日の丸をひっちゃぶいた民主党が勝利し、日の丸を守る保守だと言った麻生自民党が大敗の皮肉

2009-09-03 03:58:10 | Weblog

 国家は国土を必要とするが、様々な生活を成り立たせるための国民の活動が国家を支えている。その活動は歴史・文化・伝統を背景とした国民性やその国の憲法、その他の法律、あるいは社会慣習等の影響、もしくは規制を受けるが、このような生活主体、あるいは活動主体である国民を国家は重要な中身としている

 いわば国家は中身の国民に対してハコモノを構成している。当然ハコモノの中身たる国民がどう存在しているか、その姿が意味を持たなければ、国家は国家としての意味、あるいは価値を失う。例えその国家が建国以来の長い歴史を経ていようとも、素晴らしい伝統・文化があると誇っても、国家の中身としての現在の国民が自らの存在に意味を見い出せなければ、国家は単なるハコモノと化す。歴史・伝統・文化も意味を失う。

 国民の自由を奪い、基本的人権を抑圧、多くを飢餓に陥れている現在の北朝鮮は民主主義国家ら見た場合、意味ある国家と言えるだろうか。多くの北朝鮮国民にとってはハコモノとしての意味しか持たない国家、有意義を見い出せない国家ということになるに違いない。

 国家の中身たる国民がその国に暮らして自らの存在に意味を持ててこそ、国家は意味ある国家となり得て、意味があるという点で中身の国民と国家は一致を見い出し、単なるハコモノのであることから脱することができる。

 障害者や高齢者、テレビで労働者5千万人のうち「ワーキングプアが1千万人もいると言われている」と言っていたが、ワーキングプアも含めた低所得者、経済が停滞した地方に取り残された高齢生活者等々の社会的弱者を切り捨て、あるいは年金不安、子育て不安を与える政策を取り続けてきた自民党統治の日本国家は彼らにとっては厳密には意味ある国家とは言えず、単なるハコモノの姿しか取ってこなかったはずである。

 以上のことは国家を象徴する国旗についても言える。国民を大事にしないために単なるハコモノと堕している国家を象徴する日の丸とは、見せ掛けの国旗でしかなく、あるいは形式以上の意味を持たない国旗でしかないということになる。

 言ってみれば、国民あっての国家であり、そのような国家を象徴してこそ、国旗としても意味ある国旗となる。 

 このことを言い換えるなら、国旗は国家を象徴しているが、そこに国家を映すのではなく、国民を映す対象とすべきであり、そうすることによって、国家をよりよく象徴することができるということではないだろうか。

 麻生は中身の国民を守らず、国家を単なるハコモノとし、日の丸を国旗として形式化させておきながら、日の丸をきちんと守っていく一つに挙げ、それが保守だと言う。

 国民を守ることを先に持ってくるべきを、切り捨てるようなことをして、日の丸を守ると言う。国旗に国家を象徴させること以外の意味を持たせていないからに違いないが、このような日の丸に対する姿勢一つを取っても、麻生が国民の姿を見ない国家観を自らの政治哲学としていることが分かる。 

 極端なことを言うと、政治家が真に国民のことを考えていたなら、いわば自らの国家観に国民の姿を常に映し出していたなら、国旗を守るの、守らないのといったことをわざわざ言う必要はなく、また例え日の丸を「ひっちゃぶいて、二つにくっつけてぇー、ええー?自分のとこの党旗にしてー、そして党のー、マニフェストの、の、載っているような、ホームページに、それを載せ」ようとも、さして騒ぎ立てることではないことになる。

 麻生も自民党も国民を守る実質性を備えないまま、日の丸を守ると言っているのである。

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