5月11日に、岡敬三著「港を回れば日本が見える」の書評を掲載しました。題目につられてこの本の一部だけを拡大解釈して小賢しい書評を出してしまいました。日本の軽薄な文化を批判する本。官庁が漁港を支配して、ヨットを締め出そうとしている官僚文化の批判。ようするに日本の貧しさを批判した本とこの本を紹介しました。
その後、何日もかけて丁寧にこの本を読んでみました。間違っていました。この本の楽しさや、注目すべき点はその様な「批判的な内容」ではないのです。
日本の辺鄙な漁港を丁寧に一つ一つ、急がず、独り帆走しながら泊まり歩く冒険の記録なのです。冒険と言うのは大げさ過ぎるようですが、「帆船の長距離航海」はいつも危険に満ちた冒険なのです。GPSやレーダーがあっても、ロシアが占領中の国後島と北海道の間の狭い海を帆走するときの怖さに、思わず手を握りしめてしまいます。濃霧が自分の船の舳先さえ見えなくします。電気の故障でGPSやレーダーがダメになることもありました。霧笛だけを頼りにして手探りのような走り方をします。突然、海上保安庁の巡視艇が現れ並航してヨットがロシア領に入らないように案内してくれます。
あちこちの漁港で人々の親切に勇気づけられて航海を根気よく続けます。個人の力の限界が感じられる内容です。決して胸躍る「冒険談」ではありません。
現役の人々で、引退したらモーターボートかヨットで全国を回って見ようと思っている人も多いと思います。特に何年もヨットをしている人にとって、それは何時も心の中に輝いている夢です。しかし長距離帆走の危険性と漁港での係留の困難性をよく知っているだけに実行する人は殆どいません。それを実行するとこうなりますよ、と岡敬三さんは丁寧に書いてくれました。
臆病な小生の読後感は、「物凄く面白い本だが、やっぱり日本を回るのは止めよう」と、いう感想です。危険な帆走の故もあります。しかし、この本を丁寧に読むと自分自身が漁港を巡りながら日本を回ったような気分になるからです。疑似体験が出来る本です。ヨット乗りの皆様へ是非読んで頂きたい名著と思いました。ヨットの趣味の無い方々もヨットの疑似体験が出来る本です。港に泊まっている間に、金子みすずの旧宅を訪ねたり、山川登美子のゆかりのものを探したりしています。岡敬三さんは詩人にも興味があるようです。見知らぬ人々とのしみじみとした交流も書いてあります。先日の書評が間違っていたのでお詫びを致します。(終わり)
今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。 藤山杜人