明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 

  


先日完成したと書いた人物の首だが、実はあのあと、さらに迷走することになってしまった。先日書いたとおり、迷走を繰り返したあげくに完成したはずだったのだが。 完成すると、メールで友人等に見せびらかすのが常だが、友人の一言が妙に気になった。それはむしろ賞賛の一言だったのだが、もうちょっと、とやったつもりが、雪崩のように妙な方向に走ってしまった。なにしろ小さな首なので、そんな時は、あっという間である。そんななか良いこともあった。この人物は鼻に特徴がある。この鼻の形がなかなか掴めなかったのだが、昨日ようやく仕組みが判った。これはまったく作る場合の話で、詳しく書いても面白い話ではないので書かないが、例えば遊園地にあるトリックの部屋などで、実際はそうなっていないのにそう見える、ということがあるが、この人物の鼻が、なぜそう見えるのかが判った、というようなことである。 私の作品は、ただ似ていればいいとわけではないが、人の顔というのは、ちょっとのことで違って見えるものである。TVのタレントで日本画家みたいな顔をしている人がいるが、魚や花やちょっと形が違っても、むしろ味に見えてしまう物ばかり描いているのは、そのためで、利き手ででない方の手に筆を持って、味の演出までしていて感心した。人物、特に顔を描いたら、とんでもないことになるだろう。私が制作中の首をポケットに入れてK本にいって披露するのも、人の顔は誰だって、たとえ酔っ払っていても、ああだこうだと判断できるからである。何しろたった数センチの物に、下手をすると何十日もかけていると客観性が失われてくるものである。 肝心の首が完成したかどうかに関しては、もう書くのは止めておく。

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