家の査定の人が来た。
いかにも、って感じの、愛想の良い小太りの男の人。
まだパパもママも私もこの家を売ることに半信半疑なので、
話半分に聞いていた。
パパもママも当たり前だけど名残惜しいようで、
まだまだ先の話になる気がした。
うちの家族はみんな決断力と判断力がないしね。
ゴルフの練習場へ行く。パパが打ちっぱなしで練習してる間、
ママと私は周辺をぶらぶら散歩。
花の蕾の大きくなった木や、菜の花、木瓜、雑木林など眺めて歩く。
小さな山には、まだ葉っぱのない木も多いけど、
冬の寒々しい気配はすっかり消えて、全体が柔らかく、白っぽくけぶっている。
山の上には、トンビがたくさん。
よく太った野良猫がいて、鳴きまねで声をかけたら、
雑木林の中に逃げてしまった。
ママは、野蒜やふきのとうを探しながら歩いていた。
駐車場まで来るとちょうどクラブを取りに来たパパに会う。
クラブハウスでちょっと休んでから、パパの練習の様子を見に行く。
私も少しだけやってみると、
大学の授業で習ったコツを完全に忘れてクラブに振り回され、
2階から落っこちそうになった。
稀に見るファザコンの私はパパのゴルフスイングを見てるだけで
結構飽きないのに、パパは私たちが来ると間もなくやめてしまった。
帰る頃、空が晴れて日が差し出した。
打ちっぱなしのすぐ近くのお店でもんじゃ焼き。
パパママは最近になってもんじゃ焼きに開眼したらしい。
二人とも焼き方を知らないので、私はちょっと得意気に焼いてみせる。
珍しくパパも甘味を頼んで完食していた。
デザート食べて、コーヒーも飲んでも1人1000円くらい。安いなぁ。
帰り道、コブシの蕾が大きくなっていて、1~2分咲き。ミルクのような白。
くりはま花の国にも寄ろうとしたら、
駐車場の人が「今あんまり花咲いてないよ」というのでやめる。
昨日バスから見えた大型スーパーで夕食の買い物。
K神社に立ち寄ってお参り。
ママ「今年初詣してないのが気になってたのよ」。
境内で植木市をしていて、ママとしだれ梅に見惚れる。
私も初詣してなかったのでお参り。
家の手前で、私一人車を降りて、海を散歩。
日が沈みかける時間で、海の色も柔らかく、山吹色がかったような青。
水が澄んで、波打ち際があわ立っているのを眺めて、波の音を聞く。
水面に突き出た切り立つような岩に、海猫が何羽も同じ方を向いて止まっていた。
カモメも混じっていた。夕陽があたると、なんだか鳥たちがたそがれてるように見える。
このT浜の海は、高校時代まで毎日のように眺めてた海。
東京に来てからも、帰省するたび眺めてる海。
逗子や鎌倉の海もよく行くけど、T浜はほかのどんな海とも違う。
私の庭のような海。
子供の頃からいろんな思いで眺めているこの海は、
いつも変わらずここにあって、私の中の『確かなもの』になっている。
家を売ったら、この景色が私の庭じゃなくなるのかな。それは寂しいなぁ。
海風に吹かれて、
あわ立つ波を見ていると心が洗われてすっきり
突き出た岩に、海猫がいっぱい止まってる。
魚を狩ってる子もいた。
家から海に抜ける道、お気に入りの路地を通って帰る。
古くからある家の軒先に、いろんな花が咲いている。
水仙が咲き乱れ、沈丁花も大きな木が何箇所かにあって、
潮風に甘い匂いが混じっている。夕日が小山に当たって、
山が暖かい色に包まれている。
山桜の木が、今にも花を咲かせようとするように白っぽくけぶっている。
家を売ったら、こんな景色もなかなか見られなくなるってことでもあるのか。
家に戻ると、ダーから電話。家の猫たちの話をひとしきり聞く。
一度切った後またすぐかかってきて、何かと思ったら
「ハルカリのBABY BLUEには
BOOWYのBABY BLUEのサンプリングが入ってる」って話をえんえんとし、
さらに「もうたいっへん」「何が」「ジューサーを棚から落っことしたり、
ベッツの袋破いたり」とさらに猫トーク。
モンチが殿の後をつけまわしてて、
殿がテレビの上に行くとそこに行き、
俺の膝に乗るとそこに割り込み、
あったかマットで寝ようとするとそこに飛び乗る。
殿がうざがってモンチを甘噛みしても、全然気にしないの…
などなどいつまででも話してる。携帯の電池が1本なので切る。
晩御飯は、ほうれん草と豚肉のなべ。シメは雑炊。
その後ママのリクエストで
CATV(ママは“キャテブ”と呼んでる)で映画「人間の壁」。
ダラダラ長くて趣旨のはっきりしない社会派映画だったけど、
懐かしい俳優たちを見るのがママもパパも楽しいらしい。
ママは自分でチャンネル決めておきながら、
途中でソリティアはじめたり、居眠りしたり。でも最後まで見た。
私はママが貸してくれた本「ポプラの秋」が面白くて読みながら見ていた。
ママは絨毯にタバコの灰を落として焼け焦げを作り「パパも気をつけてよ!」、
自分の脂肪を見て「ここに肉がつくのはまずい」といってから
「パパも気をつけなさい!」
パパもママも宵っ張りで、昨日は2時まで起きてたし、
今日も1時まで起きてた。
当初は1泊の予定だったけど、パパに弱い私は、すすめられるがままに2泊。
梅の花は終わってたけど、木の下には、
キンタのお墓
お庭にもランの花
ヨコスカは暖かいんだね
プリムラ、宿根草
朝起きると、パパママが一緒に庭に出て、
タバコを吸ったり、庭の水まきをしたりしていた。
私も縁側に出て一服。
花曇りのような薄い雲に、太陽が透けてる。
庭には、蘭、忘れな草、沈丁花、木瓜、パンジー、菜の花、金魚草、
ほかにも名前のわからないいろいろな花が咲いている。
ママ「あと1週間もすればもっといろんな花が咲くのよ」
パパ「またおいで」「うん」
お風呂に入って身を清めてから、
梅の木の下の、キンタのお墓参り。キンタ参り。
今年は梅の花が早くて、
12月からちらほら咲きはじめてたそうだ。
今はもう花はないけど、木の下の、お墓の両側に、
ママが植えた白い花がいっぱいに開いていた。
お水いれは、真っ白できれいなままだった。
墓碑は、私が中学のとき図工の授業で作った、
キンタをモデルにした猫の小さな石の彫刻。
小学校や中学校の頃、私も弟も図工で何か作るとき、
キンタばっかりモデルにしていた。
お墓の前に座り込んで、
殿やビーたちにするのと同じように、
まずは何も考えないでじーっと心を通わせるような気持ちでいた。
それから、キンタ、殿やビー、モンチの姿をイメージしたり、
少しだけ語りかけたりした。
キンタがこの世界を去ってから13年経っても、
キンタへの愛が少しも色あせていないと、感じることができた。