阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

このところの昼飯    そばめし ボロネーゼ 納豆ご飯など

2022年09月30日 | ある日のランチ

ナポリタンは家の昼食の中では定番だ 

ボロネーゼも好きだ

野菜カレー

神戸労災病院で冠動脈狭窄のカテーテル手術を2回に分けてしてもらった後 もう12年 毎日飲んでいる六種の薬の内

2年前に 血液サラサラの薬が変わって大好きな納豆を食べてもよくなったのは 本当に嬉しい。

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阿智胡地亭画廊                      16年前の今日 2006年9月30日の本ブログに掲載 

2022年09月30日 | 音楽・絵画・映画・文芸

トップの絵は赤富士。
    びようやなぎ

菖蒲

静物。

水珠の世界。

スイス。

梅雨。

紅葉。

海。

茨城県北相馬郡藤代町の思い出  7年間暮らしました。



飛翔

少女

ムー

パティ

タロー

モナちゃん



 モデルと共に。



画家はMMです。 

コメント (2)
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『声を限りに蝉が哭く』 中津燎子著 を読みました

2022年09月30日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ
2010年08月19日(木)「阿智胡地亭の非日乗」掲載 
 

昭和12年まで3歳から9年間、ロシアのウラジオストックで暮らした博多出身の日本の少女がいた。

彼女は今で言う帰国子女のはしりで昭和12年に親の故郷の北九州に戻り、戦時中の日本で女学生時代を送った。

敗戦後はアメリカへ留学し、帰国してから通訳をし、英会話教育に携わり、現在85歳になった。名前を中津燎子さんと言う。

  彼女は小さいときから心の中に怒りをもち続けてきた。

webから引用:

【戦争中、だれが、どのようなウソをついたのか、記憶を一から十まで確認しておきたい。

 戦争とは、自殺のことなんだヨ ”クセあり”老婆のオサラバ伝言! 戦後もたびたび「ああ、またか」と思うことが多いなぁ 

私の戦争の記憶は、蝉の声に占領されっぱなしだった。

いよいよ「終わりか」と感じたとき、私の全身に昭和12年に帰国してからの8年間の記憶が一気によみがえり、強烈な憤怒で破裂しそうになった。

「国は国民をそうまでして殺したいか!」「一度でいいから、生きて幸せになれ!と言えないのか」沸騰した鍋のふたがブッ飛ぶように、私は怒鳴っていた。

蝉の声は秋も冬も、戦後もずっと、私の耳の中で響きつづけている。】

 怒りを持ち続けるには物凄いエネルギーがいる。彼女は物心ついたときから今日までその怒りを持続して、そのことをこの本に書いた。

実際、何に対して彼女が怒ってきたのか?それをこの本で是非読んで欲しい。
 
怒りを持ち続けると、人は時に精神の内部崩壊を起こすことがある。しかし中津燎子というこの日本女性は、物の見方がぶれることなく、

感情をそのまま無思慮にぶちまけることもなく、自分の物差しを持って、真っ当に怒って、その怒りを我慢せずに今日まで生きてきた。

 外国語をちょっとかじるだけでも、石川遼君を使ったCMのように、聴くだけで外国語が身につくわけはないとわかる。

本当に英語をやるつもりなら、声の出し方つまり発声、もっと言えば身体の姿勢から変えないといけない。

そんな英語教育の現場を踏んで、英語と日本人の深い溝に向き合った著者の言葉の体験、つまり言葉を使うことが生きることだ、を語る口調は軽くはない。

しかしなぜか諧謔の香りも時折文間から上がってくる。文章は読みやすくぐんぐん読み進める。

引用したい箇所が多すぎるが、

彼女が引いた二つの短歌に彼女の体験と思いが凝縮されていると思う。

『マッチする つかの間海に  霧深し  身、捨つる程の 祖国はありや』   寺山修司

  彼女は言う、胸をぐっと押されたような切実ないい短歌だが、昭和20年4月当時の古いボロボロのメモ帳に走り書きした私の下手な短歌に比べれば、

とんでもないほどの「ゆとり」がある。

『吾、はたち 空爆さなかの 一瞬に はがみして叫ぶ 明日生きているか?と』

以下はこの本の著者と長年のお付き合いがある船橋社中の社主さんへ送ったメールです。

→姐様

よくぞ中津さんは、この本を書いてくださったと思います。

どの章もウンウンと頷きながら読んでいる自分に気がつきます。どの1ぺージにも何の違和感もありません。

それは同じ国内ながらも北九州の若松、兵庫県の尼崎、三重県の四日市、兵庫県の芦屋と転校した土地の人間の違いなど、

わずかながらでも共通体験があるので、中津さんの思いが多少なりとも想像できるからかもしれません。

 オカミにどんなにか従順な普通の日本人。それは今の日本人も基本的には変わりません。

組織の上層部を愚者に握られた集団の哀しさと、集団の中の個の存在の無力さ。

しかし、その時代の中でも、こういうまっとうな日本女性がいて、生き抜き、こうして、自国の人間に経験と思いを伝えようとされている。

3回目を読み返していますが、ある意味 この本はご両親と兄上への鎮魂の書でもあると感じています。

 あの時代にこういう生を過ごした日本人がいたことを書いたもので残したいと思われて当然だと思います。

内容がとても大切なことばかりなので、この本が出版されたことをアナウンスしようと思っています。多くの人に読んでもらいたいです。

姐さまは人生でいろんな凄い方と巡り合われているのですね。

中津さんのこれまでのご本も入手できるものをAMAZONで頼んでみようと思っています。

   辛好

出版社からのコメント

「必ず生きつづけること」「やたらに他人をいじめないこと」
がテーマです――。
戦後65年目、戦争や国の記憶について、言わずに死ねるか!と決めた、84歳大宅賞作家からの伝言。

著者について

中津燎子(なかつ・りょうこ)
ノンフィクション作家。「未来塾」顧問。
1925年福岡市博多生まれ。3歳より9年間を旧ソ連ウラヂオストックで過ごし、日中・太平洋の戦争を日本で観察し、
戦後すぐに出合う英語で米国に十年間留学中、人種差別を考察した。
六五年から英語発音訓練と異文化交流研究の塾を主宰する。時代のせいとはいえ、波乱の中で育まれた価値観については、『英語と運命』に詳しい。
74年『なんで英語やるの?』で第5回大宅賞を受賞。他に、『母国考』『風のシカゴ』など著書多数。
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9月29日に目に留まったSNS・メディアの記事

2022年09月30日 | SNS・既存メディアからの引用記事

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