阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

”我が子からコロナに感染した” 母親が気付いたこと | NHKニュース

2021年08月24日 | SNS・既存メディアからの引用記事

一部引用・・・

溺れたような感じ 怖かった

私の陽性がわかった翌日、37度の微熱が出ましたが、まだそれほどつらいとは感じませんでした。

状況が一変したのは、発症から4日目です。

39度の高熱にうなされるようになりました。

けん怠感と頭痛に襲われ、立ち上がろうとすると、ひどいせきが続きます。

また、芳香剤などのにおいを感じなくなりました。

味覚はありましたが、甘さや塩辛さを強烈に感じるようになりました。
自治体から貸与されたパルスオキシメーターで測ると血液中の酸素の値は「中等症」の目安となる93%まで下がることもありました。

画像クリックで全文に飛びます。

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糸魚川-静岡構造線 とは       

2021年08月23日 | 諏訪便り

ネットサーフィンをしていたら、糸魚川-静岡構造線を示す航空写真に出会った。この糸・静線が「フォッサ・マグナ」かと思ったら、

そうではなくて「フォッサ・マグナ」とは下の図の彩色された“面”なのだそうだ。つまり糸・静線は「フォッサ・マグナ」の西縁の線のことだった。

Wikipediaから:

フォッサマグナFossa magna、意味:大きな溝)は、日本の主要な地溝帯の一つで、地質学においては東北日本西南日本の境目となる地帯。中央地溝帯(ちゅうおうちこうたい)、大地溝帯(だいちこうたい)とも呼ばれる。端的に言えば、古い地層でできた本州の中央をU字型の溝が南北に走り、その溝に新しい地層が溜まっている地域である。

本州中央部、中部地方から関東地方にかけての地域を縦断位置する。西縁は糸魚川静岡構造線(糸静線)、東縁は新発田小出構造線及び柏崎千葉構造線となるが、東縁には異説もある。


赤線が中央構造線、青線に囲まれたオレンジ色の部分はフォッサマグナ

諏訪湖が糸魚川-静岡構造線の線上にあることを初めて知った。
航空写真の角度から見ると諏訪と甲府の間は随分近い。


韮崎は阪急・東宝の創立者である小林一三の出身地であり、
同じく白洲次郎の白洲家は韮崎と諏訪の間にある北杜市白洲町がルーツだ。


 この写真を見ると、信州や甲州のこんな山中で生まれた次男、三男たちは、
昔から江戸や京・大阪へ出て生業(ナリワイ)を立てて行くしかなかっただろうと実感する。
 なお、白洲家は江戸時代以前に父祖の地を離れているらしい。こちら

中央構造線 - フォッサマグナ 4K動画 2160p30fps

 画面右下の拡大アイコンをクリックすると大画面で迫力のある動画を見ることが出来ます。

(初出 2010-07-06)

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空から見た日本   諏訪湖、天竜川。       中央構造線と糸魚川―静岡構造線という 二大構造線が交わる諏訪盆地

2021年08月23日 | 諏訪便り

   古い時代から日本全国に勧請され、今もその土地土地の分社が尊崇されている【諏訪神社】の総本社『諏訪大社』がある「諏訪盆地」を空から見る動画です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 江戸に幕府が開かれる前、諏訪湖はまだ広大な面積を持ち、湖の中に高島と言う島がありました。その島には50戸ほどの半農半漁で生業をたてる島民たちがいました。

豊臣秀吉の命で配下の武将、日根野高吉が「高島」と言う島の上に高島城を築城するとき 島民たちは日根野氏とハードネゴを行い、湖畔の小和田地区に小和田たんぼと住居地を獲得しました。

島民たちは併せて諏訪湖の漁業権も獲得しました。  「高島」の中にあった島の氏神「八剱神社」もそのとき小和田に移設され、

今にいたるまで毎年の冬の「御神渡」の報告を諏訪大社に行う役を続けています。


     阿智胡地亭の本籍地は父親の代に神戸に移しましたが、それ以前の本籍地は小和田(click)地区にありました。  (初出 2020-08-14)

Wikipediaから 

日根野 高吉(ひねの たかよし)は、戦国時代武将信濃諏訪藩(高島藩)の初代藩主。

はじめ美濃斎藤氏に仕えた。斎藤氏滅亡後は織田信長に仕え信忠の馬廻衆を務め、信長没後は織田信孝を経て、羽柴秀吉に仕えた。

天正18年(1590年)の小田原征伐山中城を攻略した功績を賞されて、信濃高島に3万8000寛政重修諸家譜では2万7000石)を与えられ、

「諏訪の浮城」と呼ばれた高島城を7年かけて築城している。文禄の役では肥前名護屋に駐屯した。伏見城築城でも功を挙げている。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは東軍に与していたが、本戦直前の6月26日に急死した。享年62。跡を嫡男の吉明が継いだ。

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メジャーリーグのトップ選手達がリスペクトし ファンになる 大谷翔平への感想インタビュー 動画

2021年08月23日 | SNS・既存メディアからの引用記事

YouTubeで見る」をclickしてみて下さい。

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コロナ・デルタ株 医師のイラスト解説が「ポップで分かりやすい 」と話題。 日テレNEWS 24

2021年08月22日 | SNS・既存メディアからの引用記事

8/20(金) 20:34

■デルタ株 現役医師が作った説明書

「新型コロウイルス感染をのりこえるための説明書 デルタ株編」作成:玉井道裕医師

■手書きイラストで分かりやすさを追求

イラストを多く使い分かりやすさを工夫 作成:玉井道裕医師

■「あみだくじ」で感染時の症状をイメージ

感染した際の症状をイメージ図にした「あみだくじ」 作成:玉井道裕医師

■コロナ診療の合間に自らイラストも

■変えなければいけないのは“心構え”

最後に玉井医師の思い 作成:玉井道裕医師

■SNS「めちゃめちゃ分かりやすい」相次ぐ声

■感染症専門医・忽那教授「より多くの人に伝わる」

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今日の「ブラタモリ」は “諏訪” です。

2021年08月21日 | SNS・既存メディアからの引用記事

NHK 午後 7時半

プロフィール

 
阿智胡地亭 辛好:
伊勢国四日市に発し、摂津、筑前、浪速、伊予、江戸、下総、安芸ときて攝津国に長く草鞋を脱いでいたがまたお江戸へ。
“日乗”は“日記”。親代々のルーツの地は信州・上諏訪と茅野の八ヶ岳山麓。
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昨日のお昼はカレービーフン(シンガポールビーフン・星洲炒米粉)

2021年08月21日 | ある日のランチ

毎日でも飽きないほどの焼きビーフン好きだが、焼きビーフンの中でも「シンガポールビーフン」は特に好きだ。

ーーーーーーーーーーー

シンガポールの空港は1981年、現在のチャンギ国際空港のターミナル1が開業するまではパヤレバー空港が国際空港だった。

インドネシアのジャカルタによく通っていたとき、成田からシンガポールまではシンガポール航空かJALだったが、

シンガポール空港でインドネシアのガルーダ航空に乗り換えることが多かった。

トランジットの時など往きや帰りに、パヤレバー空港で時々軽食をとった。

空港の施設の一番遠いところに小さな食堂があってその店に「シンガポールビーフン/星洲炒米粉」というメニューがあった。

「炒米粉ー焼きビーフン」の旨さは台湾の高雄ですっかり舌が覚えていたから、これを頼んでみたが

何故「シンガポールビーフン/星洲炒米粉」という名前なのかは一口食べたらすぐわかった。

星洲炒米粉つまりシンガポール焼きビーフンはカレー味の焼きビーフンだったのだ。

インド系の人も多く国民であるシンガポールらしいカレーとビーフンのハイブリッドメニューだった。

とてもおいしくて、すっかりこれが気に入って、シンガポールの駐在員事務所に寄って高橋所長と二人ともに

チエーンで煙草を吸いながら話をした後、ここに寄ることがたびたびだった。

 国内営業部門に変わった後はシンガポールビーフンには縁がなくなったが、神戸に住むようになったら

家でも「ケンミンのビーフン」(click)を使って焼きビーフンが登場するようになった。

あいかたに星洲炒米粉が旨かった話をしてカレー味の焼きビーフンを作ってもらった。私のイメージの一皿が完成した。

いまや我が家のテッパンメニューとしてもう30年来定着している。

時々通う錦糸町の台湾料理店「劉の店」の焼きビーフンは台湾人のシェフが作るので本場の旨さだが、

シンガポールビーフンと言っても作ったことはないと言う。

 確かに中国でも南方の一般庶民の食材である「米粉料理」は日本の中華料理店でもメニューにはなかなかないし、

台湾もシンガポールも福建省系の人たちが多いが、食べものは土地土地の特色が現れるようだ。

 かくして日本では家以外で旨い「シンガポールビーフン/星洲炒米粉」を食べるのはなかなか難しい(笑)。

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阿智胡地亭便り㊳ <月はどっちに出ている>  過去の「ブログ阿智胡地亭の非日乗」から

2021年08月21日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ

月はどっちに出ている(その1  2005年07月09日(土)掲載

「月はどっちに出ている」を神戸メリケンパークのタイムズメリケン(神戸海洋博物館)で見ました。
第10回神戸100年映画祭プレイベント上映の一本です。
腹の底から笑って、笑って、そのうち本当に面白い事と言うのは哀しさと裏表なのかも知れないと思いました。
その表と裏の繰り返しで最後まで笑い、時にしんみりしながら最後まで息が抜けずに次の展開をドキドキしながら楽しみました。

在日朝鮮人が経営する小さなタクシー会社を舞台に、岸谷五朗が演じる在日のタクシー運転手、ルビー・モレノが演じる彼が好きな、
したたかなフィリピーナ、フィリピンバーのコリアンママ、ヒスパニックの出稼ぎ整備士、タクシー会社の社長を食い物にする日本のヤクザ、
自衛隊上がりや連れ合いに逃げられた地方出身の運転手たちと、登場人物は盛り沢山でした。

映画が始まってすぐのキタとミナミが一堂に会する結婚披露宴で、一つ一つのシーケンスの細部、セリフと演技でまずはばっちり
在日の世界をこれでもかと俯瞰して見せてくれます。生真面目に真正面から撮ったら一大シリアスドラマになるだろうと言う題材を、
ここまで終始一貫笑いのめす崔洋一と言う監督。

「俺は朝鮮人はキライだけど、忠さんお前は好きなんだよ」と繰り返し繰り返し出てくるセリフ。

縦糸に、岸谷とモレノのある意味純愛を通して、ドラマが締まり、その周辺にねばっこく粘っこく人間を撮る。
そして演じる役者がワキを含めてみな凄い。
この映画制作はチームとして全員がノリにノッタか、乗せられたかだろうと思いました。
何度も見たい映画の一本です。 映画はやはり面白い。

月はどっちに出ている(プレビュー)


映画「月はどっちに出ている(その2)」2005年07月10日(日)掲載

・キタの親族に送る段ボール箱の荷造りをする母を見ている息子。母が封筒に入れた日本円を食料品の中に無造作に入れるのを止めさせ、
底にもう一つ二重底を作り、また、その裏に封筒をガムテープでくっつける息子の忠男。このようなさりげない表現でキタとの関係の中でも
生きる在日の日常生活を見せていきます。キタのことは何も直接に表現しませんが、在日にとっての、そのありようをなにげなく。

・梁石日の原作を知らないから、崔洋一の脚本が強調したのかどうかわかりませんが、これだけ在日朝鮮人の世界をよく言えば温かく風刺し、
悪く言えば皮肉り、おちょくっている映画とは思いませんでした。崔と言う監督は在日に生まれた複眼のスグレモノの一人なんでしょう。

・差別される人間は、次には自分が差別できる人間を探してその連中を心中、見下して心のバランスをとると言う「差別のピラミッド」。
なんて言う固いことは全く表に出さずに、それが人間と言うもんだみたいな洒落た、英語で言う「クールな」場面が次々に出てきます。

・個人的に違和感が最後まで残ったのは、ヒロイン役のフィリピン人のチーママ、コニー役のルビー・モレノの使う大阪弁です。
フツーの大阪弁なら面白いのに、関東人が無理して喋る関東アクセントの大阪弁なのです。これで大阪経由で東京に来たフィリピーノの
したたかさを出したかったとすれば、成功したとは言えません。もっとアクセントを勉強させて欲しかった。
(恥ずかしいからそのヘンな関西弁を止めなさいと、家族から厳命されている辛好には、そう言う資格はないかも知れませんが)


・殆どの在日朝鮮人の役を日本人がやっていますが、何の違和感もない。
考えればイギリス人とアメリカ人が役を入れ替えるのと、ほぼ同じだことだから当たり前なのかもしれません。


・主人公のタクシー運転手、姜忠男は、女優の岸恵子さんが自伝の中で書いたと言う
どこで生まれ、どう育ったかは本人の与り知らぬ事だ、その人がどう生きどう死んだかがその人のものだ」をそのまま生きていました。


・クレジットに題字「黒田征太郎」と出て、1993年製作のこの当時、既に梁石日と黒田は交流があったのだ
と思いました。

ちょうど黒田征太郎をモデルにした梁石日の「海に沈む太陽」が出版発売され、4年ほど連載が掲載されていた
「ちくま7月号」の巻頭に、二人の対談が出ていたのを読んだばかりでした。

 余談ですが黒田征太郎はトランペットの近藤等則たちと組んで今年ニューヨークで「ピカドン・プロジェクト」を立ち上げるそうです。
原爆をテーマにしたアニメ映画やバンドを作ると言っています。

それにしてもあのルビー・モレノは今どこで何をしているのでしょう。 この映画を一言で言えば「カッコイイ」映画でした。

この映画でルビーモレノは日本アカデミー賞の主演女優賞, 岸谷五朗は新人男優賞を取りました。


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水をやり続けていたら 枯れたように見えた「ギボウシ」と「タンポポ」が新しい葉を出してきた。    嬉しいことに根は生きていた。

2021年08月20日 | 花・草・木・生き物

☝ギボウシ

☟タンポポ

ステレオスペルマムの勢いは続いている

ガジュマルの勢いも相変わらずだ

 

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国民に伝わらない総理のメッセージ、政治と科学の距離…政府分科会・尾身茂会長が明かした“専門家が抱えるジレンマ  

2021年08月20日 | SNS・既存メディアからの引用記事

一部引用・・・田村:僕は納得したいというよりは、理解したいと思いながら総理の会見を見ている。納得はできなくても、理解できれば行動に移せるところがあるからだ。総理の言葉では理解できなくても、尾身会長の言葉で理解できることがあるが、やっぱり国のリーダーは総理なので、理解させてくれるアナウンスをしてほしい。

尾身さんは隣にいて、どう聞いているのだろうか。言いづらいとは思うが、視聴者からのそういった質問も非常に多かったので、ぜひ聞いてみたい。僕は会見での尾身さんの表情が、苦しんでいるように見えてしまう。

尾身:去年の2月に専門家会議ができて、7月から分科会になったが、そもそも我々の役割は専門家としての考えを提案することだ。ところが去年の2月、3月ごろは色々なことで前面に出ざるを得ない状況になってしまい、我々が全てを決めているような印象があったのではないかと思う。

しかし最終的に決めるのは常に政府だ。記者会見でも、私どもは専門家として見解を求められるから提案をしている。ただ、こういう危機の状況において一番大切で、おそらく一般市民が求めているのは、私の言葉ではなく選ばれた政治家の発信だ。その言葉と行動によって、人々の協力がより得られるかどうかが重要だと思う。画像クリックで全文に飛びます。

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夕方から三人で図書館に行った。

2021年08月19日 | 身辺あれこれ

中1と小2と三人で図書館に夕方涼しくなってから出かけた。私は返却期限が来た本を返し、届いたと知らせがメールであった相方の予約本を三冊受け取った。

二人は小一時間ほど児童書の開架式の本棚の中をぶらぶら歩いて、読みたい本を選んでそれぞれ自分の図書館カードで何冊も借りていた。

私もぶらぶら開架式の本棚の中を歩き三冊借りた。

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阿智胡地亭便り㊲ <映画「Shall we dance」を見てきました > 「ブログ阿智胡地亭の非日乗」から落穂ひろい 

2021年08月19日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ

Shall we dance」を見てきました2005/06/04掲載

神戸市内では、いくつもの映画館でもう2ヶ月ほど前?から上映されていますから、今では六甲アイランドのシネマコンプレクスもメインタイトルから外れて、

1日2回の上映になっていて、期日も明日が最後と言う日に行きました。150席くらいのシアターに観客はたった6人でした。60歳以上が一人いれば、

料金は二人で合計2000円ですむのだから、もっと沢山の来場者があってもいいのにといつも思います。

かなり前ですが、役所広司と草刈民代が主演した周防監督オリジナルの「シャルウイダンス」も腹の底から笑って楽しく見ました。

ところが今回はやはり大笑いしながらも、時々指でそっと涙を拭う場面が結構ありました。始まってまず驚いたのは、

主演の二人の俳優もワキを固める達者な役者もみんな日本版の俳優のイメージに近い事でした。

渡辺えり子や竹中直人のアメリカ人バージョンが世の中に存在するんだとビックリしました。

以下見て思ったことを・・

1)アメリカ人なら子供のときからみんなアメフトをやるか、アメフトを楽しんでいると思っていたが、アメフトをやって挫折したり、

下手で笑われたり、本心はアメフト嫌いのアメリカ人が沢山いるんだと言うことを知った。

アメフトの選手になれず、人に馬鹿にされたトラウマをかかえるセリフが何度も出てきて笑った。

2)ジェニファー・ロペスの肢体の掛け値なしの美しさ。躍動、静止、全てのshapeが美しい。
ギリシャの彫刻像で感じるように、この人が持つカラダの美しさも特別だ。

3)毎日毎日同じ通勤電車で何十年と通う日常と変らぬ仕事。その行き帰りの車中の人間達の表情は日本もアメリカも全く変わりがない。

よくメデイアが取り上げる外国のことは、「自国と違っていること」しかないと言うが、確かに、普通の人の日常生活は、

どこの国もほぼ99%変らないのではと思う。中国人のサラリーマンも、韓国人の女子高生も、アメリカ人のパートのお母さんの生活も、

日本人のそれぞれに対応する人の生活と今や殆ど変わりがない。

ただこのシカゴのモノレールの車中の人種は白人系、黒人系、アジア系、ヒスパニック系など日本では考えられない多様性だ。

しかも誰もがそれを当たり前として普通に乗っている。日本に住む外国人が、まず外見で特別視されるので住みにくい、と言うのは本当だろう

この島で長く暮らしているうちに我々は「異形の人」を目ざとく見分けて、無意識のうちに仲間内に入れないカベを作り上げるようだ。

車椅子の体験試乗をした人が書いていたが、車椅子で街に出たとたん、普通の人たちの自分を見る目が、人間を見る目ではなくなるのが怖かったと。
そのことも根っ子は同じなのだろう。

4)リメークとは言え、アメリカ映画がこんなに忠実にオリジナルの日本版を踏襲して、アメリカでそれなりの興行収益を上げたというのが面白い。

「七人の侍」が「荒野の七人」になったのは、どちらもある意味、それぞれの国の時代劇だからわかるが、全くの現代劇が国を置き換えて作り直されても通用する、

今はそういう時代なのだと思った。

5)毎日の定型の日常の中に、我を忘れて夢中になることが自分に今あるか?生きる意味を感じているか?
この映画の主人公はそれを見つけてしまった。このテーマ一つでこの映画が生まれた。

6)探偵事務所に大きな水槽があったが、飼われていたのは「3匹のクマノミ」だった(と相方は言う)。
映画「ファインデイング ニモ」のヒット以来、アメリカではクマノミ飼育がブームになって、熱帯の珊瑚礁のクマノミが取り尽される恐れがあると

報道されていたが、本当なんだと思った。

7)ダンス教室の仲間がいつも行く飲食店で彼らが食べるのは、例のごとく大量のファストフードだ。かなりの年配の普通人でも、

揚げ物などカロリーの多いものしかない外食店でなければ、それなりの値段での食事が出来ないのだろう。ソバ屋ありの、讃岐セルフうどん屋ありの、

ラーメン屋ありの、回転すし屋ありの、日本の都会のサラリーマンやOLの方が、日常食文化ははるかに高いし、健康的ではないかと思った。


じわっと水分が目に時々出てくるのは、金持ちや本当の上流が誰もでてこないこの映画で、普通人の一人一人が、それぞれ生きる上の傷を持ちながら、

それを見せないように精一杯毎日を生きている・・ことがわかる細部のエピソードの場面のときだった。

この映画の多くのダンスシーンには、アメリカ人なら誰でも知っている有名なダンサーが、沢山出演しているのだろうと思った。

そして最後のクレジットに出てきた多くの挿入ダンス曲も、年配のアメリカ人にとってはたまらない懐メロなんだろう。

ところで、社交ダンスにあたるアメリカ語が「Ballroom dance」と言うのを初めて知った。「Social dance」と言う言い方はイギリス流の言い方なのだろうか。

☆やはり映画は面白い。

Shall We Dance?(プレビュー)

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福島原発「東日本壊滅」の危機に何を学ぶか - 小此木潔|

2021年08月19日 | SNS・既存メディアからの引用記事

一部引用・・・

吉田氏は「ここで本当に死んだと思ったんです」「ここは一番思い出したくないところです」と振り返り、以下のように語っている (2011年8月8、9両日の聞き取り調査結果)。

 「燃料が溶けて1200度になりますと、何も冷やさないと、圧力容器の壁抜きますから、それから、格納容器の壁もそのどろどろで抜きますから、チャイナシンドロームになってしまうわけですよ。(中略)燃料分が全部外へ出てしまう。プルトニウムであれ、何であれ、今のセシウムどころの話ではないわけですよ。放射性物質が全部出て、まき散らしてしまうわけですから、我々のイメージは東日本壊滅ですよ」

最悪の危機は、なぜ回避されたか

 最悪の危機を前に死を覚悟した吉田所長は、危機がなぜ回避できたかに関しては、「やっと助かったと思ったタイミングがあるんです」と述べた以外、言葉を遺してはいない。

 この謎に挑んだのは、NHKメルトダウン取材班がNHKスペシャル「メルトダウン」シリーズの取材をもとに著した『福島第一原発事故の「真実」』(講談社、2021年2月)である。同書は東電発表などを根拠に、2号機については「吉田が最も恐れた格納容器が決定的に壊れるという事態。それが起きなかった要因の一つは、放射能を密閉するはずの格納容器は、高温・高圧にさらされたら、容器の継ぎ目や配管との溶接部分が溶けて隙間ができ、放射性物質を漏洩させたためではないかとみられている」とした。つまり、原子炉の爆発が最も懸念された2号機では、格納容器が偶然にもある程度壊れたおかげで爆発には至らなかった、という分析である。

 当時の近藤・原子力委員長による「最悪シナリオ」では、4号機の燃料プールの水がなくなり、高熱の使用済み核燃料がメルトダウンして、大量の放射性物質が放出される事態を想定したが、そうはならなかったことについて同書はこれも「偶然のなせるわざ」だったとしている。

 4号機プールの水が干上がらなかったのは、「たまたま隣接する原子炉ウエルの仕切り板に隙間ができて、大量の水が流れ込んだおかげ」だったとし・・・

画像クリックで全文に飛びます。

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ある日のお昼は相変わらず麺類の三兄弟や煮込みうどん

2021年08月18日 | ある日のランチ

☝アボカドとエビのジェノベーゼパスタ と チーズピッツア

☟塩焼きそば

懐かしのナポリタン

レンチン(レンジでチーン)の温泉玉子が載った煮込みうどん

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阿智胡地亭便り㊱ < #109 「日本負担60億ドルで合意」 日本の国内新聞の見出しに米ドル表記>  こんな便りを2002年頃からメールで友人知人に発信した。

2021年08月18日 | 「過去の非日乗&Shot日乗」リターンズ

#109 日本の国内新聞の見出しに米ドル表記」 2006.05.06作成・メルマガ発信。

「日本負担60億ドルで合意」

4月24日付の日本経済新聞夕刊のヘッドラインに「米海兵隊グアム移転費」について上のように書かれていました。

そして記事の本文もすべて円換算表示ではなく米ドル表示が使われています。

前からそうなのですが、米軍に関して日本政府が支出する金額はいつも円表示ではなく、米ドル表示です。

フィリピンの新聞と日本の新聞だけでしょう、アメリカ以外の新聞で こうして米ドル表示を一国の経済代表紙が使うのは。

理由ははっきりしています、円に換算すると7000億円と言う数字になるのを示すのをためらったのでしょう。

政府の指示があったのか、新聞社の自己規制かは知りません。

日本がフィリピンと同じで、実質的には独立国ではなく、アメリカの属国だということが、こういう所でぽろっと出てしまう。

その金を負担するのは日本の納税者なんだから、日本人購読者を相手の日本の新聞は換算レートを明記して日本円で表示するのが当たり前。

計算機をいちいち読者に使わせる!なんと不親切なと言うか馬鹿にしていることか。

こういう誤魔化しを、一流の経済紙と呼ばれる新聞がやらざるを得ない。日本はつらいもんです。

やはりこの新聞には、ある意味 何かとアメリカに配慮する(アメリカに忖度する)「日本の政官財界の広報紙」と言う側面があると思わざるを得ません。

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