モスクワの政権をとっていたエリツェン大統領や政府高官がソ連帝国崩壊の前後にどのような運命をたどっかか?著者の個人的体験を主軸にし、ロシア人の人間性をリアルに描きだした迫力あるノンフィクション力作である。人間が描いてある。下手な小説より面白い。同志社大学神学部で学んだ著者が、共産党政権下のモスクワ大学神学部のようすを分かりやすく書いている。自分でもそこで神学の講義もしている。2006年に出版後、広く読まれ、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。現在でも外務省に所属している、その著者が2002年に逮捕され、514日も拘置所に留置され有罪判決を受ける。現在、最高裁判所へ控訴中である。訴えられている罪は外務省の予算の使用上の規則違反という罪である。
なんとしても不可解な事件である。ところが、2005年に出版された佐藤優著「国家の罠」を読んで、なるほど、逮捕は仕方ないと理解出来る。
佐藤優氏は外務省の官吏である。その官吏が外務省という「国家公務員組織」を破壊するような行動をとった様子がこの本に書いてある。国家公務員は年功序列や役職に対応して職務内容と権限の範囲が厳然と決まっているのだ。それは明文化されてはいない場合が多い。しかしそれは厳しい掟なのだ。佐藤氏はそれを一顧だにしない。
小渕総理に重用された鈴木宗雄氏と組んでエリツェン大統領と北方領土2島返還の実現を推進したのだ。ロシア大使館所属の一介の外交官が大使以上の権限を発揮し、外務大臣さえ無視して2島返還交渉をしたのだ。
個人プレイは幾らしても良い。しかし官僚文化では、その全ての手柄は上司のものにしなければならない。そうしなければ出世もできないし、組織から放逐される。これが国家公務員の厳然たる掟なのだ。佐藤氏はこの官僚文化の破壊をあまりにも何度もしてしまったのだ。検事も裁判官も国家公務員だ。表には出さないが彼らの心の中で佐藤氏へ対する心証を悪いに違いない。その理由は「官僚文化の破壊」を憎む気持ちと思う。
鈴木宗雄氏も外務省へ直接干渉しすぎた。霞が関の官僚達はこの2人を有罪にしたくなる。それが官僚の心理と思う。「国家の罠」ではない。「官僚文化の罠」なのだ。
佐藤氏は不可能な4島返還よりも実現しやすい2島返還をすべきと個人的に主張する。それも越権行為のように感ずる。4島か2島かは国民の代表である衆議院や参議院で決め、その推進を総理大臣から外務大臣へ依頼し、外務官僚が先方と交渉するのが自然な流れである。外交官が公やけに主張してはいけない。それは上司へ対しての意見具申に限定すべきである。勿論、外交にはトップ交渉や裏工作が欠かせない。しかし裏工作の仕掛け人があまり表に出て大声で国民を説得するのは望ましいことではない。
佐藤氏は抜群に優秀なだけではない。まれに見る独創的能力の持ち主である。
独創的であれば官僚世界では行き詰まる。佐藤氏や鈴木氏の逮捕、裁判劇は「官僚文化の死守」という視点から見ると理解しやすい社会現象と思うが、如何でしょうか?皆様のご意見を頂ければ嬉しく思います。(続く)