する上場会社の株主総会では,会社に対して不満を持っている株主のリストを事前に集めて,その株主が質問するであろう質問に模範回答例を用意する。まず役員だけで回答の練習をする。その後会場で社員株主含めて総会進行の予行練習をするのがごく普通である。社員株主は懸命に拍手をする。今回は会見までそんな余裕は無い。リストを用意して臨んだのは当たり前の話だと思う。
普通にビジネスを知っている人ならそんな事は当然だと思うけれど,非難するのはどうかと思う。橋下徹が,こういったNGリストを用意するのは当たり前だと発言している。自分は改めて橋下徹はまともだと思った。いずれにしても日本人は狂っている。マスコミ及びSNSに変な言論誘導されないように気をつけたい。旧ジャニーズ事務所のタレントたちが,今まで通り日本映画界で活躍することを希望する。