1月12日土曜日の朝日新聞朝刊に次のような記事が掲載されている。
≪米大統領選2008 予備選予測大ハズレ、釈明に汗 世論調査機関・大学≫
<【マートルビーチ(米サウスカロライナ州)=小村田義之】米大統領選の民主党の候補指名争いで、ヒラリー・クリントン上院議員が勝利を収めたニューハンプシャー州予備選の結果が、直前の「オバマ上院議員勝利」の予測とかけ離れていたことから、世論調査機関や大学が釈明に追われている。民主、共和両党とも激戦模様で調査担当者も冷や汗ものの毎日だ。
「白人の一部、回答拒否」「最終盤、涙で変化」
10日付米紙ニューヨークタイムズに、ニワトリと太陽を描いた挿さしが掲載された。ニワトリは高らかに「オバマ」と鳴いているが、昇ってきた太陽には「ヒラリー」と書かれている。直前の世論調査が大ハズレしたことへの皮肉だ。
同州の事前の調査では10.3ポイント差でオバマ氏優勢だったが、クリントン氏が勝利。米民間調査機関ピュー・リサーチセンターの代表は、同紙に寄せた記事で 「今回の事前の調査の失敗は現代調査しで最も重大な間違いの一つ」と認めた。間違った背景として、「所得や教育水準の低い白人は調査を拒否することが多い」と指摘。こうした人々は「黒人に対して好意的でない」と踏み込んだ。多くの回答拒否者が白人女性であるクリントン氏に流れたため調査がはずれた、という釈明だ。
米ギャラップ社は「白人は世論調査で黒人に投票すると回答しながら、実際は投票しないという議論がある」としながら、これを証明するのは難しいとする。
一方で、米ラムスセン・リポート社は、①クリントン氏の見せた涙などで最終盤に変化が出た②クリントン氏への支持を過小評価した③無党派層の票がオバマ氏よりも共和党のマケイン氏に流れた――との可能性を指摘。マリスト大学は「共和党の事前調査結果は性格だった」と釈明している。
<米ニューハンプシャー州予備選(民主党)の得票率>
実際の結果 ギャラップ社の事前調査
クリントン氏 39% 28%
オ バ マ氏 37% 41%
エドワーズ氏 17% 19%>――
* * * * * * * *
「間違った背景」に人種問題に関わる箇所を纏めると、
①「所得や教育水準の低い白人は調査を拒否することが多」く、こうした人
々は「黒人に対して好意的でない」
②「白人は世論調査で黒人に投票すると回答しながら、実際は投票しないと
言う議論がある」としながら、これを証明するのは難しい。
どうも言ってい分析が客観的合理性を備えているとは思えない。①にしても②にしてもそういった状況が一般的な傾向として現れていることを前提としていなければ言えないことであろう。いわば世論調査の現場でそういう状況を現実に経験していなければならない。だったら、なぜそのような経験値を誤差に入れて調査を行わなかったのだろうか。
特に②の「実際は投票しないという議論」は白人が「世論調査で黒人に投票すると回答しながら、実際は投票しない」状況を事実として把握していなければ、「議論」は生じない。事実を把握していない「議論」は憶測の域から出ない。また、把握していたなら、「証明するのは難し」くはない。事実を把握していなければ、当然「証明するのは難しい」ことになるが、世論調査に不確定要素として影響する要件ともなるのだから、「難しい」などとは言っていられない。「証明」して、次回からの世論調査の判断材料の一つに加えなければならない。
だが、白人も黒人も同じ人間である。白人が「黒人に投票すると回答しながら、実際は投票しない」なら、白人に「投票すると回答しながら、実際は投票しない」黒人も存在するはずである。このことも判断材料に加えなければならないだろう。
そして何よりも一部有権者の上記投票行動はアイオワ州の予備選挙にも適合可能でなければならない。適合可能でなければ、「アイオワ州と違って」という地域的な条件付きとする分析でなければ合理性を失う。
新聞記事を見る限り、「所得や教育水準の低い白人は」、あるいは「白人は」と地域を限定しない一般論となっているから、アイオワ州の投票結果にも適合可能でなければならない。
Wikipediaでアイオワ州とニューハンプシャーの2004年現在の人種構成を見てみると、
アイオワ州(人口2,966,334人)
92.6% 白人(2746825人)
2.1% アフリカン・アメリカン(62293人)
2.8% ヒスパニック
1.3% アジア
0.3% 先住民
1.1% 混血
ニューハンプシャー(人口1,309,940人)
95.1% 白人 (1245752人)
1.7% ヒスパニック
1.3% アジア
0.7% 黒人(9169人)
0.2% 先住民
1.1% 混血
アイオワ州、ニューハンプシャー州共に圧倒的に白人が多い。アイオワ州の白人以外は7.6%、ニューハンプシャー州のそれは5%で、微々たる人口に過ぎない。日本人の多くは在日韓国・朝鮮人、アイヌ人、その他の外国人の存在を無視して単一民族国家だと言うが、そのような少数者無視の論理を当てはめるとすると、アイオワ州もニューハンプシャー州も白人単一民族州だと言わなければならない程に圧倒的に白人占拠の状態にある。
しかし視野の狭い日本人と違って、視野の広いアメリカ人は「白人単一民族州」などと言うことはないだろう。
「所得や教育水準の低い白人は」「黒人に対して好意的でない」、あるいは「世論調査で黒人に投票すると回答しながら、実際は投票しない」白人による対黒人拒絶反応を両州とも同じ条件下に規定するなら、黒人のオバマはアイオワで白人のエドワーズの29.75%、ヒラリーの29.47%をそれぞれ上回る37.58%も獲得できた結果はどう説明したらいいのだろうか。
黒人のオバマは人口比で白人が圧倒的に多く占めるニューハンプシャー州で、「所得や教育水準の低い白人は」「黒人に対して好意的でない」、あるいは「白人は世論調査で黒人に投票すると回答しながら、実際は投票しない」不利な想定に反して、ヒラリーに敗れたとは言え、ヒラリーの39%に対して2ポイント少ないだけの37%もの票をなぜ獲得できたのだろうか。しかも白人のエドワーズ氏の17%を20%も上まわる票を獲得していることも納得がいかない分析となる。
また「所得や教育水準の低い白人は」「黒人に対して好意的でない」、あるいは「白人は世論調査で黒人に投票すると回答しながら、実際は投票しない」とするアメリカ白人の政治性に対する分析がもし合理性を備えた動向なら、なぜニューハンプシャー州で働いた投票傾向がアイオワ州で働かなかったのだろう。納得いく説明が新たに必要になる。
上記「分析」に対する疑問を納得させるとするなら、①の分析も②の分析も合理性を備えた分析となっていないと見るべきではないだろうか。
上記「分析」を分析したこの分析がもし的を得ているとすると、ヒラリーのニューハンプシャー州での逆転勝利は米ラムスセン・リポート社が世論調査の大ハズレの総括理由とした「①クリントン氏の見せた涙などで最終盤に変化が出た」が有力な分析となってくる。
と言うことは大多数の有権者は「ウソ泣き」と見なかった分析せざるを得ないが、それだけではないような気がする。オバマも列席した党員集会の席でヒラリーと司会者だか有権者の一人だかとの次のようなやり取りをテレビが報じていた(どの局か忘却)。
「好感度でオバマ氏に負けていると見られているが?」
ヒラリー(ちょっと深刻な顔になるが、口許に笑みを忘れずに軽く受け流す感じで、)「その言葉に傷ついたわ」(周囲から笑いが起こる)
「アイムソリー」(再び周囲から笑い。「傷ついた」と軽くいなされたなら、誰だって謝らざるを得ないだろう。)
ヒラリー(口許に静かな笑みを絶やさずに)「確かにオバマ氏の好感度が高いのは認める。だけど、私だってそんなに悪くないと思うけど?」
(それとない催促に)「イエス」(再び笑い)
オバマ「ヒラリー、あなたの好感度は悪くない」
オバマが口を挟んだのはヒラリーがいい感じを出していたからだろう。事前調査でも実際の選挙戦での手応えでも劣勢に立たされていた中で口許に穏やかな笑みを湛えて機知のある受け答えに終始できたヒラリーに周囲の受けが決して悪い印象のものではなかったのは周囲が発した親しみのこもった笑いが証明している。有権者の大多数が好感度の悪さを事実として受け止めていたなら、口に出して冷笑したい思いを腹の中に押さえて冷ややかに見守るだけだったろうから。この受け答えはヒラリーを見直させるかなりの得点となったのではないか。
オバマはテレビカメラが回っている中でヒラリーに得点を稼がれては困るから、口を挟まざるを得なかった。少なくともヒラリーに注目が集まり、オバマはあの時点では脇に追いやられていた。口を挟むことでニューハンプシャー州でも自分が主役であることをテレビカメラに示す必要があり、そのためにはヒラリーの機知を終わらせる必要があったのではないか。
その証拠はオバマの好感度よりも下に位置させる「あなたの好感度は悪くない」という紋切り型の言い方で片付けてしまった余裕のなさに現れている。もしあのときオバマが「ヒラリー、あなたの好感度は私よりもずっと上だ。私はあなたの足許にも及ばない。私が保証する」とでも余裕ある態度を示すことができたなら、オバマの機知がヒラリーの機知を上回って拍手喝采を受けたのではないだろうか。
こう見てくると、「クリントン氏の見せた涙などで最終盤に変化が出た」という分析だけが逆転の有力な要因ではないように思える。
客観的合理性を欠如させた分析という点ではこちら日本でも、補給支援法の衆議院再議決に関する議論の中にも見受けることができる。
参議院で否決、衆院に戻されて再議決、与党賛成多数で成立したことに対して民主党の鳩山由紀夫幹事長は「直近の民意は参議院だから、再議決は暴挙」と非難。伊吹自民幹事長は「参議院も民意、衆議院も民意」だと、再議決を肯定。
伊吹幹事長の主張は「民意不動論」とも名づけることができ、果して「不動」なのだろうか。
岩見とかいう政治評論家が昨日のTBS「みのもんたの朝ズバッ」で伊吹幹事長と同じ「民意不動論」を展開していた。但し衆議院に限った「民意不動論」で、参議院に関しては「民意移動論」となっている。自民支持だからだろうが、それにしてもご都合主義が過ぎる持論展開なのだが、知らぬが仏で本人はサラサラ気づいていない。政治評論家を名乗るにはそれくらい鉄面皮でなければならないのだろう。
岩見「どちらが民意かどうかという議論はね、あまり意味がないんですよ。両方とも民意なんですよね。この前の参議院選挙からすでに半年経ってますからね、また民意は動いていると思いますよね、今ね。そういう、だから議論をするとキリはないんで。ええ、3年前の衆議院選挙もこれは間違いなく民意ですから。そういう両方分かれた民意の中で国会をやっていくしかないんですよ。一方は無視するわけにはかないんですよ」
確かに「民意は動く」。だから、鳩山幹事長は「直近の」と断りを入れているのだろう。岩見某政治評論家は「この前の参議院選挙からすでに半年経ってますからね、また民意は動いていると思いますよね」と言いながら、「ええ、3年前の衆議院選挙もこれは間違いなく民意ですから」と、「3年前から」(前回総選挙は05年の9月11日だから、実際は2年4ヶ月前から)動かない民意と把える矛盾を曝して平然としていられる客観的合理性の欠如の持主となっている。
過去の選挙を例を取ると、1988年7月の参議院選挙では、消費税、リクルート事件関与で支持率が急落・辞任した竹下登後継の宇野首相の愛人スキャンダルも影響して、自民党大敗、社会党大躍進の与野党逆転の風を吹かせた。
宇野首相は選挙の責任をとって辞任したものの、参院与野党逆転の「民意」の熱が冷め切らない翌々年の1990年の衆議院選挙では「民意」は社会党を136議席に躍進させたものの、果たしてもいい、果たさなければならなかった与野党逆転を拒否する、参議院で示したのとは逆の「民意」が動いた。
「民意」はかくかように「動く」。現在の参議院の民主選択の「民意」が次の衆議院選挙で同じように示される保証はない。だが、2年4ヶ月前の衆院での自民党選択の「民意」が半年前の参議院での民主選択の「民意」へと動いた結果である。3年前の衆議院選挙で「民意」が表した形跡は残っているが、「民意」自体は姿を変えている。そして現在、福田内閣支持率低下、どちらの政権が望ましいかという世論に対する問いに「民主党政権」を選択する「民意」へと働いている。もし自民党が3年前の「民意」が残っているとするなら、選挙で「民意」を問い、そのことを証明しなければならない。例え自公が選挙を制したとしても、当時の3分の2以上の「民意」は決して同じ形で残ることはなく、違った結果で動いていることを証明するはずである。
それを岩見は参議院の「民意」だけ動くものとし、2年4ヶ月前の「民意」はそのままに置く客観的合理性を欠いた歪んだ分析を政治評論家でありながら、テレビで示して何とも思わない。